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第十九話 ざわざわ
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僕は渡り廊下から外に出て、部室棟前の水道で刷毛を洗った。その後すぐに教室に戻ろうとしたが、校舎の方から「ビーズとかマジありえねー」と聞き覚えのある声が近づいてきたので、咄嗟に木の陰に身を隠して聞き耳を立ててしまった。
「ハンドメイドとかそんな貧乏くさいこと、なんで俺らがやんなきゃいけないわけ? 絵美も絵美だわ、よけいな提案しやがって」
ちらりと覗けば、ひときわデカい声で文句を言っていたのは、やはり新妻だった。
「ってか新妻ヤバくね? 絵美ちゃん最近、相良にこんな感じじゃん」
フントリオのうちの一人・品川が新妻の顔を覗き込み、胸の前で作ったハートを前後に動かす。
「お前それ、ほんと洒落になんねえ。次言ったらぶん殴るわ」
じろりと睨まれた品川が怯え、それを見ていた他二人がゲラゲラと大声で笑う。四人はそのまま体育館前の自動販売機で飲み物を買うと、再び校舎の中へと戻っていった。
「……」
僕はしばらくその場を動けなかった。『絵美ちゃん』は多分、川崎さんのことだ。ハンドメイドイベントも一緒に来ていたし、新妻と川崎さんは付き合っているのだろう。
確かに最近、川崎さんはよく相良に話しかけている。明るくてハキハキした感じの彼女は話が上手く、相良の方も、吹き出すようにして笑っている時がある。
川崎さん、相良のことが好きなのかな――っていうか、川崎さんがもし「別れる」とか言い出したら、新妻の相良に対する当たりがもっと強くなるのでは……?
さっきの新妻はかなり機嫌が悪かった。ビーズ喫茶の話が出た時も真っ先に文句をつけていたから、相良が皆から慕われている今の状況は、新妻にとってただでさえ面白くないに違いない。
胸がざわざわして、僕は足早に校舎内に戻った。廊下を歩き、教室の後ろ扉を開けて、真っ先に相良の姿を探す。
いない、と思ったら、後ろから「岳」と呼ばれた。振り向けば、既に帰り支度を済ませた相良が、扉の枠に肘をついてこちらを見下ろしている。
「どこ行ってたんだよ。飯食って帰るぞ」
「え、あ……。でも僕、まだ看板の続きが……」
「時間見ろよ。もう片づけちまったぞ」
相良の指先を追って黒板上の時計を見れば、もう十八時半を過ぎていた。作業に集中している間に、思いの外時間が過ぎていたみたいだ。
「畠山くん、それもらうねー」
おもむろに近づいてきた女子が、僕の手から問答無用で刷毛を奪い去っていく。こうなればもう帰るしかないので、僕は自分の席からスクールバッグを持ってきて、相良と並んで教室を後にする。
「相良、新妻たち見た?」
「あ? 見たもなにも、今日は珍しく残って作業してただろ。ってかあれさ、たまには手伝えって、川崎にブチギレられてやってたらしいぜ」
「そうなんだ」
「おう。で、新妻がどうかした?」
不思議そうにこちらを見つめる相良からは、特に新妻となにかがあった雰囲気は感じられなかった。僕は「いや、なんでも」と誤魔化して首を左右に振り、「今日のメニューなにかな」と全く違う話題を持ちかける。
「肉がいいな」
「相良は肉好きだよな。僕はホッケがいいけど」
「だから、上手く食べれないんだって」
そういえばそうだったなと、春頃に相良と食事した時のことを思い出す。
「そういえば前ホッケ食べてたけど、もう一個の方の定食にすればよかったんじゃないか?」
食券で食べることができる定食には、A定食とB定食の二種類がある。だいたいの場合、どちらかが魚なら、もう一方は肉料理のことが多い。
僕の問いかけに、相良は気まずそうに目を逸らしつつ、右の手のひらで口元を覆った。
「あー、確かあの時、もう一個がピーマンの肉詰めだったんだよな」
俺、ピーマン食えないからさ。嫌いなんだよ。苦くて。
昇降口にたどり着き、外靴に履き替えながら相良が言う。その回答を聞いた僕は、自分の靴を取り出しかけた状態で、思わず手を止めて固まってしまう。
「岳? 行かないのか?」
「……か、」
「か?」
――可愛い、と言いかけて、僕は慌てて言葉を飲み込んだ。動揺からしきりにまばたきを繰り返す僕を見て、相良は訝しげに眉をひそめる。
「なんだよ。言いたいことあるなら言え」
「いや全然、なにもない」
「なわけあるか。今なんか言いかけただろ絶対」
「きっ、気のせいじゃない?」
僕は急いで靴を履き替えて、依然納得いっていなさそうな相良の元へ駆け寄った。
「あーほんと、お腹すいたなあ」とわざと大きな声で言って、早歩きで食堂を目指す。
「ハンドメイドとかそんな貧乏くさいこと、なんで俺らがやんなきゃいけないわけ? 絵美も絵美だわ、よけいな提案しやがって」
ちらりと覗けば、ひときわデカい声で文句を言っていたのは、やはり新妻だった。
「ってか新妻ヤバくね? 絵美ちゃん最近、相良にこんな感じじゃん」
フントリオのうちの一人・品川が新妻の顔を覗き込み、胸の前で作ったハートを前後に動かす。
「お前それ、ほんと洒落になんねえ。次言ったらぶん殴るわ」
じろりと睨まれた品川が怯え、それを見ていた他二人がゲラゲラと大声で笑う。四人はそのまま体育館前の自動販売機で飲み物を買うと、再び校舎の中へと戻っていった。
「……」
僕はしばらくその場を動けなかった。『絵美ちゃん』は多分、川崎さんのことだ。ハンドメイドイベントも一緒に来ていたし、新妻と川崎さんは付き合っているのだろう。
確かに最近、川崎さんはよく相良に話しかけている。明るくてハキハキした感じの彼女は話が上手く、相良の方も、吹き出すようにして笑っている時がある。
川崎さん、相良のことが好きなのかな――っていうか、川崎さんがもし「別れる」とか言い出したら、新妻の相良に対する当たりがもっと強くなるのでは……?
さっきの新妻はかなり機嫌が悪かった。ビーズ喫茶の話が出た時も真っ先に文句をつけていたから、相良が皆から慕われている今の状況は、新妻にとってただでさえ面白くないに違いない。
胸がざわざわして、僕は足早に校舎内に戻った。廊下を歩き、教室の後ろ扉を開けて、真っ先に相良の姿を探す。
いない、と思ったら、後ろから「岳」と呼ばれた。振り向けば、既に帰り支度を済ませた相良が、扉の枠に肘をついてこちらを見下ろしている。
「どこ行ってたんだよ。飯食って帰るぞ」
「え、あ……。でも僕、まだ看板の続きが……」
「時間見ろよ。もう片づけちまったぞ」
相良の指先を追って黒板上の時計を見れば、もう十八時半を過ぎていた。作業に集中している間に、思いの外時間が過ぎていたみたいだ。
「畠山くん、それもらうねー」
おもむろに近づいてきた女子が、僕の手から問答無用で刷毛を奪い去っていく。こうなればもう帰るしかないので、僕は自分の席からスクールバッグを持ってきて、相良と並んで教室を後にする。
「相良、新妻たち見た?」
「あ? 見たもなにも、今日は珍しく残って作業してただろ。ってかあれさ、たまには手伝えって、川崎にブチギレられてやってたらしいぜ」
「そうなんだ」
「おう。で、新妻がどうかした?」
不思議そうにこちらを見つめる相良からは、特に新妻となにかがあった雰囲気は感じられなかった。僕は「いや、なんでも」と誤魔化して首を左右に振り、「今日のメニューなにかな」と全く違う話題を持ちかける。
「肉がいいな」
「相良は肉好きだよな。僕はホッケがいいけど」
「だから、上手く食べれないんだって」
そういえばそうだったなと、春頃に相良と食事した時のことを思い出す。
「そういえば前ホッケ食べてたけど、もう一個の方の定食にすればよかったんじゃないか?」
食券で食べることができる定食には、A定食とB定食の二種類がある。だいたいの場合、どちらかが魚なら、もう一方は肉料理のことが多い。
僕の問いかけに、相良は気まずそうに目を逸らしつつ、右の手のひらで口元を覆った。
「あー、確かあの時、もう一個がピーマンの肉詰めだったんだよな」
俺、ピーマン食えないからさ。嫌いなんだよ。苦くて。
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「岳? 行かないのか?」
「……か、」
「か?」
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「なんだよ。言いたいことあるなら言え」
「いや全然、なにもない」
「なわけあるか。今なんか言いかけただろ絶対」
「きっ、気のせいじゃない?」
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