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10 告白敢行…
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しおりを挟む終業式の日は朝から雲一つない青空で、夏らしく午前中から汗の吹き出る陽気だった。
前日曖昧な理由で休んだ昇は担任の弥生に軽い小言を受ける羽目になった。
それでも、終業式は滞りなく行われ、通知票も喧噪の中配られ、昼までにはすべて終わって、楔学園は夏休みに突入した。
昇は短いホームルームのあと、弘章と尚人とともに天文部の部室へ行き、夏休み中のスケジュールについてのミーティングを行った。
この日の部活はそれで終わり、昇たち三人は部室のある視聴覚棟から下足ホールを通るいつもの下校ルートにつこうとしていた。部長の朋香は相変わらず、しばらく彼女の城でもある部室でくつろいだ後に下校するのだろう。
校舎から校門へ向かう道は自転車を押す者や、数人の集団などいくつものグループで渋滞気味だった。
体育会系の部活などは終業式後さっそく活動をはじめていて、校外へランニングに出る一団もあった。
校門にさしかかったところで、昇が立ち止まる。
「ごめん、用事あるからここで」
弘章と尚人にそう言うと、尚人が聞いた。
「待ってようか?」
「時間かかる――かも知れないから」
昇がわずかに鋭い目をして、二人にもう一度「ごめん」と謝る。
「オッケー、じゃあ、メールする」
弘章が言って、昇に手を挙げた。
昇もそれに応えて、二人が去ってゆく。
昇は踵を返して校舎へ向かい、しかし校舎へは入らずに視聴覚棟の方向へ歩く。
グラウンドを横目に、視聴覚棟も脇を通り過ぎて、フェンスに設置されたドアを開けて――裏山を登りはじめた。
分岐を、細い方の道へ行き、さらに登ってゆく。
程なくしてぽっかりと開けた、それほど大きくはない展望スペースへと出る。学校そのものがやや高いところにあるため、ここからの眺望はなかなかいい。
昇が到着すると、屋根の下に設けられたベンチに座っていた女子が立ち上がった。
「比嘉、くん――」
昇より少し背の高い、長い髪をポニーテールにまとめた少女――くるみが、やや息を切らせてやってきた昇に微笑みかける。
「浅賀さん、ごめん、待たせて」
「ううん、私もさっきミーティング終わって来たところだから」
くるみは昇に座るよう促して、自身は昇の隣に座る。
「ごめんね、呼び出して」
「謝ることじゃないよ」
この日の朝、昇はくるみに、体育館に移動する時に「終業式終わったら、裏山の展望広場でちょっと……」と誘われていた。
数日間欠席していたくるみはノウェム卿――ウィルゴー・メリトゥム・ナワリスの掛けた魔法のため欠席自体に言い及ばれることはなかった。
昇の鞄には、件の手紙も『魔力石』もまだ入っている。
並んで座って、しばらく沈黙していたが、くるみが口を開く。
「――変な夢を見てた気分」
昇は無言で相槌を打つ。
「でもきっと、こんなにおかしなことって、夢じゃないのかな、って気もするのよね」
「――悪い夢で、いいんじゃないかな」
昇は、くるみの愁いを帯びた横顔を見て上気していた。
「変なことなんて、そうそう現実には起こらないよ」
校舎の屋上に、二人の人影があった。
「いい雰囲気に見えるなぁ。昇、がんばれっ」
双眼鏡を覗き込んでいるのは、長いこげ茶の髪を頭の左右で結んだ少女だった。高校の制服らしい校章の入ったブラウスで、プリーツスカートから伸びる健康的な脚をニーソックスに包んでローファーに収めている。
「出歯亀なんていいご趣味だこと」
皮肉たっぷりに言うのは、淡い艶のある、栗色の髪を波打たせた女性――こちらはビスチェ風のトップスとローライズボトムという、露出の高い格好をしていた。
「可愛い弟か妹みたいなんだよねぇ、あの子」
皮肉を気にする風もなく、制服の少女は展望広場の様子を窺い見ていた。
「あたしの言った通り、ハッピーエンドでしょ?」
露出の高い女性が肩をすくめる。
「あんたたちの思惑がどうだか知らないけどね、思い通りになるつもりはないからね」
「ええ、ええ、そうでしょうね」
「まだ隠してること、あるんでしょ? あの子にも、あたしにも」
「さあ、どうでしょうね」
露出の高い女性は返答をはぐらかして、女子高生に背を向ける。
「私はそろそろ行くわ。あなたはまだ覗きしてるの?――ていうか、覗きするなら魔法で声も聞けばいいじゃない」
「それは野暮ってものよ」
女子高生はそう言って、双眼鏡から目を離した。
「お腹すいてきたし『屠龍』行くわ――一緒にどう?」
「遠慮するわ。あなたの食事量見てたら感覚おかしくなりそう」
「失礼ね」
軽口を叩きながら、結局ふたり連れ立って屋上の出入り口をくぐっていた。
くるみが見つめる地面に、水滴が落ちた。
「本当に夢だったなら、よかったのに」
何粒かの丸い染みがくるみの足下に作られて、熱気で蒸散する。
「でも、体の痛みやこんなに鮮明に記憶に残ってるのって、やっぱり夢じゃないと思うのよ。比嘉くんにも酷いことしたし、他にも……」
「気にしないでよ、ただの夢だったんだって」
「――優しいね」
昇は頬を上気させて、腰を上げた。くるみが見上げる。
「比嘉、くん?」
「夢だったのなら、もう一回言うよ。
浅賀さん――僕は、浅賀さんのことが好きです。よかったらその、僕と……」
「……そう、あの時も、比嘉くんは言ってくれたね。私なんかに」
くるみが微笑む。
「本当に嬉しいし、私も比嘉くんのこと、好きだよ」
でも、と困って泣きそうに潤ませた瞳を、くるみは昇に向けた。
「私は今、水泳のことだけでも余裕がないんだ……それって比嘉くんに失礼だよ」
「そんなことないよ」
くるみの頬を、一筋の涙が伝う。
「一緒に出かけたり、話したり、あと何だろ……そんなことだけでもいいんだ。僕は浅賀さんの泳ぐ姿が格好いいと思うし、僕も部活があるし、えっと、どう言ったらいいのかわからないけど――」
早口になって言う昇に、くるみはくすりと笑う。
しばらく沈黙が訪れた。
――やがて。
「昇――くん」
くるみが、呼び方を変えた。
昇が目を丸くして真っ赤になった。
「あ、あ、浅賀――さん」
「くるみ、でお願い」
そう言って柔らかな笑みを浮かべたくるみが続ける。
「付き合うとかはごめんなさい、今考えられないけど――一学期よりもうちょっと仲良く、してくれますか?」
「浅賀さん……」
「く・る・み」
くるみが、小さく頬を膨らませた。
「く、くるみ、さん……」
昇にとっては夏の太陽よりも強い、眩いばかりの笑顔をくるみは見せた。
「僕の方こそ、よろしくお願いします――その、くるみ、さん」
「はい」
涙の跡を指で拭ってから、くるみはそうだ、と手を小さく叩く。
「昇くん、辛いの大丈夫? 私、辛いもの好きで、駅前の『屠龍』ってお店の激辛麺が気になってるんだけど、私一人じゃ入りにくくて、女の子の友達は一緒してくれないし――これから行かない?」
昇は呆気にとられた顔でくるみを見て、それから歯を見せて笑った。
「うん。ちょうどお昼時だし、いいね。行こう」
と、くるみに右手を差し出して言う。
昇の夏が、始まろうとしていた。
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