あいきゃす!~アイドル男の娘のキャッチ&ストマック

あきらつかさ

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4 JD(女装大学生)生活、はじめます

4-3 男……ですよ

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◆◇◆

 汐入から久里浜まで京急で六駅。自室には戻らずそのままバイトしているコンビニへ行く。
 バイトも、ほとんど女の子姿でするようになっていた。
 男女に分けられていない更衣室は、ドアの札で人の有無を示し、誰かが入っていたらノックするように決められている。僕は自分にあてがわれたロッカーから制服のシャツ――これも、胸の関係で女物にしてもらった――を出す。
 ブラウスを脱いで、キャミの上にシャツを着て、スカートはそのまま靴をスニーカーに履き替える。
 軽くメイクと髪を直して、店内へ。
 前の時間の人から引き継ぎをして、店内のチェック。
 夕方の時間帯はもう一人女の子のバイトがいて、ガールズトークもしたりする。
 男のことでは意外そうに「深瀬さんってそういう格好してるから、男の人が好きなんだと思った」と言われたことはあるけど、女子同士的な気の許し方をされている――と感じる。
 忙しくなることは、まずない。
 それでもこの時間帯は近くに車の教習所があったり、橋を渡ると陸自の官舎もあるからか来店客はあるし、夕方の入荷もあるから、仕事はある。
 とはいえそれも夜までだ。
 夜シフトの時間帯になって女の子が上がり、しばらく僕一人になる。
 フライヤーを洗ったり、入荷してきた明日発売の女性誌や漫画誌の紐を解いて読んだりして時間を過ごす。
 お客さんはほぼ来ない。
 ずっとサボりっぱなしじゃないからか、深夜帯にやって来る店長も、何も言わない。
 ――ところが、この時の店長は、違った。
 朝四時。夜は明け始めている。
 この時間からでも釣りに行けそうな気がするけど、海辺つり公園は五時開場だ。
 早朝シフトのフリーターさんに引き継ぎをして更衣室に入り、制服から着替えたところで、ドアがノックされた。
「はい?」
「深瀬――くんだけ? ちょっといいかな」
 店長の声だった。
 僕が更衣室の鍵を開けると、渋い顔の店長が入ってきた。
 店長は僕の服装――オフショルダーで肩が大きく出ているからか、目線を泳がせる。
「どうしました?」
 普段あまり、何か言ってくる人ではなかった。
「ん、うん……」
 店長は言い淀むように咳払いをする。
「深瀬くんのシフト、もっと早い時間帯にできないかな。せめて三芳さんくらいとか、できれば昼間に」
 三芳さんは、夜まで一緒にいた女の子だ。
「えっ……どうして、ですか?」
 昼間は収録になることもあるし、それに――
「夏休みの今はともかく、大学始まったら昼間は難しいですよ」
「そう――だよなぁ」
 言い始めたからには最後まで言う、そんな感じで店長は続ける。
「どうしてもできないなら、うちで続けてもらうのはちょっと……」
 辞めろ、ってこと? 納得できない。
「このままじゃ駄目なんですか?」
「まあ、そうなる」
 店長の視線が、僕の全身に回る。
 肩から胸へ、腰を通って膝から足先まで。
「こんな時間帯にが働いてるのはどうか、って言われてるんだ」
「そんな……僕、男ですよ」
「そう見える格好してないだろう」
 店長はため息混じりに言う。
「深瀬くんが真面目に働いてくれてるのはよく解ってる。それでも、女の子――に見える子を、この時間に置いてるってのは治安上、ちょっとなぁ」
「苦情とかあったんですか?」
 店長はこめかみを指で押して、
「それだけじゃないし、それどころじゃない」
 と、またため息を吐いた。
「女装するのをやめて――と言ってもその髪と顔だと女の子に見えるなぁ。
 やっぱりシフト変えないと厳しいよ」
 女の子っぽいから駄目、だなんて……
「今まで、何もなかったじゃないですか」
「これから何かあるかも知れない」
 店長が額に皺を刻む。
「働きっぷりが変わらないから、君がどんな格好してきても僕は何も言わないようにしてきたけど……この店だけの問題じゃなくなるかも知れないんだ」
 そう言って、店長は結論を自分にも言い聞かせるように、更衣室のドアに貼ってあるシフト表を見ながら僕に告げた。
「次は明日、というか今夜か。
 今夜から、深夜シフトには入らなくていい――というか、来てくれても働かせられない。夕方ならまだいいけど……」
 シフト表には別の人の予定がしっかり入っている。
「と言っても、他のシフトは決めてあるからなぁ。君のために他全部を変えるなんてできないし、とりあえず決めてる分は夜までで、来月後半から調整するか、か」
 そこに僕が入ったところで、分担するだけの仕事があるようには思えない。
 シフトは翌月半ばまでもう決まっている。
「すまないけど、夜は深瀬くんは来なくていい」
 もう一度言われる。
 来なくていい。
 思考が止まる。
「そんな……」
「いいね。考えてくれ。
 ――今日はお疲れさん。上がってくれていいよ。というか帰りなさい。やっぱり女の子としか思えないし、帰り道気をつけて」
 これで話は終わり、とばかりに店長は更衣室から出ていった。
「あ、えっと……」
 頭がついていかなくて、店長を見送るばかりだった。
 そんなに、女の子してる?
 ロッカーの鏡に映る自分と目を合わせて、浮いたメイクを直して――ほとんど無意識にそうしているのに気付いて、手元を見る。
 女の子に……見える?
 僕は、男だよ。
 スカートの上から、股間にふれる。
 ショーツに包まれた、女子にないふくらみがそこにあるのを確かめる。
 ほら、女の子じゃない。
 治安って。
 男の僕にそんな、何か起こるわけないのに。
 ――僕だけで考えていても仕方ない。
 バッグを出して、スニーカーを入れる。
 ミュールに足を通して更衣室から店内に入ると、在庫確認をしていた店長と目が合った。
「お疲れさん。
 さっきの話――よろしくな」
 複雑な表情を浮かべてそう言って、店長はドリンクのコーナーへ歩いていった。
 僕との話はもうない、という背中だった。
 店長を追えず、何も言えなくて、僕は破棄扱いのお弁当と豆乳と女性向けドリンク剤を買って、コンビニを出たのだった。
 女の子みたいだから深夜シフトは駄目、って……
 簡単に言うとそういう話を突きつけられて、僕はどうしたらいいのかわからなくなっていた。

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