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晩餐会の夜 ※ヴィクトル
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晩餐会の幕開けを告げる鐘が鳴り、王宮の大広間にはすでに貴族たちが整然と並んでいた。
高い天井には緋色の装飾布が張られ、金糸の王家の紋章が静かに光を受けている。
シャンデリアの輝きが場を照らし、張り詰めた空気をさらに際立たせていた。
王族の入場が告げられ、ヴィクトルは王と王妃に続き会場奥の王族席へと歩を進めた。
歩きながら、ふと視線をめぐらせたその時、自然と足が止まる。
人の波の中で、ひときわ目を引く姿があった。
柔らかな月光のような銀灰のドレスが、彼女の肌の白さを際立たせている。髪は丁寧に結い上げられ、首筋にかかる一筋の後れ毛が息を呑むほど繊細な光を放っていた。
エレナの姿を捉えた瞬間、周囲のざわめきが遠のいたように思えた。
凛とした佇まいと、決して飾り立てない品の良さは会場の誰よりも美しい。
まるで、彼女がこの場の中心であることを当然のように感じさせる存在感だった。
ヴィクトルの胸に、ふわりと温かいものが広がっていく。
ただそこにいるだけで心を奪われる。そんな感覚など、彼女に出会うまで知らなかった。
エレナがこちらに気づき、柔らかく視線を細める。
目が合ったその瞬間、言葉も交わしていないのに、すべてが伝わった気がした。
まるで最初からそこに立つことが運命づけられていたかのように、エレナは周囲の視線を引き寄せる。そんな強さと美しさが、今の彼女にはあった。
ヴィクトルはためらうことなく手を差し出した。エレナも自然に、その手を取る。
二人の指先が触れた瞬間、わずかに会場の空気が変わった。
二人が並んで歩き出すと、静かなざわめきが広がる。
誰もが視線を向けたが、咎める声はなかった。むしろ、当然のように受け入れる空気すらあった。
エレナは一礼して王族席に腰を下ろす。
その仕草ひとつに、隣のヴィクトルが目を細める。
「あの方、この前の式典でも第一王子殿下の隣にいらっしゃいましたわ」
「ええ、確か名前は……グリセリア侯爵家のご令嬢だったかしら」
「え?でもグリセリア家といえば第二王子殿下のご婚約者では?」
「グリセリア家に、あんな綺麗なご令嬢いたかしら?」
貴族たちの間に、ざわめくような囁きが広がっていく。
それでも、王族席に控える国王と王妃は何も言わなかった。ただ静かに頷いたその仕草は、容認を意味していた。
もしかすると、それ以上の確かな意思が込められていたのかもしれない。
エレナの隣に腰をおろしたヴィクトルは声を落として囁いた。
「緊張しているか?」
エレナは何も言わず、そっと微笑んだ。
その表情を見ただけで、ヴィクトルは彼女の覚悟を感じ取
った。
「そのドレスすごく似合ってる。この会場の中で君が一番綺麗だ」
「ありがとうございます……ヴィクトル様も素敵です」
凛と前を向いていた先程とは違い、頬を微かに赤く染めたエレナが愛おしくてたまらない。
つい揶揄いたくなってしまうが、それを押しとどめるように、ヴィクトルは王族の顔を貼りつけた。
次の入場が告げられ、扉が開く。
煌びやかなドレスを揺らしながら、第二王子レオナルドとセシリアが姿を現した。
セシリアの目が、王族席に座るエレナを捉えた瞬間、動きがほんのわずかに止まる。
笑みは保たれていたが、その目には露骨な敵意が宿っていた。
「……どういうこと?」
小さくこぼした声に、隣のレオナルドが気づく。セシリアの視線を辿ってエレナに気づいたレオナルドも驚いたように目を見開いた。
「落ち着け。今は騒ぐな」
低く、短く言って彼女の手を取った。
だがセシリアの視線は外れない。まるで射抜くように、エレナだけを見つめていた。
レオナルドもまた、横目でエレナを見ていた。と言っても、レオナルドの場合はその瞳の奥にまだ微かな熱を孕んでいる。
「ずいぶん美しくなったな……」
ぽつりと呟いたレオナルドの言葉に、セシリアがぎゅっと眉を寄せるのがわかった。
「いっ」
手の甲をつねられたらしいレオナルドが、王族の仮面を貼り付けたまま黙り込む。
ヴィクトルはその様子を黙って見ていた。
何も言わずとも、すべてが伝わってくる。互いを気遣うふりをしながら、傷つけ合うことに慣れてしまった関係だ。
この二人は、もう続かない。そう思った。
それにしても……と、ヴィクトルは自嘲した。
レオナルドがエレナに視線を向けるたび、胸の奥に苛立ちが芽生える。嫉妬など、自分には縁のないものだと思っていたが、美しく着飾った彼女を誰にも見せたくないと思ってしまうあたり、この感情が本気なのだと嫌でも思い知らされる。
視線が、囁きが、空気が――変わり始めている。
グリセリア家の姉妹のどちらが王族に相応しいか。もう、それは言葉にするまでもなかった。
高い天井には緋色の装飾布が張られ、金糸の王家の紋章が静かに光を受けている。
シャンデリアの輝きが場を照らし、張り詰めた空気をさらに際立たせていた。
王族の入場が告げられ、ヴィクトルは王と王妃に続き会場奥の王族席へと歩を進めた。
歩きながら、ふと視線をめぐらせたその時、自然と足が止まる。
人の波の中で、ひときわ目を引く姿があった。
柔らかな月光のような銀灰のドレスが、彼女の肌の白さを際立たせている。髪は丁寧に結い上げられ、首筋にかかる一筋の後れ毛が息を呑むほど繊細な光を放っていた。
エレナの姿を捉えた瞬間、周囲のざわめきが遠のいたように思えた。
凛とした佇まいと、決して飾り立てない品の良さは会場の誰よりも美しい。
まるで、彼女がこの場の中心であることを当然のように感じさせる存在感だった。
ヴィクトルの胸に、ふわりと温かいものが広がっていく。
ただそこにいるだけで心を奪われる。そんな感覚など、彼女に出会うまで知らなかった。
エレナがこちらに気づき、柔らかく視線を細める。
目が合ったその瞬間、言葉も交わしていないのに、すべてが伝わった気がした。
まるで最初からそこに立つことが運命づけられていたかのように、エレナは周囲の視線を引き寄せる。そんな強さと美しさが、今の彼女にはあった。
ヴィクトルはためらうことなく手を差し出した。エレナも自然に、その手を取る。
二人の指先が触れた瞬間、わずかに会場の空気が変わった。
二人が並んで歩き出すと、静かなざわめきが広がる。
誰もが視線を向けたが、咎める声はなかった。むしろ、当然のように受け入れる空気すらあった。
エレナは一礼して王族席に腰を下ろす。
その仕草ひとつに、隣のヴィクトルが目を細める。
「あの方、この前の式典でも第一王子殿下の隣にいらっしゃいましたわ」
「ええ、確か名前は……グリセリア侯爵家のご令嬢だったかしら」
「え?でもグリセリア家といえば第二王子殿下のご婚約者では?」
「グリセリア家に、あんな綺麗なご令嬢いたかしら?」
貴族たちの間に、ざわめくような囁きが広がっていく。
それでも、王族席に控える国王と王妃は何も言わなかった。ただ静かに頷いたその仕草は、容認を意味していた。
もしかすると、それ以上の確かな意思が込められていたのかもしれない。
エレナの隣に腰をおろしたヴィクトルは声を落として囁いた。
「緊張しているか?」
エレナは何も言わず、そっと微笑んだ。
その表情を見ただけで、ヴィクトルは彼女の覚悟を感じ取
った。
「そのドレスすごく似合ってる。この会場の中で君が一番綺麗だ」
「ありがとうございます……ヴィクトル様も素敵です」
凛と前を向いていた先程とは違い、頬を微かに赤く染めたエレナが愛おしくてたまらない。
つい揶揄いたくなってしまうが、それを押しとどめるように、ヴィクトルは王族の顔を貼りつけた。
次の入場が告げられ、扉が開く。
煌びやかなドレスを揺らしながら、第二王子レオナルドとセシリアが姿を現した。
セシリアの目が、王族席に座るエレナを捉えた瞬間、動きがほんのわずかに止まる。
笑みは保たれていたが、その目には露骨な敵意が宿っていた。
「……どういうこと?」
小さくこぼした声に、隣のレオナルドが気づく。セシリアの視線を辿ってエレナに気づいたレオナルドも驚いたように目を見開いた。
「落ち着け。今は騒ぐな」
低く、短く言って彼女の手を取った。
だがセシリアの視線は外れない。まるで射抜くように、エレナだけを見つめていた。
レオナルドもまた、横目でエレナを見ていた。と言っても、レオナルドの場合はその瞳の奥にまだ微かな熱を孕んでいる。
「ずいぶん美しくなったな……」
ぽつりと呟いたレオナルドの言葉に、セシリアがぎゅっと眉を寄せるのがわかった。
「いっ」
手の甲をつねられたらしいレオナルドが、王族の仮面を貼り付けたまま黙り込む。
ヴィクトルはその様子を黙って見ていた。
何も言わずとも、すべてが伝わってくる。互いを気遣うふりをしながら、傷つけ合うことに慣れてしまった関係だ。
この二人は、もう続かない。そう思った。
それにしても……と、ヴィクトルは自嘲した。
レオナルドがエレナに視線を向けるたび、胸の奥に苛立ちが芽生える。嫉妬など、自分には縁のないものだと思っていたが、美しく着飾った彼女を誰にも見せたくないと思ってしまうあたり、この感情が本気なのだと嫌でも思い知らされる。
視線が、囁きが、空気が――変わり始めている。
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