婚約破棄された悪役令嬢、商人ギルド長とビジネスパートナーになったら溺愛されて商業帝国を築きました

チャビューヘ

文字の大きさ
4 / 10

第4話:革新の香り、貴族たちの視線

しおりを挟む
「お嬢様、これは……何を作っていらっしゃるんですか?」

 エマが不思議そうに尋ねる。

 私は店の奥の作業部屋で、様々な香料の瓶を並べていた。ラベンダー、ローズ、ジャスミン、ベルガモット。王都中の香料商から集めた原料だ。

「新しい香水よ」

「でも、香水ならもう仕入れて……」

「既存の香水じゃダメなの。他の店にはない、特別な香水が必要」

 私は小瓶にラベンダーの香料を数滴垂らした。次にローズを加える。

 鼻を近づける。

「(……うーん、違う)」

 香りのバランスが悪い。ラベンダーが強すぎる。

「失敗ね」

 瓶の中身を捨てて、また最初から。

 エマが心配そうに私を見ている。

「お手伝いできることは……」

「それなら、この香料を少しずつ混ぜて、組み合わせを試してみて。どれとどれが合うか、記録を取りながら」

「はい!」

 彼女が隣の机で作業を始めた。



 三時間後、机の上には失敗作の瓶が並んでいた。

 十五回試して、十五回失敗。

「(前世では香水なんて作ったことないんだから、当然よね……)」

 でも、諦めるわけにはいかない。

 この世界の香水は、単純に香料を混ぜただけのものが多い。香りの変化、持続時間、肌への馴染み方。そういう細かい技術が、まだ発達していない。

「(だったら、前世の知識を活かして……)」

 トップノート、ミドルノート、ベースノート。

 香水は時間とともに香りが変化する。最初に香る軽い香り、中盤の主役となる香り、最後まで残る深い香り。

 この三層構造を作れば……

「お嬢様、こちらの組み合わせはどうでしょうか」

 エマが小瓶を差し出した。

 蓋を開けると、柑橘系の爽やかな香りが広がる。その奥に、ほんのり花の香りが感じられた。

「これ、良いわね」

「本当ですか?」

 エマの顔がぱっと明るくなる。

「ええ。これをベースに、もう少し調整してみましょう」



 夕方になって、ようやく一つの香水が完成した。

 小瓶を手に取る。透明な液体が、わずかに金色に輝いている。

 手首に一滴垂らした。

 最初、ベルガモットの爽やかな香りが広がる。数秒後、ローズとジャスミンの華やかな香りが重なってくる。そして最後に、サンダルウッドの深い香りが、ほんのりと残った。

「(……できた)」

 胸の奥が熱くなる。

「エマ、嗅いでみて」

 彼女が近づいてくる。目を閉じて、香りを確かめた。

「……素敵です。今までの香水とは、全然違います」

「時間とともに香りが変わるの。朝つけて、夕方まで楽しめる香水よ」

「そんなことができるんですか?」

「ええ。これなら、貴族の方々も喜んでくれるはず」

 私は瓶をそっと机に置いた。手が震えている。

 興奮のせいか、疲労のせいか、分からない。



 翌日、店に一人の貴族女性が訪れた。

 三十代くらいだろうか。落ち着いた雰囲気の女性だ。侍女を連れている。

「こちらが、噂のメゾン・ド・クラウゼンね」

 女性が店内を見回す。視線が、商品を値踏みするように動いた。

「いらっしゃいませ」

 私が声をかけると、女性は少し驚いた顔をした。

「あら、店主の方? 随分お若いのね」

「はい。何かお探しですか?」

「特に決めていないけれど……何か珍しいものがあれば」

「(チャンスだわ)」

 私は昨日完成した香水を取り出した。

「こちら、当店でしか手に入らない特別な香水です。よろしければ、お試しいただけますか?」

 女性が手を差し出す。

 私は彼女の手首に、香水を一滴垂らした。

 女性が鼻を近づける。眉が動いた。

「……まあ」

「いかがですか?」

「これ……時間が経つと香りが変わるの?」

 女性の声に、驚きが混じっている。

「はい。朝つけると、一日中香りを楽しんでいただけます」

「初めてだわ、こんな香水」

 女性の目が、私を見た。鋭い視線だ。

「いくらで?」

「金貨三枚です」

 通常の香水の三倍の価格だ。でも、この品質なら……

「三枚ね」

 女性は即座に頷いた。

「二つ、いただくわ。自分用と、友人への贈り物に」

「ありがとうございます」

 レジで会計を済ませる。ハンナが丁寧に包装していく。

 女性が店を出る時、振り返った。

「あなた、名前は?」

「アリシア・クラウゼンと申します」

「覚えておくわ。また来ます」

 女性が去っていく。

 店員たちが、興奮した顔で私を見ている。

「お嬢様、金貨六枚ですよ!」

 トーマスが声を弾ませた。

「しかも、あの方……」

 マルクが小声で言う。

「レイシェル子爵夫人です。社交界で有名な方ですよ」

「(……ラッキーだったわ)」

 社交界の有力者に気に入られた。

 これで、噂はさらに広がる。



 三日後、店に貴族の客が増え始めた。

「レイシェル夫人が使っていた香水、あれですか?」

「社交界で話題になっているのよ」

「私も試してみたいわ」

 香水の在庫が、みるみる減っていく。

 私とエマは毎晩、香水作りに追われた。手が香料の匂いで染まる。目がかすむ。

「(……でも、売れてる)」

 帳簿を見る。香水だけで、一週間で金貨三十枚の売上だ。

 これに通常商品の売上を加えれば……

「お嬢様、すごいです」

 ハンナが帳簿を覗き込む。

「このままいけば、来月には借金の半分を返せるかもしれません」

「まだ安心はできないわ。でも……」

 私は窓の外を見た。

 店の前を、馬車が何台も通り過ぎていく。貴族の馬車だ。

「確実に、前に進んでる」



 その夜、自室で香水の新しい配合を考えていた。

 ノックの音がして、父が入ってきた。

「アリシア」

「父上」

 父の顔が、少し明るくなっている。

「今月の売上を見た。お前、本当に……」

「まだ足りません。でも、必ず立て直します」

「いや、それは分かっている。ただ……」

 父が私の手を取った。香料の匂いがする手だ。

「無理をしていないか?」

「大丈夫です」

 嘘だった。毎晩遅くまで作業して、睡眠時間は四時間ほどだ。

 でも、父には心配をかけたくない。

「お前は強い子だな」

 父がそう言って、部屋を出ていった。

 一人になると、急に疲労が押し寄せてきた。

 机に突っ伏す。目を閉じる。

「(……あと少し。あと少しだけ、頑張れば)」

 窓の外で、王都の鐘が九時を告げた。

 まだ眠るわけにはいかない。

 新しい商品のアイデアが、頭の中で渦巻いている。

 香水の次は、化粧品だ。

 貴族の女性たちは、もっと美しくなりたいと願っている。

 その願いを叶える商品を作れば……

 私は顔を上げた。

 ノートを開いて、ペンを走らせる。

 戦いは、まだ始まったばかりだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄で追放された悪役令嬢、前世の便利屋スキルで辺境開拓はじめました~王太子が後悔してももう遅い。私は私のやり方で幸せになります~

黒崎隼人
ファンタジー
名門公爵令嬢クラリスは、王太子の身勝手な断罪により“悪役令嬢”の濡れ衣を着せられ、すべてを失い辺境へ追放された。 ――だが、彼女は絶望しなかった。 なぜなら彼女には、前世で「何でも屋」として培った万能スキルと不屈の心があったから! 「王妃にはなれなかったけど、便利屋にはなれるわ」 これは、一人の追放令嬢が、その手腕ひとつで人々の信頼を勝ち取り、仲間と出会い、やがて国さえも動かしていく、痛快で心温まる逆転お仕事ファンタジー。 さあ、便利屋クラリスの最初の依頼は、一体なんだろうか?

悪役令嬢は廃墟農園で異世界婚活中!~離婚したら最強農業スキルで貴族たちが求婚してきますが、元夫が邪魔で困ってます~

黒崎隼人
ファンタジー
「君との婚約を破棄し、離婚を宣言する!」 皇太子である夫から突きつけられた突然の別れ。 悪役令嬢の濡れ衣を着せられ追放された先は、誰も寄りつかない最果ての荒れ地だった。 ――最高の農業パラダイスじゃない! 前世の知識を活かし、リネットの農業革命が今、始まる! 美味しい作物で村を潤し、国を救い、気づけば各国の貴族から求婚の嵐!? なのに、なぜか私を捨てたはずの元夫が、いつも邪魔ばかりしてくるんですけど! 「離婚から始まる、最高に輝く人生!」 農業スキル全開で国を救い、不器用な元夫を振り回す、痛快!逆転ラブコメディ!

追放された悪役令嬢、規格外魔力でもふもふ聖獣を手懐け隣国の王子に溺愛される

黒崎隼人
ファンタジー
「ようやく、この息苦しい生活から解放される!」 無実の罪で婚約破棄され、国外追放を言い渡された公爵令嬢エレオノーラ。しかし彼女は、悲しむどころか心の中で歓喜の声をあげていた。完璧な淑女の仮面の下に隠していたのは、国一番と謳われた祖母譲りの規格外な魔力。追放先の「魔の森」で力を解放した彼女の周りには、伝説の聖獣グリフォンをはじめ、可愛いもふもふ達が次々と集まってきて……!? 自由気ままなスローライフを満喫する元悪役令嬢と、彼女のありのままの姿に惹かれた「氷の王子」。二人の出会いが、やがて二つの国の運命を大きく動かすことになる。 窮屈な世界から解き放たれた少女が、本当の自分と最高の幸せを見つける、溺愛と逆転の異世界ファンタジー、ここに開幕!

トカゲ令嬢とバカにされて聖女候補から外され辺境に追放されましたが、トカゲではなく龍でした。

克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。 「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。  リバコーン公爵家の長女ソフィアは、全貴族令嬢10人の1人の聖獣持ちに選ばれたが、その聖獣がこれまで誰も持ったことのない小さく弱々しいトカゲでしかなかった。それに比べて側室から生まれた妹は有名な聖獣スフィンクスが従魔となった。他にもグリフォンやペガサス、ワイバーンなどの実力も名声もある従魔を従える聖女がいた。リバコーン公爵家の名誉を重んじる父親は、ソフィアを正室の領地に追いやり第13王子との婚約も辞退しようとしたのだが……  王立聖女学園、そこは爵位を無視した弱肉強食の競争社会。だがどれだけ努力しようとも神の気紛れで全てが決められてしまう。まず従魔が得られるかどうかで貴族令嬢に残れるかどうかが決まってしまう。

無能と追放された鑑定士、実は物の情報を書き換える神スキル【神の万年筆】の持ち主だったので、辺境で楽園国家を創ります!

黒崎隼人
ファンタジー
「お前はもう用済みだ」――勇者パーティーの【鑑定士】リアムは、戦闘能力の低さを理由に、仲間と婚約者から無一文で追放された。全てを失い、流れ着いたのは寂れた辺境の村。そこで彼は自らのスキルの真価に気づく。物の情報を見るだけの【鑑定】は、実は万物の情報を書き換える神のスキル【神の万年筆】だったのだ! 「ただの石」を「最高品質のパン」に、「痩せた土地」を「豊穣な大地」に。奇跡の力で村を豊かにし、心優しい少女リーシャとの絆を育むリアム。やがて彼の村は一つの国家として世界に名を轟かせる。一方、リアムを失った勇者パーティーは転落の一途をたどっていた。今さら戻ってこいと泣きついても、もう遅い! 無能と蔑まれた青年が、世界を創り変える伝説の王となる、痛快成り上がりファンタジー、ここに開幕!

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

「お前の代わりはいる」と追放された俺の【万物鑑定】は、実は世界の真実を見抜く【真理の瞳】でした。最高の仲間と辺境で理想郷を創ります

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の代わりはいくらでもいる。もう用済みだ」――勇者パーティーで【万物鑑定】のスキルを持つリアムは、戦闘に役立たないという理由で装備も金もすべて奪われ追放された。 しかし仲間たちは知らなかった。彼のスキルが、物の価値から人の秘めたる才能、土地の未来までも見通す超絶チート能力【真理の瞳】であったことを。 絶望の淵で己の力の真価に気づいたリアムは、辺境の寂れた街で再起を決意する。気弱なヒーラー、臆病な獣人の射手……世間から「無能」の烙印を押された者たちに眠る才能の原石を次々と見出し、最高の仲間たちと共にギルド「方舟(アーク)」を設立。彼らが輝ける理想郷をその手で創り上げていく。 一方、有能な鑑定士を失った元パーティーは急速に凋落の一途を辿り……。 これは不遇職と蔑まれた一人の男が最高の仲間と出会い、世界で一番幸福な場所を創り上げる、爽快な逆転成り上がりファンタジー!

処理中です...