あいにく、配役は辞退いたしました

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 庭園に沈黙が降りた。
 
 泥だらけの作業着姿で、テオ王子の前に立つヴェラ。その手には、先ほどまで土を掘り起こしていたスコップが握られている。王宮の儀礼に照らせば、死罪に等しい不敬な姿だ。
 
 テオは顔を引きつらせながらも、自分を納得させるように深く息をついた。
 
「……いいだろう。ヴェラ。君がこれほどまでに取り乱しているのは、俺があの特待生……ルミと親しくしたことへの当てつけなのだな?」
 
 テオはヴェラの足元に転がっている引き抜かれた薔薇を一瞥し、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
 
「君の嫉妬深さには呆れるが、それほどまでに俺を思っているという証拠だ。この無様な姿も、俺への愛ゆえの狂気だと思えば許せなくもない。さあ、その汚れた服を脱ぎ捨てて、俺の腕に来るがいい。謝罪さえすれば、君を学園へ連れ戻してやろう」
 
 ヴェラはその言葉を聞きながら、心の中で今日の収穫予定を計算していた。
 
 この土壌なら、来月には立派なジャガイモが収穫できるはずだ。王子の甘ったるい台詞よりも、確実な澱粉の蓄えの方が、よほどヴェラの胃袋と心を支えてくれる。
 
「殿下。お耳の具合がよろしくないようですわね」
 
 ヴェラはスコップを地面に突き刺し、その柄に体重を預けた。
 
「わたくしは、ルミ様という方に嫉妬などしておりません。むしろ、殿下の隣というもっとも過酷な『立ち位置』を引き受けてくださる奇特な方が現れたことに、心からの感謝と祝意を捧げているのですわ」
 
「……感謝だと? 強がりはやめろ。君は俺なしでは生きていけないはずだ」
 
「いいえ。殿下の隣にいるために費やしていた美容代、服飾代、そして精神的な忍耐……。それらを全て、こうしてジャガイモの苗や、腕利きの料理人の雇用費に充てられる今の生活の方が、ずっと豊かですの」
 
 ヴェラは、傍らで震えているカヤに視線を向けた。
 
「お母様。殿下はこれからルミ様との美しい愛の物語を紡がれるのです。そのような高貴な方が、わたくしのような『農作業に勤しむ平民同然の女』に構っている時間はございませんわよね?」
 
「ヴェ、ヴェラ! なんてことを……殿下、娘はきっと病で混乱しておりますの!」
 
 カヤが慌てて割って入ろうとしたが、テオはそれを手で制した。彼の瞳には、かつてないほどの激しい怒りと、無視されることへの恐怖が混じり合っている。
 
「ヴェラ……俺を試しているのか? そんなにその泥遊びが大切だというのか!」
 
「遊びではありませんわ。生存戦略です。殿下は愛に生き、わたくしは食に生きる。ただ、それだけのことですわ」
 
 ヴェラは再びスコップを手に取り、テオの足元ギリギリの地面に突き立てた。
 
 飛び散った泥が、テオの磨き上げられた革靴を汚す。
 
「あいにく、配役は辞退いたしました。殿下という主役を輝かせるための『嫉妬に狂う婚約者』という役は、もう捨てたのです。これ以上わたくしの開墾を邪魔されるなら、次は殿下の御足ごと耕して差し上げますわよ?」
 
「君……本気で、俺を……」
 
 テオは二の句が継げず、後ずさった。
 
 今まで彼が向けてきた「憐れみ」も「怒り」も、ヴェラという鏡に跳ね返され、行き場を失って彼自身を切り裂いていた。
 
 
 
 テオが逃げるように馬車へ戻っていくのを見届け、ヴェラは深く、満足げなため息をついた。
 
「……よし、ようやく静かになったわね。ゾラ、おやつの時間にしてちょうだい。今日は、あの冷やした果実が食べたいわ」
 
 庭園の隅で待機していたゾラが、素早くヴェラに歩み寄る。
 
「畏まりました。すでに厨房には、最高級の桃を蜂蜜で煮込んだものを用意させております」
 
「素晴らしいわ。やっぱり、恋の駆け引きよりも甘い物の方が、ずっと効率的だわ」
 
 ヴェラは泥だらけの手を軽く叩き、薔薇の死骸を踏み越えて屋敷へと歩き出した。
 
 背後でカヤが膝をついて嘆いていたが、ヴェラの頭の中はすでに、これから口にする果実の甘さと冷たさでいっぱいだった。

 幕を引く役目さえ、ヴェラはすでに放棄しているのだから。
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