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第4話:革新の香り、貴族たちの視線
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「お嬢様、これは……何を作っていらっしゃるんですか?」
エマが不思議そうに尋ねる。
私は店の奥の作業部屋で、様々な香料の瓶を並べていた。ラベンダー、ローズ、ジャスミン、ベルガモット。王都中の香料商から集めた原料だ。
「新しい香水よ」
「でも、香水ならもう仕入れて……」
「既存の香水じゃダメなの。他の店にはない、特別な香水が必要」
私は小瓶にラベンダーの香料を数滴垂らした。次にローズを加える。
鼻を近づける。
「(……うーん、違う)」
香りのバランスが悪い。ラベンダーが強すぎる。
「失敗ね」
瓶の中身を捨てて、また最初から。
エマが心配そうに私を見ている。
「お手伝いできることは……」
「それなら、この香料を少しずつ混ぜて、組み合わせを試してみて。どれとどれが合うか、記録を取りながら」
「はい!」
彼女が隣の机で作業を始めた。
三時間後、机の上には失敗作の瓶が並んでいた。
十五回試して、十五回失敗。
「(前世では香水なんて作ったことないんだから、当然よね……)」
でも、諦めるわけにはいかない。
この世界の香水は、単純に香料を混ぜただけのものが多い。香りの変化、持続時間、肌への馴染み方。そういう細かい技術が、まだ発達していない。
「(だったら、前世の知識を活かして……)」
トップノート、ミドルノート、ベースノート。
香水は時間とともに香りが変化する。最初に香る軽い香り、中盤の主役となる香り、最後まで残る深い香り。
この三層構造を作れば……
「お嬢様、こちらの組み合わせはどうでしょうか」
エマが小瓶を差し出した。
蓋を開けると、柑橘系の爽やかな香りが広がる。その奥に、ほんのり花の香りが感じられた。
「これ、良いわね」
「本当ですか?」
エマの顔がぱっと明るくなる。
「ええ。これをベースに、もう少し調整してみましょう」
夕方になって、ようやく一つの香水が完成した。
小瓶を手に取る。透明な液体が、わずかに金色に輝いている。
手首に一滴垂らした。
最初、ベルガモットの爽やかな香りが広がる。数秒後、ローズとジャスミンの華やかな香りが重なってくる。そして最後に、サンダルウッドの深い香りが、ほんのりと残った。
「(……できた)」
胸の奥が熱くなる。
「エマ、嗅いでみて」
彼女が近づいてくる。目を閉じて、香りを確かめた。
「……素敵です。今までの香水とは、全然違います」
「時間とともに香りが変わるの。朝つけて、夕方まで楽しめる香水よ」
「そんなことができるんですか?」
「ええ。これなら、貴族の方々も喜んでくれるはず」
私は瓶をそっと机に置いた。手が震えている。
興奮のせいか、疲労のせいか、分からない。
翌日、店に一人の貴族女性が訪れた。
三十代くらいだろうか。落ち着いた雰囲気の女性だ。侍女を連れている。
「こちらが、噂のメゾン・ド・クラウゼンね」
女性が店内を見回す。視線が、商品を値踏みするように動いた。
「いらっしゃいませ」
私が声をかけると、女性は少し驚いた顔をした。
「あら、店主の方? 随分お若いのね」
「はい。何かお探しですか?」
「特に決めていないけれど……何か珍しいものがあれば」
「(チャンスだわ)」
私は昨日完成した香水を取り出した。
「こちら、当店でしか手に入らない特別な香水です。よろしければ、お試しいただけますか?」
女性が手を差し出す。
私は彼女の手首に、香水を一滴垂らした。
女性が鼻を近づける。眉が動いた。
「……まあ」
「いかがですか?」
「これ……時間が経つと香りが変わるの?」
女性の声に、驚きが混じっている。
「はい。朝つけると、一日中香りを楽しんでいただけます」
「初めてだわ、こんな香水」
女性の目が、私を見た。鋭い視線だ。
「いくらで?」
「金貨三枚です」
通常の香水の三倍の価格だ。でも、この品質なら……
「三枚ね」
女性は即座に頷いた。
「二つ、いただくわ。自分用と、友人への贈り物に」
「ありがとうございます」
レジで会計を済ませる。ハンナが丁寧に包装していく。
女性が店を出る時、振り返った。
「あなた、名前は?」
「アリシア・クラウゼンと申します」
「覚えておくわ。また来ます」
女性が去っていく。
店員たちが、興奮した顔で私を見ている。
「お嬢様、金貨六枚ですよ!」
トーマスが声を弾ませた。
「しかも、あの方……」
マルクが小声で言う。
「レイシェル子爵夫人です。社交界で有名な方ですよ」
「(……ラッキーだったわ)」
社交界の有力者に気に入られた。
これで、噂はさらに広がる。
三日後、店に貴族の客が増え始めた。
「レイシェル夫人が使っていた香水、あれですか?」
「社交界で話題になっているのよ」
「私も試してみたいわ」
香水の在庫が、みるみる減っていく。
私とエマは毎晩、香水作りに追われた。手が香料の匂いで染まる。目がかすむ。
「(……でも、売れてる)」
帳簿を見る。香水だけで、一週間で金貨三十枚の売上だ。
これに通常商品の売上を加えれば……
「お嬢様、すごいです」
ハンナが帳簿を覗き込む。
「このままいけば、来月には借金の半分を返せるかもしれません」
「まだ安心はできないわ。でも……」
私は窓の外を見た。
店の前を、馬車が何台も通り過ぎていく。貴族の馬車だ。
「確実に、前に進んでる」
その夜、自室で香水の新しい配合を考えていた。
ノックの音がして、父が入ってきた。
「アリシア」
「父上」
父の顔が、少し明るくなっている。
「今月の売上を見た。お前、本当に……」
「まだ足りません。でも、必ず立て直します」
「いや、それは分かっている。ただ……」
父が私の手を取った。香料の匂いがする手だ。
「無理をしていないか?」
「大丈夫です」
嘘だった。毎晩遅くまで作業して、睡眠時間は四時間ほどだ。
でも、父には心配をかけたくない。
「お前は強い子だな」
父がそう言って、部屋を出ていった。
一人になると、急に疲労が押し寄せてきた。
机に突っ伏す。目を閉じる。
「(……あと少し。あと少しだけ、頑張れば)」
窓の外で、王都の鐘が九時を告げた。
まだ眠るわけにはいかない。
新しい商品のアイデアが、頭の中で渦巻いている。
香水の次は、化粧品だ。
貴族の女性たちは、もっと美しくなりたいと願っている。
その願いを叶える商品を作れば……
私は顔を上げた。
ノートを開いて、ペンを走らせる。
戦いは、まだ始まったばかりだ。
エマが不思議そうに尋ねる。
私は店の奥の作業部屋で、様々な香料の瓶を並べていた。ラベンダー、ローズ、ジャスミン、ベルガモット。王都中の香料商から集めた原料だ。
「新しい香水よ」
「でも、香水ならもう仕入れて……」
「既存の香水じゃダメなの。他の店にはない、特別な香水が必要」
私は小瓶にラベンダーの香料を数滴垂らした。次にローズを加える。
鼻を近づける。
「(……うーん、違う)」
香りのバランスが悪い。ラベンダーが強すぎる。
「失敗ね」
瓶の中身を捨てて、また最初から。
エマが心配そうに私を見ている。
「お手伝いできることは……」
「それなら、この香料を少しずつ混ぜて、組み合わせを試してみて。どれとどれが合うか、記録を取りながら」
「はい!」
彼女が隣の机で作業を始めた。
三時間後、机の上には失敗作の瓶が並んでいた。
十五回試して、十五回失敗。
「(前世では香水なんて作ったことないんだから、当然よね……)」
でも、諦めるわけにはいかない。
この世界の香水は、単純に香料を混ぜただけのものが多い。香りの変化、持続時間、肌への馴染み方。そういう細かい技術が、まだ発達していない。
「(だったら、前世の知識を活かして……)」
トップノート、ミドルノート、ベースノート。
香水は時間とともに香りが変化する。最初に香る軽い香り、中盤の主役となる香り、最後まで残る深い香り。
この三層構造を作れば……
「お嬢様、こちらの組み合わせはどうでしょうか」
エマが小瓶を差し出した。
蓋を開けると、柑橘系の爽やかな香りが広がる。その奥に、ほんのり花の香りが感じられた。
「これ、良いわね」
「本当ですか?」
エマの顔がぱっと明るくなる。
「ええ。これをベースに、もう少し調整してみましょう」
夕方になって、ようやく一つの香水が完成した。
小瓶を手に取る。透明な液体が、わずかに金色に輝いている。
手首に一滴垂らした。
最初、ベルガモットの爽やかな香りが広がる。数秒後、ローズとジャスミンの華やかな香りが重なってくる。そして最後に、サンダルウッドの深い香りが、ほんのりと残った。
「(……できた)」
胸の奥が熱くなる。
「エマ、嗅いでみて」
彼女が近づいてくる。目を閉じて、香りを確かめた。
「……素敵です。今までの香水とは、全然違います」
「時間とともに香りが変わるの。朝つけて、夕方まで楽しめる香水よ」
「そんなことができるんですか?」
「ええ。これなら、貴族の方々も喜んでくれるはず」
私は瓶をそっと机に置いた。手が震えている。
興奮のせいか、疲労のせいか、分からない。
翌日、店に一人の貴族女性が訪れた。
三十代くらいだろうか。落ち着いた雰囲気の女性だ。侍女を連れている。
「こちらが、噂のメゾン・ド・クラウゼンね」
女性が店内を見回す。視線が、商品を値踏みするように動いた。
「いらっしゃいませ」
私が声をかけると、女性は少し驚いた顔をした。
「あら、店主の方? 随分お若いのね」
「はい。何かお探しですか?」
「特に決めていないけれど……何か珍しいものがあれば」
「(チャンスだわ)」
私は昨日完成した香水を取り出した。
「こちら、当店でしか手に入らない特別な香水です。よろしければ、お試しいただけますか?」
女性が手を差し出す。
私は彼女の手首に、香水を一滴垂らした。
女性が鼻を近づける。眉が動いた。
「……まあ」
「いかがですか?」
「これ……時間が経つと香りが変わるの?」
女性の声に、驚きが混じっている。
「はい。朝つけると、一日中香りを楽しんでいただけます」
「初めてだわ、こんな香水」
女性の目が、私を見た。鋭い視線だ。
「いくらで?」
「金貨三枚です」
通常の香水の三倍の価格だ。でも、この品質なら……
「三枚ね」
女性は即座に頷いた。
「二つ、いただくわ。自分用と、友人への贈り物に」
「ありがとうございます」
レジで会計を済ませる。ハンナが丁寧に包装していく。
女性が店を出る時、振り返った。
「あなた、名前は?」
「アリシア・クラウゼンと申します」
「覚えておくわ。また来ます」
女性が去っていく。
店員たちが、興奮した顔で私を見ている。
「お嬢様、金貨六枚ですよ!」
トーマスが声を弾ませた。
「しかも、あの方……」
マルクが小声で言う。
「レイシェル子爵夫人です。社交界で有名な方ですよ」
「(……ラッキーだったわ)」
社交界の有力者に気に入られた。
これで、噂はさらに広がる。
三日後、店に貴族の客が増え始めた。
「レイシェル夫人が使っていた香水、あれですか?」
「社交界で話題になっているのよ」
「私も試してみたいわ」
香水の在庫が、みるみる減っていく。
私とエマは毎晩、香水作りに追われた。手が香料の匂いで染まる。目がかすむ。
「(……でも、売れてる)」
帳簿を見る。香水だけで、一週間で金貨三十枚の売上だ。
これに通常商品の売上を加えれば……
「お嬢様、すごいです」
ハンナが帳簿を覗き込む。
「このままいけば、来月には借金の半分を返せるかもしれません」
「まだ安心はできないわ。でも……」
私は窓の外を見た。
店の前を、馬車が何台も通り過ぎていく。貴族の馬車だ。
「確実に、前に進んでる」
その夜、自室で香水の新しい配合を考えていた。
ノックの音がして、父が入ってきた。
「アリシア」
「父上」
父の顔が、少し明るくなっている。
「今月の売上を見た。お前、本当に……」
「まだ足りません。でも、必ず立て直します」
「いや、それは分かっている。ただ……」
父が私の手を取った。香料の匂いがする手だ。
「無理をしていないか?」
「大丈夫です」
嘘だった。毎晩遅くまで作業して、睡眠時間は四時間ほどだ。
でも、父には心配をかけたくない。
「お前は強い子だな」
父がそう言って、部屋を出ていった。
一人になると、急に疲労が押し寄せてきた。
机に突っ伏す。目を閉じる。
「(……あと少し。あと少しだけ、頑張れば)」
窓の外で、王都の鐘が九時を告げた。
まだ眠るわけにはいかない。
新しい商品のアイデアが、頭の中で渦巻いている。
香水の次は、化粧品だ。
貴族の女性たちは、もっと美しくなりたいと願っている。
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