婚約破棄された悪役令嬢、商人ギルド長とビジネスパートナーになったら溺愛されて商業帝国を築きました

チャビューヘ

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第3話:リニューアル、最初の波紋

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「看板が、届きました」

 マルクの声に、私は店の入口へ駆けた。

 職人たちが、大きな看板を運んできている。深い青の地に、金色の文字。『メゾン・ド・クラウゼン』のロゴが、朝日に輝いていた。

「綺麗……」

 エマが呟く。他の店員たちも、じっと看板を見つめている。

 職人たちが看板を取り付け始めた。古い看板が外され、新しい看板が掲げられていく。

 通りを歩く人々の足が、次々と止まる。

「あれ、クラウゼン商店が……」

「看板が変わってる」

「メゾン・ド・クラウゼン? 何だろう」

 囁き声が聞こえてくる。視線が、店に集まっている。

「(……まず、注目は集めた)」

 私は深く息を吸った。

「皆さん、準備はいいですか?」

「はい」

 店員たちが頷く。全員が新しい制服を着ていた。濃紺のエプロンに、ロゴの刺繍が入っている。

「それでは、開店します」



 扉を開けた瞬間、数人の客が入ってきた。

 好奇心に満ちた顔で、店内を見回している。

「まあ、随分変わったわね」

「商品が見やすくなってる」

 女性客が香水コーナーに向かった。手に取った香水の瓶を、目の前にかざす。

「これ、素敵ね。でも……」

 彼女の視線が、値札に向いた。少し躊躇している。

「(……やっぱり、価格への不安があるのね)」

 私はエマに目配せした。彼女が頷いて、女性客に近づく。

「お客様、本日はリニューアル記念で、お買い上げの方全員に特別なプレゼントをご用意しております」

「プレゼント?」

「はい。この小さな香り袋です」

 エマが取り出したのは、ロゴ入りの小さな布袋だった。中に、香りの良いハーブが入っている。

「まあ、可愛らしい」

 女性の表情が明るくなった。

「それに、こちらの会員証をお作りいただくと、次回から一割引きでお買い物いただけます」

「会員証?」

「はい。無料でお作りできます。お名前をご記入いただくだけで」

 これは前世で言うところのポイントカード制度だ。顧客情報を集めつつ、リピーターを増やす戦略。

「それなら……香水、いただくわ」

 女性が香水を購入した。レジでハンナが丁寧に包装する。新しい包装紙が、商品を優雅に包んでいく。

「まあ、素敵な包装!」

 女性の目が輝いた。

「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」

 女性が店を出ていく。その手には、ロゴ入りの青い袋が下がっていた。

「(……一人目)」

 胸の鼓動が早くなる。



 午後になると、客足が増えてきた。

 リニューアルの噂が、少しずつ広まっているようだ。

「ねえ、見て。あの包装紙」

「メゾン・ド・クラウゼン? 聞いたことある?」

「新しい店らしいわよ」

 店の前を通る人々が、足を止める。中を覗き込む人もいる。

 そして、また一人、店に入ってきた。

「あの……」

 若い女性だ。少し遠慮がちに、店内を見回している。

「いらっしゃいませ」

 トーマスが笑顔で迎えた。

「何かお探しですか?」

「その……友人への贈り物を」

「でしたら、こちらの紅茶はいかがでしょうか」

 トーマスが案内したのは、新しく仕入れた高級紅茶だった。

「今週限定で、五種類のブレンドからお選びいただけます」

「限定……?」

「はい。来週には別の種類に変わります」

 これも、前世の知識だ。限定という言葉は、購買意欲を刺激する。

「それなら、この花の香りがするものを」

 女性が紅茶を選んだ。

 レジで会計をする時、彼女の目が会員証の案内に留まった。

「これ、どういう制度ですか?」

「お名前とご住所を記入いただくと、次回から一割引きになります。それに、新商品の情報を優先的にお知らせします」

「まあ、それは嬉しいわ」

 彼女は会員証を作った。

「(二人目の会員)」

 私は帳簿に名前を記録した。顧客リストが、少しずつ増えていく。



 夕方、店を閉めた後。

 私たちは売上を数えた。

「今日の売上は……」

 マルクが計算している。その指が、途中で止まった。

「お嬢様。これ、本当ですか?」

「どうしたの?」

「今日の売上、先週の三日分に相当します」

 一同が息を呑んだ。

 私も帳簿を覗き込む。確かに、数字が大きい。

「それに、会員登録が十五人。これだけのリストができれば……」

「次に新商品が出た時、直接案内できますね」

 ハンナが目を輝かせた。

「本当に……効果があったんですね、お嬢様の方法」

 エマの声が弾んでいる。

 私は帳簿を閉じた。手が、少し震えている。

「(……成功した。最初の一歩は)」

 でも、これはまだ始まりに過ぎない。



 その夜、自室で数字を見直した。

 今日の売上は確かに良かった。でも、三ヶ月で借金を返すには、まだまだ足りない。

「(もっと、大きな成功が必要)」

 新商品の開発。

 もっと話題になる、革新的な商品。

 前世の知識を、もっと活かせるものは……

 窓の外を見る。王都の夜景が広がっている。

 貴族の屋敷の明かりが、星のように瞬いていた。

「(……そうだ。貴族向けの商品)」

 この世界の貴族たちは、新しいものに飢えている。

 他にはない、特別な商品。

 それを作れば……



 翌朝、店に行くと、入口に人だかりができていた。

「何事……?」

 近づくと、客たちが看板を見上げている。

「昨日、ここで買い物した友人が、包装紙が素敵だったって」

「会員になると割引があるらしいわよ」

「限定商品もあるんですって」

 開店前から、これだけの人が集まっている。

 店員たちも驚いた顔で、私を見た。

「(……口コミが、広がってる)」

 私は扉の鍵を開けた。

「皆様、お待たせいたしました。本日も、メゾン・ド・クラウゼンをよろしくお願いいたします」

 客たちが、どっと店内に入ってくる。

 レジの鈴が、次々と鳴り響いた。

 その音が、まるで勝利の合図のように聞こえる。

「(まだ終わりじゃない。でも……希望は見えた)」

 私は接客に加わった。

 店が、生き返っていく。

 この感覚を、絶対に手放さない。
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