星降る極貧寮、ルームメイトはハンドメイドヤンキー

瀬名那奈世

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第九話 笑ってる方が

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「そろそろ飯食い行かね?」と相良に言われ、その後すぐに僕たちは食堂に向かった。
 僕はもちろん、めんちゃんキーホルダープレミアム付きのスクールバッグを持っていった。食事中もひと口食べるごとに眺めていたら、最終的には「遅すぎる。さっさと食え」と相良に怒られてしまった。
 食事を終えて外に出ると、空には綺麗な茜色がにじんでいた。日々勤しんでいるアルバイトも、今日はめんちゃん様をお迎えする記念日ということで休みにしている。
 ゆったり歩きながらふと、つい二ヶ月前までは、こんな風に相良と食事をするようになるなんて想像もしてなかったなと思い出す。それも、ほぼ毎日――あれ? そうだ。
 そこまで考えて、気づく。ほぼ毎日、僕は相良と食事をしている。あんなに学校に来なかったヤンキー相良と、学食で、昼も夜もほぼ毎日である。
 基本遅刻や早退ばかりだったから気づかなかった。最近の相良は、一時間目はほぼ百パーセントいないけど、昼前の四時間目や最後の六時間目は出席していることが多い。教室で姿を見ない日でも、昼休みや放課後になると、いかにも「たまたま居合わせました」みたいな顔で食堂前に現れる。
 うわあ、これって、これってさあ……。
 少しうつむいて自分の足元に視線をやりつつ、ちらりと横目で、隣を歩く相良を見上げる。
 向かい風に目を細める相良の顔は、相変わらずスンとしていて冷たげだ。そのさりげなさが、よけいに僕の心を温かくする。
 さすがお兄ちゃん属性……いや、違うか。
 きっと、弟や妹がいるからとか関係なく、相良自身が優しいんだ。顔は怖いし、ヤンキーだし、口も悪いし行動も雑だけど、それでも相良は、ちゃんと優しい。
「相良っていいやつだよな」
 長身に向かって笑いかけると、相良が大きく目を見開いた。なにを言われているかさっぱりわからない、みたいな顔で、なにも言わないまま、僕の顔を見下ろしてくる。
「正直、最初はどうなることかと思ったけど。僕、相良が同室になってくれて本当によかっ」
「さーがらっ!」
 どんっ!
 右腕に強い衝撃があって、僕は言葉を切った。そのまま前のめりにつんのめってしまい、おっとっとと二、三歩よろめく。
 なんだなんだと慌てて後ろを振り返ると、四人の男子生徒がニヤニヤと下品に笑いながら、相良の周りを取り囲んでいた。
「お前、なーんでここにいんの。今日授業一個も来なかったじゃーん? あ、もしかして飯だけ食いにきた? そうだよな、お前、あのオンボロ寮に住んでんだもんなあ」
 相良の首に腕を回している男は、よくよく見れば同じクラスの 新妻陣にいづまじんだ。声が大きく顔も広く、クラスの中でも一目置かれているタイプの男子である。
「よくあんな古臭いところに住めるよな」「そういえば春に雨もりあったんだろ」「やば。ありえねー」
 新妻の周りで、取り巻きらしき三人が口々に騒ぐ。こっちも同じクラスの男子たちだ。あっちにふらふら、こっちにふらふら、仲間同士軽くぶつかり合いながら、げらげらとしきりに笑い声をあげる。
 僕にぶつかったのは、この取り巻きのうちの誰かだろう。ぶつかられた場所が痛むので思わず視線をやったら、新妻の絡みをガン無視した相良が淡々とした声で「大丈夫か?」と尋ねてきた。
「新妻、岳に謝れ」
「あ? なにが?」
「ぶつかっただろ」
「俺じゃねーし。伊藤だろ」
「ちげーよ。品川だよ」
「ええ? 俺え?」
 話を振られた品川が、目の上に手のひらでひさしを作って、わざとらしくきょろきょろと顔を動かす。やがて「見つからねえなあ。っていうか岳って誰?」とおちょくった感じで言いつつ、馬鹿にするような視線でこちらを見てくる。
 不快感と怒りで胃の底がチリチリした。なんだこいつ。なんなんだこいつ――僕は不機嫌な表情を隠さずに、自分から品川の前に進み出る。
「畠山岳。一応、同じクラスだけど」
「ふうん。興味なかったわ。ごめんね? ってかなんで相良といんの?」
「ルームメイトだから」
「え? マジで?」
 大袈裟に驚いてみせる品川に、僕の不快指数はさらに上昇する。きっと睨みつけた直後、今度は新妻が近寄ってきた。新妻はなぜか僕の肩に腕を回して、ぐわんぐわんと激しく左右に揺さぶってくる。
「ねえ岳くん、相良って部屋でなにしてんの?」
「は? なんでそんなこと聞くんだ」
「だって気になるだろ。あんなに学校休んで、こいつが普段なにしてるか。なあ?」
「それな。めっちゃ気になる」
「教えて岳くん」
「俺も俺も」
 金魚のフンみたいな残り三人も、ぶつかるような勢いでやってきて乱暴に肩を組んできた。痛いし暑いし、視界が揺れて気持ち悪い。
「やめろ」
 いつの間にか前に回ってきた相良が、新妻の手を掴んで止めてくれる。しかし新妻は僕から身を離そうとしない。「相良がなにやってるか教えろ」の一点張りで、腕の力は強くなる一方だ。
「おい、ちょっとくらいわかんだろ。教えろよ、なあ」
「に、新妻、苦し――」
「おい!」
 瞬間、腹の底が震えるような声で、相良が思いきり怒鳴った。
 相良の正面にいた新妻はもちろん、金魚のフン三人組と、僕でさえも、あまりの迫力に縮み上がりながら、相良の顔を見つめてしまう。
 相良は怒っていた。普段ナイフみたいに鋭くて冷たい印象の顔が、鋭さはそのままに温度を上げて、今にも切りかかりそうな勢いで新妻たちを睨んでいる。相良はその表情のまま大股で近づいてきて、僕の腕をぐいっと引っ張った。僕の身は、新妻の腕を抜け出してふらりとよろめく。
 相良はそれを、しっかりと受け止めてくれた。そのまま僕の肩を抱き込むように腕を回し、鬼よりも恐ろしいドスのきいた声で、新妻に向かって口を開く。
「岳に触んな。二度と」
 新妻の顔が、恐怖に引きつるのがわかった。「てめーらもだ」と金魚のフンに釘を刺した相良は、僕の肩を抱いたまま、足早にめんだこ寮へと歩き出す。
「おい相良、相良!」
 ずんずん突き進む相良に合わせて、僕は必死で足を動かした。寮の敷地に入り管理人室を過ぎたあたりで、相良はようやく足を止める。僕の肩から腕を下ろし、正面に回り込んで、覗き込むようにして謝ってくる。
「俺のせいで変なのに絡まれた。悪い」
「俺のせいでって……どういうこと?」
「新妻たちは中学の同級生なんだ。小学校も同じで」
 それとこれとが、あんな絡まれ方をするのとどうつながるのかわからない。
 いまいちピンときていない僕に向かって、相良は再び口を開く。
「新妻は昔からなにかと俺に張り合ってきてた。受験の時も特待生狙ってたって聞いたから、多分俺が気に食わないんだろ。今までも時々絡まれてたんだけど、まさかお前の方までいくとは思わなかった」
「え……それって逆恨みじゃないか。ダッサ……」
 僕が答えると、相良がきょとんとした顔でこちらを見つめてきた。しばらく無言でまばたきを繰り返し、その後思い切り目を細めて、息を抜くようにして楽しそうに笑う。
「岳って意外と度胸あるよな」
「え? そう?」
「おう。品川に絡まれた時、まさか自己紹介するとは思わなかった」
「言われてみれば……確かに?」
 品川に馬鹿にされたとわかった瞬間、怯えよりも怒りが勝った。そういえば地元にいた時はよく、「あんた怖がりに見えてけっこうガツガツいくよね」と母に言われていた。
 よくよく考えれば、正直それくらいのガッツがなきゃ、犯罪者ヅラの相良の相部屋なんか無理だ。思い返してみても新妻や金魚のフントリオより相良の方が――僕のために新妻たちを牽制してくれた相良の方が、よっぽど怖かった。
 相良は相変わらず「はははっ」と愉快そうに笑いながら僕の隣を歩いている。「相良」と呼べば「あ?」とガラの悪い感じで、だけど三白眼の奥底には親しみをにじませながら、綺麗な黒い瞳で僕を見る。
「相良は、笑ってる方が好きかな」
 つい言葉がこぼれた。すると相良は、なぜか気まずそうに眉間にシワを寄せて、「悪い」と再び謝ってきた。
「怖かっただろ。ごめん」
 右の手のひらが、たんこぶの時と同じように僕の頭に伸びてくる。触れた熱が心地よくて、僕は反射的に目を細める。
「違う。そういう意味じゃない――あの時の相良はかっこよかった。あれじゃあ、新妻が嫉妬するのも当たり前だ」
 相良の勘違いをどうしても訂正したくて口走ったけど、言いながら自分で、「僕はなにを言ってるんだろう」と恥ずかしくなった。
 このセリフはなんだか変だ。頭を撫でられてドキドキするのも、少し赤くなった相良の顔が無性に可愛らしく見えるのも、なにかがちょっと、おかしい気がする。
「ん、さんきゅ」
 一度目を伏せて応じた相良が、再びまぶたを上げる。じっと見つめられて、鼓動がさらに三倍くらい速くなる。
「え、ええっと、なに……?」
「……いや、べつに」
 相良は小さく首を左右に振ってから歩き出した。そうされてしまえば、僕はその背中を追いかけるしかない。
「あ、待って、相良――」
 走り出そうとスクールバッグを肩に掛け直した時、取っ手のあたりに違和感を覚えた。
 え? と嫌な予感がして、僕は恐る恐る視線を下げる。
 視界に映るのは、だいぶ手に馴染んできた深い茶色のスクールバッグ。今日はそこに、めんちゃんキーホルダープレミアムをつけて部屋を出てきて――。
 僕は、鋭く息を呑む。
 なかった。確かにつけて出てきたはずのめんちゃんキーホルダープレミアムは、僕のスクールバッグの取手から、跡形もなく消えてしまっていた。
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