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第1章 山岳国家シュウィツアー
第20話 王太子とのいさかい(生前)
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それはこの国の成人年齢十八歳にロゼラインがなる数か月前のことだった。
「彼らを懲罰房にいれるとはどういうことだ!」
婚約者であるロゼラインの執務室に訪れ、目の前のテーブルを激しく叩きながら王太子パリスは怒鳴った。
「大声を出すのはおやめください。外まで聞こえますよ」
ロゼラインは注意した。
王宮内の要人たちの執務室は安全対策及び隠ぺいを防止するため、扉を完全に締め切らず少し開けておくようになっている。
「彼らは僕の部下たちだ、それをわかって君はああいう措置をしたのか?」
「近衛隊は正確に言うと殿下の『部下』ではなく、王家そのものに仕える存在であります」
「屁理屈を申すな。いずれは僕の右腕となって働いてくれる者たちだ。彼らの経歴に傷をつけるようなことを、なぜ僕の妻となる君がしようとするのだ?」
「経歴に傷をつけたくないのなら、非番と言えど、泥酔して王宮を荒らすような真似をなさらなければよかったのですよ」
「荒らすなどとは人聞きの悪い、ちょっと木の枝を折ったり花を踏み荒らしただけではないか!」
「身びいきもたいがいになさいませ。王族の者の心得として『皆に公平に好悪に偏るなかれ』と、私たちはおしえられたではありませんか?」
王族の者の心得、それは帝王学である。
帝王学とは特別な地位にある家の後継ぎが求められる知識や人格を形成するための特別教育、その中の一つに「皆に公平にし好悪に偏るなかれ」と、いう心得がある。これはえこひいきをするな、という意味である。
「信賞必罰を明らかすることも私たちに求められることです」
ロゼラインは続けて説明をする。
信賞必罰とは功績のあるものは相応に報い、失敗したり罪を犯した者には相応の罰を与えることを言う、下の者から見てそれをはっきりさせることも、上に立つ者が信頼されるために必要なことである。
「賢しらな物言いをしおって! そなたが教えられたことを四角四面に守るだけの融通の利かぬ女とはな。彼らとともに旧態依然の国を変えていく目標が僕にはある、その大事を前にこんな小さなことでつまづいている場合ではないというのがわからぬのか!」
「その『大事』を彼らが理解しているならば、王宮の庭園内で泥酔して破壊行為をするような馬鹿なまねはなさらなかったと思いますが……」
「ああ言えばこう言う……、王太子付きの近衛隊士らに僕がどれほど期待しているか! ここまで人情が分からぬ女とはな!」
今思い起こしてしみじみ思うが、この王太子アホだ!
ただのえこひいきを「人情」と言い換え、最低限守らねばならぬ君主としての心得を曲げようとし、それが通らなければ相手を「融通がきかない」と、罵ってくる。王太子教育のおかげか語彙力は豊かだが、その能力を発揮するのが黒のものを白と言いくるめようとするときと、それが上手くいかなくて相手を罵るときだけときた。
だいたい「彼らの経歴」というが、だったら、暴れる近衛隊士らを抑えた警務隊士らの経歴はどうなるのか?
王太子はロゼラインの部屋に文句を言いに行く前、罪を犯した近衛隊士の方を釈放し任務に努めただけの警務隊士を処罰しろと、警務隊の詰め所にねじ込んでいった。
問題の近衛隊士には、アイリスへの悪だくみに参加していたヴェルデックやシュタインバークも入っていたのだが、実は庭園を荒らしていたのはその時が初めてではなかったようだ。記録珠の映像で確認してみると、植物に酒をかけている様も何度か確認された。
植物の世話を担当している庭師がちゃんと仕事をしているのになぜかしおれていく花や樹木があって、庭師らは自分たちの怠慢を責められたり、場合によって牢屋に入れられるのではないかとびくびくしていたと聞く。彼らが軽い気持ちでやった破壊行為のせいで、生計を奪われるのではないか、牢につながれてしまうのではないか、と、人生そのものを破壊されることにおびえていた者たちがいたことを、王太子も近衛隊士らもわかっているのか?
パリス王太子はその後憤然として部屋を出て行った。
あの当時は、この一件をきっかけに、王太子の君主として残念過ぎる頭のできにうすうす気づき始めていたものの、婚約そのものを自分がどうにかできるわけでもなし、自分がよりしっかりして仕事をこなしていかなければ、と、ロゼラインは考えていたものだ。
しかし事態はさらに悪化していった。
「彼らを懲罰房にいれるとはどういうことだ!」
婚約者であるロゼラインの執務室に訪れ、目の前のテーブルを激しく叩きながら王太子パリスは怒鳴った。
「大声を出すのはおやめください。外まで聞こえますよ」
ロゼラインは注意した。
王宮内の要人たちの執務室は安全対策及び隠ぺいを防止するため、扉を完全に締め切らず少し開けておくようになっている。
「彼らは僕の部下たちだ、それをわかって君はああいう措置をしたのか?」
「近衛隊は正確に言うと殿下の『部下』ではなく、王家そのものに仕える存在であります」
「屁理屈を申すな。いずれは僕の右腕となって働いてくれる者たちだ。彼らの経歴に傷をつけるようなことを、なぜ僕の妻となる君がしようとするのだ?」
「経歴に傷をつけたくないのなら、非番と言えど、泥酔して王宮を荒らすような真似をなさらなければよかったのですよ」
「荒らすなどとは人聞きの悪い、ちょっと木の枝を折ったり花を踏み荒らしただけではないか!」
「身びいきもたいがいになさいませ。王族の者の心得として『皆に公平に好悪に偏るなかれ』と、私たちはおしえられたではありませんか?」
王族の者の心得、それは帝王学である。
帝王学とは特別な地位にある家の後継ぎが求められる知識や人格を形成するための特別教育、その中の一つに「皆に公平にし好悪に偏るなかれ」と、いう心得がある。これはえこひいきをするな、という意味である。
「信賞必罰を明らかすることも私たちに求められることです」
ロゼラインは続けて説明をする。
信賞必罰とは功績のあるものは相応に報い、失敗したり罪を犯した者には相応の罰を与えることを言う、下の者から見てそれをはっきりさせることも、上に立つ者が信頼されるために必要なことである。
「賢しらな物言いをしおって! そなたが教えられたことを四角四面に守るだけの融通の利かぬ女とはな。彼らとともに旧態依然の国を変えていく目標が僕にはある、その大事を前にこんな小さなことでつまづいている場合ではないというのがわからぬのか!」
「その『大事』を彼らが理解しているならば、王宮の庭園内で泥酔して破壊行為をするような馬鹿なまねはなさらなかったと思いますが……」
「ああ言えばこう言う……、王太子付きの近衛隊士らに僕がどれほど期待しているか! ここまで人情が分からぬ女とはな!」
今思い起こしてしみじみ思うが、この王太子アホだ!
ただのえこひいきを「人情」と言い換え、最低限守らねばならぬ君主としての心得を曲げようとし、それが通らなければ相手を「融通がきかない」と、罵ってくる。王太子教育のおかげか語彙力は豊かだが、その能力を発揮するのが黒のものを白と言いくるめようとするときと、それが上手くいかなくて相手を罵るときだけときた。
だいたい「彼らの経歴」というが、だったら、暴れる近衛隊士らを抑えた警務隊士らの経歴はどうなるのか?
王太子はロゼラインの部屋に文句を言いに行く前、罪を犯した近衛隊士の方を釈放し任務に努めただけの警務隊士を処罰しろと、警務隊の詰め所にねじ込んでいった。
問題の近衛隊士には、アイリスへの悪だくみに参加していたヴェルデックやシュタインバークも入っていたのだが、実は庭園を荒らしていたのはその時が初めてではなかったようだ。記録珠の映像で確認してみると、植物に酒をかけている様も何度か確認された。
植物の世話を担当している庭師がちゃんと仕事をしているのになぜかしおれていく花や樹木があって、庭師らは自分たちの怠慢を責められたり、場合によって牢屋に入れられるのではないかとびくびくしていたと聞く。彼らが軽い気持ちでやった破壊行為のせいで、生計を奪われるのではないか、牢につながれてしまうのではないか、と、人生そのものを破壊されることにおびえていた者たちがいたことを、王太子も近衛隊士らもわかっているのか?
パリス王太子はその後憤然として部屋を出て行った。
あの当時は、この一件をきっかけに、王太子の君主として残念過ぎる頭のできにうすうす気づき始めていたものの、婚約そのものを自分がどうにかできるわけでもなし、自分がよりしっかりして仕事をこなしていかなければ、と、ロゼラインは考えていたものだ。
しかし事態はさらに悪化していった。
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