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番外編 エリダ デセスペランサ
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本が読めれば、再生魔法を習得出来るもんだと思っていた。魔法ってのは感覚的なもんだからだ。
林檎を齧り、芯だけにして早三日、朝から晩まで俺はそれを只管見つめている。どうしても、コンラッドの部屋を元に戻したい。その気持ちだけが俺を動かしていた。
今日も、俺は自室で茶色に変わってしまった芯を見つめている。時折、紙に難しい魔法陣を描き、暗記しようとした。ただ、どうしても、細かい部分を描くことが出来ない。集中力がない所為だ。
「ああ!もう!やっちまえ!」
書けないからって言葉が喋れない訳じゃない。描けないからって魔法が使えない訳じゃないだろう?何かのきっかけが必要なだけ、何かのヒントが必要なだけ。それが俺の考えだ。
林檎の芯に両手を翳し、複雑な魔法陣を頭で想像する。魔法陣の線が道であるように、俺の意識が緑のライン上を移動していく。氷の上を滑るように素早く滑らかに。
頭の中で着実に魔法陣が完成していく。
感覚で創り出せ。難しい部分なんざ、頭の中でなら楽勝だ。気付けば、俺の頭の中には三つの輪が連なった複雑な魔法陣が完成していた。
「……出来、た……?出来た!フィト!」
両目をゆっくりと開くと、先ほどまで林檎の芯が転がっていた机の上には真っ赤な林檎が置かれていた。それを持って、俺は思わず部屋を飛び出した。
向かう先は五つ隣の部屋で、フィトの部屋だ。俺の気が散らない様にとか言ってフィトが消えた所為で、昨日から俺は奴に会っていない。
「フィト!」
丁度、と言っていいのだろうか?廊下に出ると、フィトが角を曲がって行くのが見えた。俺が呼んでいるのに、何故、こちらを向かなかったのか。反応ぐらい示せば良いのに、何故、無視をする?
「おい!フィト!無視すんなよ!」
誰かの迷惑になるかもしれないが、俺は大きな声で叫びながら廊下を駆け、フィトの肩を後ろから掴んだ。
「なんのつもりだ?ルイス、フィトなら部屋に居るだろう?」
「え?」
振り向いた顔を見て、俺は固まってしまった。手元から落ちた赤い林檎が床を転がっていく。俺が肩を掴んだ人物はフィトでは無かったのだ。黒い毛並みの狼人、フィトに似た体型に、フィトに似た……いや、フィトが似た喋り方。
「コンラッド……?死んだんじゃ……」
唖然とした顔で、そんなことを呟いてしまう。
「何を言っているんだ?ひとを勝手に殺すんじゃない」
怪訝そうに銀色の瞳を細めるこの狼人は、紛れもなくコンラッドだ。俺は幽霊でも見ているのだろうか?それにしてはコンラッドは生き生きとし過ぎている。見た感じだと普通に元気そうだ。
「コンラッド、医者に行こう」
「ルイス、急にどうした?」
俺は一人、過去に戻ってしまったのかもしれない。だったとしたら、まだ間に合うかもしれない。
「あんた、心臓悪いんだろう?」
良い医者にかかれば、長く生きられるかもしれない。
「何故、それを知っている?」
「なんでも良いだろう?頼むから、医者に行ってくれ」
なんでも良い。あんたが長生き出来るなら、フィトが悲しまずに済むのなら。
「ルイス?父様と何の話をしてるの?」
急に後ろから声を掛けられた。フィトだ。薄い茶色の毛並みに銀色の瞳、そして、この口調。久しぶりに元のフィトを見て、なんだかホッとしてしまう。
「なあ、コンラッド。頼むから、せめてフィトには自分の病気のこと話してくれよ」
「話す必要はない」
冷たい口調にイラっとした。
「コンラッド!」
「ねぇ、何の話?なんでルイスは怒ってるの?」
俺とコンラッドの間にフィトが入ろうとしてくる。廊下で立ったままするべき話ではないが、俺は続けた。
「コンラッド、後悔するのはあんただぞ?フィトはあんたの所為で道を誤る。悲しんで、ひと月半も部屋に篭って、馬鹿なことをする」
未来を変えることは良いことなのか、悪いことなのか。ただ、ほんの少しでいい。良い方に転がって欲しい。
「ルイス、何言ってるの?」
フィトが俺の隣で首を傾げる。
「あんたなら俺の話、信じてくれるだろう?フィトのことは任せるって俺に言うんだろう?」
俺のこと信用してくれたんだろう?
「頼むから、フィトに話してくれ」
ジッとコンラッドの瞳を見つめ、誠意を込めて俺は告げた。俺も後悔したくない。再生魔法が失敗だとしても、せっかく過去に戻る魔法は成功したのだ。なんとか、結果を変えたい。
「はぁ……」
コンラッドは、いつになく怖い顔をしていたが、観念したかのように深く息を吐いた。
「父様?」
「フィト、よく聞いてくれ。……私は……、私は心臓の病で、もう長くはない。心配を掛けたくなくて、なかなか言い出せなかった。頼むから、気を落とさないでくれ」
本当のことを告げるのは、フィトにとって悪影響だろうか?俺は間違ったことをしてしまったのだろうか?フィトの顔を見ることが出来ないのは、自分の行動を少しだけ後悔しているからかもしれない。
「────気を落とすのは、僕じゃないよ。本当に一番ツライのは父様でしょう?」
意外な言葉がフィトの口から転がり出た。少しだけ驚いて、俺はフィトの顔を見てしまった。どんな顔で……。また、大人な顔して泣いていた。
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