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06 女子訓練!?
6-3
しおりを挟む昇とエリーが洞穴の出口に戻ると、わずかに傾きかけた太陽を背に立っている影があった。
「あーっ、スクミィちゃんかぁ……」
聞き覚えのある声に、転ばないよう下を向いていた視線を昇が上げた先にはチアガール風の衣装に身を包んだ金髪ツインテールの少女がいた。
「チ、チアリィさん……」
「先越されちゃったんだ。じゃあ、仕方ないね」
チアリィ――明里は肩をすくめ、手のポンポンを下げた。
「いいのか?」
明里の背後からヒューも現れる。
「スクミィちゃんと戦う気分じゃないから」
そこに、昇より遅れて出てきたエリーが姿を見せる。
「お……お前っ」
ヒューがそのエリーを見て驚いた声を出す。
「えっと、誰?」
「エリーよ。あらためてよろしく、チアリィさん」
と、エリーが微笑んだ。
「えっ、嘘!? うわぁ……じゃあもしかして、ヒューも?」
ヒューは渋々、といった様子で頷く。明里は驚きと楽しみの混じった瞳で相棒を眺め回しながら、提案した。
「とりあえず向こう行かない? もうここの用はなくなったんだし」
海水浴場にまで戻る手前で――昇はまた、エリーの手助けで泳いで――明里は変身を解き、いかにも夏らしいキャミワンピに薄手のカーディガンを羽織り、下はショートパンツという姿になった。
「スクミィちゃんも戻ったら?」
「あ、う――うん」
そうは返事するものの、昇は逡巡していた。
『エリー、どうしよう……』
声に出さずに呼びかける。
『知らないわよ――って言ってもいいけど、そうね、男ってバレるのが嫌なら変身解除の時に服を変えるって手もあるわ』
昇は小さく頷いて、目を閉じて杖を立てた。
「変身、解除……」
ざばっ、と水が昇に流れる。
「おっ、可愛いじゃない」
明里の声に恐る恐る昇は目を開けた。
昇は、朝から着ていたシャツが形を変え、パフスリーブ気味の短い袖の付いた膝丈のシャツワンピをまとっていた。靴もスニーカーからリボンの付いたサンダルに変わっている
もともと男子にしては長めだった髪は軽く広がったショートボブ風になり、カチューシャまで着けられていた。眼鏡も、赤いセルロイドフレームの可愛らしい形になっていた。
エリーが昇の肩をぽんぽんと叩く。
「ね、名前教えて? あたしは明里。穂志明里」
明里がやや腰を落として、昇と目線の高さを合わせて言った。
昇は頬を真っ赤に染めて、しばらく迷う素振りを見せていたが、
「の――比嘉、のぞみ……です」
と、ためらいがちに言った。明里は笑って昇の頭を撫でる。
「のぞみちゃんか、よろしくね」
明里は手元に現れたバッグにヒューを入れ、それを肩から提げて歩きはじめた。促されるまま昇は明里についてゆき、エリーがすぐ後に続く。
「そういえばさ、のぞみちゃん」
呼ばれたことにしばらく気付かず、昇は慌てて返事する。
「はっ、はい!?」
「もう、そんな緊張しないでよ。
今日は大変だったでしょ。ヒューに言われて見に行って、あたしはすぐに逃げたけどね」
虫ダメだから、と明里は舌を出す。
「あ、はい……ちょっとキツかった、です」
「勝った、って聞いて嬉しかったんだよ」
「あ……。ありがとうございます」
昇が下げた頭を、明里は指先で軽く小突いた。
「カタくならないで、ってば。のぞみちゃんは中学生? まあ、あたしの方がお姉さんだけどさ、タメ口でもいいんだよ」
と、明里は突いた手で昇の髪を撫でた。
「似たような立場なんだしさ、こういうのが共有できる相手なんてそうそういないし」
女子三人――その内一人は女装男子で、もう一人は異星人だが――は夕方の、まだ人がいる海水浴場に差し掛かっていた。
残っている人はバーベキューの準備をしていた。その中にいた一人が昇たちに気付いて近寄ってくる。
「さっきの女の子じゃん。俺たちこれからバーベキューするんだけど、キミらも一緒に――」
「消え失せろチャラ男ッ!」
軽い調子で声をかけてきた男の誘い文句が終わるより早く、明里の拳が飛んでいた。
「あたしはあんたらみたいなチャラいのが一番嫌いなのよっ! 警察呼ばれたくなかったらとっとと自分の群れに帰って!」
昇とエリーは目を丸くして、明里の唐突な豹変と怒声を眺めるばかりだった。
全く予想外の反応だったのか、鼻頭を殴られて呆然としている男を無視して、明里は昇とエリーの手を取った。
「のぞみ、エリー、行こう」
と、男とその向こうのバーベキューに近付かないよう、明里は車道が走っている方向へと二人を強めに引っ張って足早に向かった。
海水浴場の最寄り駅まで一気に歩いて、そこでようやく明里は足を止める。
大きく息をつき、昇とエリーに振り返った。
「ああーっ、ウザかった! ごめんね、驚いたよね。あたし、ああいうのが大っ嫌いなのよ」
昇はただ驚き、エリーはなるほど、と笑っていた。
「明里――さん?」
「さっきも声かけられてたんだね、のぞみちゃん。ああいうのは滅びればいいのに」
災難だったね、と昇の肩をもんで言う。
「そうだ、時間大丈夫? 疲れてない? ちょっと発散に付き合ってほしくなっちゃった」
明里は携帯端末で時間を確かめながら続けた。
「ねえ、明日も祝日で休みだし、遊ばない?」
――結局、昇とエリーが帰宅したのは夜の十時頃のことだった。
明里に連れられて繁華街を歩き回り、服や化粧品を見て、ゲームセンターのプリントシール機で写真を撮り、甘味処でお茶をして……と女子らしい遊びに興じた二人はどこか心地良さの残る疲れを体に、マンションの自動ドアをくぐったのだった。
「訓練にはならなかったけど、ポイント一つ押さえられたから良かったわ。
昇、最後まで女の子してたね」
エリーが楽しそうに言う。昇はどこか困ったような、それでも楽しさが勝ったような複雑な表情で持っていた可愛らしい紙袋を開けて覗き込んでいた。
裾にレースの施されたプリーツスカートと、ほのかな色味のリップスティックが入っていた。
「言い出せなかった……バレたら怒るかな、やっぱり」
「どうかな、タイミングにもよるんじゃない?」
四階の通路を歩いて自宅に着き、昇がドアを開けようとした時だった。
「あら、エリノーラさんに――そっちは昇?」
弾かれたように昇が振り返ると、スーツ姿の母親が立っていた。
昇ははっ、と自分の格好を見直す。夕刻のシャツワンピのまま、明里にうっすらとメイクを施されていっそう女の子然としている。
「随分と可愛いわね、どうしたの?」
母は面白がっている口調で歩いてきて、昇が鍵を差したままのドアを開けた。
「入らないの?」
「か……母さん、どうして?」
「ちょっと忘れ物」
母が先に家に入り、昇がおずおずと従う。エリーも事態がどうなるか予想のつかない様子で、最後に入ってドアを閉めた。
「服はエリノーラさんの? 可愛くしてもらってるじゃない」
昇は返答に窮して目線を泳がせ、口をぱくぱくとさせる。
母は昇のそんな様子をどこか楽しそうに見て、さっと自室に行って『忘れ物』らしい大きな紙袋を手に出てくる。
「あの――怒らないの?」
「どうして?」
母はあっさりと言う。「外、暑かったでしょう」と麦茶を出しながらエリーに「夕飯は済ませた?」と尋ね、エリーが頷いたのを見て微笑んだ。
「他人様に迷惑かけないならいいじゃない。似合ってるし。それに女の子欲しかったのよねぇ」
と、どこかしみじみと言って昇に近寄り、身構える昇を軽く撫でる。
「すぐ行かないといけないのが残念だわ」
そう、昇を抱き締めた。
「あ、ブラしてないじゃない。昇、せっかく女の子するならそこまでしなきゃ」
からかうように母が言ってから玄関に向かうのを、昇とエリーが追う。
「娘二人みたいね、ふふ。
――昇、隠さないでいいからね。どんな格好してても昇は私とあの人の子だからね」
母は昇の頭をもう一度強めに撫でてから、出ていった。
目を白黒させたエリーがぼそりと言う。
「お母様……強いわ」
昇は、気が抜けたように廊下に腰を落とし、内股になって座り込んでいた。
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