あいにく、配役は辞退いたしました

チャビューヘ

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 部屋の外から聞こえるテオの声は、どこか自分に酔っているような響きを含んでいた。
 
 かつてのヴェラであれば、その低い声を聞くだけで頬を染め、扉の鍵を開けて彼の胸に飛び込んでいただろう。だが今の彼女にとって、その声は安物の蓄音機から流れる雑音と大差ない。
 
「ヴェラ、聞こえているのか? 君が怒るのも無理はない。庭園でのことは、不慮の事故だったんだ。あのアカデミーの特待生が転びそうになったのを助けただけで……」
 
 ヴェラは鏡の前で、自分の首筋を飾る大粒のサファイアに指をかけた。
 
 テオから贈られたものだ。以前の自分は、これを「愛の証」だと思い込み、重いドレスと共に後生大事に身につけていた。だが、首元から外して手のひらに載せてみれば、それはただの冷たい石の塊に過ぎない。
 
「ゾラ、こちらへ」
 
 部屋の隅で戸惑っていた侍女のゾラが、びくりと肩を揺らして歩み寄ってきた。
 
「は、はい。ヴェラ様」
 
「ジュエリーボックスを持ってきて。ここに眠っている『贈り物』を、すべて一つにまとめてちょうだい」
 
 ヴェラの指示に、ゾラは目を丸くした。
 
「すべて……ですか? それらは殿下がこれまでの記念日に贈られた、大変高価な品々ですが」
 
「ええ、すべてよ。一つ残らず、ね」
 
 ヴェラは淡々と命じながら、耳元で揺れるイヤリングも、指を縛るルビーの指輪も、すべて剥ぎ取っていった。
 
 
 
 扉の向こうでは、テオがまだ言葉を重ねていた。
 
「……いいだろう。君が納得するまで謝ろう。次の休暇には、君が欲しがっていたあの北方の香水を取り寄せる。だから、顔を見せてくれないか」
 
 ヴェラは、ゾラがまとめ終えた宝石箱を手に取り、ゆっくりと扉へ近づいた。
 
 鍵を開ける音が響くと、テオの声が止まる。
 
 扉をわずかに開け、ヴェラは隙間からその箱を突き出した。
 
「……ヴェラ?」
 
 期待に満ちたテオの顔が、箱の中身を見た瞬間に凍りついた。
 
 そこには、彼がヴェラを繋ぎ止めるために買い与えてきた宝飾品の数々が、無造作に放り込まれていた。丁寧に扱われているとは言い難い、返却の意志だけが詰まった箱だ。
 
「これは、どういうつもりだ」
 
「お返しいたします。殿下がおっしゃる通り、これらは大変高価なものですわ。わたくしのような『配役を辞退した者』が持ち続けるには、分不相応でございますもの」
 
「配役だと? 何をわけのわからないことを……。俺は謝ると言っているんだぞ!」
 
 テオの眉間に不快げな皺が寄る。
 彼はまだ、自分がヴェラを「許してやる」側にいると信じているのだ。
 
「殿下、わたくしは怒っているのでも、拗ねているのでもございません。ただ、清算したいのです」
 
 ヴェラは感情の起伏を一切排した、事務的な口調で告げた。
 
「今、庭園に行かれれば、あの方……ルミ様でしたか? 彼女が教科書を汚して泣いているかもしれませんわ。その宝石を売って、新しい本でも買って差し上げたらよろしい。わたくしに費やすより、ずっと有意義な投資になりますでしょう」
 
「ヴェラ! 君はそんなに冷酷な女だったのか!」
 
 テオが激昂し、扉を押し開けようとする。
 
 だが、ヴェラは冷ややかな一瞥をくれただけで、その手をすり抜けるようにして扉を閉め、再び内側から鍵をかけた。
 
「……冷酷、ですか」
 
 閉ざされた扉の向こうで、ヴェラは小さく唇の端を上げた。
 
 一度目の人生で、テオとルミの恋を邪魔し、最後には反逆罪の汚名を着せられて処刑台に立った時。
 
 彼は確かに言ったのだ。
『お前のような冷酷な女は、最初から婚約者にふさわしくなかった』と。
 
 その言葉通り、ふさわしくない者として退場してやろうというのだから、感謝されてもいいはずである。
 
「ゾラ、明日の準備を。わたくし、実家へ帰らせていただきますわ」
 
「ヴェラ様……それは、婚約解消を公にされるということでしょうか」
 
 ゾラの問いに、ヴェラは鏡の中にいる自分に向かって微笑んだ。
 
「あいにく、配役は辞退いたしました。主役がいない舞台で踊り続けるほど、わたくしは暇ではありませんのよ」
 
 扉を叩く音はまだ続いていたが、ヴェラはすでに、次の食事に何を選ぼうかという楽しい悩みへと、意識を切り替えていた。
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