15 / 32
3 キャッチ&ストマック
3-5 女子3人(?)釣り勝負!
しおりを挟む
さすがに番組を持っていて『釣りガールズ』と称されているだけのことはあって、ひかるさんの腕は確かだった。
勝負開始早々にアジを一匹釣り上げる。
ひかるさんの仕掛けはジグだった。
僕が物珍しそうに見たからか「使ったことない?」と教えてくれる。
続けてもう一匹。
その次は朋美さんが釣り上げる。
「やるねぃ」
ひかるさんが笑う。その表情にタレントらしい「絵感」があると想った。
僕を中心にして、左に朋美さん、右にひかるさんが立っている。
ひかるさんが声をかけてきたり、釣りと関係ない女子的な話が広がったりする。
一時間くらい、僕はエサを詰めたカゴを落としても釣れない時間が続く。
その間にひかるさんと朋美さんは小さいのを釣ってリリースしたりしている。
僕は何度めか竿を引き上げ、エサを入れてまた、ぽちゃんと投入する。
勝負とは別に、女子三人――僕は女子じゃないけど――で釣りするのは楽しく思えた。
「なんというか――楽しいです、いつもとちょっと違って」
左右を見て言う。
朋美さんも「同感」と頷いてくれて、ひかるさんは「釣れてなくてもそう言えるのは、立派に釣り人だわ、いつきちゃん」と親指を立ててきた。
竿を引く。小さな抵抗感があった。
伸ばしすぎて底で何かに引っかかったのかと思って何度か上下左右に振り回していると抜けたようで、ふいっと軽くなる。
そして――
「わっ!?」
もう一度小さな手応えがあったと想った次の瞬間、手にガツンと重みが響いた。
竿がしなる。
リールを巻くが、下に引っ張られる感覚が強い。
「いっちゃん、どった?」
朋美さんが僕の手元に目をやる。
「根掛かり?」
「いえ、なんだか――重、っ」
海底に取られたようには思えない、振り回される手応えだった。
「無理しない、急ぎすぎないっ」
朋美さんが言ったのを、ひかるさんが「助言ずっるいなぁ」と冗談めかして笑いつつ、やっぱり僕の竿に注目していた。
じょじょに抵抗は減り、重みは続く。
上がってきた魚に、僕以外のほとんどが驚きの声を上げた。
二十センチもない。赤というか赤黒めで斑点があって、背ビレや頭はトゲトゲしていて――
「なんでサビキでガシラが釣れるん!」
関西っぽいイントネーションでひかるさんが突っ込んだあとに、はっと口を押さえた。
「ガシラ?」
「カサゴだね」
朋美さんに借りたプラトングで魚を掴んで針を外していると、當さんに声をかけられた。
「下顎持って、カメラに見せて」
大きな口に親指を入れてぐっと掴んで、カメラに向ける。
「釣れましたー……って、カサゴ? ガシラ?」
地域で呼び方が違う、と教わったあと、朋美さんに囁かれた。
「超旨いよ」
吐息のような声に心臓が跳ねる。
ともあれ今日の初釣果だし、勝負は続く。
カサゴをバケツに入れて、次を狙う。
僕の竿に反応があったのは、それからさらに一時間後くらいだった。
エサはほぼなくなってきていた。
今度は、ゆらりとした重みだった。
イワシの振動ともアジの引きとも違う。じわりと、ぐいぐい引かれる感じだった。
首を傾げながらゆっくりリールを巻いてゆく。
「いっちゃん?」
「うん、なんだか――って、んんっ?」
平べったい魚がかかっていた。
さっきのカサゴより小さい。黒い縦縞が全身にある。
また、ひかるさんが目を丸くしていた。
「サンバソウ!? ほんとに!?」
針を外して、両手でしっかり持ってカメラに見せていると、ひかるさんが近寄ってきた。
「イシダイの若いのよ。魚仕込むなんてありえないけどさぁ……まじかぁ。
いつきちゃんのサビキ、どうなってんのよ」
竿を置いて僕の仕掛けを持ち上げる。
「はぁ、なるほど。解りはするけど……」
と、柵を掴んでしゃがみこむ。
「えっと――ひかる、さん?」
「気にしないでいい。あたしのメソッドがちょっと揺らいだだけ」
ひかるさんは何度か屈伸して、立ち上がる。
「気を取り直していくわよっ!」
と拳を握ったところに、にやりと笑う朋美さんがエサバケツを示した。
「うっそぉぉぉ!」
エサは、空になっていた。
勝負は、僕たちの勝ちになった。
僕が釣ったのは二匹だけだったけど、どちらもポイント的には相当稼いだらしい。
釣りは終了して、デイリーマンションへ移動する。
移動中に魚種解説のサイトでカサゴとイシダイを調べて、作るものの方針を決める。
前日から借りていて『いつきの部屋』に作っている――実際に僕は、前日の夜はここに泊まっていて、料理道具や調味料も先に持ち込んでいた。
局のある都内より近く、十五分くらいで到着する。
今回は、ひかるさんも付いて来ていた。
僕がいちから料理するのを見て、また驚きの声をあげる。
「ガチだったの!?」
振り返って當さんに言う。
「どれだけ低予算でやってるんですか! こんな可愛い男の娘たちの番組なのに」
當さんが肩をすくめ、僕が「まあまあ」と苦笑して見せる。
「僕、料理するの好きですから」
今回は暑い季節に合わせるように、涼しいメニューにする。
僕の釣った二匹はそのまま刺身に。
数のある――ひかるさんのも合わせた――アジは刺身となめろう、それにマリネにしてみる。
三人で囲む。
朋美さんとひかるさんはビール、僕はグレープフルーツソーダで乾杯となった。
ひかるさんが、何度めかの驚声で唸る。
「うぅ……美味しい、っ。
いつきちゃんの女子力ハンパない……っ」
「それほどでは……」
カサゴは見た目に反してクセのない白身の上品な味わいだった。
サンバソウは、小さくても鯛だなあ、と思う。
「いっちゃん飲まないのに、よくこんなビール案件量産できるよねー」
「お酒ダメなの?」
「未成年ですよ」
ひかるさんが椅子の背を支えにして仰け反った。
「若そうだとは思ってたけど……もうっ」
撮られ続けている。そのためのオーバーリアクションなのか素なのか、ひかるさんはがばっと姿勢を戻した。
「完敗だわ、いつきちゃん。
――それで、あたしが負けたらどうするんだっけ」
「あっ」
そういえば、考えてなかった。
朋美さんと見合って、笑う。
「どうします?」
「そうねぇ……」
少し朋美さんと見つめあった後、僕が言う。
「じゃあ、友達になってください」
「天使か!」
ひかるさんにツッコまれる。
「こっちこそお願いするわよ、そんなのっ!」
三人でスマホを寄せ合って、連絡先を交換する。
それからエンディングになった。
座ったまま、テンションを切り替えた朋美さんが進行する。
「今回は意外な展開でしたねー。でも面白かった!」
「ていうか、いつきちゃんスゴいわ。釣りも料理も」
「そんな、ビギナーズラックですよ」
思ったとおり言うと、ひかるさんに否定される。
「そんなジンクスはあたしは信じてないの。たまたまかも知れないけど、ちゃんと釣れる条件が合ったってことよ。そこにベテランもビギナーもない」
でも、と握手される。
「その条件を上手く合わせられるかが腕前で、釣果につながるよ。
また一緒に行こうね」
「ええ、三人で」
「キミたちも今日から釣りガールズだっ! なんてね」
「僕、男ですよ……」
収録はここまでだった。
カメラが止まった途端、ひかるさんが立ち上がって當さんに頭を下げた。
「ありがとうございます!」
それから僕たちに振り返る。
「乱入で相手してくれて、なおかつ無茶振り付き合ってくれて、本当にありがとう」
真面目なまなざしで、僕たちを見つめていた。
その変化に僕は驚くけど、朋美さんがにこやかに返す。
「こちらこそ、楽しかったですよ」
ギャルっぽい言い方ではなかった。
この回は『神回』と呼ばれるようになった。
勝負開始早々にアジを一匹釣り上げる。
ひかるさんの仕掛けはジグだった。
僕が物珍しそうに見たからか「使ったことない?」と教えてくれる。
続けてもう一匹。
その次は朋美さんが釣り上げる。
「やるねぃ」
ひかるさんが笑う。その表情にタレントらしい「絵感」があると想った。
僕を中心にして、左に朋美さん、右にひかるさんが立っている。
ひかるさんが声をかけてきたり、釣りと関係ない女子的な話が広がったりする。
一時間くらい、僕はエサを詰めたカゴを落としても釣れない時間が続く。
その間にひかるさんと朋美さんは小さいのを釣ってリリースしたりしている。
僕は何度めか竿を引き上げ、エサを入れてまた、ぽちゃんと投入する。
勝負とは別に、女子三人――僕は女子じゃないけど――で釣りするのは楽しく思えた。
「なんというか――楽しいです、いつもとちょっと違って」
左右を見て言う。
朋美さんも「同感」と頷いてくれて、ひかるさんは「釣れてなくてもそう言えるのは、立派に釣り人だわ、いつきちゃん」と親指を立ててきた。
竿を引く。小さな抵抗感があった。
伸ばしすぎて底で何かに引っかかったのかと思って何度か上下左右に振り回していると抜けたようで、ふいっと軽くなる。
そして――
「わっ!?」
もう一度小さな手応えがあったと想った次の瞬間、手にガツンと重みが響いた。
竿がしなる。
リールを巻くが、下に引っ張られる感覚が強い。
「いっちゃん、どった?」
朋美さんが僕の手元に目をやる。
「根掛かり?」
「いえ、なんだか――重、っ」
海底に取られたようには思えない、振り回される手応えだった。
「無理しない、急ぎすぎないっ」
朋美さんが言ったのを、ひかるさんが「助言ずっるいなぁ」と冗談めかして笑いつつ、やっぱり僕の竿に注目していた。
じょじょに抵抗は減り、重みは続く。
上がってきた魚に、僕以外のほとんどが驚きの声を上げた。
二十センチもない。赤というか赤黒めで斑点があって、背ビレや頭はトゲトゲしていて――
「なんでサビキでガシラが釣れるん!」
関西っぽいイントネーションでひかるさんが突っ込んだあとに、はっと口を押さえた。
「ガシラ?」
「カサゴだね」
朋美さんに借りたプラトングで魚を掴んで針を外していると、當さんに声をかけられた。
「下顎持って、カメラに見せて」
大きな口に親指を入れてぐっと掴んで、カメラに向ける。
「釣れましたー……って、カサゴ? ガシラ?」
地域で呼び方が違う、と教わったあと、朋美さんに囁かれた。
「超旨いよ」
吐息のような声に心臓が跳ねる。
ともあれ今日の初釣果だし、勝負は続く。
カサゴをバケツに入れて、次を狙う。
僕の竿に反応があったのは、それからさらに一時間後くらいだった。
エサはほぼなくなってきていた。
今度は、ゆらりとした重みだった。
イワシの振動ともアジの引きとも違う。じわりと、ぐいぐい引かれる感じだった。
首を傾げながらゆっくりリールを巻いてゆく。
「いっちゃん?」
「うん、なんだか――って、んんっ?」
平べったい魚がかかっていた。
さっきのカサゴより小さい。黒い縦縞が全身にある。
また、ひかるさんが目を丸くしていた。
「サンバソウ!? ほんとに!?」
針を外して、両手でしっかり持ってカメラに見せていると、ひかるさんが近寄ってきた。
「イシダイの若いのよ。魚仕込むなんてありえないけどさぁ……まじかぁ。
いつきちゃんのサビキ、どうなってんのよ」
竿を置いて僕の仕掛けを持ち上げる。
「はぁ、なるほど。解りはするけど……」
と、柵を掴んでしゃがみこむ。
「えっと――ひかる、さん?」
「気にしないでいい。あたしのメソッドがちょっと揺らいだだけ」
ひかるさんは何度か屈伸して、立ち上がる。
「気を取り直していくわよっ!」
と拳を握ったところに、にやりと笑う朋美さんがエサバケツを示した。
「うっそぉぉぉ!」
エサは、空になっていた。
勝負は、僕たちの勝ちになった。
僕が釣ったのは二匹だけだったけど、どちらもポイント的には相当稼いだらしい。
釣りは終了して、デイリーマンションへ移動する。
移動中に魚種解説のサイトでカサゴとイシダイを調べて、作るものの方針を決める。
前日から借りていて『いつきの部屋』に作っている――実際に僕は、前日の夜はここに泊まっていて、料理道具や調味料も先に持ち込んでいた。
局のある都内より近く、十五分くらいで到着する。
今回は、ひかるさんも付いて来ていた。
僕がいちから料理するのを見て、また驚きの声をあげる。
「ガチだったの!?」
振り返って當さんに言う。
「どれだけ低予算でやってるんですか! こんな可愛い男の娘たちの番組なのに」
當さんが肩をすくめ、僕が「まあまあ」と苦笑して見せる。
「僕、料理するの好きですから」
今回は暑い季節に合わせるように、涼しいメニューにする。
僕の釣った二匹はそのまま刺身に。
数のある――ひかるさんのも合わせた――アジは刺身となめろう、それにマリネにしてみる。
三人で囲む。
朋美さんとひかるさんはビール、僕はグレープフルーツソーダで乾杯となった。
ひかるさんが、何度めかの驚声で唸る。
「うぅ……美味しい、っ。
いつきちゃんの女子力ハンパない……っ」
「それほどでは……」
カサゴは見た目に反してクセのない白身の上品な味わいだった。
サンバソウは、小さくても鯛だなあ、と思う。
「いっちゃん飲まないのに、よくこんなビール案件量産できるよねー」
「お酒ダメなの?」
「未成年ですよ」
ひかるさんが椅子の背を支えにして仰け反った。
「若そうだとは思ってたけど……もうっ」
撮られ続けている。そのためのオーバーリアクションなのか素なのか、ひかるさんはがばっと姿勢を戻した。
「完敗だわ、いつきちゃん。
――それで、あたしが負けたらどうするんだっけ」
「あっ」
そういえば、考えてなかった。
朋美さんと見合って、笑う。
「どうします?」
「そうねぇ……」
少し朋美さんと見つめあった後、僕が言う。
「じゃあ、友達になってください」
「天使か!」
ひかるさんにツッコまれる。
「こっちこそお願いするわよ、そんなのっ!」
三人でスマホを寄せ合って、連絡先を交換する。
それからエンディングになった。
座ったまま、テンションを切り替えた朋美さんが進行する。
「今回は意外な展開でしたねー。でも面白かった!」
「ていうか、いつきちゃんスゴいわ。釣りも料理も」
「そんな、ビギナーズラックですよ」
思ったとおり言うと、ひかるさんに否定される。
「そんなジンクスはあたしは信じてないの。たまたまかも知れないけど、ちゃんと釣れる条件が合ったってことよ。そこにベテランもビギナーもない」
でも、と握手される。
「その条件を上手く合わせられるかが腕前で、釣果につながるよ。
また一緒に行こうね」
「ええ、三人で」
「キミたちも今日から釣りガールズだっ! なんてね」
「僕、男ですよ……」
収録はここまでだった。
カメラが止まった途端、ひかるさんが立ち上がって當さんに頭を下げた。
「ありがとうございます!」
それから僕たちに振り返る。
「乱入で相手してくれて、なおかつ無茶振り付き合ってくれて、本当にありがとう」
真面目なまなざしで、僕たちを見つめていた。
その変化に僕は驚くけど、朋美さんがにこやかに返す。
「こちらこそ、楽しかったですよ」
ギャルっぽい言い方ではなかった。
この回は『神回』と呼ばれるようになった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
11
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる