【完結】私は聖女の代用品だったらしい

雨雲レーダー

文字の大きさ
21 / 33

不穏な祈り ※天音

しおりを挟む
 鐘の音が鳴り響く中、私は祭壇の中央に立っていた。

 真っ白な礼装は肌に少し重かったけれど、民衆の視線が私に集まっているのを感じると、自然と背筋が伸びた。ここは私の舞台。光に包まれたこの場所は、私のためにある。

 遠くにいたアレク様の視線が、まっすぐ私に向けられる。
 あの人が私を選んでくれた。その事実が、私の存在に意味を与えてくれる。
 だから私は、誰よりも美しく誰よりも必要とされる存在としてこの国の聖女として生きていくの。

「神よ、応えて」

 私は手を掲げて祈りの言葉を唱えた。すると、空の色が変わっていく。最初は薄暗くなっただけだったが、すぐに風が渦を巻き、黒い雲が広がっていく。

 これこれ!私の力をみんなに見せつけるのよ!
 ……あれ……こんなはずじゃ……。

 でも止められなかった。何かが私の中で膨らんでいく。胸が熱くなり、全身の血がざわめいている。もっと見せつけなきゃ、もっと私を信じさせなきゃ、そう思った瞬間空から雷が落ちた。

 神殿の屋根が光で染まり、床の装飾がひび割れる音が聞こえる。参列者たちがどよめき、貴族の女性が小さく悲鳴を上げた。

 それでも、私は動じなかった。これは神の力。これが本物の聖女の奇跡。

 けれど、誰かが私を見ていた。アレク様ではない。
 神官たちの視線は冷たく、数人はあからさまに顔を背けて祈るふりをしている。
 まるで私が見てはいけないものになったみたいだった。

「大丈夫。大丈夫……これは神の力……」

 自分に言い聞かせる。こんな風に祈ったのは初めてだけど、いつか慣れるだろうし、これは私が導く未来の第一歩なんだから。

 式典が終わったあと、アレク様から小さな報告書を渡された。

「少し混乱があったが、問題ない」

 でも、報告書にはあきらかに「被害」と書かれていた。焼けた農地。逃げ惑う群衆。亡くなった子ども。

 私は黙って頷いた。知らなかったふりをするしかなかった。

「奇跡を疑う者には、力で示せばいい。逆らう者は、聖女の力を理解していないだけだ」

 アレク様が言ったその言葉が、胸に引っかかった。理解しない人はどうなるのだろう。
 それに、もし失敗したら私も先輩みたいに切り捨てられる……?

 夜、鏡の前でドレスを脱ぎながら、自分の顔を見つめた。

「うまくやった。私はちゃんと聖女だった」

 でも、どこかで息苦しさがあった。雷を落としたあの瞬間、私は少しだけ……怖かった。

「大丈夫。私しかいないんだから」

 そう言って、私は笑ってみせた。

 儀式のあと、私は王の私室へ呼ばれた。
 アレク様は椅子に腰を下ろし、グラスの中の赤い酒を揺らしていた。その表情は穏やかだけれど、どこか疲れたようにも見える。

「天音、疲れはないか?」

「はい。少し、緊張しましたけど……でも、あれで良かったんですよね?」

 私はそっと膝を揃え、静かに尋ねた。

 アレク様は黙っていた。視線を酒に落としたまま、何かを考えているようだった。少し沈黙が流れてから、ぽつりと呟いた。

「……民が騒いでいる。旧聖女の祈りが恋しいとか、光が優しかったとか」

「それって……」

 私は小さく目を見開いた。
 どうして、今さら紗月先輩の名前が出てくるの?ただのなり損ないの代行聖女なのに。
 けれど、これを利用しない手はない。

「……まさか、紗月先輩が関係しているんでしょうか?」

 わざと心配そうに言うと、アレク様は少し眉をひそめた。

「はっきりとはしない。だが、君に対する不安を煽るような話が広まっている。誰かが意図的に流しているとしか思えない」

 私は俯いて、手をぎゅっと胸元に添える。
 アレク様が優しくその手を握ってくれた。

「心配しなくていい。君を守るのが、私の役目だ」

「……ありがとうございます」

 私は小さく頷いた。その手は暖かかったけれど、私はそのぬくもりに安心したふりをするだけだった。

 アレク様の信頼がある限り、私はこの国の本物の聖女でいられる。

 この世界では、信じさせた者が正義なの。アレク様もそう言ってたじゃない。

 私はアレク様の腕の中で、静かに目を閉じた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女の、その後

六つ花えいこ
ファンタジー
私は五年前、この世界に“召喚”された。

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

召喚聖女に嫌われた召喚娘

ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。 どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

妹に命じられて辺境伯へ嫁いだら王都で魔王が復活しました(完)

みかん畑
恋愛
家族から才能がないと思われ、蔑まれていた姉が辺境で溺愛されたりするお話です。 2/21完結

私を陥れたつもりのようですが、責任を取らされるのは上司である聖女様ですよ。本当に大丈夫なんですか?

木山楽斗
恋愛
平民であるため、類稀なる魔法の才を持つアルエリアは聖女になれなかった。 しかしその実力は多くの者達に伝わっており、聖女の部下となってからも一目置かれていた。 その事実は、聖女に選ばれた伯爵令嬢エムリーナにとって気に入らないものだった。 彼女は、アルエリアを排除する計画を立てた。王都を守る結界をアルエリアが崩壊させるように仕向けたのだ。 だが、エムリーナは理解していなかった。 部下であるアルエリアの失敗の責任を取るのは、自分自身であるということを。 ある時、アルエリアはエムリーナにそれを指摘した。 それに彼女は、ただただ狼狽えるのだった。 さらにエムリーナの計画は、第二王子ゼルフォンに見抜かれていた。 こうして彼女の歪んだ計画は、打ち砕かれたのである。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

処理中です...