星降る極貧寮、ルームメイトはハンドメイドヤンキー

瀬名那奈世

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第五話 二・一パーセント

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 相良の第一声は、「は?」だった。
 オンボロ寮に入居している同級生の私立高校入学の動機がアイドルだったんだから、至極当然の反応である。
 とにかく順を追って説明しようと、僕はすぐさま、相良に向かって再び口を開いた。
「あのな、相良は知らないかもしれないけど、僕は実は、かなりのオタクなんだ」
「知ってる。さすがに」
「えっ」
 出鼻をくじかれて、僕は目を見開いた。そんな僕を見て、相良は呆れ気味に眉根を寄せる。
「なに、知らないと思ってたわけ?」
「相良は僕に全く興味ないんだと思ってた……」
「興味あるとかないとかの問題じゃねえ。あんなに隣で『大好き』だの『尊い』だの叫ばれたら嫌でも察するわ」
 毎晩毎晩、急にデカい声出しやがって。
 相良にじっとりと睨まれて、僕は肩を縮めた。確かに僕はMEN-DAKO関連の動画を観ると、一日に一回は必ず歓喜の雄叫びを上げてしまう。そして実際、三日に一回は、相良に怒鳴り込まれてビーズ拾いを手伝わされている。
「逆にあれがオタクじゃなかったら、一体なんなわけ? お前ただただ普通にヤバいやつってことになるぞ」
「それは、確かに」
 言われてみれば、それもそうか。
 僕は納得して、話の続きに戻る。
「荒川ナミは僕たちの二個上なんだけど、ファンの間では、免田高校に籍をおいてるって噂になってるんだ。実際に周辺で目撃情報もあって、だから僕は、どうしても免田高校に通いたくて」
「えっ……なにじゃあお前、推しと同じ学校に通いたいってだけで、親に私立の授業料出させて、はるばる青森から引っ越してきたわけ?」
 相良の目に戸惑いがにじむ。「なにを言ってるんだこいつは」と、はっきり顔に書かれている。
 そう、と僕がうなずくと、その表情はさらに険しくなった。「あのさ」と低い声でつぶやき、表面上は遠慮しつつも実際にははっきりと引いた感じの口調で、相良は僕に応える。
「他人の家のこと色々言いたかないけどさ、それってどうなんだ? そんな理由でわざわざ私立高校進学って、しかも青森からこんなところまで出てくるって。悪いけど、俺には理解できない」
「……そうだと思う。だから僕も、特待生になれるように、受験期はかなり頑張ったんだ。だけど結局、なれなくて」
 消え入るような僕の声を聞いて、相良は目を丸くした。やがて珍しく視線をさまよわせて、それからすごく気まずそうな顔になり、
「なんか、悪い」
 僕よりもさらに小さな声で、ぼそりと謝った。
「いいんだ。ほんと、気にしないで。僕が努力不足だっただけで」
 免田高校には、いくつかの分野において特待生制度がある。一般部門の場合、入学試験で一位だった生徒の学費は、三年間分が全て免除される。
 僕はそれを目指して猛勉強した。しかし結果はあと一歩及ばず、二位合格。
 そして僕の年の学費免除者は、恐らく相良だった。
 ――今年の入学試験で満点を取った一年生は、すごく顔が怖い上に、ロクに学校に来ないらしい。めんだこ寮に入居していて、少しでも近づくとカツアゲされて金品を全て奪われるらしい。
 新学期になってから、僕は学校のいたるところでそんな噂を聞いた。金品うんぬんは言いすぎだが、こんな特徴が当てはまるのは相良しかいない。
 相良本人も、そういう噂が流れていることを知っているのだろう。
「本当はさ、特待生になれなかったら、二次募集で地元の高校に通う約束だったんだ。だけど僕、どうしても諦められなくて、それで親に土下座して」
「土下座っ?」
 相良が素っ頓狂な声を上げ、信じられないといった顔をする。きょとんと大きく目を開いた顔は年相応な印象で、普段とのギャップに、僕はついうっかり「可愛いな」と思ってしまった。
「だってさ、荒川ナミを応援できるのは、同じ学校に通えるかもしれないのは、今しかないんだよ。アイドルはいつ卒業するかわからないし、それに、今の僕は、今しかいないから」
 ただでさえ青森の、特に僕の実家があるような地域は、本当に本当になにもない田舎だ。近くのコンビニまで車で二十分、中学校まで自転車をとばして三十分、バスもなく、親の送迎がなければショッピングモールにも行けず、映画を観たければ二つ隣の市まで電車に揺られなければならない。
 あのまま高校生になっても、働き先がなくて、僕はアルバイトすらできなかっただろう。
 青森のド田舎で、僕はずっと、蟻よりも無力だった。そんな中、代わり映えしない毎日を明るく鮮やかにしてくれていたのが、MEN-DAKO及び僕の最推し・荒川ナミなのである。
 荒川ナミと同じ学校に通える可能性を、僕はどうしても諦めきれなかった。
「お前、思ったよりずっとヤベえやつだったんだな」
 そう言った相良は、なぜかにやりと笑っていた。怖いだけじゃなくて、こんな楽しそうな顔もするんだなと、僕は少し嬉しくなる。
「僕はただ、MEN-DAKOと荒川ナミが大好きなだけだよ。相良にとってのビーズとおんなじ」
「同じ……、か……?」
「同じじゃないのか? 相良は大好きだろ、ビーズ細工」
 じっと顔を覗き込むと、相良は大きな手のひらで口元を覆いながら、くぐもった声で曖昧に肯定した。照れているのかもしれない。
「なんか僕、結局自分のことばっか喋りすぎてごめん。そろそろ戻るね」
 相良が意外と聞き上手だったせいで、つい話し過ぎてしまった。僕は我に返って立ち上がり、ズラしたままになっていたパーテーションに手をかける。
「あ、そうだ。相良ってさ、ランダムグッズって知ってる?」
 ついで混じりの僕の問いかけに、ローテーブルに向き直りかけていた相良は訝し気に顔を上げた。
「まあ、なんとなく。ガチャガチャみたいに、どのキャラが出るかわからない、ってグッズだろ?」
「そう。MEN-DAKOのメンバーって四十六人もいるから、荒川ナミを自分で引ける確率って、すごく低いんだ」
「……二・一パーセントか」
 相良は眉間にシワを寄せ、ぼそりとつぶやいた。その後「そりゃ大変だな」と雑なコメントを残して、ビーズの入ったケースをいじり始める。
 二・一パーセント――四十六種類あるランダムグッズを一つ買った時、その一つが荒川ナミのものである確率だ。
 僕は相良のその答えが、なんだか無性に嬉しかった。
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