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第3章 北の大国フェーブル
第118話 それぞれの道へ(前編)
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「ここが、父の亡くなった……」
ヴィオレッタが感慨深げに谷底の急流をのぞき込み入った。
シュウィツアに向かう一行は 以前ユーベルたちが通った街道から南の関所まで走り、そこから曲がって中央の関所に向かって川沿いの細い道を北上している途中であった。
その途中にヴィオレッタの実父エルンストの乗った馬車が転落した地点がある。
「あの事故以来、悪天候や暗闇で視界が悪くなると、自動的に明かりがついて道を照らす魔法照明が等間隔に配置されるようになりましてな。そうなるまでには両国のあいだで、それはもうケンケンガクガクの……」
エルダー卿は過去の両国の厳しい外交交渉を説明した。
ヴィオレッタは用意した花を川に投げ込んだ。
「さ、参りましょう。この先の関所から街道に入ればシュウィツアの王都まで、半日もあれば到着できますので」
再び一行は進み始め国境を越えた。
「わしらはここでお別れじゃ。目的地のレーツエルの家はここより少し北の田舎にあるからの」
国境を越えてすぐの城壁都市の手前でウルマノフが言った。
「お名残り惜しいです」
ユーベルが言った。
「一度王都に立ち寄られてからになさればよろしいのに」
エルダー卿も引き留めた。
「いやいや、ティスルに関することは他の弟子たちともできるだけ早く情報共有せねばならんし、わしが直接オルムに戻って言わねばならんこともあるからの。行くぞ、ヴォルフ」
老魔導士は彼らの誘いを丁重に辞退した。
「じゃあね、お姉さま、あたしも一緒に行くわ」
去ってゆく老魔導士と少年にサフィニアも同行しようとした。
「待って、サフィニア! あなた……」
それを聞いてヴィオレッタがうろたえた。
そんな話、寝耳に水だったのだ。
「まあ、その、お姉さまとは、母親だけじゃなく父親も違っていて、要するに血のつながりもなかったことだし……、あたしは、つまり……、罪人の娘になったことだし……」
「そんなの関係ないわ、あなたは私を守ろうとしてくれたんだし、あの二人の罪ならあなたには類が及ばないように公爵家の力をもってすれば何とかなるわ」
「う~ん、でも……、これは二人の罪を追及する側に立つって決めた時から考えていたことなのよね」
例の事件の後、ブラウシュテルン邸に戻ってきたサフィニアはマースに化けたヴォルフと話をしあい、オルムにて自立の道を探ることにしたのだった。
でもでも、と、言い募るヴィオレッタの心配を軽減させるようにウルマノフが言った。
「心配せんでも、オルムでは魔導士以外にも様々な教育機関ができる予定じゃし、お嬢さんはなかなか頭がいいからの。わしらに任せておきなされって」
「大丈夫よ、むしろ知らないところを見て回れるのがワクワクしているわ。オルムでいろんなことを学んで、お姉さまが困ったときには助けてあげられるよう強くなるからね。今回はほとんどユーベル公子やロゼさんに助けられていただけだもん」
サフィニアの意志が固いことを感じ、ヴィオレッタはそれ以上何も言えなかった。
「お姉さま、元気でね」
「サフィニア、あなたも」
抱き合った二人は名残を惜しむようにゆっくりと体を離した。
ヴィオレッタが去ってゆくサフィニアを涙を浮かべながら直視しているのとは対照的に、サフィニアはヴィオレッタの方を振り返らず、片手を大きく振って別れの挨拶をするのだった。
「ほんとによかったのかよ。難しい問題もあるけど、姉さんのところにいれば、公爵令嬢として何不自由なく暮らせるんじゃないのか?」
ヴォルフがサフィニアに尋ねた。
「もう、何回それを言うのよ」
「だけどよ……」
「正直言って、貴族の令嬢なんて窮屈すぎて私には合わなかったってことよ。思いだしたんだけど小さい頃の私って、木に登ったり危ないことを平気でするような子だったの。でも、母にいろんなことを禁じられているうちに、そのうっぷんを母と一緒にお姉さまを虐めて晴らすような子になってしまっていた。母の顔色を窺ってというのもあったけど、前世の自分が目覚めるまでは、あたしはそういう子だったのよ」
「向こうっ気は確かに強いけどな」
「ええ、だからオルムまでの道のりも、オルムについてからの経験もまるで宝箱を開けるみたいにワクワクしているわ。こう見えても頭脳は大人だから勉強なら任せておいて」
力強く言うサフィニアを魔導士ウルマノフが励ますように言った。
「オルムに魔塔を建築するために必要な人材は魔導士だけじゃないからの。資材の確保、金の計算、併設する学校の運営、魔法だけじゃなくいろんな資質を持ったものが必要じゃ。お嬢さんのことも頼りにさせてもらうからの」
へへ、と照れ臭そうに笑うサフィニア。
そのサフィニアの腕に抱かれている黒猫クロがぼそっと言った。
「そういえば、ロゼ、遅いわね。なにしているのかしら?」
ヴィオレッタが感慨深げに谷底の急流をのぞき込み入った。
シュウィツアに向かう一行は 以前ユーベルたちが通った街道から南の関所まで走り、そこから曲がって中央の関所に向かって川沿いの細い道を北上している途中であった。
その途中にヴィオレッタの実父エルンストの乗った馬車が転落した地点がある。
「あの事故以来、悪天候や暗闇で視界が悪くなると、自動的に明かりがついて道を照らす魔法照明が等間隔に配置されるようになりましてな。そうなるまでには両国のあいだで、それはもうケンケンガクガクの……」
エルダー卿は過去の両国の厳しい外交交渉を説明した。
ヴィオレッタは用意した花を川に投げ込んだ。
「さ、参りましょう。この先の関所から街道に入ればシュウィツアの王都まで、半日もあれば到着できますので」
再び一行は進み始め国境を越えた。
「わしらはここでお別れじゃ。目的地のレーツエルの家はここより少し北の田舎にあるからの」
国境を越えてすぐの城壁都市の手前でウルマノフが言った。
「お名残り惜しいです」
ユーベルが言った。
「一度王都に立ち寄られてからになさればよろしいのに」
エルダー卿も引き留めた。
「いやいや、ティスルに関することは他の弟子たちともできるだけ早く情報共有せねばならんし、わしが直接オルムに戻って言わねばならんこともあるからの。行くぞ、ヴォルフ」
老魔導士は彼らの誘いを丁重に辞退した。
「じゃあね、お姉さま、あたしも一緒に行くわ」
去ってゆく老魔導士と少年にサフィニアも同行しようとした。
「待って、サフィニア! あなた……」
それを聞いてヴィオレッタがうろたえた。
そんな話、寝耳に水だったのだ。
「まあ、その、お姉さまとは、母親だけじゃなく父親も違っていて、要するに血のつながりもなかったことだし……、あたしは、つまり……、罪人の娘になったことだし……」
「そんなの関係ないわ、あなたは私を守ろうとしてくれたんだし、あの二人の罪ならあなたには類が及ばないように公爵家の力をもってすれば何とかなるわ」
「う~ん、でも……、これは二人の罪を追及する側に立つって決めた時から考えていたことなのよね」
例の事件の後、ブラウシュテルン邸に戻ってきたサフィニアはマースに化けたヴォルフと話をしあい、オルムにて自立の道を探ることにしたのだった。
でもでも、と、言い募るヴィオレッタの心配を軽減させるようにウルマノフが言った。
「心配せんでも、オルムでは魔導士以外にも様々な教育機関ができる予定じゃし、お嬢さんはなかなか頭がいいからの。わしらに任せておきなされって」
「大丈夫よ、むしろ知らないところを見て回れるのがワクワクしているわ。オルムでいろんなことを学んで、お姉さまが困ったときには助けてあげられるよう強くなるからね。今回はほとんどユーベル公子やロゼさんに助けられていただけだもん」
サフィニアの意志が固いことを感じ、ヴィオレッタはそれ以上何も言えなかった。
「お姉さま、元気でね」
「サフィニア、あなたも」
抱き合った二人は名残を惜しむようにゆっくりと体を離した。
ヴィオレッタが去ってゆくサフィニアを涙を浮かべながら直視しているのとは対照的に、サフィニアはヴィオレッタの方を振り返らず、片手を大きく振って別れの挨拶をするのだった。
「ほんとによかったのかよ。難しい問題もあるけど、姉さんのところにいれば、公爵令嬢として何不自由なく暮らせるんじゃないのか?」
ヴォルフがサフィニアに尋ねた。
「もう、何回それを言うのよ」
「だけどよ……」
「正直言って、貴族の令嬢なんて窮屈すぎて私には合わなかったってことよ。思いだしたんだけど小さい頃の私って、木に登ったり危ないことを平気でするような子だったの。でも、母にいろんなことを禁じられているうちに、そのうっぷんを母と一緒にお姉さまを虐めて晴らすような子になってしまっていた。母の顔色を窺ってというのもあったけど、前世の自分が目覚めるまでは、あたしはそういう子だったのよ」
「向こうっ気は確かに強いけどな」
「ええ、だからオルムまでの道のりも、オルムについてからの経験もまるで宝箱を開けるみたいにワクワクしているわ。こう見えても頭脳は大人だから勉強なら任せておいて」
力強く言うサフィニアを魔導士ウルマノフが励ますように言った。
「オルムに魔塔を建築するために必要な人材は魔導士だけじゃないからの。資材の確保、金の計算、併設する学校の運営、魔法だけじゃなくいろんな資質を持ったものが必要じゃ。お嬢さんのことも頼りにさせてもらうからの」
へへ、と照れ臭そうに笑うサフィニア。
そのサフィニアの腕に抱かれている黒猫クロがぼそっと言った。
「そういえば、ロゼ、遅いわね。なにしているのかしら?」
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