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4 JD(女装大学生)生活、はじめます

4-5 男のイヤな部分、僕も男なのに

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 手寅てとらさんにメールを入れて、大学の部室に顔を出したのはそれから二日後だった。
 その間に僕はコンビニのバイトを辞めた。
 部室には、部員の半分くらいが夏休み中だというのに集まっていた。
 手寅さんを含めて全部で五人。
 それほど広くない部室は釣り雑誌や道具が散乱し、壁に付けられたフックには数本のロッドがかかっていた。
 さすがに床に針が落ちていることはなかったけど、ウキとか錘とか踏んだら痛そうなものがいくつか転がっている。
 部室の真ん中にパソコンとモニターがあり、部屋はどことなく生臭い。
 男所帯の部屋ってこんな感じになるのか……という印象だった。
 僕が行くと――この時は七分袖のシャツと、膝下まであるゆったりしたジャンスカにしていた――何ともいえない歓迎ムードだった。
 座布団が用意され、囲まれる。
 僕の使ってるのと違う感じのロッドがあって、その説明を聞いたり、雑誌をパラパラ見ている間もお茶が出てきたり、お菓子が出てきたり、と下にも置かない扱いをされる。
 この日は簡単に挨拶だけして、帰ろうとすると他の部員たちに相変わらず囲まれたまま駅まで同行された。
 朋美さんには『姫だね』とからかわれる。
 そんなことない。この時期の新入部員だからだろう、と思っていた。
 数日後に『歓迎会』と称して汐入まで呼ばれて、近くの居酒屋へ行く。
 この日は、セーラーカラーのチュニックワンピにスカートを重ねていた。
 他にも一年生がいるらしくアルコールを強要されることはなかった。
 姫かどうかはともかく、チヤホヤされている、と感じる。
 部員たちの反応が明らかに僕を気にしていた。
 と言うか、僕に気に入られようとしているのが、同性の感覚からか感じられた。
「アレ全部、いつきちゃんが料理してるの?」
 誰かが言って、僕が「そうですよ」と頷くとおおっ、とどよめく。
「バス釣りの方が多いんですね」
 僕が言うと、口々にバス釣りの魅力を語り、堤防釣りなんて子供の遊び、とまで言う声が聞こえてきた。
 それで僕は不機嫌な顔をしたのだろう、言った人が殴られる。
「でも、スポーツフィッシングも楽しいよ」
 フォローのように手寅さんが言うけど、モヤッとした気持ちが残る。
「バスって、食べないんですか?」
 僕が聞くと、一瞬の間を置いてどっと笑われる。
「やっぱりいつきちゃんは可愛いなあ」「そういう発想が女の子だよなあ」「その考えはなかったわ~」などと、口々に軽く言われる。
 なんだろう、この『持ち上げてるけど下に見ている感じ』――かすかな不快感が残る。
「処理が面倒だし、臭みは強いしで、あまり食う奴はいないんだ」
 また、手寅さんがフォローじみたことを言う。けど、それもフォローしきれてる気がしない。
 初心者――というより無知な僕の言葉が笑われたような、イヤな感じは消えない。
「手寅ァ、ずっといつきちゃんの隣取ってんなよ」
 部長を押しのけて僕の隣に座ってきた男が、そこから更に僕との距離を詰める。
「いつきちゃん、釣りもいいけど違う遊びもやってみようよ」
「遊び、って……」
 僕は釣りの話がしたくて、知らないことを知りたくて、来てみただけなのに。
「何でもいいじゃん。こうやって飲む仲間もいいし、ドライブでもいいし」
「――釣りの話、したいんですけど」
 また笑われる。
「始めたばっかりで興味津々なんだね~」
 別の男が反対側に来る。
「気持ち解るよ。始めた頃はみんなそう。でも他のことに目を向けるのも面白いって」
 やっぱり、見下されている。
 こんな男ばっかりなのは……イヤだ。
「じゃ、じゃあ――バス釣りのこと、教えてくださいよ。堤防よりいいんでしょう?」
 言ってみる。
「ギャルでもできるお手軽さが堤防の魅力だよなあ」
 ヘタクソな僕はともかく、朋美さんも揶揄するように聞こえる。
「女の子がやるから可愛いなあ、ってなってんだよな、あの番組も」
「いつきちゃん、今度FCSのバス師紹介してよ」
「俺はトモちゃん紹介してほしいな。ギャルだし、遊んでんだろ? 俺一回ギャルとヤってみたいんだよな」
「あ、いいなあ、俺もあの胸でシてほしい――それくらいいいよな、ギャルなんだし」
「トモちゃんはセフレ何人くらいいるの? いつきちゃんもその一人とか」
 下卑た笑い。
 二人の男が好き勝手に言う。
 朋美さんのことを知らないで、外見だけで、好き放題言ってはゲラゲラ笑う。
 下品だ。
 男ってみんな、こんな風なの?
 僕も男だけど、こんな風に笑う自分の想像ができない。
 これが男なら、こんな風に僕はなりたくない。
 腹が立ってきた。
 文句を言おうとしたところで、今までほとんど声を出してなかった一人が、ぼそっと言った。
「お、おれ、バス食ったことある」
「へぇ~、聞かせてください」
 左右の男から逃れるように少し身を乗り出して、斜め前にいた小太りの彼――確か二年の人だ――に話しかける。
 お酒が回ってるのか、隣の男の手が僕の腰に触れてきた。
「やっ――やめてくださいっ!」
「いいじゃん、男なんだろ」
「イヤですっ!」
 普段女の子のような声を出すようにしているけど、悲鳴は上げられない。
 男の手がお尻から太腿に下りてきて、さわさわと撫でられる感触の気持ち悪さが背筋を突き抜ける。
「いや……っ」
「同性のスキンシップだよ、なあ?」
「そうそう」と僕の後ろで男二人が肩を組んでいた。
 僕はそこからどうにか抜け出して、斜め前に移動する。
「聞かせてください。どんな料理できるんですか?」
本栖もとす、どけお前ッ」
 さっきの男が回り込んでくる。
 ばん、と居酒屋のテーブルを叩いたのは手寅さんだった。
「時間だ。店出るぞ」
 怒ったような悩んだような、そんな難しい色を眼鏡の奥に浮かべていた。

 店を出たところでなおも絡もうとするさっきのコンビをタクシーに放り込んで、手寅さんは僕に謝ってきた。
「悪い奴らじゃないんだ」
 それは――解る。
 お酒の力があるのも、身に覚えがない訳じゃない。
 それでも、自分がやっている――朋美さんとやっていることを見下された、という感覚は拭えなかった。
 朋美さんのことをあんな風に言われたのは、許せなかった。
 僕は曖昧に頷いて、さっきの本栖さんに話しかける。
「バス料理のこと、教えてもらっていいですか?」
 本栖さんは目を丸くして、手寅さんを見る。
 手寅さんは僕と彼を見て言った。
「本栖、いつきちゃんを送っていけるか?」
「あっ――は、はい!」
 上ずった声で彼が答える。
 手寅さんは「よし。じゃあ任せた」と頷いて、僕にもう一度謝って、あと一人を促して横須賀駅の方へ歩きはじめた。
 残ったのは僕と本栖さんだけだった。
 僕は本栖さんを見上げる。
「どっちですか?」
 今日はお酒も飲んでないし、電車もまだあるだろうし、一人で帰れる。
 話だけ近くのカフェでして、それで別れてもいい。
「あっ、あの、北久里浜……」
 僕のひと駅手前だ。
「じゃあ方向同じです。行きましょう」
 と、本栖さんより先に、京急の駅に向かった。

 電車の中で、本栖さんが言う。
「う、うちにその時の写真あるけど……見る?」
「おおっ、見たいです」
 彼の顔が明るくなる。
 一緒に駅を出て、彼が一人暮らしをしているというアパートに行く。
 途中飲み物とお菓子を買って「お邪魔します」と入ったのは、部室よりはマシだけどやっぱり男の一人暮らし感の溢れる部屋だった。
「き、汚くてごめん」
「いえ――僕の部屋とちょっと違いますけど、イヤな感じはないです」
 下着が転がってたり万年床みたいな布団だったりするけど、あまり気にならない。
 本栖さんはそれをがばっと布団に丸めて包んで部屋の隅に押しやり、僕が座れるスペースを作ってくれた。
 それから彼が窓用エアコンをオンにして、冷気がふわっと部屋に回りはじめる。
 畳の上に直接、正座から少し崩した、女の子座りに近い感じで座る。
 部屋は、数本のロッドが立てかけられてるのと、タックルボックスが目立つ。
 ようやく、僕がまだ知らない分野の釣りの話ができそうだ。
「見せてもらっていいですか?」
 と、タックルボックスの中身を拝見する。
 色とりどり、大きさも形も違うルアーが丁寧に分けられ、収められていた。
「あと、こ、こっち……」
 本栖さんがパソコンの画面に、焼き魚の写真を出していた。
「おおっ」
 少し腰を上げて、パソコン側に移動する。
 丸ごと塩焼きだったり、ムニエルにしていたり、という写真を見せてもらう。天ぷらもある。何故かハンバーガーがその中に出てきた。
「これは?」
「び、琵琶湖のレストランにある、バスバーガーなんだ」
 タルタルソースのかかったそれは、普通のフィッシュバーガーのようだった。
「く、臭みがキツいって、い、言うけど、ちゃんと処理したら、こ、この通り食べられるし、味も悪くない――よ」
「どんな感じなんですか?」
「お、美味しいよ。寄生虫がいることもあるから、な、生は危険だけど……」
 解説してくれるけど、オドオドした口調が抜けない。
「緊張しないでくださいよ。へぇ~……」
 僕はなおも写真を見せてもらう。
 白身魚の感じは確かに、ホクホクしてそうな感じがする。
 写真は料理の他にも、釣れたばかりのバスとか、サイズ確認しているようなのとか、ルアーだったり風景だったり、色々あった。
 こういうのを見たくて、こういう話をしたかったんだ。
 ルアーは見ているだけで楽しいくらいバリエーションに富んでいる。
「バス番組でもやってみればいいのに……」
 呟く。
「興味湧くなぁ……」
 と、画面に注目していると――抱き締められた。
「っ!? えっ――本栖さん!?」
 首を巡らせる。
 後ろから本栖さんが僕に抱きついていた。
「い、いつきちゃん、っ!」
 腕をぎゅぅっと締められて振り払えない。
 座り込んだ体勢から抵抗するのが難しい。
 横に――抱きすくめられたまま、押し倒された。
「い、いやっ」
 状況を理解して身をよじる。
 本栖さんのほうが身長も体重もあって、上に乗ってこられるとそれだけで少し圧迫されて、苦しい。
 抵抗しようとした手首を掴まれて、両手まとめて頭の上で押さえられる。
 足は、彼の片足に踏まれている。
「す、好きだっ!」
 まさかの告白。
「最初に番組見た時からずっと、好きなんだっ」
「ぼ、ぼく男ですよっ」
「それでもいい――いや、そんなことどうでもいいし、同じ男なら男心を察してくれっ」
 どもりが消えた。
「や――やめてください……っ」
 首をひねって彼の唇を避ける。
 エアコンで回される部屋の空気が僕の鼻をくすぐる。
 畳のにおい。
 汗のにおい。
 かれの吐息。
 本栖さんが体を密着してきた。
 冷房以上に、彼の熱が押し寄せる。
 太腿に当たっているものが、ぐんぐん硬くなっているのがわかる。
 その正体が何か、想像するまでもない。
「本栖さん、やめて――っ」
 鼻息を立てて、彼が顔を僕の胸元に入れてくる。
 体をひねるけど、彼の体重から逃れられない。

 彼の腰が、僕の上で、じわりと、動きはじめた。

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