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第二十八話 いつか慣れるよ
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その後は床に散らばったビーズをせっせと片づけて、僕たちは一般公開の準備を急いだ。机や椅子の配置は変えずに、キーホルダーの販売用ブースだった部分には、制作で余っていたビーズを色ごとに分けて綺麗に並べる。
僕は相良に頼んで、自分の制作で使っているテグスやビーズを追加で持ってきてもらった。キーホルダーのストラップ部分やマルカンは壊されてしまった作品のものを再利用して、こちらもビーズの隣に並べておく。
こうして僕たちのクラスのビーズ喫茶は、「ビーズ作品の販売をする喫茶店」から「ビーズ作品の制作体験ができる喫茶店」に早変わりした――相良の他に、特に熱心にビーズ制作をしていたクラスメイト何名かが講師役で終日シフトに入り、なんとか無事一般公開終了の十七時を迎えることができた。
「ありがとうございましたー!」
最後の客を送り出すと、教室は一気に安堵のため息に包まれた。誰かがぱちぱちと控えめに拍手を始めると、それに続くように、その場にいた全員がまばらに手のひらを打つ。
「それじゃ、今いるメンバーで先に、片づけ始めてようか」
文化祭実行委員の声がけで、僕たちは片づけに移った。
ビーズなどの材料や制作時に使った道具、小物類を机上から避け、椅子や机から片づけていく。暗幕などの大物に取りかかる頃には当番以外のクラスメイトも戻ってきて、教室はあっという間に元の姿に戻っていく。
片づけが終わった後は、閉会式を挟んで後夜祭となる。免田高校の後夜祭は、かなり華やかなことで有名だ。キャンプファイヤーと特設ステージ、最後に花火という構成になっていて、特設ステージには毎年、サプライズでそれなりに有名なゲストが来るらしい。
「誰が来るかなー?」
「知ってる人だといいよね」
「でも確か、有名すぎると来ないんだよね」
口々に噂するクラスメイトの脇を抜けて、僕は床に積んである暗幕に手を伸ばした。隣の校舎まで返しにいこうと持ち上げるが、絶妙に重くて不安になる。
半分ずつにしてもいいが、無理すれば持てそうな量ではある。できれば一回で持っていきたいと思って持ち方を試行錯誤していると、横からにゅっと細長い腕が伸びてきて、暗幕の重さが三分の一くらいになった。
「一緒に行く」
顔を上げれば、相良だった。すん、とした真顔で当たり前みたいに言われてしまえば断ることもできず、僕たちは二人並んで、階段の方へと歩き出す。
「……あ、相良。僕もう少し持てるよ」
「いいよ。ふらついて転ばれても嫌だし」
相良はそれだけ答えて黙ってしまった。夕日が差し込む廊下に、二人分の足音がそろって響く。
こっそりと上目遣いになって、僕は隣の相良を盗み見た。久しぶりの距離感に、久しぶりの横顔。
もちろん緊張もしてるけど――でもやっぱり、すごくしっくりくる。もっとこうしていたいと願ってしまう。
「今朝、サンキュ」
窓から吹き込む風に目を細めながら、相良が言った。
「俺、ここに通えなくなるところだったわ。うちもそんな、普通に私立の授業料払えるほど裕福な家じゃねーし」
「……新妻もクソだけど、まさか相良が殴りかかるとは思わなかった」
「他のことはどうでもいいんだよ。でもビーズだけはな、馬鹿にされると流せねえ」
はは、と笑って階段を下る。思ったよりも普通に話せて、こっそり安心した。
相良はもう怒っていないだろうか。僕と、仲直りしてくれるだろうか。
このままこうやって、戻れるだろうか。仲のいいルームメイトに――一緒に学食でご飯を食べる友だち同士に。
相良を拒絶し続けるのは、やっぱり辛い。ただの友人に戻ったらそれはそれで辛い気もするけれど、わざと酷いことを言って悲しませたり、顔を合わせないように振る舞ってぎこちなくなったりするよりはずっといい。
友だちとしてそばに居続けたら、いつか忘れられるのかな。あんなに好きだと思った気持ちも、今こんなに、胸を締めつけてくる切なさも。
「あー、でも俺、もう一個あるかも」
階段を降り切って渡り廊下に出て、暗幕倉庫のある校舎の入口にさしかかったあたりで、相良がおもむろに口を開いた。「なにが?」と尋ねると、「ビーズ以外の、どうでもよくないこと」と答えが返ってくる。
「お前のことは、全然どうでもよくないわ。倒れたり怪我しそうになったりされるとマジで焦る」
だから、あんまり新妻みたいなやつに突っかかってくのやめてくんね?
少し照れくさそうな表情で言われて、頭を抱えたくなった。僕これ、大丈夫なのかな。相良の友だちとして、ちゃんとやっていけるかな。
「……なっ、に面白いこと言ってんだよ!」
――だけど多分、もう無理矢理にでも、やっていくしかないんだよな。
色々なことを吹っ切りたくて、僕は相良に向かって満面の笑顔で答えた。
へらへらと笑いながら、心の中では、相良が勘違いさせるようなことを言ってきたらできるだけ茶化して、取り合わないようにしようと決める。そうやって誤魔化して、本当の気持ちは絶対に、悟られないように。
「前から思ってたけど、相良ってほんと、顔に似合わず優しいよな。そういうの誰にでも言うから、勘違いされて告られまくって、面倒なことに巻き込まれるんだぞ」
「は? 俺、誰にでも言ってるわけじゃ……」
「またまた。ほんとマジで、彼女だけにしとけって」
「彼女?」
「とぼけるなよ。川崎さんと付き合ってるんだろ」
僕の言葉を聞いた相良は、きょとんと目を見開いて立ち止まった。黒い瞳をまん丸にして、「本当に意味わかりません」みたいな顔だ。
そんな演技までして、川崎さんと付き合っていることを僕に内緒にしたいのだろうか。それはそれで地味に傷つくんだが?
「今晩の花火もさ、絶対川崎さんと観た方がいいって。校庭から観たっていいだろうし、今日くらいめんだこ寮の屋上に連れ込んでもバレないんじゃない? 僕のことは気にしないで、ゆっくり楽しんできなよ」
ぽかんと口を開けたまま相良が動かないので、「トイレ行きたくなってきた」と断りを入れて、ひと足先に暗幕倉庫へ向かう。途中でくるりと振り返り、「また後でな」と精一杯笑いかける。
相良は相変わらず呆然とした顔でその場に立ち尽くしていた。なにをそんなに驚いているのだろうか。校内でキスするなら、「見られてるかも」って少しくらい考えなきゃ駄目だろうに。
そうだ、キス、と思って、心の端がちりっと焦げる。
それには気づかないふりをしながら、僕は早歩きで暗幕倉庫を目指す。
キスくらいでしょげてちゃ駄目だ。相良はこれから川崎さんと、キスも、もしかしたらそれ以上も、二人で経験していくのだろうから。
そこにいるのは本当は、僕自身がよかった――でも無理なものは仕方がない。だったら僕は、相良と川崎さんを一番に応援できる友だちでありたい。
新しい願いは、ちょっと痛くて苦いけど。
いつか慣れるよと、僕は何度も自分に言い聞かせる。
僕は相良に頼んで、自分の制作で使っているテグスやビーズを追加で持ってきてもらった。キーホルダーのストラップ部分やマルカンは壊されてしまった作品のものを再利用して、こちらもビーズの隣に並べておく。
こうして僕たちのクラスのビーズ喫茶は、「ビーズ作品の販売をする喫茶店」から「ビーズ作品の制作体験ができる喫茶店」に早変わりした――相良の他に、特に熱心にビーズ制作をしていたクラスメイト何名かが講師役で終日シフトに入り、なんとか無事一般公開終了の十七時を迎えることができた。
「ありがとうございましたー!」
最後の客を送り出すと、教室は一気に安堵のため息に包まれた。誰かがぱちぱちと控えめに拍手を始めると、それに続くように、その場にいた全員がまばらに手のひらを打つ。
「それじゃ、今いるメンバーで先に、片づけ始めてようか」
文化祭実行委員の声がけで、僕たちは片づけに移った。
ビーズなどの材料や制作時に使った道具、小物類を机上から避け、椅子や机から片づけていく。暗幕などの大物に取りかかる頃には当番以外のクラスメイトも戻ってきて、教室はあっという間に元の姿に戻っていく。
片づけが終わった後は、閉会式を挟んで後夜祭となる。免田高校の後夜祭は、かなり華やかなことで有名だ。キャンプファイヤーと特設ステージ、最後に花火という構成になっていて、特設ステージには毎年、サプライズでそれなりに有名なゲストが来るらしい。
「誰が来るかなー?」
「知ってる人だといいよね」
「でも確か、有名すぎると来ないんだよね」
口々に噂するクラスメイトの脇を抜けて、僕は床に積んである暗幕に手を伸ばした。隣の校舎まで返しにいこうと持ち上げるが、絶妙に重くて不安になる。
半分ずつにしてもいいが、無理すれば持てそうな量ではある。できれば一回で持っていきたいと思って持ち方を試行錯誤していると、横からにゅっと細長い腕が伸びてきて、暗幕の重さが三分の一くらいになった。
「一緒に行く」
顔を上げれば、相良だった。すん、とした真顔で当たり前みたいに言われてしまえば断ることもできず、僕たちは二人並んで、階段の方へと歩き出す。
「……あ、相良。僕もう少し持てるよ」
「いいよ。ふらついて転ばれても嫌だし」
相良はそれだけ答えて黙ってしまった。夕日が差し込む廊下に、二人分の足音がそろって響く。
こっそりと上目遣いになって、僕は隣の相良を盗み見た。久しぶりの距離感に、久しぶりの横顔。
もちろん緊張もしてるけど――でもやっぱり、すごくしっくりくる。もっとこうしていたいと願ってしまう。
「今朝、サンキュ」
窓から吹き込む風に目を細めながら、相良が言った。
「俺、ここに通えなくなるところだったわ。うちもそんな、普通に私立の授業料払えるほど裕福な家じゃねーし」
「……新妻もクソだけど、まさか相良が殴りかかるとは思わなかった」
「他のことはどうでもいいんだよ。でもビーズだけはな、馬鹿にされると流せねえ」
はは、と笑って階段を下る。思ったよりも普通に話せて、こっそり安心した。
相良はもう怒っていないだろうか。僕と、仲直りしてくれるだろうか。
このままこうやって、戻れるだろうか。仲のいいルームメイトに――一緒に学食でご飯を食べる友だち同士に。
相良を拒絶し続けるのは、やっぱり辛い。ただの友人に戻ったらそれはそれで辛い気もするけれど、わざと酷いことを言って悲しませたり、顔を合わせないように振る舞ってぎこちなくなったりするよりはずっといい。
友だちとしてそばに居続けたら、いつか忘れられるのかな。あんなに好きだと思った気持ちも、今こんなに、胸を締めつけてくる切なさも。
「あー、でも俺、もう一個あるかも」
階段を降り切って渡り廊下に出て、暗幕倉庫のある校舎の入口にさしかかったあたりで、相良がおもむろに口を開いた。「なにが?」と尋ねると、「ビーズ以外の、どうでもよくないこと」と答えが返ってくる。
「お前のことは、全然どうでもよくないわ。倒れたり怪我しそうになったりされるとマジで焦る」
だから、あんまり新妻みたいなやつに突っかかってくのやめてくんね?
少し照れくさそうな表情で言われて、頭を抱えたくなった。僕これ、大丈夫なのかな。相良の友だちとして、ちゃんとやっていけるかな。
「……なっ、に面白いこと言ってんだよ!」
――だけど多分、もう無理矢理にでも、やっていくしかないんだよな。
色々なことを吹っ切りたくて、僕は相良に向かって満面の笑顔で答えた。
へらへらと笑いながら、心の中では、相良が勘違いさせるようなことを言ってきたらできるだけ茶化して、取り合わないようにしようと決める。そうやって誤魔化して、本当の気持ちは絶対に、悟られないように。
「前から思ってたけど、相良ってほんと、顔に似合わず優しいよな。そういうの誰にでも言うから、勘違いされて告られまくって、面倒なことに巻き込まれるんだぞ」
「は? 俺、誰にでも言ってるわけじゃ……」
「またまた。ほんとマジで、彼女だけにしとけって」
「彼女?」
「とぼけるなよ。川崎さんと付き合ってるんだろ」
僕の言葉を聞いた相良は、きょとんと目を見開いて立ち止まった。黒い瞳をまん丸にして、「本当に意味わかりません」みたいな顔だ。
そんな演技までして、川崎さんと付き合っていることを僕に内緒にしたいのだろうか。それはそれで地味に傷つくんだが?
「今晩の花火もさ、絶対川崎さんと観た方がいいって。校庭から観たっていいだろうし、今日くらいめんだこ寮の屋上に連れ込んでもバレないんじゃない? 僕のことは気にしないで、ゆっくり楽しんできなよ」
ぽかんと口を開けたまま相良が動かないので、「トイレ行きたくなってきた」と断りを入れて、ひと足先に暗幕倉庫へ向かう。途中でくるりと振り返り、「また後でな」と精一杯笑いかける。
相良は相変わらず呆然とした顔でその場に立ち尽くしていた。なにをそんなに驚いているのだろうか。校内でキスするなら、「見られてるかも」って少しくらい考えなきゃ駄目だろうに。
そうだ、キス、と思って、心の端がちりっと焦げる。
それには気づかないふりをしながら、僕は早歩きで暗幕倉庫を目指す。
キスくらいでしょげてちゃ駄目だ。相良はこれから川崎さんと、キスも、もしかしたらそれ以上も、二人で経験していくのだろうから。
そこにいるのは本当は、僕自身がよかった――でも無理なものは仕方がない。だったら僕は、相良と川崎さんを一番に応援できる友だちでありたい。
新しい願いは、ちょっと痛くて苦いけど。
いつか慣れるよと、僕は何度も自分に言い聞かせる。
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