22 / 33
揺らぎの兆し ※アレク
しおりを挟む
天候の異変が最初に報告されたのは、北部の砦からだった。
「季節外れの雪が止まらないとのことです。作物が全滅し、補給も困難に」
報告書を読み上げた文官が顔をしかめる。
アレクは沈黙のまま、机の上の地図を見つめていた。すでに南部では干ばつによる水不足が発生し、魔物の群れが村を襲っているという報せも入っていた。
だが、報告にはある共通点があった。
それは、天音の祈りの儀式の直後に限って災いが起こっているということだった。
「……偶然にしては、出来すぎているな」
アレクは静かに呟いた。
側近の一人が小さくため息をついた。
「陛下、王都でも噂が広がり始めています。聖女の祈りが災いを呼んでいるのではないかと……」
「愚かな。聖女の力が完全に発揮されるまでに時間がかかるのは当然だ。騒ぐな」
即座に言い返したが、言葉には力がなかった。机の上に積まれた被害報告は増えるばかりだ。
「代行聖女の頃は平穏だった、という声も一部から聞かれております」
その一言にアレクの表情がわずかに揺らいだが、すぐに顔を上げた。
「天音は選ばれた存在だ。私が保証する」
そのとき、新しい報告書を持った文官が駆け込んできた。
「陛下、各国でも同様の異常が確認されています。北方のスレイン王国では雪害、東のバレリア連邦では地割れが。ですが……」
文官の声がわずかに低くなる。
「唯一、隣国グランツ帝国のみ、被害の報告が一切ありません」
アレクは一瞬、言葉を失った。
「……つまり、災厄は我が国だけではないが、無事でいるのはグランツ帝国だけというわけか」
文官は静かに頷いた。
アレクは手元の報告書に視線を落としながら、奥歯を噛み締めた。
なぜ我が国だけがここまで混乱し、なぜあの帝国だけが無傷なのか。
不吉な予感が、心の奥で膨らんでいく。
無意識に拳を握る。
神の加護を受けた聖女がいるはずの我が国が、なぜこれほどの混乱に見舞われるのか。答えは見えなかった。
その夜、執務を終えて天音の私室を訪ねると、彼女は窓際で夜空を見上げていた。
表情は穏やかだが、どこか張り詰めた空気が漂っている。
「天音、疲れていないか」
「ええ、大丈夫です。……ただ、私の祈りがまだ足りないのかもしれません」
アレクは天音の肩に手を添えた。
「焦らなくていい。力はやがて安定する。それまで私が支える」
天音は笑ったが、その目には薄い影が落ちていた。
「もっと強く祈れば、全部黙らせられるんですよね」
その一言に、アレクは一瞬、背筋を冷たいものが撫でるような感覚を覚えた。
声色は穏やかなはずなのに、どこか危うさが滲んでいる。
彼女の祈りは、まだ希望のはずだった。なのに今のそれは、まるで力でねじ伏せようとするもののように響いていた。
「季節外れの雪が止まらないとのことです。作物が全滅し、補給も困難に」
報告書を読み上げた文官が顔をしかめる。
アレクは沈黙のまま、机の上の地図を見つめていた。すでに南部では干ばつによる水不足が発生し、魔物の群れが村を襲っているという報せも入っていた。
だが、報告にはある共通点があった。
それは、天音の祈りの儀式の直後に限って災いが起こっているということだった。
「……偶然にしては、出来すぎているな」
アレクは静かに呟いた。
側近の一人が小さくため息をついた。
「陛下、王都でも噂が広がり始めています。聖女の祈りが災いを呼んでいるのではないかと……」
「愚かな。聖女の力が完全に発揮されるまでに時間がかかるのは当然だ。騒ぐな」
即座に言い返したが、言葉には力がなかった。机の上に積まれた被害報告は増えるばかりだ。
「代行聖女の頃は平穏だった、という声も一部から聞かれております」
その一言にアレクの表情がわずかに揺らいだが、すぐに顔を上げた。
「天音は選ばれた存在だ。私が保証する」
そのとき、新しい報告書を持った文官が駆け込んできた。
「陛下、各国でも同様の異常が確認されています。北方のスレイン王国では雪害、東のバレリア連邦では地割れが。ですが……」
文官の声がわずかに低くなる。
「唯一、隣国グランツ帝国のみ、被害の報告が一切ありません」
アレクは一瞬、言葉を失った。
「……つまり、災厄は我が国だけではないが、無事でいるのはグランツ帝国だけというわけか」
文官は静かに頷いた。
アレクは手元の報告書に視線を落としながら、奥歯を噛み締めた。
なぜ我が国だけがここまで混乱し、なぜあの帝国だけが無傷なのか。
不吉な予感が、心の奥で膨らんでいく。
無意識に拳を握る。
神の加護を受けた聖女がいるはずの我が国が、なぜこれほどの混乱に見舞われるのか。答えは見えなかった。
その夜、執務を終えて天音の私室を訪ねると、彼女は窓際で夜空を見上げていた。
表情は穏やかだが、どこか張り詰めた空気が漂っている。
「天音、疲れていないか」
「ええ、大丈夫です。……ただ、私の祈りがまだ足りないのかもしれません」
アレクは天音の肩に手を添えた。
「焦らなくていい。力はやがて安定する。それまで私が支える」
天音は笑ったが、その目には薄い影が落ちていた。
「もっと強く祈れば、全部黙らせられるんですよね」
その一言に、アレクは一瞬、背筋を冷たいものが撫でるような感覚を覚えた。
声色は穏やかなはずなのに、どこか危うさが滲んでいる。
彼女の祈りは、まだ希望のはずだった。なのに今のそれは、まるで力でねじ伏せようとするもののように響いていた。
1,089
あなたにおすすめの小説
召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?
小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。
しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。
突然の失恋に、落ち込むペルラ。
そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。
「俺は、放っておけないから来たのです」
初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて――
ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
はずれの聖女
おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。
一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。
シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。
『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。
だがある日、アーノルドに想い人がいると知り……
しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。
なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
私を陥れたつもりのようですが、責任を取らされるのは上司である聖女様ですよ。本当に大丈夫なんですか?
木山楽斗
恋愛
平民であるため、類稀なる魔法の才を持つアルエリアは聖女になれなかった。
しかしその実力は多くの者達に伝わっており、聖女の部下となってからも一目置かれていた。
その事実は、聖女に選ばれた伯爵令嬢エムリーナにとって気に入らないものだった。
彼女は、アルエリアを排除する計画を立てた。王都を守る結界をアルエリアが崩壊させるように仕向けたのだ。
だが、エムリーナは理解していなかった。
部下であるアルエリアの失敗の責任を取るのは、自分自身であるということを。
ある時、アルエリアはエムリーナにそれを指摘した。
それに彼女は、ただただ狼狽えるのだった。
さらにエムリーナの計画は、第二王子ゼルフォンに見抜かれていた。
こうして彼女の歪んだ計画は、打ち砕かれたのである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる