タイムカプセルを開けた日からサイコパスに愛されています。【社会人BL】

純鈍

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11.三重野は優しい王子様

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「あ……」

 俺は購買の前で思わず、声をもらした。

 この日は母親が忙しくて、弁当を作ることが出来なかった。だから、俺は購買にパンを買いに来たのだけれど、購買に慣れていない俺は人混みに流されて、やっと辿り着いたときにはパンが売り切れてしまっていたのである。

「ごめんね、売り切れで」

 購買のおばさんにそう苦笑いで言われて、仕方なく教室に戻った俺は自分の机に突っ伏した。

 ――今日、あと何時間だっけ?

 両腕で作った薄暗闇の中で考える。

 ダメだ、お腹が減って、何も考えられない。頭の中も空っぽだ。

 そんな俺の頭にガサリと何かがぶつかった。

「中川、これ良かったら食べる?」

 三重野の声だった。

「え?」

 驚いて顔を上げると、やきそばパンと玉子サンドが乗った両手が視界に飛び込んできた。さらに見上げると、三重野がふっと微笑んでいる。

「購買、買えなかったところ見ちゃって。だから、良かったら、これ」

 そう言いながら、俺にやきそばパンと玉子サンドをもっと近付ける三重野。

 ――どれだけ聖人なんだ、人に自分の食べ物を差し出すなんて……。

「いや、悪いよ。三重野のなくなっちゃうじゃん」

 一瞬、喉が鳴りそうになったけれど、我慢して俺は首を左右に振りながら三重野の手を自分の手でガードしようとした。

「いいのいいの、俺、もう一個大きな弁当あるし、これおやつだから」

 それでも三重野は引かない。

 現実逃避みたいだけど、もう一個大きな弁当、というパワーワードを聞いて、さすが運動部、たくさん食べるんだなと思った。俺は溺れて以来、水泳部をやめていたけれど。

「えっと……」
「お腹減ったら、午後、つらいでしょ? どうぞ」

 俺が次の言葉を探していたら、三重野は自然な動きで俺の両手にやきそばパンと玉子サンドを乗っけていた。もう完全に俺の負けだ。断れない。

「……ありがとう」

 最後には俺がお礼を言って、三重野は「大きくなれよ?」と冗談めいて俺の頭を撫でて爽やかに笑った。その手がすごく大きくて、ドキリとした。他の人間にやられていたらムカついたと思うのに。

 高校最後の文化祭、俺のクラスは定番のメイド喫茶をやることになった。

 女子も男子もメイドの格好をする。人員の選び方は簡単。メイドの制服が入る人限定。残念ながら身長が伸びなかった俺はメイドの一人に選ばれた。他にもネタ枠とかで選ばれているやつもいる。

「ど、どうかな?」

 文化祭当日、女子にばっちり化粧をされた俺は三重野に声を掛けた。

 そう、何の因果か、高三になっても三重野とクラスは別れなかったのである。

「中川? いいじゃん、似合ってる」

 揶揄うとかじゃなくて、三重野はほんとにいいと思ってるように言ってくれた。

 可愛いと言われたかったわけじゃない。ただ、いいと言われるだけで三重野に認めてもらえた気がした。三重野は女の子が好きで、俺は男だから、認めてもらえるわけないのに。

 好きの気持ちが募っていく。この気持ちをどうしたらいいか分からない。
 憧れから好きへ、好きから大好きへ、気持ちが変化して、顔を見るだけで声を聞くだけで胸が苦しくなった。

 挨拶は必ずする。俺が見つめているからいつも三重野と目が合う。こっちが慌てて逸らす。

 三重野が俺の気持ちに気付いてるんじゃないかって、少しは期待して、でも、三重野は天然だから、きっと気付いてないんだろうなって考えて、もうすぐ卒業だし、告白してみようかな……とも思った。

 でも、その考えを改めるときがくる。

「三重野くんに告白したけど振られたー」

「振られるに決まってるじゃん。三重野くんは誰にだって優しいから、みんな自分を好きになってくれたって勘違いするわけよ」

「そうそう、勘違いしたらダメダメ」

「三重野くんは遠くから拝むものなの」

 隣のクラスの派手な女子グループが教室で大声で喋っているのを、たまたま廊下を通ったときに聞いてしまった。

 ああ、そうだよな、と思う。三重野はみんなのもの。

 どうしていままで気付かなかったのだろう。

 なんで俺なんかにいつも優しくしてくれるの? って聞こうと思ってた。

 でも、三重野はみんなに平等に優しくしてて、しかも、それを自覚してないんだ。優しくするのが当たり前だと思ってる。

 だから、俺は勘違いなんかしちゃいけないんだ。少しでも希望があるんじゃないかって、告白してみようかな、なんて、そんなこと思っちゃいけない。

 いまさら気付くなんて遅いけど、気付けて良かった。

 俺は三重野に嫌われたくない。いまの関係を崩したくない。友人として、仲の良い関係で終わっていきたい。

 だから、俺は自分の気持ちを卒業時のタイムカプセルに入れることにした。

『十年後の俺へ、今、俺には好きな人がいます。たぶん、誰にもこの手紙を見せることはないと思うから、相手の名前を書きます。彼の名前は三重野裕哉。誰にでも優しくて、なんでもできる王子様みたいな人。俺は三重野のことが好きです。大好きです。叶うことならずっと一緒にいたい。三重野からの愛情がほしい。必要とされたい。でも、これは叶わない恋だから、どうか忘れてください。中川響』

 家で泣きながら書いた十年後の自分へ向けた手紙。

 卒業式が終わって、タイムカプセルを埋めるときがきた。

「もうタイムカプセルに手紙入れた?」

 さっきまで囲まれていたクラスの輪から抜けて、わざわざ三重野が俺に声を掛けに来てくれた。また背が伸びたな、と思う。桜に手が届きそうだ。

「うん、もうあの中」

 タイムカプセルを指差しながら、俺は三重野に笑顔を向けた。これが三重野の視界に映る最後の表情になる。卒業式は終わった。俺たちはもう会わない。十年後どうなるかなんて分からない。

「中川、なに書いたの?」
「秘密」

 最後まで、俺の近くにいてくれた。それだけで良かった。

 卒業するとき、三重野は誰とも付き合っていなかったのを俺は知ってた。でも、やっぱり、告白はせず、俺は十年の間に彼のことを記憶から抹消した。俺が女の子だったら、少しは希望もあったのかな……、と思いながら。
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