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03 競敵登場!?
3-3
しおりを挟む授業は滞りなく進み、昼休みも何事も起こらず、放課後になった。
この日はここまでくるみと話をする機会がないまま、終わりのホームルームを迎えた昇だった。
昨日と同じく、手紙は鞄の中から出られる様子はない。
『昇、のーぼーるっ』
授業中は鞄の中で大人しくしていたエリーが、終了のチャイムとほぼ同時に声をかけた。
『魔力の働きを感知したわ――何者か、ここに近付いてる』
『どういうこと?』
机の上を片付けながら、昇はくるみの姿を目で追う。
『戦闘になる公算が大きいわ』
この日も部活なのだろう、鞄とは別のスポーツバッグを抱えたくるみは教室を出るところだった。
教室を見回していた昇と目があって、くるみが爽やかな微笑みを浮かべる。
「比嘉くんもこれから部活?」
ポニーテールがふわりと揺れる。
「えっ、あ、そ――そうだね。浅賀さんも?」
「そうなのよ。全国のタイムと比べられたりしてて、もう大変」
と、くるみは肩をすくめる。
「今朝はどうしたの? ギリギリって珍しいよね」
「あ、うん。ちょっと忘れ物取りに戻ってたから」
「そうなんだ。
わっ、もうこんな時間? 比嘉くん、また星の話聞かせてね」
ちらりと見た、ベルトの細い腕時計を外しながらくるみはそう言って、昇に白い歯を見せた。
「また明日ね」
「う、うん。また明日」
くるみが教室から出ていってからも、昇はしばらくそのままの姿勢でぼけっとしていた。
『昇っ!』
エリーに呼ばれて、はっと顔を上げる。
『何やってるのよ、何者かが接近してる、って言ってるでしょ』
「あ――うん」
昇はまだ、心ここにあらずといった風情で、声に出して返事してゆるゆると席を立った。
鞄を提げて教室から出て、下足とは反対方向へ向かう。
『靴、履き替えるか持って来なくていいの?』
「部活行くから」
『何言ってるのよ、戦いに行かないの?』
「戦いなんてしたくないよ」
昇は校舎と渡り廊下でつながっている、視聴覚棟に向かっていた。
『嫌がっていても敵は来るのよ? もうそこに参加して――』
「それはそっちの勝手じゃないか!」
声を荒げた昇は慌てて周囲を見回して、誰もいないことにふう、と息をつく。
『いきなり巻き込んで、あんな格好させて――』
『浅賀くるみのために用意してたのを、勝手に持ち出したのは昇でしょ』
エリーの調子が、冷たくなってきていた。
「そ、それはそうだけど……」
昇は口ごもる。
『それに、謝礼はするわよ』
視聴覚棟は校舎より建物は小さいが、その名の通りの視聴覚室と図書館、それに部室のいくつかがある。
昇の所属している天文部はこの視聴覚棟の中に部室がある。
『謝礼?』
渡り廊下にさしかかり、昇は少し気持ちを落ち着けたか、声に出さずにエリーに尋ねた。
『ええ。何でも、とは言わないけど実行可能な望みは叶えてあげるわ』
エリーも口調を和らげる。
『あとはそうね、私は昇にはその謝礼とは別に、私たち評協会本部へ招待してあげてもいいと思ってるわよ』
『そ、それって……』
昇の喉がこくり、と鳴る。
渡り廊下の端――視聴覚棟の側で、昇は立ち止まった。
『この惑星で初めての、星系外に出て異星文明と接触する人間になれるかもね』
昇が鞄を落とす。
『痛い!』
「あっ……ご、ごめん」
昇は動揺を隠せない震える手つきで鞄を拾った。
『どう? ちょっとやる気出た?』
『う、うん……』
昇は、視聴覚棟の階段を下りはじめる。
『そういえば朝、格好いいこと言ってたわねぇ。浅賀くるみを戦わせられない、とか何とか』
「もう、わかったよ……やるよ」
そう言いながら、昇は目の前の扉に手をかける。
『天文部』と書かれたプレートが貼られている。
「ちょっと、昇!」
鞄の中からエリーが声を出していた。
昇がドアを開ける。
部室には女子生徒が一人、数個つなげた椅子にタオルケットを重ねて敷いた上に横になっていた。
部室は教室の三分の一ほどの広さで、片面には本棚、中央にテーブルとそれを囲む椅子――は女子生徒がほとんどを使用中だった――と、天文部らしく大きな天球儀や望遠鏡、昇の蔵書より多く濃く深い書籍が本棚から溢れて積まれている。
テーブルの他にもうひとつワゴンが入り口近くにあり、ポットと数個のマグカップが置かれている。
埃っぽくはないが、雑然としていた。
目を閉じていた女子生徒はドアの音に瞼を上げ、入り口の昇を上下逆さに見て気怠げな声を発した。
「あぁ、昇……?」
「部長……だけですか?」
制服の、ループタイの色が違っていた。
部長、と呼ばれた彼女――天文部部長こと高井朋香は、そのままの姿勢で昇に頷いて見せる。無造作なレイヤードの髪が床に向かって流れていた。
「まだ誰も来てない。昇、コーヒー」
昇は数歩入って、ワゴンの下段を開けた。そこは簡単な冷蔵庫になっていて、入っていたコーヒーのペットボトルを昇は取り出して椅子から落ちている朋香の手に渡す。
昇(と、他二人)が入部するまで朋香一人だった部室は彼女の趣向と意向が強く反映されていた。
「あの、僕今日ちょっと用事があるんで――」
もぞもぞ動く鞄を抑えつけて昇が言う。
朋香は受け取ったペットボトルから、頭だけを横にしてコーヒーを啜った。
袖をまくった腕を挙げて、ひらひらと手を振る。
「りょーかい。いいよ、お疲れさま」
そのままその手を下ろし、短めにしたスカートをぱたぱたとはたき始めた。昇の位置からはスカートの中は見えないが、胸元近くまで解放しているブラウスの下に見え隠れする谷間といい、目のやり場に困らせる彼女のさまに昇は視線をやや逸らす。
「あっつーい。昇ぅ、クーラー入れてってー」
部室には古い上に安物の、窓用クーラーが備えられていた。
昇は、それには慣れた様子でリモコンを取り、エアコンの電源を入れた。
低い唸りと鈍い振動を伴ってクーラーは起動して、温風が流れだす。
「じゃあ、失礼します」
「んー」
軽く頭を下げてから、昇は部室を退出した。
『変身して、昇! もう来てるわ!』
「う――うん」
エリーの焦りを含んだ調子に昇は頷いて、視聴覚棟から走り出した。
上履きのまま裏山に向かいつつ、鞄から楕円形の石を手にする。ほぼ同時にエリーが鞄から飛び出した。
「――スクミィ・マナ・チャーム・アレイング」
数瞬のためらいを残していたものの、昇はしっかりと唱える。
昇の身につけていたものが、鞄も含めて消えた。
衣装が現れて昇にまとい、杖が形成される。
エリーの命名した『魔法少女スクミィ』となった昇は、変身前より数倍は速く山道を登りだした。
「うわ――ああっ」
走りながら、昇はその速度に目を丸くする。
「こ、こんなに?」
「だから言ってたでしょ? 変身した方が早いって」
それには同意せず、昇は一気に駆け抜けて展望広場へと飛び出した。
「昇、そこっ!」
エリーがベンチを示す。
ベンチに座っていた人影が、ゆっくりと立ち上がって昇の姿を確認した。
「やっぱり待ってて正解ねっ!」
強い調子の、高めの声だった。
まだ高い陽光に、頭の左右で括った金髪が反射して煌めいていた。
両手にきらきらと光るポンポンを持ち、ノースリーブで丈の短い、ヴィヴィッドな赤と黄のワンピースに真っ白なスニーカーという、いかにもチアガール風の衣装を身につけた少女がベンチの上に立って昇を見下ろす。
「この地区を賭けてあたし――チアリィと勝負よ!」
少女はそう言って、ポンポンを着けた片腕を昇に向けた。
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