あいきゃす!~アイドル男の娘のキャッチ&ストマック

あきらつかさ

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2 再会とトラブルと転機

2-3 ふたたび釣り……が、トラブルに

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◆◇◆

 この週の土曜――朝五時前にはもう、僕と朋美さんは海辺つり公園にいた。
 公園の入り口が開くのが五時で、それを待つ格好になる。
 そして僕は――『女の子モード』になっていた。
 断ったのに。
 出かける一時間以上前に僕の部屋に来た朋美さんは、コスメボックスといくつかの服やエクステまで持ってきていた。
 前よりも時間をかけてメイクをしてもらって、髪はエクステで胸にかかりそうなくらいのお下げになって、服は僕の数少ない手持ちと朋美さんの持ってきた中からコーディネートしてくれたものになった。
 結果、パステルカラーのTシャツにレースが飾られた長めのキャミを重ね、そこにUVカットのパーカーを羽織った上と、膝上ストライプのフレアスカートという服装で、僕はまた釣りをすることになった。
 胸はゆるやかにふくらみ、股間はきゅっと締められている。
 足元は朋美さんが持ってきた、ヒール低めでストラップ付きのサンダル。
 ――女装そのものは、やっぱり自力でするよりちゃんとまとまった感じになっていて、鏡で見る自分の姿にびっくりするくらいではある。
 それはいい。
 朋美さんのおかげでこんな風に女の子っぽくなれたのは、嬉しくはある。
 明るい時間に出かける、というのにまだ踏ん切りがつききらないだけだ。
「うん、やっぱりパス度高い」
 前回よりしっかりメイクしたからか、朋美さんは満足げに言っていた。
「パス度って何ですか」
 つり公園までの短い距離を移動する車の中で、僕は尋ねた。
「簡単に云うと、女装子さん――男の娘の場合はどれだけ女っぽく見えるか、ぱっと見た時に女として見られるか、そういうこと。
 いっちゃんは声出さなかったらホント女の子してる。自信持って」
 言葉の意味は理解できたけど、男としてはそれでいいのか――とも思う。
「計ってみる?」
「どうやって計るんですかそんなの」
 車はJRと京急の線路をこえて、北へ向かう。
「女性向けのティッシュをもらう、女性向けサービスに声かけられる、とかね。
 レディスデーやってるお店に行ってみるとか。
 そだ、コンビニで働いてるんだよね、レジ打ちの時にPOSで性別情報入れてない?」
 ――なんでそんなことまで知ってるんだろう。
「入れてますね。でもけっこう適当ですよ」
「それでも、女子高生が来て『四十代男性』なんて入れないでしょ? 多少いい加減に入れられてても統計的には有用なデータになる可能性は高いよ」
 バイトを始めた頃、面倒くさくて全部同じ入力をしてたら『間違えたり忙しかったり仕方ないことはあるけど、さっきのランドセル背負った女の子も二十代の男か』と注意されたことがあるのを思い出した。
 こういう話をしだすと、朋美さんが大学院へ進むのが内定しているのも解る気がする。
 見た目とのギャップはどんどんひらいていくけど。
「女の子モードでコンビニとかファミレス行って、どう入れられてるか、なんてのでもパス度計れるよね」
 この日のBGMは、九十年代のヒットソングだった。
 僕なんか生まれる前のはずなのに、どこか妙に懐かしい。
「いっちゃんは体格で得してるから、ちょっと女の子の雰囲気を心がけるだけでイケるって」
「体格で得、ってなんですか」
「女装子さんとかMtFの人って、身長と肩幅を気にしてる人が多いんだよ。アタシは他のことでじゅうぶん、カバーできると思ってるけどね。
 いっちゃんは無理なく九号着れてるんだよ。女の子の普通サイズ。羨む人も多いはず」
「はぁ……」
 そんなものなのか。
 得してる、と思ったことはなかったけど、確かに今まで通販で買った服でも着られてるし、そこで困ったことはあまりない――そもそも、そんなに服を買いまくってるわけでもないけど。
 そしてまた、新しい単語が現れる。
 それも気になるけど会話の流れを優先する。
「逆に、合わない男物がけっこうありますよ」
「そうだろうね」
 朋美さんがくすっと笑った。
 曲が変わる。
 朋美さんが小さく口ずさみながら曲の合間に言ってくる。
「あとは、声がんばってみるといいかも」
「声?」
 海が見えてきた。
「アタシもよく知らないけどね。『女の子の声の出し方』みたいなのがあるよ。手術ナシでできる発声法とかそういうの」
「へぇ~」
 調べてみよう。
 頭の中にメモる。
 目的地はもうすぐそこになっていた。
「さっ、デカいの釣って、いっちゃんの料理で一杯やろうね」
「だから、バイトですって」
「終わりに迎えに行こうか?」
 胸が弾む。
 僕にそこまでしてくれるのって、朋美さんはもしかして――
「冗談。いっちゃん未成年だし、ね。
 本気にした?」
 朋美さんがイタズラっぽく、僕の頬をつつく。
 公園の駐車場に着いていた。
 駐車券を取って、すでに半分くらい車が停まっている中に進んでゆく。
「からかわないでください……」
 小さくため息を吐く僕に「いっちゃんは可愛いなあ」と微笑みかけながら、朋美さんは車を空きスペースに入れたのだった。

 土曜日だからか、先日よりも人が多かった。
 前回と同じ、何でも入った道具箱とクーラーボックスを積んだカートを僕が引き、朋美さんが釣り竿を入れたケースとコンビニで買った朝食を持って場内に入る。
 開門と同時に釣り人たちが我先に奥へと向かってゆく。
「すごい人ですね……」
「奥が絶対釣れるわけでもないんだけどね。特にここの立地考えると」
「そうなんですか?」
「地図見てみたら解るよ。奥が沖に近いワケじゃないから」
 場所を確保して準備を始めている人々の中に、朋美さんの声に振り返り、僕たち二人を二度見する人もいたりする。
 周りの視線が気になる。
「いっちゃん、気にしなくていいよ」
 挙動で察したのだろうか、朋美さんが足を止めて僕を待ってくれる。
「女の子二人だけで土曜の朝早くから釣りに来てるのが気になってるんでしょ」
「僕は女の子じゃないですよ」
「自信持ちなって。女の子してるから」
 僕は自分の格好と朋美さんを見比べる。
 朋美さんはタンクトップとデニムのショートパンツに薄手のロングカーデ。僕より、惜しげもなく肌を見せている。
「あのね」
 密着してきた朋美さんが耳元で言う。
「キョドってるとかえって変に見えるんだよ。『私はこれが普通』って顔でいるほうがいいよ」
 豊かな胸が腕を柔らかく圧す。
 甘い香りが僕の嗅覚を占める。
 優しい声が鼓膜にじんと響く。
 その全てが股間に下りてくる。
「は――はい」
 僕は弾けそうな動悸の高まりと、明るい時間の女装外出という緊張を、ごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。
 朋美さんに腰を軽く叩かれて、背筋を伸ばす。
 大丈夫、朋美さんにメイクしてもらってるんだし――と言い聞かせる。
「うん、さっきよりイイ。
 周りなんて気にしなくていいからね」
 朋美さんが離れる。
 空きスペースを探して、二人で歩く。
 それほど管理棟から遠くない場所にどうにか入れそうなところを見つけて、セッティングを始める。
 前にやったことを思い出しながら椅子とパラソルを広げ、バケツで海水を汲む。
 今回は椅子がもう一脚増えていた。朋美さんを見るとにっと笑って親指を立てて見せてくる。
 椅子は、肘置きが重なるくらいに並べる。
 朋美さんは二本の竿を準備して、ロッドホルダーを柵に取り付けてから、解凍していたエサをほぐす。
「いっちゃん、一回で慣れた感じだね」
 そう褒めてくれるのが嬉しい。
 一通り準備ができたところで、二人で座って朝食にする。
 コンビニのおにぎりとパンは――バイトしていることもあるからか、悪くはない。
 それでも、ふと思って言ってみる。
「今度――機会があったら、ですけど――簡単なのでよければ、作ってきましょうか?」
 朋美さんが目を大きくして僕を見た。
「うそ……ほんとに?」
 小さく――ギャルっぽくないような静かな声色で言ったのを、僕は苦笑して答える。
「ホントに簡単なのですよ。料理面白いと思ってるんですけど、凝ったのは作れないですし」
「やっ、そんな――」
 と言いかけて朋美さんがはっ、と瞳の色を戻す。
「マジで? そんなの何でもいいよ。可愛い男の娘の手料理なんてそれだけで超レアじゃん」
 軽い口調でそう言って、弾けるような笑顔を向けてくれた。
 胸の奥にきゅんと響く。
「じゃあ明日も来よっか。月曜も講義なかったら来よう、火曜も――」
「そんな無茶な」
 でも、僕も笑う。
 そう言ってくれるだけでも嬉しくなるし、朋美さんの色々な表情をもっと見たくなる。
 さすがに冗談だったのだろう朋美さんはふふっと喉の奥を鳴らして、ドリンクホルダーに何も入っていないことに気付く。
「あ――飲み物がないね」
「買ってきますよ」
 腰を上げて、軽くスカートの裾を払う。
「いいの?」
 朋美さんが財布を取り出す。「アタシお茶っけテキトーで」と五百円玉を僕の手に乗せてきて、僕は出入り口そばの自販機に向かった。
 女の子っぽい歩き方を意識して、走らない。
 麦茶と緑茶を買って、おつりをスカートのポケットに入れて戻る――と、設置した僕たちの場所に立っている人がいた。
 朋美さんじゃない。
 座っている朋美さんに、男が声をかけていた。
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