あいきゃす!~アイドル男の娘のキャッチ&ストマック

あきらつかさ

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1 ギャルの釣果は男の娘?

1-5 僕はキッチン、彼女はバスルームに!?

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◇◆◇

 結局、朋美さんの部屋に二人で帰った。
 話したい、と言っていた朋美さんが放さなかったのもだけど、僕は僕なりに、何か助けてくれたお礼を……とも思っていた。
 つり公園も朋美さんの部屋も横須賀で、僕の部屋からそれほど遠くなさそうなのが判ったのも、理由のひとつかも知れない。
 とはいえ僕ができることなんて限られているので、釣りの途中から、魚料理をスマホのバッテリーがなくなるまでネットで調べたり動画を見たりして、帰りにスーパーに寄って材料を買った――朋美さんいわく「冷蔵庫には酒とスイーツしか入ってない」ということだった。
 朋美さんの部屋でキッチンを借りる。
 確かに、あまり使ってる雰囲気はなかった。
 道具は、小さめの包丁というかナイフと、セットものらしいフライパンと小鍋くらい。
 僕が準備を始めると、朋美さんはバスルームに行った。
 ま――まさか……?
 弾けそうになる感情を抑え込んで、料理を進める。
 魚は初めてだ。
 水のかからない位置に少し充電させてもらったスマホを立てかけて、まずは『魚の捌き方』というサイトを表示させる。
 これもさっき買ったまな板シートに一匹ずつ置いて、ナイフの背で鱗を剥がしてゆく。
 画面と手元を見ながら頭を落とし、内蔵を取って背から開く。イワシは腹を切ってワタを抜く。アジは骨を剥いでさっと洗って残った小骨も抜いて――というのを、クーラーボックス(中には保冷剤が敷かれていた)に入れて持って帰ってきた六匹すべてにやっていると、バスルームの方から水音が聞こえてきた。
 僕はつい、ごくりと喉を鳴らす。スカートの奥でに血が集まりそうな湧き上がる妄想を、頭を振って追い出そうとするが消えずに隅に押しやることしかできない。
 それでも手の水気を拭いて、スマホの画面をレシピサイトに変える。
 一人暮らしを始めて、自炊するようになってからよく見ているサイトだ。
 キッチンにはいま買ってきたものをもう並べてあり、フライパンには油を敷いて温めはじめている。
 サイトの通りに料理を進めていると、
「イイ匂いしてきたね~」
 朋美さんが戻ってきた。
 もしや――と思って緊張と高揚で慌てて振り向くと、朋美さんはさっきのキャミとショーパンのままだった。
「えっ、お風呂……?」
「ロッドとか洗ってただけだよ――あっ」
 朋美さんは察したのか、ふふっと笑った。
「アタシがシャワーしてきたと思った?」
 頬をつつかれる。
「カワイイね、いっちゃん」
「か――からかわないでくださいっ」
「ふっふ~ん」
 朋美さんは楽しそうに、僕を覗き込んでくる。
「ホント可愛いよ、いっちゃん。朝も言ったけどパス度高いよね。普通に『こんな女の子いるよね』って思える感じ」
 すっと朋美さんが離れて、冷蔵庫を開ける。
「飲む?」
「未成年ですっ」
「昨夜は?」
 うっ、と言葉が詰まる。けど朋美さんは優しく続けた。
「そんな気分というか好奇心が湧く時もあるよね。
 ――ま、アタシもやめとこうかな。いっちゃんが今日も泊まるなら飲むけど」
「あ、か――帰ります」
「そっかぁ。残念」
 冷蔵庫を閉めた。
「でもまだ時間あるよね。今日の成果も味わいたいし」
 朋美さんはリビングに向かう。
「もうそろそろできそうだし、テーブル片付けるね」
「あ……」
 ギャルっぽいところと、そう思えない印象がある。
 弄ばれてる感じと、優しくされてる空気感が僕の中でぐるぐると渦を巻いていた。

 僕の作った揚げ物は、好評だった。
 チューブ梅と大葉を乗せてざっくりと揚げたもので、梅の酸味を大葉がさっぱりとまとめ、釣ってきたばかりの魚のほっくりとした身の食感がそのすべてを柔らかく包んでいる。
 初めてやってみたにしては、魚を捌くのも調味料のバランスもそれなりに上手くいったように自分でも思える。
「ホント美味しいよ、いっちゃん、アタシより女子力高いよ」
「そんなことは――化粧下手だし」
 六匹の魚は、あっという間に二人の胃に収まった。
「それに、そもそも、女子じゃないし」
 朋美さんはお茶を手に、僕をじっと見てきた。
 向かい合って座っている。
 さっきまでつけていたテレビは、いつの間にか朋美さんが消していた。
 沈黙が訪れて、僕の鼓動がまた早まる。
「昨日はどうしたの? 何かイヤなことあった? 一日一緒にいた感じ、いっちゃんって夜遊びするタイプに見えないけど」
「それは――」
 都合のいい言葉で言い訳するなら、出来心だ。
 大学に入って一人暮らしを始めて、実家ではできなかったけど着てみたいと思っていた女物の服を買って、メイクもしてみたりして、夜なら……と外出するようになったのも、昨夜のことも、それだ。
 髪は半年くらい伸ばしてちょっと括れるようになってきて、いっそう女装はエスカレートしていった。
 昨夜は、京急汐入駅から商店街に入るあたりでナンパされた。
 あの男の人は僕を可愛いと褒めて、飲み屋に誘った。未成年と言い出せず、チヤホヤされた嬉しさと――出来心で、彼について行った。
 空腹と浮かれた気持ちと飲み慣れなさで酔いが回り、どんな話をしたかほとんど覚えていない。ただ、手を取られて、肩を抱かれて、彼が密着してきて腰に手がきたところで「やめてくださいっ!」と振り払って逃げた――ことを思い出す。
 どこをどう行ったのか、家に帰る道も判らなくなるくらい世界がぐわぐわと溶け、運良くあったコンビニのトイレで吐いて、それでもまだぐったり動けなくなっていたところで――朋美さんに拾われた。
 話してる内に、朝よりははっきりと思い出していた。
「そっかあ、大変だったね」
 僕の話を相槌を打って聞いてくれていた朋美さんがそう言って、僕の頭をそっと撫でた。
 朋美さんは柔らかな微笑みを浮かべて、僕を見つめてくる。
「いっちゃん――樹くんは、女の子になりたいの?」
 朋美さんの声に、面白がっている様子はまったくなかった。
 僕は少し考えて、首を振る。
「そこまでは……考えてなかった、です」
 ただ、着たいという思いが発端だ。
「男の人が好きなの?」
「いえ、それはない――です」
 昨夜ナンパされたのをまた思い出すけど、そういう感情にはならなかった――たぶん。
 朋美さんからの、インタビューのような質問はまだ続いた。
「女の子が好き?」
 頷く。彼女がいたことは――ありかけたけど、ない。
「憧れてる?」
 頷く。なるほど、確かにそっちの感覚が近い。
「心は女の子、って気持ち?」
 考えて、首を傾げる。
「そうなのかな――いや、そうじゃない、です」
 僕は――髪も長くなってきて、化粧して、服装もこんなだけど、やっぱり、男だ。
「A面は彼女に? それかその手のお店に行ってるとか?」
 どちらも否定。その手の店、って……なに?
「じゃあ、服もメイクも自前で独学かな、なかなかの気合だね」
 やっぱり、からかう空気はない。
「あー……妹がいます、一応」
 と言っても見てただけで、確かに誰かに「女子の装い」を教わったことはない。
 というか、妹には絶賛避けられていた。
 自虐的にそんなことを言う。
「ってことは、妹さんにされたり教わったりしたワケじゃないんでしょ? 樹くん、女の子したかったんだね」
「そう……ですね」
 朋美さんが微笑む。
「いいじゃん。似合ってて可愛いし、好きなことすれば、ね」
 突き放した言い方じゃなく、温かさのある響きだった。
「女性経験――それか、男性経験は?」
 面食らって首を振る。どっちもない。ていうか男となんて……
 ――もしかして朋美さんは、僕を誘ってる?
 首頬に血がのぼるのを感じる。
 頭にぼうっとした熱を感じる。
 股間の男部分が反応してくる。
「あっ、あの……」
 それを悟られないようにモジモジと体を動かす。
 朋美さんは、そんな僕を目を細めて見ていた。
「ほんと可愛いね、樹くん」
 手を伸ばしてきた。
 ――もう少しでも押されたら、僕は……僕は、もう…………
 しかし、
「色々立ち入ったこと訊いたかな、ごめんね。
 そろそろ送るね」
 朋美さんはそう言って僕の頬にひやりとした感触を与えてから、立ち上がった。
 あぁ、そんな……

 どこかの駅でよかったのに、朋美さんは僕の暮らしているマンションの下まで車で送ってくれた。
「昨日から――その、ありがとうございます」
 あらためてお礼を言って車を降りようとした僕の手を、朋美さんがぎゅっと握ってきた。
 心臓が跳ねる。
「お礼なんていいよ」
 握手というより包み込むような握られ方だった。
「いっちゃん、また、釣り行こうね」
 すりすりと撫でられてから解放される。
 僕は車を降りて、朋美さんが去っていくのを見送ってから、自分の部屋に向かう。

 ――今日のことはただの偶然で、もうあんなギャルとの接点なんてないだろうな。

 そんなことを思いながら、手に残っていた感触と彼女の温度が薄れていくのをどこか惜しむ心があることも、自覚していた。
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