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第2話:改革の始まり、疑念と希望と
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「皆さん、集まってください」
店の奥の部屋に、五人の店員が並んだ。年配の男性が二人、中年の女性が一人、若い男女が一人ずつ。
全員の視線が、私に向けられている。困惑と、少しの警戒が混じった目だ。
「(……そりゃそうよね。突然、令嬢が店の改革とか言い出したら)」
私は深く息を吸った。手のひらが、少し湿っている。
「今日から、この店を変えます」
「お嬢様」
年配の店員、マルクが口を開いた。彼はこの店で二十年働いているベテランだ。
「失礼ですが、商売のご経験は?」
「ありません」
正直に答えた。店員たちの表情が、さらに硬くなる。
「でも、知識はある。それに、このままじゃこの店は潰れる。三ヶ月後には、何もかも失う」
部屋に沈黙が落ちた。
若い店員のエマが、小さく息を呑む音が聞こえた。
「やるしかないんです。私たちには、時間がない」
テーブルに、私が昨夜作った資料を広げた。
「まず、店の名前を変えます。『クラウゼン商店』から『メゾン・ド・クラウゼン』へ」
「……メゾン?」
マルクが首を傾げる。
「フランス……いえ、西方の言葉で『家』という意味です。高級感と親しみやすさを両立させた名前にしました」
嘘だ。本当はフランス語だけど、この世界にフランスなんてない。適当に西方ということにした。
「(前世の知識を使うのって、意外と難しい)」
「それから、ロゴを作ります」
私が描いたデザイン画を見せる。クラウゼンの頭文字『C』を優雅な曲線で表現し、その周りに繊細な蔦の模様を配置したものだ。
「このロゴを、商品の包装紙、袋、看板、全てに使います」
「なぜ、そこまで……」
女性店員のハンナが尋ねる。
「お客様に覚えてもらうためです。このロゴを見たら『メゾン・ド・クラウゼン』だと、すぐに分かるように」
前世で言うところのブランディング戦略だ。でも、そんな言葉で説明しても通じない。
「例えば、王家の紋章を見たら、誰でも王家だと分かりますよね。それと同じです」
「ああ……」
何人かが頷いた。少しだけ、理解してくれた気配がある。
「次に、商品の陳列を変えます」
私は立ち上がり、店の方へ歩いた。店員たちが後ろからついてくる。
棚の前で立ち止まる。雑多に並べられた商品を見つめた。
「今の陳列だと、何がどこにあるか分かりにくい。お客様は探すのに疲れて、買わずに帰ってしまいます」
手を伸ばして、香水の瓶を手に取る。
「例えばこれ。香水なのに、食器の隣にある。なぜですか?」
「それは……入荷した順に並べているので」
マルクが答える。
「これからは、商品の種類ごとに区画を作ります。香水と化粧品のコーナー、食器のコーナー、文房具のコーナー、という風に」
私は店内を指差しながら説明した。
「そして、それぞれのコーナーに、分かりやすい札を立てる。お客様が迷わないように」
「なるほど……確かに、その方が探しやすい」
若い店員のトーマスが呟いた。
「でも、お嬢様」
ハンナが手を挙げる。
「そんなに色々変えて、本当に売れるようになるんでしょうか」
その声には、不安が滲んでいた。
私は彼女の目を見た。正直に言おう。
「……分かりません」
店員たちの表情が揺れる。
「私も初めてなんです。うまくいくかどうか、やってみないと分からない」
手が震えそうになる。でも、視線は逸らさなかった。
「でも、このまま何もしなければ、確実に終わります。だったら、やってみる価値はあると思いませんか?」
沈黙。
長い、長い沈黙。
そして、マルクが口を開いた。
「……分かりました。お嬢様を信じてみます」
「マルク……」
「私も、この店が好きなんです。潰れるのは嫌だ。だから、お手伝いさせてください」
他の店員たちも、一人、また一人と頷いた。
胸の奥が熱くなる。
「ありがとうございます。必ず、立て直してみせます」
その日から、店は慌ただしく動き始めた。
私は包装紙と袋のデザインを、王都の印刷職人に依頼した。ロゴ入りの看板も発注する。
店員たちは商品の整理を始めた。種類ごとに分類し、新しい配置を考える。
父は資金繰りに奔走していた。改装費用を捻出するため、できる限りの節約を試みている。
夜、自室で包装紙のサンプルを眺めた。
淡い青を基調にした上品なデザイン。ロゴが中央に輝いている。
「(……これで、本当に大丈夫かな)」
不安が胸をよぎる。
前世の知識は確かにある。でも、この世界で通用するかどうかは分からない。時代も文化も違う。
もしも失敗したら。
父も、店員たちも、全員が路頭に迷う。
「(……考えても仕方ない)」
私は包装紙を机に置いた。
やるしかない。それだけだ。
三日後、印刷職人から連絡があった。
「お嬢様、サンプルができました」
工房を訪れると、職人が誇らしげに包装紙を見せてくれた。
淡い青の上に、金色のロゴが輝いている。繊細な蔦の模様が、優雅な雰囲気を醸し出していた。
「(……綺麗)」
思わず息を呑む。
「気に入っていただけましたか?」
「完璧です。すぐに量産をお願いします」
袋と看板のサンプルも確認する。全て、イメージ通りだった。
店に戻ると、店員たちが商品の配置替えを終えていた。
店内を見回す。香水コーナー、食器コーナー、文房具コーナー。全てが整然と並んでいる。
「すごい……」
エマが目を輝かせている。
「なんだか、別の店みたいです」
「本当ね。これなら、お客様も喜んでくれそう」
ハンナも満足そうに頷いた。
私は入口の方を振り返る。古びた看板が、まだそこにあった。
「(もうすぐよ。もうすぐ、新しい看板が来る)」
そうしたら、リニューアルオープンだ。
王都中に、新しい『メゾン・ド・クラウゼン』の噂を広める。
胸の奥で、小さな炎が燃え始めている。
これは、私の戦いの始まりだ。
店の奥の部屋に、五人の店員が並んだ。年配の男性が二人、中年の女性が一人、若い男女が一人ずつ。
全員の視線が、私に向けられている。困惑と、少しの警戒が混じった目だ。
「(……そりゃそうよね。突然、令嬢が店の改革とか言い出したら)」
私は深く息を吸った。手のひらが、少し湿っている。
「今日から、この店を変えます」
「お嬢様」
年配の店員、マルクが口を開いた。彼はこの店で二十年働いているベテランだ。
「失礼ですが、商売のご経験は?」
「ありません」
正直に答えた。店員たちの表情が、さらに硬くなる。
「でも、知識はある。それに、このままじゃこの店は潰れる。三ヶ月後には、何もかも失う」
部屋に沈黙が落ちた。
若い店員のエマが、小さく息を呑む音が聞こえた。
「やるしかないんです。私たちには、時間がない」
テーブルに、私が昨夜作った資料を広げた。
「まず、店の名前を変えます。『クラウゼン商店』から『メゾン・ド・クラウゼン』へ」
「……メゾン?」
マルクが首を傾げる。
「フランス……いえ、西方の言葉で『家』という意味です。高級感と親しみやすさを両立させた名前にしました」
嘘だ。本当はフランス語だけど、この世界にフランスなんてない。適当に西方ということにした。
「(前世の知識を使うのって、意外と難しい)」
「それから、ロゴを作ります」
私が描いたデザイン画を見せる。クラウゼンの頭文字『C』を優雅な曲線で表現し、その周りに繊細な蔦の模様を配置したものだ。
「このロゴを、商品の包装紙、袋、看板、全てに使います」
「なぜ、そこまで……」
女性店員のハンナが尋ねる。
「お客様に覚えてもらうためです。このロゴを見たら『メゾン・ド・クラウゼン』だと、すぐに分かるように」
前世で言うところのブランディング戦略だ。でも、そんな言葉で説明しても通じない。
「例えば、王家の紋章を見たら、誰でも王家だと分かりますよね。それと同じです」
「ああ……」
何人かが頷いた。少しだけ、理解してくれた気配がある。
「次に、商品の陳列を変えます」
私は立ち上がり、店の方へ歩いた。店員たちが後ろからついてくる。
棚の前で立ち止まる。雑多に並べられた商品を見つめた。
「今の陳列だと、何がどこにあるか分かりにくい。お客様は探すのに疲れて、買わずに帰ってしまいます」
手を伸ばして、香水の瓶を手に取る。
「例えばこれ。香水なのに、食器の隣にある。なぜですか?」
「それは……入荷した順に並べているので」
マルクが答える。
「これからは、商品の種類ごとに区画を作ります。香水と化粧品のコーナー、食器のコーナー、文房具のコーナー、という風に」
私は店内を指差しながら説明した。
「そして、それぞれのコーナーに、分かりやすい札を立てる。お客様が迷わないように」
「なるほど……確かに、その方が探しやすい」
若い店員のトーマスが呟いた。
「でも、お嬢様」
ハンナが手を挙げる。
「そんなに色々変えて、本当に売れるようになるんでしょうか」
その声には、不安が滲んでいた。
私は彼女の目を見た。正直に言おう。
「……分かりません」
店員たちの表情が揺れる。
「私も初めてなんです。うまくいくかどうか、やってみないと分からない」
手が震えそうになる。でも、視線は逸らさなかった。
「でも、このまま何もしなければ、確実に終わります。だったら、やってみる価値はあると思いませんか?」
沈黙。
長い、長い沈黙。
そして、マルクが口を開いた。
「……分かりました。お嬢様を信じてみます」
「マルク……」
「私も、この店が好きなんです。潰れるのは嫌だ。だから、お手伝いさせてください」
他の店員たちも、一人、また一人と頷いた。
胸の奥が熱くなる。
「ありがとうございます。必ず、立て直してみせます」
その日から、店は慌ただしく動き始めた。
私は包装紙と袋のデザインを、王都の印刷職人に依頼した。ロゴ入りの看板も発注する。
店員たちは商品の整理を始めた。種類ごとに分類し、新しい配置を考える。
父は資金繰りに奔走していた。改装費用を捻出するため、できる限りの節約を試みている。
夜、自室で包装紙のサンプルを眺めた。
淡い青を基調にした上品なデザイン。ロゴが中央に輝いている。
「(……これで、本当に大丈夫かな)」
不安が胸をよぎる。
前世の知識は確かにある。でも、この世界で通用するかどうかは分からない。時代も文化も違う。
もしも失敗したら。
父も、店員たちも、全員が路頭に迷う。
「(……考えても仕方ない)」
私は包装紙を机に置いた。
やるしかない。それだけだ。
三日後、印刷職人から連絡があった。
「お嬢様、サンプルができました」
工房を訪れると、職人が誇らしげに包装紙を見せてくれた。
淡い青の上に、金色のロゴが輝いている。繊細な蔦の模様が、優雅な雰囲気を醸し出していた。
「(……綺麗)」
思わず息を呑む。
「気に入っていただけましたか?」
「完璧です。すぐに量産をお願いします」
袋と看板のサンプルも確認する。全て、イメージ通りだった。
店に戻ると、店員たちが商品の配置替えを終えていた。
店内を見回す。香水コーナー、食器コーナー、文房具コーナー。全てが整然と並んでいる。
「すごい……」
エマが目を輝かせている。
「なんだか、別の店みたいです」
「本当ね。これなら、お客様も喜んでくれそう」
ハンナも満足そうに頷いた。
私は入口の方を振り返る。古びた看板が、まだそこにあった。
「(もうすぐよ。もうすぐ、新しい看板が来る)」
そうしたら、リニューアルオープンだ。
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胸の奥で、小さな炎が燃え始めている。
これは、私の戦いの始まりだ。
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