義姉の身代わりだった私

雨雲レーダー

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名を継ぐ者

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 午後の陽が西へ傾きはじめたころ、控えの間にエレナが案内された。

 セリーナ夫人はすでに腰かけていて、小さな金縁の手帳をめくっていた。窓際のティーテーブルには、紅茶の香りが漂っている。彼女はエレナに気づくと、穏やかな笑みを向けた。

「来てくれて嬉しいわ、エレナさん。今から少しだけ、お手伝いお願いできるかしら?」

 エレナは静かに頷いた。

「はい。どういったことでしょうか?」

「お茶会よ。明後日の午後、わたくしの友人たちを招いて、エレナさんのお披露目を兼ねた小さなお茶会を開こうと思うの」

 セリーナ夫人はさらりと言った。だがその一言の重みを、エレナはすぐに理解する。

「……お披露目、ですか」

「そう。エレナさんを、ノルステッド家の娘として紹介する場。内輪ではあるけれど、招くのは社交界でも名の知れた夫人たちばかりよ。ひとたび彼女たちが認めれば、次から次へと紹介が続くわ。貴族の世界ってそういうものでしょう?」

「ですが、私はまだ……」

「名が足りない?地位がない?そんなこと、誰も気にしないわ」

 セリーナ夫人は、ぴたりと言葉を重ねた。

「あなたに必要なのは、自信と覚悟。それから、その場にふさわしい振る舞い。幸い、あなたにはそれが備わっていると、私は思っているの」

 どこか柔らかで、それでいて揺るがない声だった。
 エレナは息を吸ってから、問いかけた。

「私が、失敗したらどうなりますか」

「誰も責めないわ。でも、世間が少し騒ぐかもしれない。それもほんの数日のことよ。だけど、あなたがうまくやったら、どうなると思う?」

「……未来が開けるかもしれない」

「そう。その通りよ」

 セリーナ夫人は立ち上がって、そばに来た。そして、ごく自然な仕草でエレナの手を取る。

「信じなさい、エレナさん。わたくしが、あなたをこの家の娘として紹介する。これは形だけのことじゃない。本当に、そう思っているからよ」

 手の平から伝わってくる熱に、言葉を返せなかった。ただ、小さくうなずいた。
 自分の存在を肯定されるというのは、こんなにも心が震えるものだったのか。

 それからの数日は、めまぐるしかった。
 ドレスの選定や使用人の動かし方。席の配置と会話のシミュレーションまで、セリーナ夫人は一つ一つを丁寧に、だが迷いなくエレナに教えながら整えていく。エレナにも随所で判断が求められた。

 エレナは、かつて王宮の礼儀作法で叩き込まれた記憶を思い出しながら、自分なりに最善を尽くした。
 何度も鏡の前に立ち、言葉遣いを整え、姿勢を確認する。

 そして、当日。

 庭園に面した広間には、すでに十人ほどの夫人たちが集まっていた。みな華やかなドレスに身を包み、香水の香りと共に会話を交わしている。

 エレナは、控えの間で最後の深呼吸をしてから、広間へと足を踏み入れた。
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