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第十話 空元気
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新妻たちが絡んできた時に、チェーンが外れて落としてしまったのだろう。
最終的に、そういう結論に至った。もちろん、ないと気づいた瞬間に相楽を呼び止めて、二人で来た道を戻って必死に探したけれど、めんちゃん様は僕の元に戻ってきてはくれなかった。
仕方ない、これも定めだ。僕にはまだめんちゃんキーホルダープレミアムを持つだけの資格が――真のMEN-DAKOファンを名乗る資格がなかったのだと受け入れるまで、一ヶ月。
あまり眠れず、かといって活発に動く気分にもならず、泥のようにぐったりと色のない世界を生きているうちに、梅雨が明けて七月になっていた。
落ち込んでいても、夏はくる。夏がくるということは夏休みがくるということだが、夏休みがくるということは、つまりは期末テストがくるということなのである。
「相良はいいよなあ……頭がよくて」
図書館二階の勉強スペースで、僕は思わずぼやいてしまった。
免田高校の図書館は無駄に広い。時期が時期なだけに勉強している生徒の数も多いが、密集していてやりづらいとかは一切ない。椅子もふかふかで空調も効いていて、めんだこ寮よりも遥かに快適だ。
僕と相良は、一週間前くらいから、放課後ここで勉強している。
中間テストの反省をいかして、僕は予め七月のアルバイトを減らしておいた。相良も前回の僕の様子を見かねてか、制作で忙しいと言いながらも、今回は勉強につき合ってくれることになった。
「そこまでいいわけでもないぞ」
「嘘だあ。普通に僕よりできてるじゃん。全然勉強してないのに」
「いや、してるし」
「え?」
「俺勉強してるよ。だいたいお前がバイトとかでいない時だけど」
「え、マジ?」
僕が目を丸くして顔を向けると、右隣の相良はじっとりとした視線をよこしてきた。
「あんなに授業サボってて、自主勉ゼロでこんなに教えられるわけないだろ」
呆れた感じで言って、指先で軽く僕の額を弾く。僕は「痛っ」と驚いて額を押さえつつ、まあそりゃそうかと納得する。
「なんにも努力しないで上手くいく人間なんていないよな。僕も頑張らなきゃ」
「……一応聞くけど、なにを?」
「バイトに決まってるだろ。八月はいっぱい働いて稼いで、めんちゃんキーホルダープレミアム買い直して他のグッズも買いまくるんだ」
両親に無理を言って進学している関係で、僕は寮費の一部をアルバイト代から自分で出している。これは両親がケチだからとかじゃなくて、ないものはないのだから、仕方がない。
寮費の負担分を除いて、残った分が僕の自由に使えるお金になる。しかし七月分は、シフトを減らしてしまった関係で、親に払うべき金額を出せそうにない。
母は「ひと月分くらい大丈夫。勉強は学生の本分なんだから」と言ってくれた。でも土下座までして通わせてもらった手前、なあなあにするのは僕の方が嫌で、八月分のお給料が入った時に二ヶ月分まとめて払う方針で話がまとまった。
「頑張るぞー。店長も、夏休みは稼ぎ時って言ってたし」
周囲の迷惑にならないように小声で、それでもできるだけウキウキした感じで、僕は拳を小さく突き上げた。そのままぱっと相良の方に顔を向けて反応をうかがうが、相良はなんだか、なんとも言えない苦々しい顔をしている。
「ま、ほどほどにしろよ。急に暑くなって疲れも出る頃だし」
便所、とつけ加えて相良が立ち上がる。習慣みたいに一度、僕の頭にぽんと手のひらを置いた後、スラックスのポケットに手を突っ込んだまま歩いていってしまう。
掲げていた拳を引っ込めて、僕は小さくため息をついた。相良は意外と、人のことをよく見ている。学校以外は四六時中一緒なのもあって、彼の目を誤魔化すのはやっぱり難しいらしい。
ぶちぶち言っても、失くしたものが戻ってくるわけではない。だからなんとか前向きに振舞ってみたけれど――一ヶ月経っても、やっぱり悲しいものは悲しい。
一瞬で消え去ってしまっためんちゃん様のことを思うたび、僕はしきりに考えてしまう。もしあの時、スクールバッグにつけずに部屋に飾ることを選んでいれば。新妻たちに絡まれなければ。
キーホルダーを新しく買い直すことは、お金さえあればいくらでもできる。だけど、どんなに新品を買い直しても、人生初のお給料で買っためんちゃんキーホルダープレミアムはもう二度と返ってこないのだ。
すっかり暗い気持ちになって問題集を見つめていると、相良が戻ってきた。ちらりと僕の様子を見て、「今日はもう帰るか」とさりげなく誘導してくれる。
「大丈夫。もうちょっとやる」
「でもお前、顔色悪いぞ」
「ずっとやってたから疲れたんだ。気分転換に下見てくる」
相良と入れ替わりで席を立って、僕は階段を目指した。見ていて面白い小説や図録の書架は一階にある。ぱらぱらやって気晴らしをしたら、気持ちを切り替えて頑張ろう。アルバイトはともかく、期末テストは本当に、とにかくやるしかないのだから。
算段をつけながら階段を下っていると、前方から女子生徒二人組が上ってきた。顔を寄せ合ってきゃっきゃと盛り上がっていて、すれ違いざまに、その会話の一部が聞こえてくる。
「MEN-DAKOドームツアーってヤバくない?」
「ね! 絶対行く!」
えっ……!
僕は思わず、足を止めて体を捻り、女子たちを振り返った――MEN-DAKOが? ドームツアー?!
瞬間、軸にしていた左足首に激痛が走り、上半身がぐらりと傾く。
「落ちる」と思った時には背中に強い衝撃があり、ドンドンドンと大きな音をたてながら、僕は階段を転げ落ちていた。
最終的に、そういう結論に至った。もちろん、ないと気づいた瞬間に相楽を呼び止めて、二人で来た道を戻って必死に探したけれど、めんちゃん様は僕の元に戻ってきてはくれなかった。
仕方ない、これも定めだ。僕にはまだめんちゃんキーホルダープレミアムを持つだけの資格が――真のMEN-DAKOファンを名乗る資格がなかったのだと受け入れるまで、一ヶ月。
あまり眠れず、かといって活発に動く気分にもならず、泥のようにぐったりと色のない世界を生きているうちに、梅雨が明けて七月になっていた。
落ち込んでいても、夏はくる。夏がくるということは夏休みがくるということだが、夏休みがくるということは、つまりは期末テストがくるということなのである。
「相良はいいよなあ……頭がよくて」
図書館二階の勉強スペースで、僕は思わずぼやいてしまった。
免田高校の図書館は無駄に広い。時期が時期なだけに勉強している生徒の数も多いが、密集していてやりづらいとかは一切ない。椅子もふかふかで空調も効いていて、めんだこ寮よりも遥かに快適だ。
僕と相良は、一週間前くらいから、放課後ここで勉強している。
中間テストの反省をいかして、僕は予め七月のアルバイトを減らしておいた。相良も前回の僕の様子を見かねてか、制作で忙しいと言いながらも、今回は勉強につき合ってくれることになった。
「そこまでいいわけでもないぞ」
「嘘だあ。普通に僕よりできてるじゃん。全然勉強してないのに」
「いや、してるし」
「え?」
「俺勉強してるよ。だいたいお前がバイトとかでいない時だけど」
「え、マジ?」
僕が目を丸くして顔を向けると、右隣の相良はじっとりとした視線をよこしてきた。
「あんなに授業サボってて、自主勉ゼロでこんなに教えられるわけないだろ」
呆れた感じで言って、指先で軽く僕の額を弾く。僕は「痛っ」と驚いて額を押さえつつ、まあそりゃそうかと納得する。
「なんにも努力しないで上手くいく人間なんていないよな。僕も頑張らなきゃ」
「……一応聞くけど、なにを?」
「バイトに決まってるだろ。八月はいっぱい働いて稼いで、めんちゃんキーホルダープレミアム買い直して他のグッズも買いまくるんだ」
両親に無理を言って進学している関係で、僕は寮費の一部をアルバイト代から自分で出している。これは両親がケチだからとかじゃなくて、ないものはないのだから、仕方がない。
寮費の負担分を除いて、残った分が僕の自由に使えるお金になる。しかし七月分は、シフトを減らしてしまった関係で、親に払うべき金額を出せそうにない。
母は「ひと月分くらい大丈夫。勉強は学生の本分なんだから」と言ってくれた。でも土下座までして通わせてもらった手前、なあなあにするのは僕の方が嫌で、八月分のお給料が入った時に二ヶ月分まとめて払う方針で話がまとまった。
「頑張るぞー。店長も、夏休みは稼ぎ時って言ってたし」
周囲の迷惑にならないように小声で、それでもできるだけウキウキした感じで、僕は拳を小さく突き上げた。そのままぱっと相良の方に顔を向けて反応をうかがうが、相良はなんだか、なんとも言えない苦々しい顔をしている。
「ま、ほどほどにしろよ。急に暑くなって疲れも出る頃だし」
便所、とつけ加えて相良が立ち上がる。習慣みたいに一度、僕の頭にぽんと手のひらを置いた後、スラックスのポケットに手を突っ込んだまま歩いていってしまう。
掲げていた拳を引っ込めて、僕は小さくため息をついた。相良は意外と、人のことをよく見ている。学校以外は四六時中一緒なのもあって、彼の目を誤魔化すのはやっぱり難しいらしい。
ぶちぶち言っても、失くしたものが戻ってくるわけではない。だからなんとか前向きに振舞ってみたけれど――一ヶ月経っても、やっぱり悲しいものは悲しい。
一瞬で消え去ってしまっためんちゃん様のことを思うたび、僕はしきりに考えてしまう。もしあの時、スクールバッグにつけずに部屋に飾ることを選んでいれば。新妻たちに絡まれなければ。
キーホルダーを新しく買い直すことは、お金さえあればいくらでもできる。だけど、どんなに新品を買い直しても、人生初のお給料で買っためんちゃんキーホルダープレミアムはもう二度と返ってこないのだ。
すっかり暗い気持ちになって問題集を見つめていると、相良が戻ってきた。ちらりと僕の様子を見て、「今日はもう帰るか」とさりげなく誘導してくれる。
「大丈夫。もうちょっとやる」
「でもお前、顔色悪いぞ」
「ずっとやってたから疲れたんだ。気分転換に下見てくる」
相良と入れ替わりで席を立って、僕は階段を目指した。見ていて面白い小説や図録の書架は一階にある。ぱらぱらやって気晴らしをしたら、気持ちを切り替えて頑張ろう。アルバイトはともかく、期末テストは本当に、とにかくやるしかないのだから。
算段をつけながら階段を下っていると、前方から女子生徒二人組が上ってきた。顔を寄せ合ってきゃっきゃと盛り上がっていて、すれ違いざまに、その会話の一部が聞こえてくる。
「MEN-DAKOドームツアーってヤバくない?」
「ね! 絶対行く!」
えっ……!
僕は思わず、足を止めて体を捻り、女子たちを振り返った――MEN-DAKOが? ドームツアー?!
瞬間、軸にしていた左足首に激痛が走り、上半身がぐらりと傾く。
「落ちる」と思った時には背中に強い衝撃があり、ドンドンドンと大きな音をたてながら、僕は階段を転げ落ちていた。
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