31 / 34
第三十話 残り火の前で
しおりを挟む
なにを、どこで、どう勘違いしてしまったのか。
そんなのは聞いてみないとわからない。ただ一つ確信できるのは、相良はきっとめんだこ寮の屋上にいるってことだけだ。
相良はあそこで、一人僕を待っている。だって約束したから。一緒に花火を観ようって。
――嘘じゃなかった。勘違いじゃなかった。重なったと思った気持ちは、気のせいなんかじゃ全然なかった!
最推しに背を向けて、僕は走る。さっき通ったばかりの道を正反対に、君の待つ方へ。
背後では既に、花火の準備が始まっている。『それじゃー、十秒から数えるよーっ』と明るいアナウンスに、オーディエンスから「いえーい」と歓声が上がる。
十、九、八、七……。
――ヤバい。ヤバいって! 間に合わない……!
豪華とはいえ、文化祭の花火だ。数字がゼロになって上がり始めたら、あとはもう一瞬で終わってしまう。「一緒に観よう」って約束したんだから、間に合わなきゃ意味がない。
ようやく裏門を出て、もどかしさをこらえながら左右を確認し、道を渡る。飛び込むようにめんだこ寮の敷地に入り、顔を上げて、驚きに目を見開く。
なんかめちゃくちゃ人がいるんだけど?!
大学生らしき年代を中心に、若い男ばかりが管理人室前に集まっている。「えっ、ええ?」とあたりを見回したら、人混みに埋もれるようにして、管理人さんが一人ひとりになにかを配っていた。
「……なっ、なにかあったんですか?」
「あらあ、畠山くん。あのね、うふふ、そうなのよお。実はねえ、困ったことにねえ」
彼女特有のもってまわった口調に焦りが募り、早々に後悔の念が押し寄せてきた。下手に話しかけてしまった手前、答えを待たないわけにもいかず、僕はその場で小刻みに足踏みをする。
早く教えて――ああ、始まっちゃった!
ゼロ! とひときわ大きい掛け声の後、ひゅるるるるという独特な音に続いて、大きな振動が腹の底を震わせる。
花火が上がり始めてしまったのだ。
どおんどおん。どんどん、ぱらぱらぱら……畳み掛けてくる音から察するに、ずいぶん景気よくド派手に打ち上げられている。やめてくれ。もっとゆっくりしっとりやってくれ。
「あら、始まったわねえ。今年も賑やかねえ。そういえば畠山くんは、学校で観なくて大丈夫なの? お友だちが探してるんじゃないかしら」
「とっ、友だちはいないのでお気遣いなく! それよりほんと、どうしたんですか?」
「どうしたって、ねえ。本当に困っちゃうんだけどね」
僕の内心などお構いなしに、管理人さんは相変わらずのんびりと喋る。「あのねえ、あっちを見てちょうだい」と居住棟や生活棟がある方を指差して、わかるかしら? と首を傾げる。
「真っ暗でしょう?」
人混みの間から建物の様子を覗き見た僕は、そう言われてようやく気づく。
雨もりがあった居住棟は、長らく工事中だ。それはいつも通りとして、問題はその奥。今普通に利用されているはずの生活棟にもプレハブ校舎にも、灯りが一つもついていない。
「急につかなくなっちゃったのよ。もう色々、寿命なのかしらねえ」
つまりは停電ということらしい。よくよく見れば、管理人さんが配っているのは、小型の懐中電灯だった。
「わっ、かりました……! ありがとうございます一つもらいますっ」
「ああ、ちょっと畠山くん。順番に……」
ごめんなさいっ! と叫んで、僕は掴み取った懐中電灯のスイッチを入れながら再び駆け出す。「綺麗だなあ」「相変わらず金あるなあ」と口々に言い合い、呆けた顔で空を見上げる入居者たちの人混みを、必死になって掻き分ける。
プレハブ校舎の中は本当に真っ暗だった。屋上には行ったことがないけれど、とりあえず目指すべきは上だ。
二段飛ばしで階段を上った。三階まで上り切った時、足がもつれて前のめりに手を突き、その拍子に懐中電灯を取り落としてしまう。しかしスマートフォンのライトを起動する手間すらもどかしくて、真っ暗闇の中、僕は屋上への道を探す。
廊下を奥まで行ったところで、もう一階分上へと上る階段を見つけた。ここだ! と直感して、走り過ぎてじんじんするふくらはぎに再び力を入れた。
どおんどおんと響く花火の音は、既にだいぶ間隔が近い。フィナーレなのだと気づいてよけいに息が上がり、喉の奥が焼けるように痛くなる。
ひときわ大きく火球が弾けた音と、僕が屋上の扉を開けた音は、同時だった。
開けた視界と一瞬の静寂に、ひんやりと鋭い横顔が飛び込んでくる。
「おー、やっと来たな」
はらはらと散る残り火の前で、影が楽しげにこちらを向く。
僕は最後の力を振り絞って床を蹴り、その長身に思い切り抱きついた。
そんなのは聞いてみないとわからない。ただ一つ確信できるのは、相良はきっとめんだこ寮の屋上にいるってことだけだ。
相良はあそこで、一人僕を待っている。だって約束したから。一緒に花火を観ようって。
――嘘じゃなかった。勘違いじゃなかった。重なったと思った気持ちは、気のせいなんかじゃ全然なかった!
最推しに背を向けて、僕は走る。さっき通ったばかりの道を正反対に、君の待つ方へ。
背後では既に、花火の準備が始まっている。『それじゃー、十秒から数えるよーっ』と明るいアナウンスに、オーディエンスから「いえーい」と歓声が上がる。
十、九、八、七……。
――ヤバい。ヤバいって! 間に合わない……!
豪華とはいえ、文化祭の花火だ。数字がゼロになって上がり始めたら、あとはもう一瞬で終わってしまう。「一緒に観よう」って約束したんだから、間に合わなきゃ意味がない。
ようやく裏門を出て、もどかしさをこらえながら左右を確認し、道を渡る。飛び込むようにめんだこ寮の敷地に入り、顔を上げて、驚きに目を見開く。
なんかめちゃくちゃ人がいるんだけど?!
大学生らしき年代を中心に、若い男ばかりが管理人室前に集まっている。「えっ、ええ?」とあたりを見回したら、人混みに埋もれるようにして、管理人さんが一人ひとりになにかを配っていた。
「……なっ、なにかあったんですか?」
「あらあ、畠山くん。あのね、うふふ、そうなのよお。実はねえ、困ったことにねえ」
彼女特有のもってまわった口調に焦りが募り、早々に後悔の念が押し寄せてきた。下手に話しかけてしまった手前、答えを待たないわけにもいかず、僕はその場で小刻みに足踏みをする。
早く教えて――ああ、始まっちゃった!
ゼロ! とひときわ大きい掛け声の後、ひゅるるるるという独特な音に続いて、大きな振動が腹の底を震わせる。
花火が上がり始めてしまったのだ。
どおんどおん。どんどん、ぱらぱらぱら……畳み掛けてくる音から察するに、ずいぶん景気よくド派手に打ち上げられている。やめてくれ。もっとゆっくりしっとりやってくれ。
「あら、始まったわねえ。今年も賑やかねえ。そういえば畠山くんは、学校で観なくて大丈夫なの? お友だちが探してるんじゃないかしら」
「とっ、友だちはいないのでお気遣いなく! それよりほんと、どうしたんですか?」
「どうしたって、ねえ。本当に困っちゃうんだけどね」
僕の内心などお構いなしに、管理人さんは相変わらずのんびりと喋る。「あのねえ、あっちを見てちょうだい」と居住棟や生活棟がある方を指差して、わかるかしら? と首を傾げる。
「真っ暗でしょう?」
人混みの間から建物の様子を覗き見た僕は、そう言われてようやく気づく。
雨もりがあった居住棟は、長らく工事中だ。それはいつも通りとして、問題はその奥。今普通に利用されているはずの生活棟にもプレハブ校舎にも、灯りが一つもついていない。
「急につかなくなっちゃったのよ。もう色々、寿命なのかしらねえ」
つまりは停電ということらしい。よくよく見れば、管理人さんが配っているのは、小型の懐中電灯だった。
「わっ、かりました……! ありがとうございます一つもらいますっ」
「ああ、ちょっと畠山くん。順番に……」
ごめんなさいっ! と叫んで、僕は掴み取った懐中電灯のスイッチを入れながら再び駆け出す。「綺麗だなあ」「相変わらず金あるなあ」と口々に言い合い、呆けた顔で空を見上げる入居者たちの人混みを、必死になって掻き分ける。
プレハブ校舎の中は本当に真っ暗だった。屋上には行ったことがないけれど、とりあえず目指すべきは上だ。
二段飛ばしで階段を上った。三階まで上り切った時、足がもつれて前のめりに手を突き、その拍子に懐中電灯を取り落としてしまう。しかしスマートフォンのライトを起動する手間すらもどかしくて、真っ暗闇の中、僕は屋上への道を探す。
廊下を奥まで行ったところで、もう一階分上へと上る階段を見つけた。ここだ! と直感して、走り過ぎてじんじんするふくらはぎに再び力を入れた。
どおんどおんと響く花火の音は、既にだいぶ間隔が近い。フィナーレなのだと気づいてよけいに息が上がり、喉の奥が焼けるように痛くなる。
ひときわ大きく火球が弾けた音と、僕が屋上の扉を開けた音は、同時だった。
開けた視界と一瞬の静寂に、ひんやりと鋭い横顔が飛び込んでくる。
「おー、やっと来たな」
はらはらと散る残り火の前で、影が楽しげにこちらを向く。
僕は最後の力を振り絞って床を蹴り、その長身に思い切り抱きついた。
11
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】
彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。
高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。
(これが最後のチャンスかもしれない)
流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。
(できれば、春樹に彼女が出来ませんように)
そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。
*********
久しぶりに始めてみました
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの
BL
「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
三ヶ月だけの恋人
perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。
殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。
しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。
罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。
それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。
坂木兄弟が家にやってきました。
風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。
ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。
推しにプロポーズしていたなんて、何かの間違いです
一ノ瀬麻紀
BL
引きこもりの僕、麻倉 渚(あさくら なぎさ)と、人気アイドルの弟、麻倉 潮(あさくら うしお)
同じ双子だというのに、なぜこんなにも違ってしまったのだろう。
時々ふとそんな事を考えてしまうけど、それでも僕は、理解のある家族に恵まれ充実した引きこもり生活をエンジョイしていた。
僕は極度の人見知りであがり症だ。いつからこんなふうになってしまったのか、よく覚えていない。
本音を言うなら、弟のように表舞台に立ってみたいと思うこともある。けれどそんなのは無理に決まっている。
だから、安全な自宅という城の中で、僕は今の生活をエンジョイするんだ。高望みは一切しない。
なのに、弟がある日突然変なことを言い出した。
「今度の月曜日、俺の代わりに学校へ行ってくれないか?」
ありえない頼み事だから断ろうとしたのに、弟は僕の弱みに付け込んできた。
僕の推しは俳優の、葛城 結斗(かつらぎ ゆうと)くんだ。
その結斗くんのスペシャルグッズとサイン、というエサを目の前にちらつかせたんだ。
悔しいけど、僕は推しのサインにつられて首を縦に振ってしまった。
え?葛城くんが目の前に!?
どうしよう、人生最大のピンチだ!!
✤✤
「推し」「高校生BL」をテーマに書いたお話です。
全年齢向けの作品となっています。
一度短編として完結した作品ですが、既存部分の改稿と、新規エピソードを追加しました。
✤✤
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる