オネおじと俺の華麗なる日常

純鈍

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19.ある日『あつ子のお願い~前編~』

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 ある祝日の早朝のことだった。

「やこ、やこ起きて」

 気持ち良く眠っていたら、突然あつ子が部屋に入ってきて俺のことを揺すり起こしてきた。今日は昼ぐらいまで寝ると決めていたのに、ぜってぇ早ぇと思った。

「……ん、だよ?」

 寝ぼけながらスマホの画面を見てみると眩しくて見えなかった。だが、すぐに慣れて時間を確認出来た。朝の五時半だ、馬鹿か?

「やこ、お願いがあるのよ」

 強制的に介護みたいに身体を起こされる。

 なんで、おめぇ、そんな外行く格好してんだ? それ、この前買った外行きのメンズ服だろ? 上下黒の半袖シャツとパンツってかっけぇな、馬鹿か? 朝から俺を殺すつもりか?

「はぁ、お願い?」

 欠伸を中途半端にしながら尋ねてみる。あつ子のことだ、それほど重要でもねぇお願いだろう。

「一緒に行ってもらいたい場所があるのよ」

 俺の足に掛かっていたタオルケットを剥ぎ取って、あつ子が慣れた手付きで畳んでいく。もう意地でも寝かせねぇつもりだな?

「なんで昨日のうちに言わねぇんだよ? まあ、言われても行かねぇけど」
「でしょ? だからよ」
「だから、ってなんだよ。もう俺は騙されねぇぞ? また女装させる気だろう?」

 やっと頭が覚醒してきた。女装には時間が掛かる、だからこんなに早くに俺を起こしにきたんだろう? 分かって……

「そんなつもりないわよ、面白いけど。取り敢えず、今日は違うから、早く着替えて」

 違ぇのか。すげぇ真剣な顔で言いやがるから、仕方なく俺はベッドから下りて服を着替えることにした。俺が着替えている間もあつ子はそこに居て、その服は駄目だの、なんだのと言ってきた。めんどくせぇ、一体、何なんだ?

「で?」

 その一言しか言えなかった。あまりにも情報が少なすぎる。そんで色々と言われながら着替えて、俺の今日の服装は白いシャツとジーパンになった。結局シンプルなやつにしたかっただけかよ。

「行くわよ?」

 あつ子に腕を掴まれて、半ば引き摺られるように廊下をスベっていく俺。

「飯は?」
「向こうで」
「向こう?」
「良いから、早く」

 もう訳が分かんねぇ。靴を履くのも中途半端で踵を踏みながら歩かされる。このまま長距離だったらいつか靴が迷子になる、と思ったら、乗ったエレベーターは一階を通り越して地下で止まった。

「は? 車?」

 地下はマンションに住んでる人間用の駐車場だ。しかし、オネおじの車はちょっとした赤の高級車でマンションの駐車場に置いておくと悪戯をされる可能性があるため、わざわざ持ち主しか動かせない移動式の駐車場を借りている。だが、もしかして……

「昨日の夜に取りに行ってきたのよ」

 そういえば、昨日、一瞬オネおじが消えた時間があったな。俺はあの時間のことを“オネおじの神隠しタイム”と名付けていたが、まさかその間にちょっと離れた駐車場に車を取りに行っていたとは。

「遠出なのか? だから早ぇのか?」
「まあ、そういうことよね」

 ピピッという音がして、どこかで車の鍵が開いた音がした。姿は見えなくとも俺には分かっている。あの黒いカバーが掛かっている車だ。他の車がしていないことをしていると逆に目立っている気がするんだが大丈夫か? 傷付けられたりしてないか?

「さ、乗りなさい」

 心配はいらなかったようだ。あつ子がカバーを剥がした先には傷一つ無い綺麗な赤いボディがあった。

 何故か後部座席への扉を開けられているんだが、そっちに乗れってことか? というか、毎回、なんで後部座席なんだ?

「乗ったら、席に置いてある目隠しをしなさい」
「は?」

 無理矢理後ろの席に押し込まれながら、おまけにそんなことを言われた。思わず聞き返しちまった。

「そういうプレイよ」
「いや、ぜってぇ違っ――」
「とっととしなさい」

 危ねぇな。足を引っ込めるのと同時に扉を閉められた。

 なんでずっと命令口調なんだよ? 面倒くせぇからって適当な説明しやがっただろう? なんだよ、そういうプレイって変態かよ?

 不満に思いながらもシートベルトをして、座席に置かれていた変な顔したアイマスクを着ける。ふざけんなよ、俺の顔見てちょっとクスクス笑ってんの聞こえてっぞ?

「発車しまぁす」

 変に間延びしたスタートダッシュすな。かっけぇ高級外車乗ってるくせに。

 高級な車とか外車とかいうと煩いイメージだが、オネおじの車はすげぇ静かだ。前を歩いている歩行者がたまに気が付かなかったりするくらいで、目隠しをされれば走ってるんだか走ってないんだか分かんねぇくらい安定した走りを見せる。いや、見えねぇけど。

「なあ、どのくらいで着くんだ?」

 そう質問した気で居たんだが、俺は早起きした所為もあってか気が付くと眠っていた。目隠しする必要がなかった。

「着いたわよ、起きなさい」

 激しく揺り起こされてアイマスクがズレた。眩しいし、なんだか賑やかな音楽が聞こえる気がする。

「やこ、アタシと……――デートしてちょうだい」
「は?」

 間抜けな声が出て、我に返るまでに三秒掛かった。(※意外と早い)

「デートって、デート?」

 車から降りながら聞き返す。俺の知ってるデートってのは、男女で映画見たり、ご飯食べたりってやつなんだが?

「そう、デートよ」
「ここで?」

 俺の視線は少し先にある大きな看板に向いている。

「そう、ずっと来たかったのよ」
「テーマパークに?」

 あつ子が俺を連れて来た場所、それは隣の県の巨大なテーマパークだった。

「だってぇ、来たことなかったんだもの~」

 貴様、そんなことのためにさっきまで俺に命令口調で……仕返ししてやる。

「チケット買って来るからここで待ってろ」

 ゲートに近付いた瞬間にあつ子の外向きスイッチが入った。もし、連れて来たのが俺じゃなくて後輩だったら、あつ子はどんな顔をしたんだ? 優しい笑顔? それとも今みたいな澄ました顔?

「へいへい」

 もう居ないってのに、俺は適当に返事をした。そのままボーッとしながらゲートの奥に見えている大きなウサギの銅像を見つめる。

 このテーマパークは白いウサギとピンクのウサギが主要キャラクターのようだ。俺も来たことがないからよく分かんねぇ。来たいと思ったこともねぇ。

「やこ」

 名前を呼ばれて、自分がいつの間にか俯いていたことに気が付いた。顔を上げると目の前にはチケットを差し出すオネおじが立っていて、やけに嬉しそうな顔をしていた。

 ここに一緒に来るのは、本当に俺で良かったのだろうか?

「お腹空いただろう? まずは朝ご飯を食べよう」

 俺に手招きをしてゲートに歩いて行くあつ子。俺は犬っころじゃねぇっての。

「いってらっしゃい」

 ゲートに立った若い女の人がそう言ってくれた。作り笑いか、そうじゃないのか俺には見分けられねぇが素敵な笑顔の女性だった。

「やこ、こっち」

 ゲートを抜けるとオネおじが右手を高く上に上げて俺を呼んでいるのが見えた。おめぇ元から背がデカいんだから、そんなに上げなくても見えてるってのに、恥ずかしいやつだな。

「え?」

 ムッとした顔で近付いていくと、急に奴の手がこちらに伸びてきて腕を掴まれた。まさか、迷子になるとでも思われてるのか? そう思ったが、どうやら違うらしい。

「やこ、お前の好きそうなモノがあったぞ」

 時刻は七時半、開園と同時にパークに入って、あつ子が何かを発見した。

「このパン、お前好きそうじゃないか?」

 腕を掴まれて連れて来られたのはパークの入り口にある大きな広場だった。そこには噴水を囲んで出店というか、何というのか、そんなやつが何個かあって、あつ子が選んだのは赤い屋根のやつだった。

 温かいガラスケースの中にはウサギの形をしたドーナツみたいなのがあって、どうやら砂糖の付いた揚げパンのようだ。

「モチモチなんですよ~」

 お店の女の人が言ってくる。俺はモチモチという言葉に弱い。噛み応えのある物が好きなのだ。

「……食いたい」

 ぼそりと呟く。無理矢理連れて来られたんだからな、これくらい食わせてもらわねぇと。全然、足りねぇけど。

「二つください」

 俺には何も言わず、あつ子はカウンターの前に立った。レジがチンッと鳴る。

 あつ子から「ほら」と手渡された揚げパンはホカホカして、思わずニヤけそうになった。だが、こんなことで隙を見せるわけにはいかない、と眉間に皺を寄せたままジッとパンを見つめる。

「そんな天敵を見るような顔するな」

 別にしてねぇし、大好きだし。こんな言葉に何か返していては折角の揚げパンが冷めてしまう。無視だ、無視。

「いただき――」
「ちょっと待て」
「え?」

 ウサギの耳から食おうとしたら、あつ子に顎クイされて制止された。他に止め方なかったのかよ!? 

「写真撮るから」

 ――二人で可愛いパン持って写真撮るって、デートみたいじゃねぇかぁぁぁあああ!(※デートである)

 危ねぇ、俺の手からウサギが逃げるところだった。

「ここ見て」

 片手にパンを持ち、片手にスマホを持って俺に近付くあつ子。顎クイから解放されたと思ったら今度はこんな至近距離で……馬鹿か、くそ、かっけぇ。
 
 オネおじの横顔を見ていたらパシャリとシャッター音がした。

「おい、なんで横見てんだ?」

 スマホの画面を見た奴が文句を垂れる。

「え、いや、え? タイミング悪かっただけじゃね?」

 まさかおめぇの横顔に見惚れてたなんて言えねぇけど、おめぇも自分だけ見てねぇで俺が前向いてるかどうかシャッター押す前に確認しろよ。

「ま、いっか。後でリベンジな?」

 スマホをパンツのケツポケットに仕舞いながら、あつ子が言った。

「俺、写真嫌い」
「写り悪いもんな。実物の方が良いぞ?」

 微笑みながら奴が俺の髪を少しイジった。

「慰めてんのかよ? それ」

 おめぇみたいな顔が整ってるやつに犯罪者みたいな目付きの俺の気持ちは分かんねぇよ。
 
 オネおじの横顔を見ていたらパシャリとシャッター音がした。

「気を取り直して、次行こう」

 気を取り直すのは俺だけだが、パンを囓りながらあつ子が先に一歩を踏み出した。その後ろで俺はパンを囓りながら幸せの花を自分の周りに散らしていた。(※やこ以外に見えないオプションである)

 この後、ウサギの餅とかウサギの爆発ポテトとか、色んなもんを買ってもらった。そんで食休みを兼ねて、一番並んでいる乗り物に並んだ。急旋回、急降下を繰り返すパーク目玉のジェットコースターだ。

「バレたら帰るかんな?」
「分かってる」

 何度も言うが、俺はバレようがバレまいが気にしていない。ただ、面白いから念を押しているだけだ。あつ子、ぜってぇ、この絶叫系で叫ぶだろう?

 俺は楽しみにしていた。だが、いざ乗り込むとあつ子は真顔を決め込む作戦に出た。真顔で口を閉ざしたオネエがコースターが激しく左右に揺れるのに合わせて一緒に左右に揺れる。違う意味で面白かったが、おめぇはそれで面白ぇのか?

 この後、乗り物の出口で途中で撮られた写真を確認してみたら、真顔なやつと前髪が暴走した犯罪者みてぇなやつが写っていた。あつ子、どうして、おめぇの髪は整っているんだ? そんで、そんな写真買うな。

 全世界の犯罪者みたいな顔した俺が泣いた。
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