あいきゃす!~アイドル男の娘のキャッチ&ストマック

あきらつかさ

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3 キャッチ&ストマック

3-4 さらに、深みへ

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 十数分――体感的には一時間くらいにも感じる長さを待って、朋美さんが車に入ってきた。
「ホントごめん、いっちゃん」
 と、冷たい飲み物を出される。
「いえ……」
 お茶のペットボトルを受け取って、ぼそぼそと僕が言うと、朋美さんは少しむっとした口を見せる。
「なに、気になるの?」
 そりゃもう、意識のほとんどがそこに奪われてるくらいに。
 ――とは言えず、ただ頷く。
「イトコ」
 朋美さんの答えは、短かった。
「いとこ……?」
「そ」
 炭酸水を開けてひと口飲み、エアコンの冷風を首元に向ける。
「ユキ兄――、ってちょっと年の離れたイトコでさぁ、そういやこっちで働いてるってけっこう前に聞いてたのに忘れてた」
 ――えっ?
「ゆき、こ、さん?」
 朋美さんが頷く。「どうかした?」
「え、だって、――」
「あぁ」
 そこで朋美さんが笑声をあげた。「そっかぁ、そっかそっか、いっちゃんゴメンねぇ」と笑いながら僕の頭を撫でる。
「SRS済みのFtMなんだ」
 どういうこと? 首を傾げた僕に、朋美さんが続ける。
「もと女性――戸籍上はまだそうだけど、手術もして、男として暮らしてるの」
 彼――と思ったけど、そうだったんだ……
「手術って……」
「性別適合手術」
 あぁ、そういう……
 イトコ、という血縁関係だったということと体感より早く車に戻ってきたことを思って、少し気持ちを落ち着かせる。
「ほんとに男の人みたいでしたよ」
「それ言うとユキ兄さん喜ぶよ。ユキ兄さんはいっちゃんのこと、女の子と思ったみたい」
 そっか。そういう人の目からも、僕は女の子に見えるんだ。
 朋美さんはうって変わって、にやっとしていた。
「妬いた? いっちゃん、もしかして」
「そっ――」
 そんなことは、ある――正直なところ。
 僕は目線をそらすように俯くが、
「ユキ兄さんね、彼女いるよ」
「えっ」
 振り上げた頬に、朋美さんのネイルが刺さった。
「へっへー」
 朋美さんが笑う。
「いっちゃんはやっぱり可愛いね」
「もう……からかわないでください」
 ずっと振り回されている気がしてくる。
 でもそれは――嫌ではない。
 決して。

◇◆◇

 あの放送の反響はよっぽど良かったようで、『いつきとトモのキャッチ&すとまっく』は全十二回の準レギュラー放送が決定した。
 スタッフは変わらず、二週間ぶりくらいに打ち合わせで会った時には何か同窓会のような懐かしささえ感じた。
 コンセプトも同じ方針で進めるということで、それほど滞るような会議にはならなかったこともその理由の一端かもしれない。
 どちらかというと近況報告――それも僕と朋美さんの――が主で、僕が自分のロッドを買ったことで第一回はその話から、ということになった。前の放送は第ゼロ回という扱いにするらしい。
「BDとか販売することになったら、特典で入れるかもな」
 當さんは、自分の企画が当たってきていて嬉しそうだった。
 その上で前回からの変更点として、料理をするのは局のキッチンではなくマンションの一室だとか、釣り場から移動する車内や釣り以外のことも入れることを画策しているようだった。
 部屋は撮影日程に合わせて、局よりは近い品川にあるデイリーマンションを借り、車は局の社有車として持っているものを使うということだった。
 デイリーマンションは『いつきの部屋』という設定になるらしい。
 そういうところでも『ドキュメント感』を演出する意図だった。
 僕が、というのは前回でも隠していないから、そのまま。
 一度だけなら、と思っていたのにまさかの展開に流されて、内心戸惑う。
 朋美さんはというと――「いっちゃんと同じ」と肩をすくめた。
「でも、今更断れないし逃げられないよね」
 そういう朋美さんの覚悟というか決意というか、何か意志めいた色の漂う瞳に、僕の心も引き締まる。
「――親が知ったら、殺されるかも」
 本音だけど冗談めかして言うと、朋美さんは「なにそれ、マジで?」と目を丸くする。
「カミングアウトしちゃえばいいじゃん」
「簡単にいけばいいですけどね……」
 CS放送、というのがまだバレる危険性が少なそうには思えた。ネットなどもあまり見ないはずだし、親に知られていることは今のところ、なさそうだった。
 つい最近『大学の方はどうなんだ、ちゃんと勉強してるのか』とか『生活できてる?』などと電話でやりとりしたところだったし。

 翌週からさっそく第一回を撮ることになった。
 第二回を撮る頃には梅雨明けが宣言され、第三回は試験後の夏休みに入った頃の収録だった。
 そして、第四回。
 少し慣れてきたオープニングトークの途中に「ヘイ彼女たちっ!」と声がかぶさってきた。
 声だけではない。
 朋美さんの隣――カメラの範囲に入ってきたのは、長めのロッドと小振りなタックルボックスを手にした一人の女性だった。
 僕より少し背が高く、朋美さんよりは低い。
 明るめの栗色の髪はややふわっとしたストレートで、ぱっちりした目に華がある、と思った。
 僕より――ほとんどシリコンブラとパットで作っているふくらみだけど、マッサージなどでわずかにできてきている――胸が大きい。朋美さんほどじゃないけど。
 FCSのパーカーの下はボーダー柄のシャツと七分丈のデニムパンツ。派手すぎず地味すぎず、アクティブな印象だった。
 彼女は朋美さんの身長とバストに「でかっ」とつぶやいた後、僕たちを指差した。
「最近ウワサのギャルと男の娘ってのは、君たちねっ」
「えっと……」
 ADさんがボードを出したのが目に入った。
「能登――さん?」
 ボードには『釣りガールズの能登のとひかるさん』と走り書きで書かれていた。
 當さんもADさんも知らなかったようで、どう反応するか困ったような表情を見せていた。
 それを朋美さんもさっと見る。
「釣りガールズ?」
「ピンポ~ン」
 能登――ひかるさんが、自分で音を出してウインクをひとつ。
 僕たちもあまりに状況についていけない表情になっていたのか、當さんがカメラを止める。
「ひかるちゃん、どうしてここに?」
 と近付いてきた。
 ひかるさんは「乱入ですよっ」と當さんに強めに言う。
「急に人気出てきた二人に、釣りガールズを代表してあたしが――」
 そこまで言って、當さんの視線に肩をすくめて言い直す。
「と、いうのは違うけど、まあなー、って」
 計算のうかがえる笑顔だった。
『釣りガールズ』の説明をもらう。FCSでそう呼んでいる数人の女性の釣り人たちで、地方のフリーアナウンサーとかグラビアアイドルとか、色々な女の子がいるのだとか。
 ひかるさんはその一員で、メインを務めている番組もある――そういえば最初に當さんに見せてもらった何本かの釣り番組の中にあったような気もする。
「ギャラ出す予算ないぞ」
「はぁーい」
 當さんが言うのを軽く返して、簡単に段取りを打ち合わせして、撮り直しがはじまる。
 この回はオープニングの途中でひかるさんが乱入し、釣りで勝負! という流れになった。
 僕とひかるさんの対決で、勝敗は釣った魚種とサイズでポイントを稼ぐという――ひかるさんの番組でやってる計算法で、となった。
 時間は、用意したエサがなくなるまで。いつもの感覚だとだいたいお昼前後くらいだ。
 ほぼ初心者の僕へのハンディキャップとして、朋美さんが釣ったものの中から二匹選んで加算できる、ということになる。
 僕たちが負けたら、ノーギャラでひかるさんの番組にゲスト出演、となった。
「そりゃ、アタシも頑張らないとねー」
 朋美さんが僕の肩を抱いてくる。
 ではいざ勝負――となる前に、ひかるさんが訊いてきた。
「んで、見た目といい声といい、いつきちゃんはホントに男なの?」
 どうやって証明したらいいのか困っていると――ひかるさんが「じゃあっ」とハグしてきた。
 朋美さんのほどじゃないけど柔らかな胸に圧され、ひかるさんの片手が股間に触れてくる。
「え、ちょっ!?」
 スカートの上からだけど大きくなりかけてる僕の『男』の部分を探って――もう片方では骨格を確かめるように背を撫で回してから、離れる。
かぁ……」
 ひかるさんはその手を見て呟く。
 僕は――半ば演技で、恥じらうようにスカートをおさえて俯く。
「ま――まあいいわっ! 勝負開始よ!」
 気を取り直したようにひかるさんが僕を指差して明るく宣言した。
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