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第3章 北の大国フェーブル

第83話 悲しみと覚悟

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 サフィニアはもう一人のサフィニアの背中に手を置いたまま別の質問をした。

「なぜあなたは自分の内にひきこもっちゃったの? まあ、金と地位はあるけど、精神的にはきついというかひどい環境だったのはわかるわ。でも、なぜ今、そうしたの? きっかけのようなものはあったのかなって思ってね」

 少女はまた黙り込んでいた。

「答えられない事? もしかしてあなたも私と同じ話を聞いたんじゃないの?」
「……」
「お姉さまを殺して私をあの腐れ王太子と結婚させようとしたのにショックを受けたとか?」
「……!」

 うずくまっていた少女は語りかける「サフィニア」の顔を見た。

「別のところでも同じようなこと話していたのか、あの人でなし夫婦!」

 サフィニアのつぶやきにもう一人のサフィニアが悲しそうな顔をした。

 そうか、自分は先日いきなりこの世界にやって来たから、この世界の血のつながりのある親と言われても、いきなりそれを慕う気にはなれないし、継子に対する底意地の悪い態度や殺害計画なんて外道な話を聞けば、なおさら情などわく余地もない。
 しかし、こっちのサフィニアは曲がりなりにも今まで親子として暮らしてきたのだ。
 前世の笑美の記憶を失ってまっさらで生まれてきたサフィニアにとっては、両親がまず世界のすべてであっただろう。それでもやはり耐えられなくなって、この子は自分の内に引きこもる道を選んだのだ。

「あなたは両親の考えに賛同していないのね」

 笑美ベースのほうのサフィニアがもう一人のサフィニアに確認した。

 もう一人のサフィニアの方は小さくうなづきながら、また両手で顔を抱えてうつむいた。

「そうよね、どうすればいいのかわからないわよね。でも安心した。あなたが姉さまの殺害計画に賛同していないってわかって」
「……」
「怖くて母親に同調していたけど、最後の最後であなたはぎりぎり踏ん張った。よくぞ、彼らに意見に抵抗して引きこもったわね、私はあなたを誇りに思うわ。こういうやり方しかできなかったんだろうけど、これからは私と一緒に考えよう。あなたと同じ姿形だけど一応二十歳前まで年は取っていて、それなりに知恵も胆力もあるから力になれるわ」

 親がたてた殺害計画の阻止なんて前世の笑美でも体験したことなんかないけど、サフィニアはもう一人の自分を励ました。

「行こう、私と一緒に」

 サフィニアは少女の手を取って立ち上がらせた。

 すると少女の身体が黄金に光ってサフィニアの中に入り込んでいった。
 二つに分裂していた魂が一つに戻ったのだ。

 二人が一人になるのを確認したロゼはサフィニアの手を取り、彼女自身魂の中から出た。

「うまくいったみたいね」

 一部始終を見ていたクロがそう言って術を終わらせた。

 薄青い輝きは消え、元のサフィニアの私室に戻った。

「何とかうまく融合できたみたいだけど、聞き捨てならないことも言ってたわよね。あなたの両親がヴィオレッタ嬢を殺害する計画を立てている?」

 クロの言葉にサフィニアは『あーっ!』となった。

 魂の世界に入り込んでしまってからは、もう一人のサフィニアと話すことだけの没入してしまい、第三者が聞き耳建てていたのをすっかり失念してしまっていたのだ。

「根性悪そうな連中だったけど、そこまでやるかって感じよね」

 クロが呆れて言った。

「ブラウシュテルン家のいざこざは、こっちの目的からするとおまけみたいなものだけど捨ておくわけにはいかないわね」

 ロゼもため息をつきながら言った。

「それで、あなたはどうするの、サフィニア? あたしたちとしては話を聞いたからにはヴィオレッタ嬢の殺害は何が何でも邪魔するつもりだけど?」
 クロが改めてサフィニアに問う。
「もちろん、私も阻止するつもりよ」
 サフィニアが断固として答えた。
「だけどわかってるの? 彼らがヴィオレッタ嬢に危害を加えられない状態になるよう完全に無力化することが必要よ。つまり未遂の状態で罪を暴いて法の裁きを受けさせなきゃいけない。この国の法に照らし合わせれば、正統な後継者を殺害して家を乗っ取るのは未遂でも極刑じゃなかったかしら。説得して改心させるなんて多分無理ね、そんなことができるなら元いたサフィニアの方が自分の内に引きこもることなかったもの」
 ロゼが厳しく現実を告げた。
「うう……」
 サフィニアは返答に窮した。
「親を告発して罪に問う覚悟はあるかってきいているのよね」
 クロもサフィニアに尋ねた。

 サフィニアは自分の胸に問うた。
 術を成功させる前には存在しなかった悲しみがサフィニアの中にあった。
 これはたぶん融合した子の分のこころ。

「協力するわ、お姉さまを死なせないために」 

 もう一人の自分サフィニアを受け入れたときに覚悟を決めたはずだ。
 彼女の抱いていた千切れるような悲しみを持ってサフィニアは覚悟を告げた。
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