星降る極貧寮、ルームメイトはハンドメイドヤンキー

瀬名那奈世

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第六話 埼玉には海がない

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 あの夜を境に、僕と相良は時々話をするようになった。相良の顔は相変わらず怖いし、僕が叫ぶたびに怒鳴り込んでくるけど――それも回数を重ねると、さすがにちょっとずつ慣れてきて。
 五月中旬、僕はとりあえず、ぼっち飯の回避に成功していた。
「数学が、さっぱりなんだ」
 昼休みの食堂、重々しく言ってみせる僕の目の前で、相良はホッケを咀嚼しながら「ほおん」と相づちを打った。
 その声色には「全然興味ねえ、そんなことよりホッケの骨が気になるぜ」という内心がありありとにじんでいて、僕は思わず頬をふくらませて、相良を睨み上げる。
「ほおんじゃないよ。一大事なんだ。っていうか、骨そんなにすごいのか?」
 相良は先ほどから、ずっと口をもごもごさせている。
「魚は食べ慣れねえ。埼玉には海がないからな」
 相良は答えた。確かに相良のホッケの皿は、骨と身が入り混じってなんだかぐちゃぐちゃだ。でもホッケでこれって、どうするんだろう。サンマとかどうなっちゃうんだろう。
「もっと食べづらい魚はどうしてるんだ? サンマとかイワシとか」
「どうするもなにも、サンマに関しては、実家では骨抜きのやつが出てくるからな。イワシは基本食わねえし、自分で選ぶ時は白身魚しか……お、やっと出てきた」
 相良は小さく舌を出して、小骨を口内から慎重に取り除く。その様子を見た僕は青身魚の栄養価と綺麗な食べ方についてレクチャーしたくなるが、しかし今は、それよりもずっと重要な問題がある。
「話を戻すけど、相良、僕はとにかく、数学がわからないんだ」
「そうか、大変だな」
「この学校、授業スピードが結構早いだろ? 数学は特に、課題も多いし。他の皆は塾でカバーしてるんだろうけど、僕は無理だし、バイトもしてるから、勉強できる時間は限られてるし」
「確かに、バイトと勉強の両立は難しいよな」
「そうなんだ」
「おう」
 僕たちの会話は、そこで一度途切れた。ぼちぼちと食器を片づけ始めた他の生徒たちのざわめきが、もうすぐ予鈴が鳴る時間だということを告げている。
「……お前は、それを俺に言ってどうしたかったんだ?」
 心底面倒くさそうな顔でため息をついた相良が、味噌汁の椀を持ち上げながら尋ねてくる。
 僕は一縷の望みに賭けて、相良の呆れ顔に向かっておずおずと口を開く。
「寝る前にちょっと教えてくれたり、とか」
「却下。受注で忙しい」
「ですよねえ……」
 味噌汁をすする相良の前で、僕はがっくりとうなだれた。
 こうして、優秀な家庭教師を手近でゲットしたいという僕の思惑は、すっかり潰えてしまったのである。

 この一ヶ月で、僕は相良のハンドメイドがただの趣味じゃないことを知った。
 相良は制作したビーズ小物やアクセサリーをSNSに上げていて、販売も行っている。さらには不定期で受注生産依頼を受けつけており、その受注枠はわずか三十分で完売するほどの人気で――つまり相良は、界隈ではそれなりに有名なビーズ作家として、名を馳せているらしいのだ。
 犯罪者ヅラのヤンキー高校生のくせに、頭がよくてハンドメイド作家。属性モリモリで理解が追いつかない。推しへの愛の大きさくらいしか誇れることがない僕としては、うらやましい限りの華やかさである。
 三時間目、食後の睡魔に耐えながら、僕はちらりと左斜め後ろの窓際の席を盗み見た。
 本来ならそこが相良の席なのだが、今は誰も座っておらず、白いカーテンがふわふわと風になびいている。
 相良は今日も、午後の授業をすっぽかしてめんだこ寮に戻ってしまった。受注生産で受けた商品の発送締め切りが迫っており、授業に出ている余裕など皆無らしい。
 結局のところ、相良の授業出席率が低いのは、制作に追われて睡眠サイクルが乱れていたり、どうしても作業時間を確保する必要があったりするためだったのだ。
 ……中間テスト、どうしよう。
 なんだか胃が痛くなってきて、僕は両手を自分の腹に当てた。
 他の教科はまだなんとかなる。でも数学だけは、このままだと確実にやばい。高校数学は中学の頃よりも段違いで内容が複雑化し、授業スピードもかなり早い。
 入学試験二位合格とはいえ、僕は典型的な秀才型だ。できないことは全て地道な努力と量でカバーしてきたため、アルバイトで時間をとられるのはかなりの痛手になる。
 テスト前はシフトを減らせばよかったと後悔しても、シフト希望は先月のうちに提出済みだ。僕は今入っているアルバイトをこなしつつ、あと一週間で、数学についてそれなりの自信をつけなければならない。
 口からはこっそり、長い長いため息がもれた。
 気は重いが――やはり、やるしかない。手も動かさずに悩んでいる暇は、僕にはない。
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