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06 女子訓練!?
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しおりを挟むエリーはトランクを客間に移したあとリビングに戻って、テレビ近くに設けてあるソファに身を沈めて見るともなしにつけたテレビを見ている昇の隣に座った。
「いいご家庭ね」
昇はエリーをちらっと見て、またテレビ画面に視線を戻す。
「どうしたの? まだ痛むところとか、疲労が濃いとか?」
昇は首を横に振る。
「そうじゃないよ。まあ、ちょっと疲れてるけど……」
エリーの、様子を窺うようにじっと見る視線に気付くが、しかし昇はそれを受け流す。
「そんなにショックだった?」
「何て言うか……モヤモヤしてる」
と、昇はエリーを見て頬を赤くする。「最初からその姿で来たらいいのに……」
「あっちの方が楽だ、って言ったでしょ。ああ見えて優秀な防護機能があったんだから」
「見た目がビミョーなのは認めるんだ」
「栄養摂取も簡単だし擬態もできる。多少の攻撃にも耐えられるし、真空下でも活動可能――私としても不本意だったんだから」
「そんなに?」
昇が座り直した。
エリーはそうよ、と真顔で頷く。
「本当はあのまま、最後までいるつもりだったの。昇を私たちの本拠へ連れて行く時にはさすがに戻らないといけないとは思ってたけどね」
「そうだったんだ。じゃあ、僕のせいで……?」
「責めるつもりは全くないわよ」
そうだ、とエリーは昇に近付く。
「昇の訓練をしたいけど――その前に、あの時は何をしたの?」
昇はぴったりとくっつくエリーに鼓動を早めながら答える。
「スプレー買ったでしょ? ほんとはそのまま使うつもりだったのに変身したら消えちゃって、それでエリーに荷物の呼び出しのことを聞いたら何でもかんでもイメージで何とかなりそうだったから――水の弾に混ぜられるんじゃないかな、って思って」
エリーは目を丸くして、それから細めて笑みを浮かべた。
「あの黄色いのは殺虫剤成分だったのね……昇、素晴らしいわ」
エリーの声は絶賛に溢れていた。
「そうだ昇、魔力が上がったのを感じない?」
昇はそう言われて、下腹部に手を置いた。
「うん……よく判らないけど」
エリーがソファから立ち上がり、見上げる昇に微笑みを投げる。
「昇が協力者で、本当によかった。
――昇の体調に問題ないなら、これから出かけたいけど、行ける?」
「……戦うの?」
エリーは笑って首を振った。
「まだ誰のマーキングもされていない『空白エリア』が近くにあるのよ。訓練を兼ねて、そういうところを押さえていくのはどう?」
そう言って差し出した手をためらいながらも昇は取り、エリーが引っ張り上げた。
☆★☆★☆★
「スクミィ・マナ・チャーム・アレイング」
昇の言葉に反応した『魔力石』が輝き、昇はスクミィに変身した。
まだ、自宅だった。
「なんだか石の光、強くなってない?」
「昇の魔力が上がっているのよ」
行きましょう、とエリーが昇を促す。
エリーは先程までの服装から変わって、体の線に沿うようにぴたりとした衣装がふっくらとした胸元から股までを覆っていた。青い金属的な光沢が白い肌をいっそう白く見せており、手には包帯のような細い帯がぐるぐると手袋状に巻き付いている。
目のやり場に困ったように顔を赤くする昇の様子に笑みをこぼしたエリーが手をくるりと回すと、ボレロ風の上着が現れた。もう一つ手を振ると、ミニスカートが形成される。
玄関には昇のスニーカーの隣にレースで彩られたサンダルがあったが、エリーが触れると光沢のあるロングブーツに変化した。
「ね、色々面倒でしょ? あの姿の方が楽だったって解る?」
責める調子ではなく、冗談めかした言い方だった。昇はなるほど、と頷く。
「でも、さっきのサンダルとかその上着とか、可愛いと思うよ。」
「あら、ありがとう」
エリーは笑って、くるっと回って見せた。
「着てみる?」
頬に更に血が上って「い、いいよぉ……」とぼそぼそと断る昇の肩をエリーは軽く叩く。
「似合うと思うけどなぁ。
ま、いいわ。誰かに先を越される前に行きましょう」
膝上まであるブーツをいつの間にかはいていたエリーが長い髪を揺らして、ドアを開けた。
エリーの言う『空白エリア』まで、変身して強化した昇の足で一時間強の距離だった。
さきほど彼女が言っていた通り、まだ誰のマーキングも成されていない様子で、ポイントに近付く昇を妨害しようという者が現れる気配はなかった、のだが――
「エリー……これ、真夜中とかにしたかったよ」
昇は顔を真っ赤にして、早足で歩いていた。
「先に言ってよ……海の方だ、って」
恨みがましくエリーを見るが、いつの間にかかレースのついた白い傘を手にして、直射日光を遮っていたエリーは涼しい顔だった。
「誰かが先にマーキングしたら争いになるわよ。こういうポイントは早い者勝ちなんだから」
「だからって……」
昇は背後を振り返って、大きく溜め息をつく。
その地点は、海に面していた。細く突き出た崖の下がそうだ、とエリーが指示し、昇は最短距離を移動しようとして――海開きした海水浴場を横切る格好になったのだった。
夏休み前でまだまだピークを迎えていないとはいえ、日曜である。遊んでいる人々はそれなりにいて、昇はその中をダッシュで突っ切ってきたところだった。
杖は水環を平らな円形に広げて傘を模していたが、人から離れた所でもとの形に戻った。
星脈のポイントは海水浴場から離れ、立ち入り禁止区域の先にあるようだったため、人目からは遠ざかっている。
「それに昇は水着だし。TPOにも合ってるんじゃない?」
暗に自分の方が浮いていた、というニュアンスでエリーが言うが、昇は涙目でエリーを睨む。
「ナンパされてたじゃないか!」
先ほどのことだった。ためらう昇を尻目にエリーはさっさと海水浴場へと進んでゆき、いかにも軽そうな男たちに声をかけられていた。
笑顔であしらうエリーに追いついた昇にも彼らは誘いの声を向けた――いわく、「妹さんも一緒に遊ぼうぜ、な」などと。
昇はぼっ、と赤くなって「イヤあっ!」と叫んで走り出し――今に至る。
「そうねぇ、せっかくの海だし、マーキングした後でちょっと遊んでいく?」
戦闘になる可能性が薄いからか、エリーの口調は軽かった。
「帰るよっ!」
昇は恥ずかしさと少しの怒りの混じった、まだ血の上った頬をひくつかせて大股気味に歩いていた。
砂浜は途中から岩が増え、ごつごつとしてきていた。崖に近付くにつれて更に浜辺は歩きにくい起伏を成し、打ち寄せる波が時折昇を濡らす。
崖の根元には黄黒のゼブラロープが張られ、その前に『立入禁止・落石注意』と書かれた大きな看板が据え付けられていた。
それを乗り越え、昇とエリーは切り立った岩肌のすぐそばに辿り着く。
「このあたりで反応があるんだけど――」
とエリーが周囲を見回し、海に近付く。濡れるのも気にしていない様子で足を踏み入れ、かざした右手をゆっくりと回す。
「昇、もうすこし向こうみたい」
昇もようやく落ち着きを取り戻した顔で、海に入った。エリーが示す通りに崖に沿って進み、体はどんどん海水に浸かってゆく。
胸元を過ぎ、肩あたりの深さまできた所で、昇は足を止めた。崖はまだ先へと伸びている。
「昇?」
途中から海面を滑るように浮いて進んでいたエリーが呼ぶが、
「あのさ……僕、泳げないんだけど」
昇はエリーを見上げておずおずと言う。エリーは目を丸くして吹き出し、「嘘ぉ」と呟いた。
「こんなに水系魔法の適性高そうなのに? それは盲点だわ……。
じゃあ、今すぐ浅賀くるみと交代するか、頑張って泳いで」
「えええっ、そんなぁ……海中とかじゃないよね?」
「反応は崖の方からしてるわ。安心して」
少しからかったエリーだったが、優しく言う。昇は何度か崖と海とエリーに視線を往復させ、杖を握りしめる。
ぎゅっと目を閉じて足を進め――海中に落ちた。
「ちょっ! 両手で杖持ってたら泳げるものも泳げないでしょ!」
水面がばしゃばしゃと波立つ。顔を出した杖の先をエリーが掴んで引っ張り上げると、昇の手と頭も出てきた。
「そんなに駄目なら、魔法で何とかしたらどう?」
昇は咳き込みながら空中のエリーを見上げ、目を見開いた。
「それか、その頭についているのは何だと思ってるのよ」
言われて昇は片手を頭にやる。ゴーグルが手に当たり、昇は口の中に残っていた海水をごくりと飲み込んだ。
昇が大きく息を吸い込んだところで、エリーが杖から手を離す。昇はまた水音を立てて海中に潜り――数秒後、ぽこりと胸から上を浮かび上がらせた。
両手はまっすぐ水中に入っていて、泳いでいるようには見えない。エリーは昇の体勢を見て取って、笑みをこぼした。
昇は、杖にまたがる格好で浮いていた。先端の水環のみが海面から姿を見せている。
その状態で昇は崖沿いにゆっくりと進みはじめた。後ろからエリーがついてゆく。
「器用なんだか不器用なんだか、わからないわね」
「茶化さないでよ……集中しないと回っちゃいそうなんだ」
「さしずめ、箒に乗った魔法少女かな」
「ちょ……ぅわっ!」
くるりと横に回転した昇が海面を叩いた。しばらくもがいて、また浮き上がってくる。
エリーが前に回った。昇に向かって右手を差し出す。
「ほら、手を持って」
むせ返りながら、昇は言われた通りにエリーの手を取った。
「じゃ、進むからね」
頷いたまま俯き加減の昇の顔は、また赤くなっていた。
崖には、反対側に回り込んだところに洞穴があった。
昇は海から上がって、細い洞窟の奥へ進む。杖の石が淡い光を発していた。
「――ここね」
十数メートルほど歩いたところが終点だった。その最深部をエリーが示す。
「何かあるようには見えないけど……」
「行って、杖をかざしてみて」
言われたとおりに昇が近寄ると、杖の光が強くなった。
地面に近い岩の一つが同様に光を滲ませる。
「えっと、何て言葉だっけ」
エリーは小さな嘆息とともに、占有の言葉を昇に告げた。
昇は杖の先をその岩に接触するくらいまで寄せて、唱える。
「代行者スクミィがこの地区の占有を告げる。――印」
杖と岩が共鳴するように光を溶け合わせ、洞穴を蒼白く染め上げそうなくらいまで輝いた次の瞬間、スイッチを切ったように光はぷつりと消えた。
杖が細かく震えるのを昇が抑え込んでいると、杖は再び光る。光は杖から昇に這い進み、昇の腕から下腹部に向かって伝ってゆき、昇の体内にぬるりと入った。
「んっ……んんんっ、っはぁ」
昇は反り返って股間を押さえ、熱っぽい吐息をこぼす。
「うん、完了ね――お疲れさま」
エリーが屈み込んだ昇の背をさする。以前より少しは慣れたか、昇はしばらくすると腰を上げた。「――帰ろう」
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