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不穏な祈り ※天音
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鐘の音が鳴り響く中、私は祭壇の中央に立っていた。
真っ白な礼装は肌に少し重かったけれど、民衆の視線が私に集まっているのを感じると、自然と背筋が伸びた。ここは私の舞台。光に包まれたこの場所は、私のためにある。
遠くにいたアレク様の視線が、まっすぐ私に向けられる。
あの人が私を選んでくれた。その事実が、私の存在に意味を与えてくれる。
だから私は、誰よりも美しく誰よりも必要とされる存在としてこの国の聖女として生きていくの。
「神よ、応えて」
私は手を掲げて祈りの言葉を唱えた。すると、空の色が変わっていく。最初は薄暗くなっただけだったが、すぐに風が渦を巻き、黒い雲が広がっていく。
これこれ!私の力をみんなに見せつけるのよ!
……あれ……こんなはずじゃ……。
でも止められなかった。何かが私の中で膨らんでいく。胸が熱くなり、全身の血がざわめいている。もっと見せつけなきゃ、もっと私を信じさせなきゃ、そう思った瞬間空から雷が落ちた。
神殿の屋根が光で染まり、床の装飾がひび割れる音が聞こえる。参列者たちがどよめき、貴族の女性が小さく悲鳴を上げた。
それでも、私は動じなかった。これは神の力。これが本物の聖女の奇跡。
けれど、誰かが私を見ていた。アレク様ではない。
神官たちの視線は冷たく、数人はあからさまに顔を背けて祈るふりをしている。
まるで私が見てはいけないものになったみたいだった。
「大丈夫。大丈夫……これは神の力……」
自分に言い聞かせる。こんな風に祈ったのは初めてだけど、いつか慣れるだろうし、これは私が導く未来の第一歩なんだから。
式典が終わったあと、アレク様から小さな報告書を渡された。
「少し混乱があったが、問題ない」
でも、報告書にはあきらかに「被害」と書かれていた。焼けた農地。逃げ惑う群衆。亡くなった子ども。
私は黙って頷いた。知らなかったふりをするしかなかった。
「奇跡を疑う者には、力で示せばいい。逆らう者は、聖女の力を理解していないだけだ」
アレク様が言ったその言葉が、胸に引っかかった。理解しない人はどうなるのだろう。
それに、もし失敗したら私も先輩みたいに切り捨てられる……?
夜、鏡の前でドレスを脱ぎながら、自分の顔を見つめた。
「うまくやった。私はちゃんと聖女だった」
でも、どこかで息苦しさがあった。雷を落としたあの瞬間、私は少しだけ……怖かった。
「大丈夫。私しかいないんだから」
そう言って、私は笑ってみせた。
儀式のあと、私は王の私室へ呼ばれた。
アレク様は椅子に腰を下ろし、グラスの中の赤い酒を揺らしていた。その表情は穏やかだけれど、どこか疲れたようにも見える。
「天音、疲れはないか?」
「はい。少し、緊張しましたけど……でも、あれで良かったんですよね?」
私はそっと膝を揃え、静かに尋ねた。
アレク様は黙っていた。視線を酒に落としたまま、何かを考えているようだった。少し沈黙が流れてから、ぽつりと呟いた。
「……民が騒いでいる。旧聖女の祈りが恋しいとか、光が優しかったとか」
「それって……」
私は小さく目を見開いた。
どうして、今さら紗月先輩の名前が出てくるの?ただのなり損ないの代行聖女なのに。
けれど、これを利用しない手はない。
「……まさか、紗月先輩が関係しているんでしょうか?」
わざと心配そうに言うと、アレク様は少し眉をひそめた。
「はっきりとはしない。だが、君に対する不安を煽るような話が広まっている。誰かが意図的に流しているとしか思えない」
私は俯いて、手をぎゅっと胸元に添える。
アレク様が優しくその手を握ってくれた。
「心配しなくていい。君を守るのが、私の役目だ」
「……ありがとうございます」
私は小さく頷いた。その手は暖かかったけれど、私はそのぬくもりに安心したふりをするだけだった。
アレク様の信頼がある限り、私はこの国の本物の聖女でいられる。
この世界では、信じさせた者が正義なの。アレク様もそう言ってたじゃない。
私はアレク様の腕の中で、静かに目を閉じた。
真っ白な礼装は肌に少し重かったけれど、民衆の視線が私に集まっているのを感じると、自然と背筋が伸びた。ここは私の舞台。光に包まれたこの場所は、私のためにある。
遠くにいたアレク様の視線が、まっすぐ私に向けられる。
あの人が私を選んでくれた。その事実が、私の存在に意味を与えてくれる。
だから私は、誰よりも美しく誰よりも必要とされる存在としてこの国の聖女として生きていくの。
「神よ、応えて」
私は手を掲げて祈りの言葉を唱えた。すると、空の色が変わっていく。最初は薄暗くなっただけだったが、すぐに風が渦を巻き、黒い雲が広がっていく。
これこれ!私の力をみんなに見せつけるのよ!
……あれ……こんなはずじゃ……。
でも止められなかった。何かが私の中で膨らんでいく。胸が熱くなり、全身の血がざわめいている。もっと見せつけなきゃ、もっと私を信じさせなきゃ、そう思った瞬間空から雷が落ちた。
神殿の屋根が光で染まり、床の装飾がひび割れる音が聞こえる。参列者たちがどよめき、貴族の女性が小さく悲鳴を上げた。
それでも、私は動じなかった。これは神の力。これが本物の聖女の奇跡。
けれど、誰かが私を見ていた。アレク様ではない。
神官たちの視線は冷たく、数人はあからさまに顔を背けて祈るふりをしている。
まるで私が見てはいけないものになったみたいだった。
「大丈夫。大丈夫……これは神の力……」
自分に言い聞かせる。こんな風に祈ったのは初めてだけど、いつか慣れるだろうし、これは私が導く未来の第一歩なんだから。
式典が終わったあと、アレク様から小さな報告書を渡された。
「少し混乱があったが、問題ない」
でも、報告書にはあきらかに「被害」と書かれていた。焼けた農地。逃げ惑う群衆。亡くなった子ども。
私は黙って頷いた。知らなかったふりをするしかなかった。
「奇跡を疑う者には、力で示せばいい。逆らう者は、聖女の力を理解していないだけだ」
アレク様が言ったその言葉が、胸に引っかかった。理解しない人はどうなるのだろう。
それに、もし失敗したら私も先輩みたいに切り捨てられる……?
夜、鏡の前でドレスを脱ぎながら、自分の顔を見つめた。
「うまくやった。私はちゃんと聖女だった」
でも、どこかで息苦しさがあった。雷を落としたあの瞬間、私は少しだけ……怖かった。
「大丈夫。私しかいないんだから」
そう言って、私は笑ってみせた。
儀式のあと、私は王の私室へ呼ばれた。
アレク様は椅子に腰を下ろし、グラスの中の赤い酒を揺らしていた。その表情は穏やかだけれど、どこか疲れたようにも見える。
「天音、疲れはないか?」
「はい。少し、緊張しましたけど……でも、あれで良かったんですよね?」
私はそっと膝を揃え、静かに尋ねた。
アレク様は黙っていた。視線を酒に落としたまま、何かを考えているようだった。少し沈黙が流れてから、ぽつりと呟いた。
「……民が騒いでいる。旧聖女の祈りが恋しいとか、光が優しかったとか」
「それって……」
私は小さく目を見開いた。
どうして、今さら紗月先輩の名前が出てくるの?ただのなり損ないの代行聖女なのに。
けれど、これを利用しない手はない。
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わざと心配そうに言うと、アレク様は少し眉をひそめた。
「はっきりとはしない。だが、君に対する不安を煽るような話が広まっている。誰かが意図的に流しているとしか思えない」
私は俯いて、手をぎゅっと胸元に添える。
アレク様が優しくその手を握ってくれた。
「心配しなくていい。君を守るのが、私の役目だ」
「……ありがとうございます」
私は小さく頷いた。その手は暖かかったけれど、私はそのぬくもりに安心したふりをするだけだった。
アレク様の信頼がある限り、私はこの国の本物の聖女でいられる。
この世界では、信じさせた者が正義なの。アレク様もそう言ってたじゃない。
私はアレク様の腕の中で、静かに目を閉じた。
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