7 / 32
2 再会とトラブルと転機
2-2 魅力的なお誘い
しおりを挟む
次の時間は講義を入れてなかったので、二人で学食へ――どちらかと言うと、朋美さんに連れられて行く。
多くはないけど、周囲の視線が集まっている気がする。
ギャルと地味な男子、という組み合わせが意外なんだろうか。
朋美さんはそういうものを一切気にする様子はなく、窓際のテーブルに僕を招いて飲み物をおごってくれた――というか、朋美さんからお金を渡されて二人分まとめて僕が買いに行った。
朋美さんはブラックのアイスコーヒー、僕もそれに合わせる。
「ホント、奇遇だよね」
楽しそうに朋美さんが言う。
「学部どこ? 連絡先交換しようよ」
と、スマホを突き合わせて交換する。
「深瀬っていうんだ。あらためてよろしくね」
そう、朋美さんが勝手に僕の手を取って握手した。
士杜朋美さんは、学科は違うけど僕と同じ人文学部だった。
ということは今後も大学内で、会うことがあるかも知れないということと、握ってきた手の柔らかさと温度と力加減に、妙な期待というか想像というか妄想が走りそうになるけど、抑えろと言い聞かせる。
「はい――士杜先輩」
『電話帳』に追加された名前を見て言うと、朋美さんは頬を膨らませた。
「樹くんはセンパイ扱いしなくていいよ。
そっかー、人文かー。さっきの講義に出てるってことは心理学に興味ある?」
講義の時間中だからか、学食内に人はそれほど増えてこない。
さっき僕たちを見ていた数人もいなくなっていた。
僕は素直に頷く。
「今日はB面? 無難っていうか大人しい感じだね。女の子してる時のほうがオシャレだよね」
朋美さんのストローに薄くリップが残る。
「そんな、普段からずっと女装してるわけじゃないですよ」
「したらいいじゃん。似合ってたよ」
軽く言う。
「――昼間に女装で出かけたのなんて、この間のアレが初めてだったんですよ」
「そうなの?」
朋美さんが目を丸くした。
「大学も女の子して来たらいいのに。誰も気にしないって」
「僕に友達がいないってことですか」
「違うって」
と、僕の額を強めに突く。
刺さる角度じゃないけど、伸ばして飾られた爪が少し痛い。
「ネガティブなこと言わない。そういう意味じゃないし」
それから僕を挑発するように覗き込む。
「周りの目とか、偏見とか、気になる?」
「そりゃ、まあ……」
コーヒーを飲む。
学食のは濃すぎず、苦味が少なくて、飲みやすい。
「そういう『心理』を研究するのも面白いかもよ?」
ドキッとする。
先日も少し感じたけど、朋美さんはたまにただの軽いギャルとは思えない深い洞察のような瞳と台詞を見せる時がある。
それなのに、朋美さんはさらっと空気感を軽くして続ける。
「じゃあまた、一緒に釣り行こうよ。メイクしてあげるから女の子同士で」
「それは……」
正直なところ、魅力的だと思える部分が強い。
メイクしてくれるのと、釣りと。
しかしこの朋美さん――ギャルと、というのがつり合わないような気もして、返事をためらってしまう。
それに、女装で昼間に出かけることをまだ、どこか恐れている。
「週末、どう?」
畳み掛けてくる。
「せんぱ――朋美さんは」
先輩と言いかけたら眉をひそめたので、言い直す。
「予定とかないんですか? 就活とか」
四年なんだし、そろそろそんな時期が始まってるんじゃないか、とふと思う。
「ん? 大丈夫。アタシもう決まってるし」
朋美さんはひらひらと手を振ってにっと笑う。
「どこなんですか?」
興味は湧く。
この学部から就職できるのがどんなところなのか、それともギャルだけに服とかのショップなのか――
「院。もう内定してるよ」
予想の斜め上の答えだった。
「マジすか」
僕はさすがに、驚きを隠せなかった。
院って、大学院だよな――
なんというか、意外すぎる。
「大マジだって。だから時間けっこうあるし、聞き直したい講義にもちょっと入ってみたりするし」
あっけにとられた僕の手を、また朋美さんが握ってくる。
「ね。行こう。でまた料理してよ」
「それが目当てですか」
えへっ、と舌を出す。
ちょっと、可愛く見える。
「この間のよかったし。いままで史上一番美味しいアジフライだったよ」
でも褒められると、やっぱり悪い気はしない。
「わかりました。でも夜はバイトがあるんで、夕方まででいいですか? それと女装ナシで」
朋美さんは「うーん」と冗談めかした腕組みをする。
胸が持ち上がって、豊かな谷間に意識を奪われそうになる。
「なら、朝マヅメに合わせて早朝だね。迎えに行くね」
その間に押し込んでこられる。
女装のことは流されているけど、聞きなれない単語が気になった。
「マヅメ、って何ですか?」
「魚のごはんタイムのこと。釣れやすい時間帯って言ったらいいかな」
なるほど。
魚が食事をとる時間にエサを入れるから、食いついてくる確率も上がるってことか。
納得と関心で頷く。
「朝と夕方、それぞれ夜明けと日没前後って言われてるよ」
「それで、この前もあんな時間だったんですね」
理解できると、スッキリする。
朋美さんは「そっ」と歯を見せた。
胸が疼く。
何となく苦手意識のような感覚のあるギャルだけど、朋美さんとはもうちょっと近付きたい気持ちが勝ってきていた。
それもあって、さっき思っていたことを口にする。
「そういえば、僕も釣り道具買ってみようと思うんですけど、どんなのがいいですか?」
朋美さんが「おおっ」と嬉しそうな表情になって、僕の胸はさらに跳ねる。
「いいね、これから見に行く?」
「今日は午後から講義あるし、そのあとバイトなんで――」
スマホで時間を見ると、そろそろ昼休みになりそうだった。
「そっかぁ」
と、肩をすくめて朋美さんは続ける。
「じゃあ、いつにしよっか。って言ってもアタシも予定あるからなあ……。
釣りの後は? バイト何時から何時?」
「えっと――夜十時から深夜です」
「コンビニ? 送ってくから、昼まで釣りして、それから道具見に行こっか」
「あ――はい」
なんだか甘やかされてる気もするけど、嫌じゃない。
「さ、って」
朋美さんが腰を上げたから今日はこれで終了かと思ったら、
「混む前にお昼しようよ」
とカウンターを指差して、朋美さんが笑顔を僕に向けた。
多くはないけど、周囲の視線が集まっている気がする。
ギャルと地味な男子、という組み合わせが意外なんだろうか。
朋美さんはそういうものを一切気にする様子はなく、窓際のテーブルに僕を招いて飲み物をおごってくれた――というか、朋美さんからお金を渡されて二人分まとめて僕が買いに行った。
朋美さんはブラックのアイスコーヒー、僕もそれに合わせる。
「ホント、奇遇だよね」
楽しそうに朋美さんが言う。
「学部どこ? 連絡先交換しようよ」
と、スマホを突き合わせて交換する。
「深瀬っていうんだ。あらためてよろしくね」
そう、朋美さんが勝手に僕の手を取って握手した。
士杜朋美さんは、学科は違うけど僕と同じ人文学部だった。
ということは今後も大学内で、会うことがあるかも知れないということと、握ってきた手の柔らかさと温度と力加減に、妙な期待というか想像というか妄想が走りそうになるけど、抑えろと言い聞かせる。
「はい――士杜先輩」
『電話帳』に追加された名前を見て言うと、朋美さんは頬を膨らませた。
「樹くんはセンパイ扱いしなくていいよ。
そっかー、人文かー。さっきの講義に出てるってことは心理学に興味ある?」
講義の時間中だからか、学食内に人はそれほど増えてこない。
さっき僕たちを見ていた数人もいなくなっていた。
僕は素直に頷く。
「今日はB面? 無難っていうか大人しい感じだね。女の子してる時のほうがオシャレだよね」
朋美さんのストローに薄くリップが残る。
「そんな、普段からずっと女装してるわけじゃないですよ」
「したらいいじゃん。似合ってたよ」
軽く言う。
「――昼間に女装で出かけたのなんて、この間のアレが初めてだったんですよ」
「そうなの?」
朋美さんが目を丸くした。
「大学も女の子して来たらいいのに。誰も気にしないって」
「僕に友達がいないってことですか」
「違うって」
と、僕の額を強めに突く。
刺さる角度じゃないけど、伸ばして飾られた爪が少し痛い。
「ネガティブなこと言わない。そういう意味じゃないし」
それから僕を挑発するように覗き込む。
「周りの目とか、偏見とか、気になる?」
「そりゃ、まあ……」
コーヒーを飲む。
学食のは濃すぎず、苦味が少なくて、飲みやすい。
「そういう『心理』を研究するのも面白いかもよ?」
ドキッとする。
先日も少し感じたけど、朋美さんはたまにただの軽いギャルとは思えない深い洞察のような瞳と台詞を見せる時がある。
それなのに、朋美さんはさらっと空気感を軽くして続ける。
「じゃあまた、一緒に釣り行こうよ。メイクしてあげるから女の子同士で」
「それは……」
正直なところ、魅力的だと思える部分が強い。
メイクしてくれるのと、釣りと。
しかしこの朋美さん――ギャルと、というのがつり合わないような気もして、返事をためらってしまう。
それに、女装で昼間に出かけることをまだ、どこか恐れている。
「週末、どう?」
畳み掛けてくる。
「せんぱ――朋美さんは」
先輩と言いかけたら眉をひそめたので、言い直す。
「予定とかないんですか? 就活とか」
四年なんだし、そろそろそんな時期が始まってるんじゃないか、とふと思う。
「ん? 大丈夫。アタシもう決まってるし」
朋美さんはひらひらと手を振ってにっと笑う。
「どこなんですか?」
興味は湧く。
この学部から就職できるのがどんなところなのか、それともギャルだけに服とかのショップなのか――
「院。もう内定してるよ」
予想の斜め上の答えだった。
「マジすか」
僕はさすがに、驚きを隠せなかった。
院って、大学院だよな――
なんというか、意外すぎる。
「大マジだって。だから時間けっこうあるし、聞き直したい講義にもちょっと入ってみたりするし」
あっけにとられた僕の手を、また朋美さんが握ってくる。
「ね。行こう。でまた料理してよ」
「それが目当てですか」
えへっ、と舌を出す。
ちょっと、可愛く見える。
「この間のよかったし。いままで史上一番美味しいアジフライだったよ」
でも褒められると、やっぱり悪い気はしない。
「わかりました。でも夜はバイトがあるんで、夕方まででいいですか? それと女装ナシで」
朋美さんは「うーん」と冗談めかした腕組みをする。
胸が持ち上がって、豊かな谷間に意識を奪われそうになる。
「なら、朝マヅメに合わせて早朝だね。迎えに行くね」
その間に押し込んでこられる。
女装のことは流されているけど、聞きなれない単語が気になった。
「マヅメ、って何ですか?」
「魚のごはんタイムのこと。釣れやすい時間帯って言ったらいいかな」
なるほど。
魚が食事をとる時間にエサを入れるから、食いついてくる確率も上がるってことか。
納得と関心で頷く。
「朝と夕方、それぞれ夜明けと日没前後って言われてるよ」
「それで、この前もあんな時間だったんですね」
理解できると、スッキリする。
朋美さんは「そっ」と歯を見せた。
胸が疼く。
何となく苦手意識のような感覚のあるギャルだけど、朋美さんとはもうちょっと近付きたい気持ちが勝ってきていた。
それもあって、さっき思っていたことを口にする。
「そういえば、僕も釣り道具買ってみようと思うんですけど、どんなのがいいですか?」
朋美さんが「おおっ」と嬉しそうな表情になって、僕の胸はさらに跳ねる。
「いいね、これから見に行く?」
「今日は午後から講義あるし、そのあとバイトなんで――」
スマホで時間を見ると、そろそろ昼休みになりそうだった。
「そっかぁ」
と、肩をすくめて朋美さんは続ける。
「じゃあ、いつにしよっか。って言ってもアタシも予定あるからなあ……。
釣りの後は? バイト何時から何時?」
「えっと――夜十時から深夜です」
「コンビニ? 送ってくから、昼まで釣りして、それから道具見に行こっか」
「あ――はい」
なんだか甘やかされてる気もするけど、嫌じゃない。
「さ、って」
朋美さんが腰を上げたから今日はこれで終了かと思ったら、
「混む前にお昼しようよ」
とカウンターを指差して、朋美さんが笑顔を僕に向けた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
10
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる