オネおじと俺の華麗なる日常

純鈍

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20.ある日『あつ子のお願い~後編~』

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 前回までのオネおじは

「やこ、やこ起きて、お願いがあるのよ」

 早朝、奴に起こされ、目隠しをされて俺は連行された。辿り着いたのは巨大なテーマパーク。オネエが出たら帰るという条件のもと、あつ子とのデートが始まった。

「やこ、お前の好きそうなモノがあったぞ?」

 かっけぇオネおじに色んな美味いもんで餌付けされた後、乗り込む絶叫マシーン、オネエが出るかと思ったら二人の変な写真が撮れただけだった。

(※海外ドラマはよくこういう始まり方をする)

「コーヒーカップだけはやめよう」
「俺もそれには同意」

 グルグルと暴走するコーヒーカップを横目に俺とあつ子はとある場所を目指していた。

「あった」

 それはウサギのホラーハウスだった。俺が行こうと言ったのだ。だって、ぜってぇ怖がってオネエ出すだろ? 楽しみだ。

 お昼時だからか意外と空いていて、乗り物にはすぐに乗り込むことが出来た。二人乗りのトロッコに乗って何故か誰かの家の中を走行するアトラクションだ。ワクワクしながら乗っていたら、なんだか不気味な雰囲気になってきた。

「無理! 俺、これ無理!」

 ウサギ途中でぐっちゃぐっちゃになってるし、すげぇ怖くて、俺はあつ子の腕を掴んで離さなかった。シャツ、シワシワになってた、ごめん。

「やこは怖がりだな、はは」

 降りてから明るい地上に出てくると、爽やかに笑われた。くそぅ、あつ子を怖がらせるはずだったのに。

「そのまま掴んでいくのか? 俺は別に良いが」

 そう言われて、自分がまだ奴の腕を掴んだままだったことに気が付いた。

「ばっ、これは、あれだ。暑苦しいの刑だ」

 慌ててあつ子を訳分からない刑に処しながら俺は手を離した。

「変な刑」

 いつものあつ子の雰囲気を持ちながら、奴は別の顔で控えめに笑った。

「おめぇは……」

 俺だけが足を止めたまま、前を歩き出した奴の背に弱い声を掛ける。不安になったのだ。いや、不満か。

「ん?」

 振り返ったあつ子は何ともない顔をしている。でも、俺は……

「おめぇは、ちゃんと楽しんでんのかよ?」

 疑問をぶつけたくなった。

「楽しいよ」

 本人はそう言って笑うのに、俺の心はなんだかスカスカな気がした。

 ぽっかり心に穴が空いてから、色々とアトラクションに乗ったり、食い物を食ったりしたが正直「つまらねぇ」と思ってしまった。

 自分から条件を出しておいてなんだが、あつ子は全然いつものあつ子を出さねぇし、本当に最後までこのままで終わってしまいそうだ。

 「夕飯を食べて、パレードを見て帰ろう」そう言ったあつ子と予約していたパーク内のレストランに行った。人が多く入れるようにか、少しだけ席が詰まっている店内だなと思った。

「やこ、何を頼むんだ?」
「ハンバーグ」

 外にあったメニューを見て、一番に決めていた。今は言葉には出さないが、またあつ子は「お子ちゃまね」とか思ってるんだろうな。

「デミグラスソースの?」
「そう」
「じゃあ、同じのを頼もう」

 ――へっ、おめぇもお子ちゃまだな。

 あつ子が店員を呼んでオーダーしてる間にそんなことを思っていたら、奴が注文し終えた時に「何考えてたんだ? 悪い顔してたな」と言われた。すぐ顔に出る性格をどうにかしたいと思った。

「別に」

 素っ気なく答えるのはバツが悪かっただけだ。

「そうか」

 あつ子は澄ました顔でそれだけ言った。

 ――んだよ、格好付けやがって。た、確かにかっけぇのは嘘じゃねぇけど。

 頼んだハンバーグが来るまで、今日一番楽しかったことをお互いに発表し合うことになった。発表という言葉は最初にあつ子が言った、俺じゃねぇ。

「昼のパレードに鳩が乱入したこと」
「あれは面白かったな、機材を動かしてる側は大変だっただろうが」

 ウサギのカートとカメのカートの間に野生の鳩が乱入してきて、一時的にカートが止まってしまうというハプニングがあったのだ。その時だけは少し面白いと思った。他が全然面白くなかったなんて、口が裂けても言えない。多分、あつ子を傷付けてしまうと思うから。

「あんたは?」

 少しだけ、奴の発表が気になった。昼間に「楽しいよ」と答えたあんたは本当のあんただったのか?

「そうだな……、やこがホラーハウスで――」
「待った、それは無し」
「無し? やこがホラーハウスで――」
「ストップ、だから無しだって」
「好きだったのに」

 その言葉にドキリとした。何を好きだったのか、自分の所為で聞き逃した。酔っ払っていないあつ子が「好きだ」という言葉を口にするなんて珍しい。後輩もいない、俺だけの前であんたはどうしてその言葉を口にした?

「お待たせいたしました、デミグラスハンバーグです」

 あつ子の言葉の真相が何も分からないまま、ハンバーグが目の前に運ばれてきた。

「いただきます」

 これ以上は話しません、みてぇな顔してオネおじは運ばれてきたハンバーグを食べ始めた。奴が料理の写真を撮ろうとしねぇなんて珍しい。

「いただきます」

 仕方ねぇから俺も黙ってハンバーグを食い始めるが、慣れないナイフで上手く肉が切れずにデカい一口になってしまった。不味くはないが、美味くもない、そう思った時だった。

「やだ、口の横に付いてるわ……よ……」

 長い腕がこちらに伸びてきて、俺の口元を拭った。汚れた指先を見て、あつ子が止まる。

「すまん、帰ろう」

 まだ途中だと言うのに奴が席を立とうとする。その視線は隣の席に向いていた。若いカップルがこちらをチラチラと見ながら何やらヒソヒソと言っているが俺は気にせずにあつ子の腕を掴んで止めた。

「やこ」

 あつ子が困ったような顔をする。

「良いから」

 腕を掴んだ手に力を込めた。戻って来いと願ってみた。

「だって」
「良いんだよ、俺は別に気にしてねぇし、どっちのあんたも……嫌いじゃねぇから」

 まったく、言いにくいったらありゃしねぇ、なんで言わせんだよ、バカヤロウ。――俺の所為か……?

「やこ……」
「俺が悪かったから、ごめん。おめぇがツラいなら帰るし、おめぇが残りたいなら残るし、店を変えたいならついて行くし」

 言いたいことが自分でもよく分からない。ただ、あつ子自身が嫌な思いをしない選択だけをしてほしいと思った。

「行きましょう」

 そう言われたから俺はあつ子の手を解放した。手拭きで綺麗に拭かれた手が椅子を整えてレジの方に向かっていく。

 俺は隣のカップルをこれでもかってくらい睨み付けておいた。この時だけは目付きが悪くて良かったと思った。

 店を出てからあつ子は本当の自分でデートを楽しみ始めた。もう遅いっつうのに。

「はい、これ」

 俺にはウサギのハンバーガーを新たに買い与え、自分はパレードの写真を撮りまくった。好きなキャラクターには思いっ切り手を振って……。

「行くわよ? やこ」

 帰りになったら人が出入り口のゲートに集まるって知ってやがるのに、奴はそこら辺の土産屋を見て、お菓子やらバスタオルやら、なんでもかんでも選んで、最終的にはデカいピンクのウサギのぬいぐるみまで買いやがった。

 帰りの車で、そのぬいぐるみに助手席を奪われた。まあ、そのくらいのサイズってことだ。

「もっと早く本性出せば良かったのによ」

 ぼそりとぶっきらぼうに吐き捨てる。俺に素直なんて言葉はない。俺の言ったことなんて気にせずに無視すりゃ良かったんだよ。

「一緒に居るあんたが変な目で見られたり、笑われたりするのが嫌だったのよ」

 混んだ高速道路を運転しながらあつ子が言った。

「そんなん――」
「でも、一番はやこと一緒に閉園まで居たかったの」
「馬鹿か、居れるだろ、普通に。おめぇが居ねぇと俺は帰れねぇわけだし。嫌でも一緒に居ねぇとだろ?」

 徒歩で帰れる距離じゃねぇのは俺でも分かる。

「あんた馬鹿ね」
「んだよ?」

 何度も尋ねたが、あつ子は答えてくれなかった。訳分かんないことが増えた。


 この後、帰ってから何故かピンクのデカいウサギが俺の部屋に置かれた。「アタシの部屋にあると色々とね……?」とか言って、察しろよ、みてぇな空気を出されたがよく分からなかった。俺の部屋にあってもおかしいだろうよ? そう思ったが、沢山の土産のお菓子につられて、良しとしてしまった。

 おめぇが好きなのは一体、何だったんだ?

 全世界の俺とウサギの大群が泣いた。
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