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4 JD(女装大学生)生活、はじめます

4-1 ナンパ? じゃなくて勧誘

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 夏休みだったけど、収録やバイトの合間に大学へ行く用事があった。
 今日も、女の子モード。
 オフショルダーのブラウスと膝上のスカート、ミュールも履きなれてきた。
 荷物は大きめの魚柄のトートバッグに。
 女装でいることが、ほとんど毎日になってきていた。
 たまにするときはあるとはいえ、男物を身に着けることは減っている。
 チェストの中も、ハンガーラックにかけているものも、女物が増えている。
 メンズ服はぶかぶかになることが多く、レディス服がちょうどなことが多い。
 女の子の服は色も形も様々なものがあって、見ているだけでもいいし着るともっと楽しい。アクセサリーも可愛いし、髪の結び目を飾るだけでも気持ちが少し上向く。
 何より、スカートが楽だ。
 マユミさんに世話になって脱毛もはじめて、スキンケアもして、仕草や声にも気をつけ続けている。
 苦じゃない。
 むしろ、心が軽い。
 思い出せば、ずっと幼い頃に女装させられたことがあった。
 あの時も楽しかったような気がする。そしてそれ以来「男らしくしなさい」と言われ続けて、僕が可愛らしいものを欲しがったりすると怒られるようになったようにも思う。
 今や、僕はその束縛を抜けて、好きな暮らしの中にいる。
 周りも、それを受け入れてくれている。
 それがとても、楽な気持ちでいられる。
 そんな日々になっていた。
 ひかるさんと釣り勝負をした次、第五回の釣果は散々で、僕と朋美さんは釣具屋ほかで買い物をする、という回になった。
 そこで、二人で主題歌を歌って配信する、ということが決定した。
 ジャケット、というかアートワーク用の写真も海で撮る、という話になっている。
 そのために、近い内に芸能事務所の人と会わせる、とも。
 SNSのアカウントも作るよう言われて用意して、フォロワー数を増やし続けている。
 話がどんどん大きくなってきている気がして、CS放送の十数回程度の番組だけならともかく、それ以上のことになって親にバレたらどうしよう――と不安がまた首を持ち上げてくる。
 それでも、今の自分は続けたいし、朋美さんとも色々なことをしたい。
 芸能事務所に、って言ってもそれがすぐ世間に広まるわけじゃないし、この番組のためということなら――それに、興味がないわけじゃないし、などとポジティブとネガティブな想像が渦巻いている中で、ともかく『キャッチ&すとまっく』は始めた以上最後まで、と妙な責任感のような感覚に落とし所を持ってきていた。
 その打ち合わせが二日後、撮影と録音のスケジュールとそのための準備のことを考え――朋美さんと一緒にすることがひとつ増えたことには胸を弾ませながら総務部で用事を済ませて、外に向かって歩いていると声をかけられた。
「いつき、ちゃん?」
「えっ――はい?」
 知らない男の人だった。
 大学生か、僕と年齢はそう変わらないように見える。
 細身で眼鏡で大人しそう――ナンパするような軽さに見えない。
 僕より背は高い――というより、ギリギリ百六十センチない僕よりたいていの男の人は身長はある。
「えっと、何ですか?」
 彼は僕をぽかんと見て「本物だ……マジか、これで男とか反則だろ……」とか呟いて、ハッと眼鏡の位置を直す。
「あっ、ああ、失礼。
 自分は手寅てとら、三年で――」
 と、慌てた素振りで鞄からカドの折れた名刺を出してきた。
 名刺には『横須賀海手大学フィッシングサークル<アングラーズ>代表』とある。
「フィッシングサークル……?」
「そっ、そうなんだ」
 手寅さんが頷く。
 そうか。この大学に釣りサークルがあるんだ。
 関心は湧く。
「今ちょっと時間、いいかな。よかったら話をしたいんだけど――」
 腕時計を見る。朋美さんとおそろいで買ったレディスもの。
 バイトに行く時間までなら、いいかな。
 夏休みの間、ちょっとでも稼ぐために多くシフトに入るようにしていた。今日も夕方から行くことになっている。
「少しなら」
 答えると、手寅さんは嬉しそうに「ありがとう!」と言って、二人で学食へ移動する。
 外の熱気より、冷房の効いた学食は遥かに快適だ。
 僕は自分でコーヒーを買おうとしたのに、手寅さんにおごってもらう。
「しかし、本当に可愛いなあ……」
 向かい合ってしみじみと言う。
「同じ男とは到底思えないんだけど、マジなの?」
「嘘言ってどうするんですか」
 手寅さんは曖昧な笑みを浮かべて「それで――」と切り出す。
「キミの『キャッチ&すとまっく』最初から見てるんだけど――面白いよ」
「わ、ありがとうございます」
「それがまさか、二人ともウチの学生だなんてね」
 手寅さんは煙草を出して、学食内禁煙なのに気付いて、手でくるくる回す。
「それで、トモ――さんは色々聞いたら四年らしいけど、キミは一年――なんだって」
「――どこで知ったんですか?」
 ちょっとイヤな気持ちになるけど、手寅さんは「勝手に調べて失礼だとは思う。でも、だいたいは講義に出てるのを見たり、教授に聞いたり、そんなのだよ」と言い訳めいた理由を聞いて、それは仕方ないかも、と思い直す。
「それで、お願いしたいんだけど――」
 手寅さんは煙草を挟んだままの手をぱっと合わせて、僕を拝むように頭を下げてきた。
「ウチに入ってくれないか、頼む!」
 意外な展開に戸惑う。
「ウチって――サークルに?」
「ああ」
 顔を上げて、手寅さんが続ける。
「同じ大学で、釣りに傾倒している者同士なんだ。そこに男女の別はないと思うし、情報の共有やアドバイスなんかでもキミの利になる部分はあると思うんだが、どうだろう?」
 といっても男しかいないんだが、と苦笑する手寅さんが、少し面白く見えた。
「僕だけ――ですか?」
 朋美さんは? というのが気になる。
 手寅さんが煙草を回す。
「彼女は、ほら、四年だから」
 朋美さんが院に進む――つまり、もう少しここに通うことを僕は知っているけど、その情報は彼に伝える、というより朋美さんの知らないところでベラベラ話すことじゃない、と思う。
「就活とかどうしているのか知らない――このままメディア関係に行ったりするのか?――ともあれ、ウチはこの大学創設からあるサークルなんだし、今更って気がしてる」
 手寅さんの口調がやや早口になる。
「でもキミは一年だ。学生生活的にはこれからの方がまだまだ長い。
 どうだろう。それとももう何か部活やってたりするのかな――いや、掛け持ちでもウチは一向に構わないんだけど」
 一気に言われて、気持ちが退き気味になる。
 グイグイ押し込んでこられるのは――朋美さんだけでいい。
「ぜひ、お願いしたい」
 手寅さんがもう一度頭を下げてくる。
「ちょっと……考えていいですか」
 朋美さんに相談したくて、そう言っていた。
 僕は時計を見て、立ち上がる。
「もちろん。その――」
 僕が手に持ったままだった名刺を指差す。
「アドレス宛にメールしてくれるか、部室まで来てくれてもいい。夏休み中でもだいたい、誰かいることが多い」
 名刺を裏返すよう指示されて裏面を見ると、大学の簡単な地図があった。印されているのがサークルの部室、ってことかな。
「わかりました。
 コーヒー、ごちそうさまです」
 ぺこっと頭を下げて席を離れようとすると、手寅さんもついて来ようとする。
「あの――バイト行くんですけど」
「えっ、あ、ああ……」
 手寅さんが足を止める。
 人のことをいえる僕じゃないけど、女の子慣れしていないんだろうな、と思う。
 女の子じゃない僕にまでそんなに緊張することないのに……
 僕は手寅さんに会釈してから、少し早足になって学食から外へ、そのまま大学からも出た。
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