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揺らぎの兆し ※アレク
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天候の異変が最初に報告されたのは、北部の砦からだった。
「季節外れの雪が止まらないとのことです。作物が全滅し、補給も困難に」
報告書を読み上げた文官が顔をしかめる。
アレクは沈黙のまま、机の上の地図を見つめていた。すでに南部では干ばつによる水不足が発生し、魔物の群れが村を襲っているという報せも入っていた。
だが、報告にはある共通点があった。
それは、天音の祈りの儀式の直後に限って災いが起こっているということだった。
「……偶然にしては、出来すぎているな」
アレクは静かに呟いた。
側近の一人が小さくため息をついた。
「陛下、王都でも噂が広がり始めています。聖女の祈りが災いを呼んでいるのではないかと……」
「愚かな。聖女の力が完全に発揮されるまでに時間がかかるのは当然だ。騒ぐな」
即座に言い返したが、言葉には力がなかった。机の上に積まれた被害報告は増えるばかりだ。
「代行聖女の頃は平穏だった、という声も一部から聞かれております」
その一言にアレクの表情がわずかに揺らいだが、すぐに顔を上げた。
「天音は選ばれた存在だ。私が保証する」
そのとき、新しい報告書を持った文官が駆け込んできた。
「陛下、各国でも同様の異常が確認されています。北方のスレイン王国では雪害、東のバレリア連邦では地割れが。ですが……」
文官の声がわずかに低くなる。
「唯一、隣国グランツ帝国のみ、被害の報告が一切ありません」
アレクは一瞬、言葉を失った。
「……つまり、災厄は我が国だけではないが、無事でいるのはグランツ帝国だけというわけか」
文官は静かに頷いた。
アレクは手元の報告書に視線を落としながら、奥歯を噛み締めた。
なぜ我が国だけがここまで混乱し、なぜあの帝国だけが無傷なのか。
不吉な予感が、心の奥で膨らんでいく。
無意識に拳を握る。
神の加護を受けた聖女がいるはずの我が国が、なぜこれほどの混乱に見舞われるのか。答えは見えなかった。
その夜、執務を終えて天音の私室を訪ねると、彼女は窓際で夜空を見上げていた。
表情は穏やかだが、どこか張り詰めた空気が漂っている。
「天音、疲れていないか」
「ええ、大丈夫です。……ただ、私の祈りがまだ足りないのかもしれません」
アレクは天音の肩に手を添えた。
「焦らなくていい。力はやがて安定する。それまで私が支える」
天音は笑ったが、その目には薄い影が落ちていた。
「もっと強く祈れば、全部黙らせられるんですよね」
その一言に、アレクは一瞬、背筋を冷たいものが撫でるような感覚を覚えた。
声色は穏やかなはずなのに、どこか危うさが滲んでいる。
彼女の祈りは、まだ希望のはずだった。なのに今のそれは、まるで力でねじ伏せようとするもののように響いていた。
「季節外れの雪が止まらないとのことです。作物が全滅し、補給も困難に」
報告書を読み上げた文官が顔をしかめる。
アレクは沈黙のまま、机の上の地図を見つめていた。すでに南部では干ばつによる水不足が発生し、魔物の群れが村を襲っているという報せも入っていた。
だが、報告にはある共通点があった。
それは、天音の祈りの儀式の直後に限って災いが起こっているということだった。
「……偶然にしては、出来すぎているな」
アレクは静かに呟いた。
側近の一人が小さくため息をついた。
「陛下、王都でも噂が広がり始めています。聖女の祈りが災いを呼んでいるのではないかと……」
「愚かな。聖女の力が完全に発揮されるまでに時間がかかるのは当然だ。騒ぐな」
即座に言い返したが、言葉には力がなかった。机の上に積まれた被害報告は増えるばかりだ。
「代行聖女の頃は平穏だった、という声も一部から聞かれております」
その一言にアレクの表情がわずかに揺らいだが、すぐに顔を上げた。
「天音は選ばれた存在だ。私が保証する」
そのとき、新しい報告書を持った文官が駆け込んできた。
「陛下、各国でも同様の異常が確認されています。北方のスレイン王国では雪害、東のバレリア連邦では地割れが。ですが……」
文官の声がわずかに低くなる。
「唯一、隣国グランツ帝国のみ、被害の報告が一切ありません」
アレクは一瞬、言葉を失った。
「……つまり、災厄は我が国だけではないが、無事でいるのはグランツ帝国だけというわけか」
文官は静かに頷いた。
アレクは手元の報告書に視線を落としながら、奥歯を噛み締めた。
なぜ我が国だけがここまで混乱し、なぜあの帝国だけが無傷なのか。
不吉な予感が、心の奥で膨らんでいく。
無意識に拳を握る。
神の加護を受けた聖女がいるはずの我が国が、なぜこれほどの混乱に見舞われるのか。答えは見えなかった。
その夜、執務を終えて天音の私室を訪ねると、彼女は窓際で夜空を見上げていた。
表情は穏やかだが、どこか張り詰めた空気が漂っている。
「天音、疲れていないか」
「ええ、大丈夫です。……ただ、私の祈りがまだ足りないのかもしれません」
アレクは天音の肩に手を添えた。
「焦らなくていい。力はやがて安定する。それまで私が支える」
天音は笑ったが、その目には薄い影が落ちていた。
「もっと強く祈れば、全部黙らせられるんですよね」
その一言に、アレクは一瞬、背筋を冷たいものが撫でるような感覚を覚えた。
声色は穏やかなはずなのに、どこか危うさが滲んでいる。
彼女の祈りは、まだ希望のはずだった。なのに今のそれは、まるで力でねじ伏せようとするもののように響いていた。
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