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2 再会とトラブルと転機
2-4 僕は……キモい?
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朋美さんは周囲を見回して、どことなく不安そうな空気がある。
足を速める。
男は二人いた。
「なあ、どうせ遊んでんだろ。こんな所で釣りなんかやってないで俺たちとどっか行こうぜ」
そんなことを言っているのが耳に入ってくる。
周りの人はというと、見て見ぬふりだった。
男は二人とも長めの茶髪で、軽そうな笑みと日焼けとやや筋肉質な体を朋美さんに見せつけるようにしている。
朋美さんの見た目からすると、こんな感じの男がいても――というか、僕みたいな女装男子より似合っているような気がする。
けど、今の朋美さんに男と楽しんで話してるような感じはない。
「邪魔。アタシは釣りしに来てるし、連れもいるし、どっか行って」
男を見ずに冷たく言うのが聞こえる。
振り返ったところで僕と目が合った。
明らかに嫌そうな表情になっていた。
胸の奥がさっきとは別の感覚で疼く。
「連れって向こう行ってた女の子だろ? 4Pもいいじゃん、なあ」
ヘラヘラと笑って、男の一人が朋美さんの手首を掴んだ。引いて立たせようとするのを、朋美さんは腰を上げまいと踏ん張っている。
考えるより先に僕は今買ったペットボトルを投げていた。
それほど距離はない。
それなのに、ペットボトルは男の手前――足元に落ちた。
朋美さんが男の手を振り払おうとする。
男が投げられてきた方に向いて、僕を見る。
「ちょうど連れの子戻ってきたじゃん、こんなの片付けて遊びに行こうや、なあ」
にやりとした笑いが何となくいやらしい。
もう一人も「そうそう」と下衆な感じの面持ちで、僕に近寄ってきた。
僕はその男を無視して、朋美さんの側に行く。
「ギャルと可愛い系の子って変わった組み合わせじゃね? タイプ違って面白ェけどさ」
男二人に挟まれる格好になってしまう。
朋美さんが立ち上がって、僕の手を握ってきた。
「――いい加減にしろよっ!」
いつまでも腕を握っている男にも僕を値踏みするように舐めるようににやにやと見てくる男にも腹が立って、僕はつい怒鳴っていた。
「嫌がってんだろ! 断ってるんだからとっとと諦めろよっ!」
――朋美さんの手は冷たく、細かく震えていた。
僕は朋美さんを守るように後ろにして男たちとの間に入る。
僕たちの周囲の釣り人が、こっちに注目しはじめている。
男たちは驚いた様子で僕を見ていた。
「こいつ――男かよ」
片方が言う。
「女みてェだけどその声――男じゃねぇか、キモっ!」
「俺、男ナンパしようとしてたのか――うぇぇ」
「そっちも男か? 気持ち悪ィ」
手の平を返したように口々に、僕たちを罵りはじめる。
「気持ち悪いのはどっちだよ! ナンパできなかったら悪態とか、男らしくないなっ」
「てめぇの方が男らしくねぇだろうが、キモオカマ野郎のクセによォ」
男の片方――僕に近付いてきたほうに距離を詰められる。
「付いてんのかよ、これで――」
と、僕のスカートをまくろうとする。
抵抗するけど、男の方が背も高いし力もあった。手を剥がされて引き上げられる。
「やっ――めて、っ」
捻られる格好で痛いのを堪えて身をよじる。
もう一人が朋美さんに迫る。
「あんたはオカマの先輩ってトコか? キモいのが二人も朝から外歩いてんなよ、胸糞悪ィ」
僕はスカートを足で挟んで男の手から耐え続ける。
朋美さんの手が離れる。
男は逆にスカートを下ろそうとしたり、そっちを防いでる間に胸を触ってきたりする。
我慢しきれず平手で男の頬を打った。
鋭い音に、静まる。
「ぼ――私も彼女も男か女かとか、どうでもいいだろ。あんたらみたいなのに関係ない」
冷たく言うけど、声は震えていた。
「ここは釣りする場所でナンパする所じゃない。そんな子探すんだったらよそ行けよっ。
わ、私をキモいとか言うあんたらの方が気持ち悪いっ!」
自分のことを『私』と言い慣れないのが、どもってしまう。
「どうかしましたか?」
急に違う声がかけられて、驚いてそっちを見る。
オジサンが二人、いつの間にか近付いてきていた。
時折巡回して釣果を確認して、つり公園のサイトに情報をアップしたりしている、ここの職員の人だ。
「なんでもねェよッ」
朋美さんに構っていた男が言う。
僕が頬を張った男は無言で離れて僕を睨み続ける。
オジサンに返事した方が突き飛ばすように朋美さんの肩を押して、僕たちから間を取った。
ふらつく朋美さんをとっさに支える。
「公共の場はオカマ禁止にしとけッ」
吐き捨てるようにそう言って、男たちは公園から去っていった。
「――大丈夫?」
男たちを追わず、職員のオジサンは僕たちに尋ねてくる。
こっちを見ていた人たちは、それぞれの釣りに戻りはじめていた。
「アタシはいいんですけど、この子が――」
「わ、私は大丈夫です。それより朋美さん……」
目を合わせる。
朋美さんが職員のオジサンに頭を下げた。
「お騒がせしてすみませんでした。今日は――帰ります」
オジサンの方も、朋美さんのことは知っているようだった。
「さっきの男は見たことないが、君はよくここで釣りしてるのを知ってるよ。何かあったら、言ってくれていいからね」
「ありがとうございます。でも今日はご迷惑おかけして、本当にすみません」
もう一度謝って――ギャルっぽくない、丁寧な謝り方だと思った――、僕も合わせて「すみませんでした」と頭を下げる。職員のオジサンは念押しするようにもう一度「大丈夫だね?」と訊いてから、釣り場の奥の方へ歩いて行った。
「いっちゃ――樹、くんっ」
朋美さんが僕に抱きついてきた。
強く。
味覚以外の四感が朋美さんに支配される。
「ありがとう。本当に助かったよ――格好よかったよ」
「そんなことは……」
ない。
必死に言い返してただけだし、お尻とか胸とか触られてスカートをはがされないようにするのが手一杯で朋美さんを守れたとは全然思えないし、あいつらはここの人が来たから退散したんだし――
「僕のせいで、朋美さんまで男呼ばわりされたんですし――」
キモオカマ野郎。
男の言葉が、耳の奥に残っている。
所詮僕なんてそんなものだとボソボソ言うと、朋美さんに「ばか」と小突かれた。
「あんな男の言うことなんて真に受けないの。最初は女の子って言ってたでしょ」
涙を溜めた瞳でそう言って、僕を解放した。
「――帰ろう。また今度一緒に来よう」
頷く。
落ち着いて、周りの目を気にせず竿を振ることはできそうにない。
二人で広げたばかりのものを戻してゆく。すっかり溶けたエサは朋美さんが周りに謝りながら「よかったら使ってください」と譲った。
準備した時より時間がかかったけど片付け終わったところで、声をかけられた。
前に二人で釣りをした時に、隣にいた初老くらいの釣り人だった。
「あんな連中さっさと忘れて、また来なよ。姉ちゃんの振りっぷり、また見せてくれよ、な」
「――ありがとうございます」
朋美さんがふふっと笑った。
「女の子二人、嫌な思い出が残ることになったら同じ釣り場にいる者として申し訳ねぇや。ここの――いや、釣り人みんな、姉ちゃんたちの味方になるぜ、きっとな」
それだけ言って、立ち去った。
――前に見られた時の印象と違って、いい人だなぁ……と後ろ姿を見送っていると、朋美さんが僕の頭をそっと撫でてきた。
「聞いた?『女の子二人』だって」
「あっ……」
そういえば。
朋美さんはもう一度笑って、僕に「ねっ」とさっきよりは気の晴れた感じのする視線を見せてきた。
女の子、か……。
釣具屋に行く気分にもなれず、この日は朋美さんの部屋にバイトに行く前まで一緒にいて、うっかり女装のままバイトに行きそうになったところで自宅に帰り、メイクを落として着替えたのだった。
貼られたエクステを解く時間がなくそのまま行ってしまい、かなり慌てたけど、そのことを朋美さんに話したら楽しそうにしていたので、それはそれでいいか――と思うくらいには、朋美さんのことが気になっていた。
足を速める。
男は二人いた。
「なあ、どうせ遊んでんだろ。こんな所で釣りなんかやってないで俺たちとどっか行こうぜ」
そんなことを言っているのが耳に入ってくる。
周りの人はというと、見て見ぬふりだった。
男は二人とも長めの茶髪で、軽そうな笑みと日焼けとやや筋肉質な体を朋美さんに見せつけるようにしている。
朋美さんの見た目からすると、こんな感じの男がいても――というか、僕みたいな女装男子より似合っているような気がする。
けど、今の朋美さんに男と楽しんで話してるような感じはない。
「邪魔。アタシは釣りしに来てるし、連れもいるし、どっか行って」
男を見ずに冷たく言うのが聞こえる。
振り返ったところで僕と目が合った。
明らかに嫌そうな表情になっていた。
胸の奥がさっきとは別の感覚で疼く。
「連れって向こう行ってた女の子だろ? 4Pもいいじゃん、なあ」
ヘラヘラと笑って、男の一人が朋美さんの手首を掴んだ。引いて立たせようとするのを、朋美さんは腰を上げまいと踏ん張っている。
考えるより先に僕は今買ったペットボトルを投げていた。
それほど距離はない。
それなのに、ペットボトルは男の手前――足元に落ちた。
朋美さんが男の手を振り払おうとする。
男が投げられてきた方に向いて、僕を見る。
「ちょうど連れの子戻ってきたじゃん、こんなの片付けて遊びに行こうや、なあ」
にやりとした笑いが何となくいやらしい。
もう一人も「そうそう」と下衆な感じの面持ちで、僕に近寄ってきた。
僕はその男を無視して、朋美さんの側に行く。
「ギャルと可愛い系の子って変わった組み合わせじゃね? タイプ違って面白ェけどさ」
男二人に挟まれる格好になってしまう。
朋美さんが立ち上がって、僕の手を握ってきた。
「――いい加減にしろよっ!」
いつまでも腕を握っている男にも僕を値踏みするように舐めるようににやにやと見てくる男にも腹が立って、僕はつい怒鳴っていた。
「嫌がってんだろ! 断ってるんだからとっとと諦めろよっ!」
――朋美さんの手は冷たく、細かく震えていた。
僕は朋美さんを守るように後ろにして男たちとの間に入る。
僕たちの周囲の釣り人が、こっちに注目しはじめている。
男たちは驚いた様子で僕を見ていた。
「こいつ――男かよ」
片方が言う。
「女みてェだけどその声――男じゃねぇか、キモっ!」
「俺、男ナンパしようとしてたのか――うぇぇ」
「そっちも男か? 気持ち悪ィ」
手の平を返したように口々に、僕たちを罵りはじめる。
「気持ち悪いのはどっちだよ! ナンパできなかったら悪態とか、男らしくないなっ」
「てめぇの方が男らしくねぇだろうが、キモオカマ野郎のクセによォ」
男の片方――僕に近付いてきたほうに距離を詰められる。
「付いてんのかよ、これで――」
と、僕のスカートをまくろうとする。
抵抗するけど、男の方が背も高いし力もあった。手を剥がされて引き上げられる。
「やっ――めて、っ」
捻られる格好で痛いのを堪えて身をよじる。
もう一人が朋美さんに迫る。
「あんたはオカマの先輩ってトコか? キモいのが二人も朝から外歩いてんなよ、胸糞悪ィ」
僕はスカートを足で挟んで男の手から耐え続ける。
朋美さんの手が離れる。
男は逆にスカートを下ろそうとしたり、そっちを防いでる間に胸を触ってきたりする。
我慢しきれず平手で男の頬を打った。
鋭い音に、静まる。
「ぼ――私も彼女も男か女かとか、どうでもいいだろ。あんたらみたいなのに関係ない」
冷たく言うけど、声は震えていた。
「ここは釣りする場所でナンパする所じゃない。そんな子探すんだったらよそ行けよっ。
わ、私をキモいとか言うあんたらの方が気持ち悪いっ!」
自分のことを『私』と言い慣れないのが、どもってしまう。
「どうかしましたか?」
急に違う声がかけられて、驚いてそっちを見る。
オジサンが二人、いつの間にか近付いてきていた。
時折巡回して釣果を確認して、つり公園のサイトに情報をアップしたりしている、ここの職員の人だ。
「なんでもねェよッ」
朋美さんに構っていた男が言う。
僕が頬を張った男は無言で離れて僕を睨み続ける。
オジサンに返事した方が突き飛ばすように朋美さんの肩を押して、僕たちから間を取った。
ふらつく朋美さんをとっさに支える。
「公共の場はオカマ禁止にしとけッ」
吐き捨てるようにそう言って、男たちは公園から去っていった。
「――大丈夫?」
男たちを追わず、職員のオジサンは僕たちに尋ねてくる。
こっちを見ていた人たちは、それぞれの釣りに戻りはじめていた。
「アタシはいいんですけど、この子が――」
「わ、私は大丈夫です。それより朋美さん……」
目を合わせる。
朋美さんが職員のオジサンに頭を下げた。
「お騒がせしてすみませんでした。今日は――帰ります」
オジサンの方も、朋美さんのことは知っているようだった。
「さっきの男は見たことないが、君はよくここで釣りしてるのを知ってるよ。何かあったら、言ってくれていいからね」
「ありがとうございます。でも今日はご迷惑おかけして、本当にすみません」
もう一度謝って――ギャルっぽくない、丁寧な謝り方だと思った――、僕も合わせて「すみませんでした」と頭を下げる。職員のオジサンは念押しするようにもう一度「大丈夫だね?」と訊いてから、釣り場の奥の方へ歩いて行った。
「いっちゃ――樹、くんっ」
朋美さんが僕に抱きついてきた。
強く。
味覚以外の四感が朋美さんに支配される。
「ありがとう。本当に助かったよ――格好よかったよ」
「そんなことは……」
ない。
必死に言い返してただけだし、お尻とか胸とか触られてスカートをはがされないようにするのが手一杯で朋美さんを守れたとは全然思えないし、あいつらはここの人が来たから退散したんだし――
「僕のせいで、朋美さんまで男呼ばわりされたんですし――」
キモオカマ野郎。
男の言葉が、耳の奥に残っている。
所詮僕なんてそんなものだとボソボソ言うと、朋美さんに「ばか」と小突かれた。
「あんな男の言うことなんて真に受けないの。最初は女の子って言ってたでしょ」
涙を溜めた瞳でそう言って、僕を解放した。
「――帰ろう。また今度一緒に来よう」
頷く。
落ち着いて、周りの目を気にせず竿を振ることはできそうにない。
二人で広げたばかりのものを戻してゆく。すっかり溶けたエサは朋美さんが周りに謝りながら「よかったら使ってください」と譲った。
準備した時より時間がかかったけど片付け終わったところで、声をかけられた。
前に二人で釣りをした時に、隣にいた初老くらいの釣り人だった。
「あんな連中さっさと忘れて、また来なよ。姉ちゃんの振りっぷり、また見せてくれよ、な」
「――ありがとうございます」
朋美さんがふふっと笑った。
「女の子二人、嫌な思い出が残ることになったら同じ釣り場にいる者として申し訳ねぇや。ここの――いや、釣り人みんな、姉ちゃんたちの味方になるぜ、きっとな」
それだけ言って、立ち去った。
――前に見られた時の印象と違って、いい人だなぁ……と後ろ姿を見送っていると、朋美さんが僕の頭をそっと撫でてきた。
「聞いた?『女の子二人』だって」
「あっ……」
そういえば。
朋美さんはもう一度笑って、僕に「ねっ」とさっきよりは気の晴れた感じのする視線を見せてきた。
女の子、か……。
釣具屋に行く気分にもなれず、この日は朋美さんの部屋にバイトに行く前まで一緒にいて、うっかり女装のままバイトに行きそうになったところで自宅に帰り、メイクを落として着替えたのだった。
貼られたエクステを解く時間がなくそのまま行ってしまい、かなり慌てたけど、そのことを朋美さんに話したら楽しそうにしていたので、それはそれでいいか――と思うくらいには、朋美さんのことが気になっていた。
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