オネおじと俺の華麗なる日常

純鈍

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33.ある日『テサインクロスの逃亡 ~前編~』

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 ある寒い休日の昼のことだ。俺とあつ子は一緒にオムそばを作っていた。

「はあ? なんだってぇ?」

 焼きそばを作るあつ子の隣で、ボウルに卵を割り入れていた俺は大袈裟に聞き返した。

「卵の殻が入ってるって言ってんの。お爺ちゃんの真似してないでちゃんと聞きなさいよ、まったく」

 コンロの火を消して、俺が混入させた卵の殻の破片を取り除くあつ子。

「うっせ、カルシウムだ、カルシウム。すぐ怒るやつはカルシウム足りてねぇらしいぞ?」

 そんなことでイライラすんなよな、こちとら素人なんだよ。(※料理が出来ても大体みんな素人である)

「ふーん、あんたのことね。そんなにカルシウムが取りたいなら、殻、食べさせてあげましょうか?」

 シンクに落ちていた殻の半分を拾い上げて、あつ子がグシャリと握り潰した。

 やめろ、せめて、粉にしろ。あ、やっぱゼリーとかでコーティングしてくんねぇかな? 俺、粉薬苦手なんだよ。

「お、やんのか? ぶん殴るぞ?」

 卵割るの失敗して黄身出ちゃって、ベッタベタになったこの黄金の右手で殴るぞ?(※秘技、『小学生の喧嘩』)

「やらないわよ。やこ、ちゃんと手洗いなさい。それ壁に付けたら、お尻ペンペンだからね?」
 へっ、さらっと自分だけ手洗っちまって、大人の余裕見せてんじゃねぇぞ?

「おめぇ、俺をいくつだと思って……あ」

 アメリカ人のオーバーリアクションを真似しようとしたら、壁に手がぶつかった。つまり、壁、俺の黄金の右手で負傷。何故、このタイミングで俺はアメリカ人になろうと思ったのか。

「はい、ペンペン決定です!」

 光の速さで壁をサッと拭いて、俺の手を流しで洗い、あつ子が準備万端な顔をする。抜かりねぇな、こいつ。

「本当にやんのかよ?」
「やるわよ、こっち来なさい」

 キッチンから出て、リビングに連行される俺。本気のケツ叩き、ぜってぇ痛ぇじゃんかよ。暴力やらねぇんじゃなかったのかよ?(※小学生の喧嘩を一人引き摺る、現高校生)

 そう思った時だった。

 ピンポーン

「ちっ」

 インターホンが鳴って、あつ子が舌打ちをしたのが聞こえた。こんのドSがぁ! そのまま出て、戻って来たら忘れてろ!(※それでは危ない病の危険性あり)

 俺に『時が経たなくても忘れる』っていう呪いを掛けられながら、あつ子が玄関に向かっていく。

「お、どうした?」

 扉を開けた先に居たのは暗い顔をした後輩だった。

「先輩、今、良いですか?」

 その落ち込んだ声は後輩らしくない。

「良いぞ、何があった?」

 あつ子も心配して、俺のことは忘れたように優しい声音で話す。

 言えそうにない雰囲気だが、心の中では言わせてくれ。

 ――この人、さっき舌打ちしてました。

「あの……」
「ん?」
「あの、アツコ来てませんか?」

 あつ子の顔をガン見して、後輩が必死に尋ねる。

 どうやら、アツコ・テサインクロスが部屋から逃げてしまったらしい。可哀想だ。

 言える雰囲気ではないが、心の中でまた言わせてほしい。

 ――あの、人間のアツコは来てますけど、いや、ずっと前からここに居ますけど。なんなら住んでますけど。

「来てないな。そもそも、猫は閉まった窓や扉から中に入れないだろう?」

 人間も同じだが、それじゃあ幽霊とかになるんだが、これも言えそうにない雰囲気なので、心の中に仕舞うことにする。

 その間に俺もあつ子の後ろに近付いた。

「玄関から逃げたのか?」
「恐らく、そうなんです。俺が玄関から出た時に知らない間に下までついて来てしまったみたいで、部屋を探しても見つからなくて……」
「利口な猫だな。どこか心当たりはないのか?」
「うーん……ないです。前の飼い主のところに帰っちゃったのかな?」
「子猫から飼ってたんじゃないのか?」
「いえ、もうかなり大きいときに道端で保護したんです。だから、一回貼り紙で迷い猫探してませんか? って呼び掛けたんですけど」

 会話がどんどん進んで、後輩がどこからか自分の作った貼り紙を出して、俺たちに見せてきた。

 口に出しては言わねぇが、ひでぇ絵だな、画伯かよ? もう猫かすらも分かんねぇじゃんか。バケモノだぞ、それ。怯えて誰も連絡してくるやつ居ねぇだろ? あと、なんで黒地に白い絵と白い文字なんだよ? 見づれぇな。

「やこくん、そんなこと言うとお尻ペンペンするよ?」

 落ち込みながらも穏やかな顔で後輩が言う。

「何も言ってないですけど!?」

 何故、心を読まれているのだ? そして、お尻ペンペンはここ界隈で流行っているのか?

「……ま、まあ、もしかしたら部屋のどっかに隠れてるかもしんないんで、一回見せてもらえないっすか?」

 別に後輩が嘘を吐いてるとかじゃなくて、アツコが大人し過ぎて部屋に居ることに気が付いてないだけかもしれないってことだ。

「そう、だね。お願いします」

 珍しく、後輩が真剣な表情で頭を下げている。アツコって、この人にとって、どんな存在なんだろう……と思ってしまった。

「三人で探したら見つかるかもしれないな、俺はゴミ捨て場を見てくる」

 玄関から出るなり、単独行動を開始するうちのあつ子。ゴミ捨て場は鍵が掛かっていて密室だから早めに見つけてやらねぇと、って気持ちで動いたんだろうな。

「やこくん、見てもらえるかな? 寝室にも、お風呂場にも、クローゼットの中にも、ベランダにも居ないんだよ」

 後輩の部屋の扉を開けてもらいながら、なんだかドキドキしてきた。リビングを見たことはあるが、その他はまったく見たことがねぇ。あつ子も居ねぇし、もし、何か変なもんがあったら……。

「お邪魔します……」

 中に入っていく後輩の後を追って、俺もそろりと入っていく。

 玄関、異常なし。便所と風呂場、異常なし。リビングとキッチンも異常なし。テレビの裏もベランダも居ない。

 あとは……後輩の部屋と、その隣の部屋だ。

「あの……」

 後輩の部屋の扉前に立って、ぼそりと呟く。

「なに? やこくん」

 困ったような顔が俺を見ている。どうして、そんな顔をするのか、早くしろってか? その顔してぇのは俺の方だよ。

「本当に入って良いんですか?」

 壁が、俺とかあつ子の写真で埋め尽くされてたらどうしよう。クローゼットの中がスパイの基地とかになってたらどうしよう。ベッドの下にゴキブリ居たらどうしよう。

「どうぞ」

 全然躊躇いもせず、後輩がドアノブに手を掛ける。

「あの……!」

 その手を俺が大きな声を上げて制止した。取り敢えず、あっちの方も聞いておこうと思ったのだ。

「どうしたの?」

 心配そうに後輩が俺の顔を覗き込んでくる。顔が近いからって気にしてやる俺じゃねぇぞ?

「あの、ご……」
「ご?」
「ご……」
「ご?」
「ご、ゴキブリが出たら退治出来る人ですか?」

 名前を口にするだけでも恐ろしいぜ。害があるもんは大体名前、口にしちゃいけねぇもんな。どっかの悪い魔法使いもそんなんだっただろう。

「大丈夫だよ」

 ――はぁ……、良かったぁ……。

 ニコっと笑う後輩を見て、胸を撫で下ろす。(※いつの間にか、心配するところを誤っている)

「俺、今までに色々殺してきたからね」
「ころ……!」

 ――サイコパスじゃねぇかぁ! ねぇかぁ……! ねぇかぁ……!(※エコー発動)

 遠い目して、どこ見てやがんだ? 過去に何をしてきたぁ! ……あー、どうしよう、ぜってぇ、床下とかに死体埋まってる。ここマンションだから、床下、あんまスペース無さそうだけど。

「君のことは俺が守るよ」

 ライトノベルの主人公ばりにイケメンを押し出しながら後輩が部屋の扉を開けた。――そうか……、この先が魔界か。死んだな、俺。

「失礼します……」

 テンションだだ下がりな状態で後輩の部屋に失礼させてもらった。本当は帰る方の“失礼させて”もらいたかった。

「何も無いんだけど」

 そう言う後輩に電気を点けられて、まじまじと部屋の中を見る。え、まじかよ……

「本当に何も無いじゃないっすか……」

 ベッドじゃねぇし、家具も何もねぇし、ただの白い壁紙にただのフローリングで引っ越してきてそのまま触ってねぇみたいじゃんか。

「この部屋……、寝室、なんですよね?」

 まさか、ここで死体とか解体してないですよね?

「あ、俺、布団派なんだよね」

 ハッとしたように後輩がカラカラとクローゼットを開けていく。確かにその中には少し質の良さそうな布団が一式だけ入っていた。

 そう、それだけだった。

「これ、だけ……ですか?」

 アツコを見つけるために、と布団をゴゾゴゾと探っている時にどさくさ紛れてクローゼット奥の壁も探ってみたが、特に変わった点は無かった。スパイの基地は無かった。

「君、何を期待してたの?」

 え、冷た。言い方、冷た。一人だけ真冬先取りかよ? つか、後輩がこんな冷たいのって初めて……じゃん。

「期待なんてしてねぇよ。自意識過剰かよ?」

 とっととアツコ見つけて帰ろっと。こちとら、あつ子と一緒にオムそば食わなきゃいけねぇんだよ。

「ほんと動じないね、君は。目付きも悪いし」

 フッと笑う顔を見て、自分が試されていたのだと気が付いた。

「目付き関係ねぇだろ」

 あー、もう人を試すな、試すな。でぇじょうぶだ、あんたなんか眼中に無ぇから。

 と思いそうになって、必死に無の表情になる俺。危ねぇ、後輩はすぐ人の心読むからな。

「そんなことないよ。じゃあ、隣の部屋も確認してくれる?」

 その、そんなことないよ、はどれに対しての返答だ? まさか、俺の心の中の言葉に対してじゃないよな? 俺が目付きの悪さを否定したことに対してだよな?

「確認させていただきます……」

 もう考えるのは止そう。

 俺は静かに後輩と隣の部屋に移動した。

「え?」

 隣の部屋に入った瞬間に俺は驚きの声を上げてしまった。何故なら……

「何も無いじゃないっすか……」

 隣の部屋にも物が何も無かったからだ。クローゼットの中にも何も無い。つまり、この部屋は文字通り、空っぽってことだ。

「アツコ……居ないんだよね」

 後輩が寂しそうに呟いた。ここにアツコの隠れられるような場所は無い。本当に、あの白いモフモフは消えてしまったのだ。一体、どこに消えたのか。

 そして、俺には他にも気になることがあった。

「あの、一つ聞いても良いですか?」

 わざわざ小さく挙手して聞いてみる。

「何かな?」

 寂しそうに笑うな。あんた、俺に部屋を見せたのはわざとか? だって……

「ここから引っ越すんですか?」

 あんたのカメラも無ぇじゃんか。これ、ぜってぇそうだろう?

「なんで?」

 後輩が表情を変えないまま、首を傾げた。

「なんとなく……」
「嫌だな、引っ越しなんてしないよ」

 じゃあ、なんで表情変えないんだよ。なんで、こんなに物が無ぇんだよ? 何も無ぇのに、アツコが隠れられる場所なんて無いの分かってて、どうして俺に見せたんだよ?

 そう言いたかったのに、言えなかった。

「そう……っすか。――俺、外見て来ます」

 後輩ん家の中にアツコが居ないことは分かった。だから、俺は一人で外も回ってみることにした。

 だが、どこを歩いてみても見つけるのは黒猫ばっかで、白猫なんか居なかった。白猫って案外居ねぇもんなんだなと思って、それと同時に綺麗な心を持った人間みてぇだなとも思った。そのうち絶滅するのだろうか?

 やっと見つけたと思ったら、ただの道端に転がってる白いビニール袋で、あまりに見つけたいと思ってると、人はそんなもんでも勘違いするんだなって気付かされた。

 飯を食ってないのも忘れて、探し回って、もう家に帰ろうと思った時には夕方で、心配したあつ子が扉の前で待っていた。

「おかえり、外には居なかったみたいね」

 静かな声がそんなことを言う。後輩の姿はここにはない。

「ああ、見つけられなかった。あんたの方はどうだった?」
「それがね、あ、いた! と思ったら、ビニール袋だったのよ」

 危ね、俺も同じこと言うところだった。なんて、残念そうな顔してるあつ子に向かって言えねぇよな。

「あの人は?」
「まだ外を探してる」
「そっか……」

 家族が居なくなっちまったんだもんな。そりゃ、必死に探すよな。

「やこ、お腹減ったでしょう? 中に入って、さっき作ったオムそば温め直して食べなさい」

 部屋の扉を開けながらあつ子が言う。だが、俺は中に入る気なんてない。

「いや、あんたもどうせ食ってねぇんだろ? あと、あの人にも分けてやりてぇ」

 エレベーターの方に視線を向けて言ってやる。あの人の場合はきっと、朝から何も食ってないはずだ。
 
「やこ……」
「後輩に休憩しろって連絡してやったら良いんじゃねぇの? あんたなら連絡出来んだろ?」

 俺は自分のスマホを取り出して、「あんたのこれで」と言うように左右に軽く振った。

「でも、自分が同じ立場だったら中断しないと思うわよ?」

 困ったようにあつ子が小さく溜息を吐く。俺はそんなオネおじの腕を掴んだ。

「分かってる。猫のことは心配だろうなって思うけどよ、直ぐに見つけてやりたいって気持ちも分かるけどよ、あの人、今、一人にしちゃいけねぇ気がすんだよ」

 どうしてか分かんねぇけど、あの人サイコパスだけど、でも、なんでか……そう思ったんだよ。

「あんたがそこまで言うなら分かったわよ」

 仕方ないわね、みたいな顔であつ子が後輩に電話を掛け始める。

「ああ、俺だ。お前、今どこに居るんだ?」

 こんな時のあつ子って、どうして、頼れる格好いい男度が増すんだろうか。なんでも受け止めてやる、みてぇな顔してやがる。

「……もう諦めました」

 急にそんな声が近くから聞こえてきた。後輩がエレベーターから出てきたのだ。

「諦めたのか?」

 落ち込んだ表情の後輩に、すぐさま俺は駆け寄った。

「やこくん……」

 スマホを持った手をだらりと下げて、今にも泣きそうな声が俺を呼ぶ。

「どうした?」

 心配になって俺は後輩の顔を下から覗き込んだ。

 まさか、外に探しに行ったらアツコが死んでた、なんてことないよな? 

「……今夜、一緒に居てくれないかな?」

 泣きそうな瞳が俺を見つめる。

 ーーなんだ、この、子犬みたいな人……! たまに狼みたいな雰囲気出したと思ったら、今度は子犬かよ……!

「え、あ、いや、でも……」

 あつ子が呼ばれるべきだろう? あんたら両想いなんだから。

 戸惑いながら振り返ってあつ子の方を見ると、奴は躊躇せずに「やこ、行ってやれ」と言った。

 それからオムそばの乗った二つの皿にラップを掛けて、俺に手渡した。

「頼んだぞ、やこ」
「お、おう」

 意外とあっさり送り出されて、逆にビビる。自分が呼ばれなかったからって腹の中、煮えくり返ってたりしないよな?

 皿を両手に持って、俺のことを待っている後輩のもとに歩いていく。数歩だが、気になってあつ子の方を振り向いてみた。

 そしたら、何故か、あつ子が微妙に俺の方に手を伸ばそうとしていて、瞬時に引っ込めたのが見えた。

「どうした?」
「なんでもない、じゃあな」

 俺が問い掛けると、奴はふいっと扉の中に消えていってしまった。

 ――なんなんだよ。やっぱ、あんたが後輩と一緒に居たかったのか?

「ごめんね、やこくん」

 扉の前に立ったまま、後輩が俺に謝った。何故謝るのか、理由が分からない。

「なんで謝るんすか?」
「なんで、かな……」

 遠くを見つめて、後輩が言う。

 ――ああ! もう調子狂うな!

「早く扉開けてもらって良いっすか? つーか、俺が開けるんで、これ持ってください」

 もっと優しくするべきなんだろうが、どうにも自分の調子が狂うのは許せない。一緒にめそめそしててもしょうがねぇだろう。

 人の家だからとか関係ねぇわ。

「鍵、どこっすか?」

 先に後輩に皿を持たせて失敗した。鍵、まだ開いてねぇじゃんか。あつ子がオムそば用意してる間に開けとけよな、まったく……。

「後ろのポケット」

 大人しく皿を持たせられたまま後輩が視線だけを後ろに向けた。

「後ろだぁ?」

 だったら後ろ向けよ、と思うが、俺の大好物であるオムそばを落とされたら困るからな、仕方なく、俺が後ろに回ってやる。

「おい、ねぇぞ?」

 後輩のジーパンの尻ポケットを容赦なく触って確認するが、そこに鍵らしい物はなかった。それどころか、何も入ってねぇ。

「あ、前だったかも」
「前だぁ?」

 ちょっとイライラしてきた。もう面倒臭ぇから、そのまま後ろから両腕を伸ばして、前の両ポケットを確認してやる。

「あ、あった」

 左前側ポケットに発見!

「やこくん、君、容赦ないね。なんか、これ、後ろから抱き締められてるみたい」

 俺がポケットから鍵を取り出そうとした瞬間に後輩が言い放った言葉だ。

「あんた、全然落ち込んでねぇんじゃんか!」

 鍵を取り出して、それを持ちながら俺は後輩の前に回った。

「落ち込んでるよ。でも、だって好きな子に抱き締めてもらえるなんて思ってなかったから」

 な、んで、そんな幸せそうな顔してんだよ? 馬鹿じゃねぇのか? こんな時に……。

「お、俺は、別にそんなつもりで……」
「分かってるよ。分かってるから、中に入ったら普通にしてて」

 ほんと、変な人だ。この人のこと、俺、全然理解出来ねぇ。

「普通って、俺はいつも普通だっての……」

 これが俺の自然体だっての、と思いながらやっと扉の鍵を開けて、後輩を先に入れてやった。

「そういや、好きって、いえば……」

 ぼそりと口にしながら、後輩の後についてリビングに入っていく。

「どうして俺なんだ? あんた、敦彦さんのこと好きなんだろ?」

 レンジでオムそばを温め始める背中に問い掛けた。

「うん、好きだよ?」

 レンジを見つめたまま後輩が答えたが一体、どんな表情をしてやがるのか。

「じゃあ、なんであの人じゃなくて俺を選んだんだ?」

 気になるから隣に並んでやる。どうだ、俺の『威圧的な視線を送る』攻撃!

「それはね……」

 チンっという音がして、一つ目のオムそばが温まった。二つ目をレンジに入れた後輩がこちらを向く。

「君じゃないとダメなんだ」

 そこにはいつも通り、ニコッと笑う後輩の顔があった。

「俺じゃないと、ダメ……?」

 って、なんだ? なんで、普通に笑ってんだ? やっぱ、あんたサイコパス、なのか?

 俺が首を傾げて数分、沈黙が流れた。

 全世界のアツコ・テサインクロス捜索隊と悩んだ俺が泣いた。
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