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影の都と追跡劇は、記録されていた
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【帝国宮廷官報 号外 帝国歴四〇三年 冬 第一の月 18日】
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皇帝陛下・皇后殿下、静養延長のお知らせ
皇帝ジークハルト陛下と皇后ティアラ殿下は、ご健康上の理由により、静養を延長される運びとなりました。
なお、ご滞在先については非公開とさせていただきます。
国政については、摂政会議が引き続き代行いたします。
臣民の皆様におかれましては、両陛下のご回復を祈念いただきますようお願い申し上げます。
帝国宮廷府
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日】
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静養の延長。
表向きはそうなっている。
実際は、闇国への潜入が続いているだけだ。
ラスヴェーダでの工作を終え、我々は闇国の首都ノクターナへ向かった。
別名「影の都」。
常に薄暗く、太陽が直接差すことのない、谷間に作られた都市だ。
旦那様は「観光」だと思っている。
いや、思っているふりをしているのか。
最近、判断がつかなくなってきた。
奥様の方は、相変わらずだ。
微笑みながら、地獄を準備している。
胃薬の残りは、あと一日分。
女神よ、どうか私を守りたまえ。
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【映像ログ007-A 闇国国境検問所 同日 午前9:23】
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送信元:偵察型ゴーレム(金属の蝶)
記録範囲:検問所およびその周辺
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(映像開始)
国境の検問所は、岩壁に刻まれた巨大な門だった。
門の両脇に、黒い鎧を纏った兵士が立っている。
彼らの目は、入国者を値踏みするように見つめていた。
一台の馬車が、門の前で停まった。
扉が開く。
降りてきたのは、眼鏡をかけた銀髪の男と、蜂蜜色の髪の女。
そして、疲れた顔の執事と、虚ろな目の黒髪の女。
「入国目的は」
検問官が、書類を見ながら問う。
「観光だ。妻と新婚旅行でな」
銀髪の男──ジークハルトが答えた。
いつもの皇帝口調ではなく、商人風の砕けた物言いだ。
「ジーク・シルバーマン……商業連合の宝石商か」
検問官が書類を確認する。
「ああ。影の都の工芸品に興味がある」
「宝石商が、わざわざ闇国まで?」
「妻が見たいと言うのでな」
ジークハルトは、隣のティアラを見た。
「ねえ、あなた。早く入りたいですわ」
ティアラが、腕に絡みついた。
甘えるような声。
演技とは思えないほど自然だ。
「……熱々だな」
検問官が、呆れたように呟いた。
「通っていい。ただし、夜の路地には気をつけろ。この都では、影に目があるからな」
「忠告感謝する」
ジークハルトが軽く頭を下げる。
馬車が、門をくぐった。
(映像継続)
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門を抜けた瞬間、世界が変わった。
薄暗い。
空を見上げても、太陽は岩壁に遮られて見えない。
代わりに、青白い魔導灯が街を照らしている。
建物は黒を基調とし、影に溶け込むような構造。
通りを行く人々の服も、暗い色が多い。
「……暗いな」
ジークハルトが、窓の外を見ながら呟いた。
「太陽が恋しくなりそうだ」
「でも、綺麗ですわ」
ティアラが、彼の腕を取った。
「幻想的……まるで、夢の中にいるみたい」
彼女の翠色の瞳が、青白い光を映していた。
……そう、夢の中。
ここは、悪夢を見る者たちの都。
禁忌の呪詛を生み出し、偽装映像の技術を売り、逃亡者を匿う場所。
ティアラの唇が、かすかに動いた。
声にはならなかったが、読唇できる者がいれば、こう読めただろう。
「隠れるには、最適な場所ですわね」
(画面隅に小窓が現れる:馬車の屋根──金属の蝶が、静かに羽を休めている)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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影の都ノクターナ。
噂には聞いていたが、実際に来ると異様な空気を感じる。
街全体が、薄闇に包まれている。
太陽光が届かないため、住民は魔導灯に頼って生活しているらしい。
そのせいか、肌の白い者が多い。
目も、光に慣れていないのか、細められている。
旦那様は「暗い」と文句を言いながらも、奥様の手を離さない。
足元が危ないから、という理由で。
……お忍びなのに、手を繋いで歩くのは目立つと思うのだが。
まあ、今さらだ。
ルシア嬢は、相変わらず虚ろな目で案内役を務めている。
仕事は完璧だが、時折ティアラ嬢の方を見て、ビクッと震えている。
何をされたのか、聞きたくない。
聞いてはいけない。
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【映像ログ007-B ノクターナ中央市場 同日 午後2:15】
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中央市場は、意外にも活気があった。
青白い魔導灯の下、様々な露店が並んでいる。
売られているのは、この国特産の品々だ。
「これは……影織りの布ですか?」
ティアラが、一軒の露店の前で足を止めた。
店主が広げた布は、黒でも灰色でもない、不思議な色をしていた。
見る角度によって、濃淡が変わる。
まるで影そのものを織り込んだかのような。
「お目が高い。これは上物だ。普通の影織りより、三倍も手間がかかる」
「まあ、素敵」
ティアラの目が輝いた。
ジークハルトが、財布を取り出そうとした。
「全部──」
「荷物になりますわ、あなた」
ティアラが、すかさず彼の手を止めた。
「一枚だけ、いただきましょう」
「……一枚でいいのか?」
「ええ。他にも見たいものがありますもの」
店主が、ほっとした顔をした。
「全部」と言われたら、在庫がなくなるところだった。
(場面転換)
隣の露店では、光る果実が売られていた。
暗い場所でほんのりと光を放つ、ノクターナ特産のフルーツだ。
名前は「月光梨」。
皮が薄く、果汁が多い。
「試食いかがですか」
店主が、切り分けた果実を差し出した。
ジークハルトが、一切れを手に取った。
そして、当然のようにティアラの口元へ運ぶ。
「あ、あなた……人前ですわ」
「妻に食べさせて何が悪い」
「……っ」
ティアラの頬が、魔導灯の青白い光の中でもわかるほど赤くなった。
仕方なく、果実を口にする。
「……甘い」
「ああ。これは美味いな」
ジークハルトも、自分の分を口にした。
「十個くれ」
「ありがとうございます」
今度は、ティアラも止めなかった。
果物なら、荷物になっても食べられる。
(画面隅に小窓が現れる:ルシアが離れた場所から二人を見ている。その目には、複雑な感情が浮かんでいた)
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【音声ログ007-C 試着室内 同日 午後3:42】
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送信元:偵察型ゴーレム(金属の蝶)
記録範囲:音声のみ
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(音声開始)
カーテンを引く音。
衣擦れの音。
──キィン。
小さな共鳴音。
金属の蝶が、報告を始めた合図だ。
「ご報告いたします」
機械的な女性の声。
蝶に記録された音声だ。
「目標確認。北の塔、最上階。結界反応あり」
「……」
沈黙。
ティアラが、聞いている。
「映像を送信します」
間。
そして──
「見つけましたわ」
ティアラの声。
穏やかだが、どこか冷たい。
「ネズミの巣穴」
衣擦れの音。
着替えを続けているらしい。
「北の塔の警備状況は?」
「外周に警備兵十二名。内部は不明。結界により侵入不可」
「結界の種類は?」
「分析中。高位の防護結界と推定」
間。
「……闇国の王族が保護している、ということですわね」
ティアラの声に、かすかな笑みが混じった。
「マリア様、随分と上手く取り入ったようで」
カーテンが揺れる音。
「でも、それも今日までですわ」
足音。
試着室から出ようとしている。
「偵察を継続。次の報告は、日没後に」
「了解いたしました」
キィン。
通信終了の音。
カーテンを開ける音。
「お待たせしました、あなた」
声のトーンが、一瞬で変わった。
甘く、柔らかく。
まるで別人のように。
「この服、似合いますかしら?」
(音声終了)
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【映像ログ007-D 北地区の路地 同日 午後5:03】
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夕方──と言っても、この街では昼も夜も大差ない──になると、街の雰囲気が変わった。
人通りが減り、魔導灯の光が一層青白く感じられる。
「少し歩こうか」
ジークハルトが、ティアラの手を取った。
「案内役は……」
「ルシア様は、宿で荷物の整理をしていただいていますわ」
ティアラが、にっこりと笑った。
「お二人きりで、散歩しましょう」
執事役のハインリヒは、遠くから見守る形となった。
二人は、北地区へと足を向けた。
観光客が少なく、地元民が多いエリアだ。
路地を歩く。
建物と建物の間は狭く、影が濃い。
その時──
影が、動いた。
(映像が乱れる)
「……っ」
ティアラが、足を滑らせた。
いや、滑らせたように見せた。
彼女の踵が、何もない空間を蹴り抜く。
「ぐっ……!」
影から、人の形が浮かび上がった。
黒い布で顔を覆った男。
足首を押さえ、うずくまっている。
「あら、大丈夫ですか?」
ティアラが、心配そうに声をかけた。
「石に躓いてしまいましたわ。お怪我は?」
「……」
男は、何も言わずに影に溶け込んでいった。
「どうした?」
ジークハルトが、振り返った。
「いいえ、何でもありませんわ。少し躓いただけですの」
「足元が暗いからな。もっとしっかり掴まれ」
彼は、ティアラの腰に手を回した。
「これで安心だ」
「あ、あなた……恥ずかしいですわ」
「何がだ。夫婦だろう」
二人は、そのまま歩き続けた。
(画面隅に小窓が現れる:路地の陰──うずくまった男が、別の黒い影に引きずられていく)
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【同時刻 北地区の別の路地】
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(映像:別角度の偵察ゴーレムより)
二人が歩く路地の、一本隣。
三人の黒い影が、屋根から屋根へと移動していた。
「獲物だ」
「金持ちの観光客。しかも、無警戒」
「やるか」
三人は、飛び降りた。
──正確には、飛び降りようとした。
その瞬間、彼らの前に巨大な影が立ちはだかった。
「ん?」
ジークハルトだった。
いつの間にか、路地の角に立っている。
その手には、何もない。
しかし、その存在感は──
「虫か」
彼は、右手を軽く振った。
ただ、それだけ。
ゴッ!
衝撃波が走った。
三人の暗殺者が、まとめて吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、動かなくなった。
「あなた?」
ティアラの声が、背後から聞こえた。
「何かいましたか?」
「いや、虫を払っただけだ」
ジークハルトは、振り返った。
「この街は、虫が多いな」
「そうですわね……気をつけませんと」
ティアラは、微笑んだ。
その目が、一瞬だけ壁際を見た。
動かなくなった三人の影を。
そして、何事もなかったかのように、夫の腕を取った。
「北の塔が見えますわ。行ってみましょう」
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
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虫を払う。
旦那様は、そう言った。
実際に払ったのは、三人の暗殺者だった。
おそらく、この街の裏組織の人間だろう。
金持ちの観光客を狙った、ただの強盗。
彼らは今、路地裏で気を失っている。
命があるだけ、幸運だと思うべきだ。
問題は、奥様の方だ。
私は見た。
あの瞬間、奥様の踵が「偶然」暗殺者の足首を蹴り抜いたのを。
そして、旦那様が「虫を払う」前に、既に一人が無力化されていたことを。
二人とも、襲撃に気づいていた。
そして、気づいていないふりをしていた。
……恐ろしい夫婦だ。
いや、むしろ似合いなのかもしれない。
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【映像ログ007-E 北の塔周辺 同日 午後5:47】
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北の塔は、街の北端にそびえていた。
黒い石で作られた、細長い建造物。
最上階には、窓が一つだけ。
そこから、青白い光が漏れている。
「立派な塔ですわね」
ティアラが、見上げながら言った。
「眺めが良さそうですわ」
「入ってみるか?」
ジークハルトが、門の方を見た。
「いいえ。観光客は入れないようですもの」
塔の門には、黒い鎧の兵士が立っていた。
表情は見えないが、近づく者を警戒している。
「残念ですわ」
ティアラは、そう言いながら──
彼女の手が、さりげなく塔の石壁に触れた。
一瞬だけ、指先が光った。
「……?」
ジークハルトが、不審そうに見た。
「どうかしましたか、あなた」
「いや……今、何か光ったような」
「魔導灯の反射ではありませんか?」
ティアラは、にっこりと笑った。
「さあ、戻りましょう。日が暮れますわ」
「日は最初から暮れているだろう、この街は」
「まあ、それもそうですわね」
彼女は、夫の腕を取った。
その背後で──
塔の窓から、一人の女が外を覗いていた。
純白のドレス。
柔らかな金髪。
しかし、その表情は──
恐怖に歪んでいた。
「……嘘」
マリアの唇が、震えていた。
「なぜ……なぜ、あの女がここに……!」
彼女は、窓から身を引いた。
しかし、もう遅い。
塔の壁には、見えない印が刻まれていた。
追跡の魔術。
どこへ逃げても、ティアラには分かる。
(画面下部に魔導文字が浮かぶ:【北の塔──闇国貴族の私邸。一般入場不可】)
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【闇国ノクターナ 北の塔 最上階 同時刻】
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(映像:室内の固定記録装置より)
部屋は、豪華だった。
黒檀の家具、銀の燭台、絹のカーテン。
一見すれば、貴族の客室にふさわしい。
しかし、よく見れば──
窓には鉄格子。
扉の外には、常に見張り。
「保護」という名の、監禁だった。
「落ち着きなさい、マリア」
部屋の隅で、黒いローブの男が言った。
闇国の貴族、ヴェルナー伯爵。
マリアを「保護」している人物だ。
「あ、あの女が……ティアラが来たのです!」
「知っている。報告は受けた」
「でしたら、なぜ平然としているのです!?」
「騒ぐな」
伯爵の声が、冷たくなった。
「あの女は、ただの観光客だ。お前を探しに来たとは限らない」
「偶然? 偶然がこんなに重なると思いますか!?」
マリアは、窓から離れられなかった。
しかし、覗くこともできない。
「あの女は……あの女は、悪魔です。フローレンスを滅ぼした張本人です」
「フローレンスを滅ぼしたのは、お前の失態だろう」
伯爵の言葉に、マリアが凍りついた。
「偽装映像の作戦は、こちらが提供した技術だ。それを、あんな形で暴露されるとは思わなかったがな」
「あ、あれは……」
「言い訳は聞きたくない」
伯爵は、立ち上がった。
「お前を匿っているのは、まだ使い道があると思っているからだ。しかし、その判断を改める時が来たかもしれん」
「……!」
マリアの顔が、蒼白になった。
「お、お待ちください! 私には、まだ価値があります! 聖女の血は──」
「聖女?」
伯爵が、冷笑した。
「偽装映像で素顔を晒された女が、まだ聖女を名乗るのか」
「……っ」
「まあいい。しばらくは様子を見る。お前は、この部屋から出るな」
伯爵は、扉に向かった。
「逃げようとするなよ。お前の居場所は、この塔の中だけだ」
扉が閉まった。
鍵がかかる音が響いた。
マリアは、その場に崩れ落ちた。
「……なぜ」
彼女の目から、涙がこぼれた。
「なぜ、私ばかりこんな目に……」
しかし、その涙は──
すぐに乾いた。
「……殺してやる」
彼女の声が、変わった。
「ティアラ……あの女を……絶対に、殺してやる……!」
その目には、狂気が宿っていた。
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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
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【定期】陛下近況報告スレ 第42板
1:名無しの帝国民
静養延長のお知らせ来たな
2:名無しの帝国民
まだ休んでるのか
3:名無しの帝国民
>>2
新婚旅行だろ、察しろ
4:名無しの帝国民
帝国は摂政会議が回してるし問題ないだろ
5:名無しの帝国民
むしろ陛下不在の方が政務がスムーズという説
6:名無しの帝国民
>>5
それはある
陛下、政務の半分を「くだらん」で却下するし
7:名無しの帝国民
どこに行ってるんだろな
8:名無しの帝国民
>>7
商業連合って噂
9:名無しの帝国民
ラスヴェーダか?
10:名無しの帝国民
>>9
いや、そこはもう離れたらしい
次はどこだろ
11:名無しの帝国民
闇国とか?
12:名無しの帝国民
>>11
まさか
陛下が闇国に行く理由ないだろ
13:名無しの帝国民
でもティアラ様、闇国に恨みありそうじゃね
14:名無しの帝国民
>>13
偽装映像の件か
15:名無しの帝国民
マリアに技術提供したのが闇国だもんな
16:名無しの帝国民
もし陛下が闇国に行ってたら……
17:名無しの帝国民
>>16
観光(意味深)
18:名無しの帝国民
森生える
19:名無しの帝国民
闇国さん、大丈夫かな
20:名無しの帝国民
>>19
知らん
自業自得だろ
21:名無しの帝国民
それより飯テロ映像の更新はまだか
22:名無しの帝国民
>>21
そっちかよ
23:名無しの帝国民
腹減った
24:名無しの帝国民
闇国の食い物ってどうなんだろ
25:名無しの帝国民
>>24
光る果物があるらしい
26:名無しの帝国民
食えるの?
27:名無しの帝国民
>>26
美味いらしい
28:名無しの帝国民
陛下がティアラ様に「あーん」するとこ想像してしまった
29:名無しの帝国民
>>28
やってそう
30:名無しの帝国民
絶対やってる
31:名無しの帝国民
映像はよ
32:名無しの帝国民
>>31
これ
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【映像ログ007-F 高級宿「永遠の黄昏」・スイートルーム 同日 夜】
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宿の部屋は、闇国らしい内装だった。
黒を基調とした壁、銀の装飾、青白い魔導灯。
しかし、寝具は上質で、窓からは街の夜景が見える。
ティアラは、窓辺に立っていた。
青白い光に照らされた横顔。
その目は、遠くを見つめている。
「何を見ている」
ジークハルトが、背後から近づいた。
「……街ですわ」
ティアラは、振り返らなかった。
「綺麗ですわね。こんなに暗いのに」
「お前の方が綺麗だ」
彼の腕が、後ろから彼女を抱きしめた。
「あ……陛下」
「陛下、か」
ジークハルトの声に、かすかな笑みが混じった。
「お忍びはどうした」
「……部屋の中ですもの。呼び方くらい、戻させてくださいませ」
「そうか」
彼は、彼女を抱きしめたまま、窓の外を見た。
「……ティアラ」
「はい」
「今日、北の塔で何をした」
ティアラの体が、かすかに強張った。
「……何のことでしょう」
「壁に触れた時、光っただろう」
「魔導灯の反射だと──」
「嘘が下手だな」
ジークハルトの声は、責めるものではなかった。
むしろ、穏やかだった。
「……」
ティアラは、沈黙した。
「余は気づいている」
彼は、彼女の髪に顔を埋めた。
「お前が、この旅で何かを企んでいることを」
「……陛下」
「言わなくていい」
彼の腕に、力がこもった。
「お前がやることなら、余は全て受け入れる。それが、どんなに血なまぐさいことでも」
「……っ」
「お前は、余のために動いているのだろう?」
ティアラの目から、涙がこぼれた。
「……はい」
彼女の声が、震えていた。
「陛下を傷つけた者を、許せないのです。帝国を脅かした者を、許せないのです」
「知っている」
「私は……汚いことも、やりますわ。陛下が嫌う、卑怯な手も」
「知っている」
ジークハルトは、彼女を振り向かせた。
涙を流す彼女の顔を、両手で包む。
「それでも、余はお前を愛している」
彼の目は、真っ直ぐだった。
「お前の全てを。光も、影も」
「……陛下……」
「だから、泣くな」
彼は、彼女の涙を親指で拭った。
「お前が何をしても、余は味方だ。それだけは、忘れるな」
ティアラは、彼の胸に顔を埋めた。
声を殺して、泣いた。
ジークハルトは、黙って彼女を抱きしめていた。
青白い魔導灯の光が、二人の影を壁に映していた。
(映像終了)
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 最終】
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今夜、私は確信した。
陛下は、全てを知っている。
ティアラ嬢の裏工作を。
この旅の真の目的を。
そして、彼女がこれから何をしようとしているかを。
知った上で、受け入れている。
愛しているから。
……恐ろしい、と思っていた。
ティアラ嬢の二面性が。
彼女の冷酷さが。
しかし、今夜見たものは──
彼女の、涙だった。
陛下に全てを受け入れられて、泣く彼女。
それは、策士の顔ではなかった。
ただの、愛する人に許された女の顔だった。
二人は、似合いなのだ。
光と影。
氷と炎。
表と裏。
どちらも持つ者同士だからこそ、受け入れ合える。
私は、ただ記録するのみだ。
この愛を。
この恐怖を。
この──美しい、悪夢を。
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【極秘ログ──送信者不明】
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記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 18日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
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(音声のみ)
ザクッ。
地図にナイフを突き立てる音。
「包囲網は、完成しましたわ」
女の声。
穏やかだが、どこか冷たい。
「北の塔に、追跡の印を刻みました。これで、マリア様がどこへ逃げても分かりますわ」
ナイフを引き抜く音。
「闇国の貴族は、彼女を切り捨てるでしょう。使い道がなくなれば」
紙を広げる音。
「でも、私は待ちませんわ」
声が、低くなった。
「明日の夜明けと共に──」
間。
「狩りを、始めましょう」
ペンを取る音。
カリカリ、カリカリ。
「さあ、マリア様」
ペンが止まった。
「チェックメイトの時間ですわ」
椅子を引く音。
足音。
扉を開ける音。
そして──
「……陛下」
声のトーンが、変わった。
柔らかく。
温かく。
「お待たせしてしまいました」
足音が近づく。
衣擦れの音。
寝台に入る気配。
「今夜は、少し……甘えてもよろしいですか」
沈黙。
そして、低い男の声。
「当たり前だ」
シーツが擦れる音。
体が寄り添う気配。
「……おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
-----
【次回予告】
夜明けと共に、狩りが始まる。
ティアラの包囲網は完成し、マリアに逃げ場はない。
しかし、追い詰められた獣は、時に予想外の牙を剥く。
マリアの「最後の切り札」とは──?
一方、闇国の貴族たちは、帝国への対応を迫られる。
「聖女」を差し出すか、それとも戦うか。
そして、ジークハルトは──
愛する妻の「狩り」を、どこまで見守るのか。
第8話「断罪と慈悲は、記録されていた」
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【おまけ:闇国ノクターナ 中央市場の片隅】
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「なあ、さっきの夫婦見た?」
「ああ、観光客の」
「あの旦那、とんでもなくなかったか?」
「何が」
「いや、北地区で暗殺者三人吹っ飛ばしてた」
「……は?」
「見た目は商人なのに、衝撃波だけで」
「本当か?」
「本当だ」
「……何者だよ」
「知らん。でも、奥さんの方がもっとやばいかもしれん」
「なんで」
「躓いたふりして、暗殺者の足首踏み抜いてた」
「……偶然じゃなくて?」
「あの角度は偶然じゃ無理」
「……」
「……」
「関わらない方がいいな」
「だな」
「あの夫婦、何しに来たんだろ」
「観光」
「嘘だろ」
「嘘だな」
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皇帝陛下・皇后殿下、静養延長のお知らせ
皇帝ジークハルト陛下と皇后ティアラ殿下は、ご健康上の理由により、静養を延長される運びとなりました。
なお、ご滞在先については非公開とさせていただきます。
国政については、摂政会議が引き続き代行いたします。
臣民の皆様におかれましては、両陛下のご回復を祈念いただきますようお願い申し上げます。
帝国宮廷府
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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日】
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静養の延長。
表向きはそうなっている。
実際は、闇国への潜入が続いているだけだ。
ラスヴェーダでの工作を終え、我々は闇国の首都ノクターナへ向かった。
別名「影の都」。
常に薄暗く、太陽が直接差すことのない、谷間に作られた都市だ。
旦那様は「観光」だと思っている。
いや、思っているふりをしているのか。
最近、判断がつかなくなってきた。
奥様の方は、相変わらずだ。
微笑みながら、地獄を準備している。
胃薬の残りは、あと一日分。
女神よ、どうか私を守りたまえ。
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【映像ログ007-A 闇国国境検問所 同日 午前9:23】
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送信元:偵察型ゴーレム(金属の蝶)
記録範囲:検問所およびその周辺
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(映像開始)
国境の検問所は、岩壁に刻まれた巨大な門だった。
門の両脇に、黒い鎧を纏った兵士が立っている。
彼らの目は、入国者を値踏みするように見つめていた。
一台の馬車が、門の前で停まった。
扉が開く。
降りてきたのは、眼鏡をかけた銀髪の男と、蜂蜜色の髪の女。
そして、疲れた顔の執事と、虚ろな目の黒髪の女。
「入国目的は」
検問官が、書類を見ながら問う。
「観光だ。妻と新婚旅行でな」
銀髪の男──ジークハルトが答えた。
いつもの皇帝口調ではなく、商人風の砕けた物言いだ。
「ジーク・シルバーマン……商業連合の宝石商か」
検問官が書類を確認する。
「ああ。影の都の工芸品に興味がある」
「宝石商が、わざわざ闇国まで?」
「妻が見たいと言うのでな」
ジークハルトは、隣のティアラを見た。
「ねえ、あなた。早く入りたいですわ」
ティアラが、腕に絡みついた。
甘えるような声。
演技とは思えないほど自然だ。
「……熱々だな」
検問官が、呆れたように呟いた。
「通っていい。ただし、夜の路地には気をつけろ。この都では、影に目があるからな」
「忠告感謝する」
ジークハルトが軽く頭を下げる。
馬車が、門をくぐった。
(映像継続)
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門を抜けた瞬間、世界が変わった。
薄暗い。
空を見上げても、太陽は岩壁に遮られて見えない。
代わりに、青白い魔導灯が街を照らしている。
建物は黒を基調とし、影に溶け込むような構造。
通りを行く人々の服も、暗い色が多い。
「……暗いな」
ジークハルトが、窓の外を見ながら呟いた。
「太陽が恋しくなりそうだ」
「でも、綺麗ですわ」
ティアラが、彼の腕を取った。
「幻想的……まるで、夢の中にいるみたい」
彼女の翠色の瞳が、青白い光を映していた。
……そう、夢の中。
ここは、悪夢を見る者たちの都。
禁忌の呪詛を生み出し、偽装映像の技術を売り、逃亡者を匿う場所。
ティアラの唇が、かすかに動いた。
声にはならなかったが、読唇できる者がいれば、こう読めただろう。
「隠れるには、最適な場所ですわね」
(画面隅に小窓が現れる:馬車の屋根──金属の蝶が、静かに羽を休めている)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
-----
影の都ノクターナ。
噂には聞いていたが、実際に来ると異様な空気を感じる。
街全体が、薄闇に包まれている。
太陽光が届かないため、住民は魔導灯に頼って生活しているらしい。
そのせいか、肌の白い者が多い。
目も、光に慣れていないのか、細められている。
旦那様は「暗い」と文句を言いながらも、奥様の手を離さない。
足元が危ないから、という理由で。
……お忍びなのに、手を繋いで歩くのは目立つと思うのだが。
まあ、今さらだ。
ルシア嬢は、相変わらず虚ろな目で案内役を務めている。
仕事は完璧だが、時折ティアラ嬢の方を見て、ビクッと震えている。
何をされたのか、聞きたくない。
聞いてはいけない。
-----
【映像ログ007-B ノクターナ中央市場 同日 午後2:15】
-----
中央市場は、意外にも活気があった。
青白い魔導灯の下、様々な露店が並んでいる。
売られているのは、この国特産の品々だ。
「これは……影織りの布ですか?」
ティアラが、一軒の露店の前で足を止めた。
店主が広げた布は、黒でも灰色でもない、不思議な色をしていた。
見る角度によって、濃淡が変わる。
まるで影そのものを織り込んだかのような。
「お目が高い。これは上物だ。普通の影織りより、三倍も手間がかかる」
「まあ、素敵」
ティアラの目が輝いた。
ジークハルトが、財布を取り出そうとした。
「全部──」
「荷物になりますわ、あなた」
ティアラが、すかさず彼の手を止めた。
「一枚だけ、いただきましょう」
「……一枚でいいのか?」
「ええ。他にも見たいものがありますもの」
店主が、ほっとした顔をした。
「全部」と言われたら、在庫がなくなるところだった。
(場面転換)
隣の露店では、光る果実が売られていた。
暗い場所でほんのりと光を放つ、ノクターナ特産のフルーツだ。
名前は「月光梨」。
皮が薄く、果汁が多い。
「試食いかがですか」
店主が、切り分けた果実を差し出した。
ジークハルトが、一切れを手に取った。
そして、当然のようにティアラの口元へ運ぶ。
「あ、あなた……人前ですわ」
「妻に食べさせて何が悪い」
「……っ」
ティアラの頬が、魔導灯の青白い光の中でもわかるほど赤くなった。
仕方なく、果実を口にする。
「……甘い」
「ああ。これは美味いな」
ジークハルトも、自分の分を口にした。
「十個くれ」
「ありがとうございます」
今度は、ティアラも止めなかった。
果物なら、荷物になっても食べられる。
(画面隅に小窓が現れる:ルシアが離れた場所から二人を見ている。その目には、複雑な感情が浮かんでいた)
-----
【音声ログ007-C 試着室内 同日 午後3:42】
-----
送信元:偵察型ゴーレム(金属の蝶)
記録範囲:音声のみ
-----
(音声開始)
カーテンを引く音。
衣擦れの音。
──キィン。
小さな共鳴音。
金属の蝶が、報告を始めた合図だ。
「ご報告いたします」
機械的な女性の声。
蝶に記録された音声だ。
「目標確認。北の塔、最上階。結界反応あり」
「……」
沈黙。
ティアラが、聞いている。
「映像を送信します」
間。
そして──
「見つけましたわ」
ティアラの声。
穏やかだが、どこか冷たい。
「ネズミの巣穴」
衣擦れの音。
着替えを続けているらしい。
「北の塔の警備状況は?」
「外周に警備兵十二名。内部は不明。結界により侵入不可」
「結界の種類は?」
「分析中。高位の防護結界と推定」
間。
「……闇国の王族が保護している、ということですわね」
ティアラの声に、かすかな笑みが混じった。
「マリア様、随分と上手く取り入ったようで」
カーテンが揺れる音。
「でも、それも今日までですわ」
足音。
試着室から出ようとしている。
「偵察を継続。次の報告は、日没後に」
「了解いたしました」
キィン。
通信終了の音。
カーテンを開ける音。
「お待たせしました、あなた」
声のトーンが、一瞬で変わった。
甘く、柔らかく。
まるで別人のように。
「この服、似合いますかしら?」
(音声終了)
-----
【映像ログ007-D 北地区の路地 同日 午後5:03】
-----
夕方──と言っても、この街では昼も夜も大差ない──になると、街の雰囲気が変わった。
人通りが減り、魔導灯の光が一層青白く感じられる。
「少し歩こうか」
ジークハルトが、ティアラの手を取った。
「案内役は……」
「ルシア様は、宿で荷物の整理をしていただいていますわ」
ティアラが、にっこりと笑った。
「お二人きりで、散歩しましょう」
執事役のハインリヒは、遠くから見守る形となった。
二人は、北地区へと足を向けた。
観光客が少なく、地元民が多いエリアだ。
路地を歩く。
建物と建物の間は狭く、影が濃い。
その時──
影が、動いた。
(映像が乱れる)
「……っ」
ティアラが、足を滑らせた。
いや、滑らせたように見せた。
彼女の踵が、何もない空間を蹴り抜く。
「ぐっ……!」
影から、人の形が浮かび上がった。
黒い布で顔を覆った男。
足首を押さえ、うずくまっている。
「あら、大丈夫ですか?」
ティアラが、心配そうに声をかけた。
「石に躓いてしまいましたわ。お怪我は?」
「……」
男は、何も言わずに影に溶け込んでいった。
「どうした?」
ジークハルトが、振り返った。
「いいえ、何でもありませんわ。少し躓いただけですの」
「足元が暗いからな。もっとしっかり掴まれ」
彼は、ティアラの腰に手を回した。
「これで安心だ」
「あ、あなた……恥ずかしいですわ」
「何がだ。夫婦だろう」
二人は、そのまま歩き続けた。
(画面隅に小窓が現れる:路地の陰──うずくまった男が、別の黒い影に引きずられていく)
-----
【同時刻 北地区の別の路地】
-----
(映像:別角度の偵察ゴーレムより)
二人が歩く路地の、一本隣。
三人の黒い影が、屋根から屋根へと移動していた。
「獲物だ」
「金持ちの観光客。しかも、無警戒」
「やるか」
三人は、飛び降りた。
──正確には、飛び降りようとした。
その瞬間、彼らの前に巨大な影が立ちはだかった。
「ん?」
ジークハルトだった。
いつの間にか、路地の角に立っている。
その手には、何もない。
しかし、その存在感は──
「虫か」
彼は、右手を軽く振った。
ただ、それだけ。
ゴッ!
衝撃波が走った。
三人の暗殺者が、まとめて吹き飛ばされる。
壁に叩きつけられ、動かなくなった。
「あなた?」
ティアラの声が、背後から聞こえた。
「何かいましたか?」
「いや、虫を払っただけだ」
ジークハルトは、振り返った。
「この街は、虫が多いな」
「そうですわね……気をつけませんと」
ティアラは、微笑んだ。
その目が、一瞬だけ壁際を見た。
動かなくなった三人の影を。
そして、何事もなかったかのように、夫の腕を取った。
「北の塔が見えますわ。行ってみましょう」
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】
-----
虫を払う。
旦那様は、そう言った。
実際に払ったのは、三人の暗殺者だった。
おそらく、この街の裏組織の人間だろう。
金持ちの観光客を狙った、ただの強盗。
彼らは今、路地裏で気を失っている。
命があるだけ、幸運だと思うべきだ。
問題は、奥様の方だ。
私は見た。
あの瞬間、奥様の踵が「偶然」暗殺者の足首を蹴り抜いたのを。
そして、旦那様が「虫を払う」前に、既に一人が無力化されていたことを。
二人とも、襲撃に気づいていた。
そして、気づいていないふりをしていた。
……恐ろしい夫婦だ。
いや、むしろ似合いなのかもしれない。
-----
【映像ログ007-E 北の塔周辺 同日 午後5:47】
-----
北の塔は、街の北端にそびえていた。
黒い石で作られた、細長い建造物。
最上階には、窓が一つだけ。
そこから、青白い光が漏れている。
「立派な塔ですわね」
ティアラが、見上げながら言った。
「眺めが良さそうですわ」
「入ってみるか?」
ジークハルトが、門の方を見た。
「いいえ。観光客は入れないようですもの」
塔の門には、黒い鎧の兵士が立っていた。
表情は見えないが、近づく者を警戒している。
「残念ですわ」
ティアラは、そう言いながら──
彼女の手が、さりげなく塔の石壁に触れた。
一瞬だけ、指先が光った。
「……?」
ジークハルトが、不審そうに見た。
「どうかしましたか、あなた」
「いや……今、何か光ったような」
「魔導灯の反射ではありませんか?」
ティアラは、にっこりと笑った。
「さあ、戻りましょう。日が暮れますわ」
「日は最初から暮れているだろう、この街は」
「まあ、それもそうですわね」
彼女は、夫の腕を取った。
その背後で──
塔の窓から、一人の女が外を覗いていた。
純白のドレス。
柔らかな金髪。
しかし、その表情は──
恐怖に歪んでいた。
「……嘘」
マリアの唇が、震えていた。
「なぜ……なぜ、あの女がここに……!」
彼女は、窓から身を引いた。
しかし、もう遅い。
塔の壁には、見えない印が刻まれていた。
追跡の魔術。
どこへ逃げても、ティアラには分かる。
(画面下部に魔導文字が浮かぶ:【北の塔──闇国貴族の私邸。一般入場不可】)
-----
【闇国ノクターナ 北の塔 最上階 同時刻】
-----
(映像:室内の固定記録装置より)
部屋は、豪華だった。
黒檀の家具、銀の燭台、絹のカーテン。
一見すれば、貴族の客室にふさわしい。
しかし、よく見れば──
窓には鉄格子。
扉の外には、常に見張り。
「保護」という名の、監禁だった。
「落ち着きなさい、マリア」
部屋の隅で、黒いローブの男が言った。
闇国の貴族、ヴェルナー伯爵。
マリアを「保護」している人物だ。
「あ、あの女が……ティアラが来たのです!」
「知っている。報告は受けた」
「でしたら、なぜ平然としているのです!?」
「騒ぐな」
伯爵の声が、冷たくなった。
「あの女は、ただの観光客だ。お前を探しに来たとは限らない」
「偶然? 偶然がこんなに重なると思いますか!?」
マリアは、窓から離れられなかった。
しかし、覗くこともできない。
「あの女は……あの女は、悪魔です。フローレンスを滅ぼした張本人です」
「フローレンスを滅ぼしたのは、お前の失態だろう」
伯爵の言葉に、マリアが凍りついた。
「偽装映像の作戦は、こちらが提供した技術だ。それを、あんな形で暴露されるとは思わなかったがな」
「あ、あれは……」
「言い訳は聞きたくない」
伯爵は、立ち上がった。
「お前を匿っているのは、まだ使い道があると思っているからだ。しかし、その判断を改める時が来たかもしれん」
「……!」
マリアの顔が、蒼白になった。
「お、お待ちください! 私には、まだ価値があります! 聖女の血は──」
「聖女?」
伯爵が、冷笑した。
「偽装映像で素顔を晒された女が、まだ聖女を名乗るのか」
「……っ」
「まあいい。しばらくは様子を見る。お前は、この部屋から出るな」
伯爵は、扉に向かった。
「逃げようとするなよ。お前の居場所は、この塔の中だけだ」
扉が閉まった。
鍵がかかる音が響いた。
マリアは、その場に崩れ落ちた。
「……なぜ」
彼女の目から、涙がこぼれた。
「なぜ、私ばかりこんな目に……」
しかし、その涙は──
すぐに乾いた。
「……殺してやる」
彼女の声が、変わった。
「ティアラ……あの女を……絶対に、殺してやる……!」
その目には、狂気が宿っていた。
-----
【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】
-----
【定期】陛下近況報告スレ 第42板
1:名無しの帝国民
静養延長のお知らせ来たな
2:名無しの帝国民
まだ休んでるのか
3:名無しの帝国民
>>2
新婚旅行だろ、察しろ
4:名無しの帝国民
帝国は摂政会議が回してるし問題ないだろ
5:名無しの帝国民
むしろ陛下不在の方が政務がスムーズという説
6:名無しの帝国民
>>5
それはある
陛下、政務の半分を「くだらん」で却下するし
7:名無しの帝国民
どこに行ってるんだろな
8:名無しの帝国民
>>7
商業連合って噂
9:名無しの帝国民
ラスヴェーダか?
10:名無しの帝国民
>>9
いや、そこはもう離れたらしい
次はどこだろ
11:名無しの帝国民
闇国とか?
12:名無しの帝国民
>>11
まさか
陛下が闇国に行く理由ないだろ
13:名無しの帝国民
でもティアラ様、闇国に恨みありそうじゃね
14:名無しの帝国民
>>13
偽装映像の件か
15:名無しの帝国民
マリアに技術提供したのが闇国だもんな
16:名無しの帝国民
もし陛下が闇国に行ってたら……
17:名無しの帝国民
>>16
観光(意味深)
18:名無しの帝国民
森生える
19:名無しの帝国民
闇国さん、大丈夫かな
20:名無しの帝国民
>>19
知らん
自業自得だろ
21:名無しの帝国民
それより飯テロ映像の更新はまだか
22:名無しの帝国民
>>21
そっちかよ
23:名無しの帝国民
腹減った
24:名無しの帝国民
闇国の食い物ってどうなんだろ
25:名無しの帝国民
>>24
光る果物があるらしい
26:名無しの帝国民
食えるの?
27:名無しの帝国民
>>26
美味いらしい
28:名無しの帝国民
陛下がティアラ様に「あーん」するとこ想像してしまった
29:名無しの帝国民
>>28
やってそう
30:名無しの帝国民
絶対やってる
31:名無しの帝国民
映像はよ
32:名無しの帝国民
>>31
これ
-----
【映像ログ007-F 高級宿「永遠の黄昏」・スイートルーム 同日 夜】
-----
宿の部屋は、闇国らしい内装だった。
黒を基調とした壁、銀の装飾、青白い魔導灯。
しかし、寝具は上質で、窓からは街の夜景が見える。
ティアラは、窓辺に立っていた。
青白い光に照らされた横顔。
その目は、遠くを見つめている。
「何を見ている」
ジークハルトが、背後から近づいた。
「……街ですわ」
ティアラは、振り返らなかった。
「綺麗ですわね。こんなに暗いのに」
「お前の方が綺麗だ」
彼の腕が、後ろから彼女を抱きしめた。
「あ……陛下」
「陛下、か」
ジークハルトの声に、かすかな笑みが混じった。
「お忍びはどうした」
「……部屋の中ですもの。呼び方くらい、戻させてくださいませ」
「そうか」
彼は、彼女を抱きしめたまま、窓の外を見た。
「……ティアラ」
「はい」
「今日、北の塔で何をした」
ティアラの体が、かすかに強張った。
「……何のことでしょう」
「壁に触れた時、光っただろう」
「魔導灯の反射だと──」
「嘘が下手だな」
ジークハルトの声は、責めるものではなかった。
むしろ、穏やかだった。
「……」
ティアラは、沈黙した。
「余は気づいている」
彼は、彼女の髪に顔を埋めた。
「お前が、この旅で何かを企んでいることを」
「……陛下」
「言わなくていい」
彼の腕に、力がこもった。
「お前がやることなら、余は全て受け入れる。それが、どんなに血なまぐさいことでも」
「……っ」
「お前は、余のために動いているのだろう?」
ティアラの目から、涙がこぼれた。
「……はい」
彼女の声が、震えていた。
「陛下を傷つけた者を、許せないのです。帝国を脅かした者を、許せないのです」
「知っている」
「私は……汚いことも、やりますわ。陛下が嫌う、卑怯な手も」
「知っている」
ジークハルトは、彼女を振り向かせた。
涙を流す彼女の顔を、両手で包む。
「それでも、余はお前を愛している」
彼の目は、真っ直ぐだった。
「お前の全てを。光も、影も」
「……陛下……」
「だから、泣くな」
彼は、彼女の涙を親指で拭った。
「お前が何をしても、余は味方だ。それだけは、忘れるな」
ティアラは、彼の胸に顔を埋めた。
声を殺して、泣いた。
ジークハルトは、黙って彼女を抱きしめていた。
青白い魔導灯の光が、二人の影を壁に映していた。
(映像終了)
-----
【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 最終】
-----
今夜、私は確信した。
陛下は、全てを知っている。
ティアラ嬢の裏工作を。
この旅の真の目的を。
そして、彼女がこれから何をしようとしているかを。
知った上で、受け入れている。
愛しているから。
……恐ろしい、と思っていた。
ティアラ嬢の二面性が。
彼女の冷酷さが。
しかし、今夜見たものは──
彼女の、涙だった。
陛下に全てを受け入れられて、泣く彼女。
それは、策士の顔ではなかった。
ただの、愛する人に許された女の顔だった。
二人は、似合いなのだ。
光と影。
氷と炎。
表と裏。
どちらも持つ者同士だからこそ、受け入れ合える。
私は、ただ記録するのみだ。
この愛を。
この恐怖を。
この──美しい、悪夢を。
-----
【極秘ログ──送信者不明】
-----
記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 18日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]
-----
(音声のみ)
ザクッ。
地図にナイフを突き立てる音。
「包囲網は、完成しましたわ」
女の声。
穏やかだが、どこか冷たい。
「北の塔に、追跡の印を刻みました。これで、マリア様がどこへ逃げても分かりますわ」
ナイフを引き抜く音。
「闇国の貴族は、彼女を切り捨てるでしょう。使い道がなくなれば」
紙を広げる音。
「でも、私は待ちませんわ」
声が、低くなった。
「明日の夜明けと共に──」
間。
「狩りを、始めましょう」
ペンを取る音。
カリカリ、カリカリ。
「さあ、マリア様」
ペンが止まった。
「チェックメイトの時間ですわ」
椅子を引く音。
足音。
扉を開ける音。
そして──
「……陛下」
声のトーンが、変わった。
柔らかく。
温かく。
「お待たせしてしまいました」
足音が近づく。
衣擦れの音。
寝台に入る気配。
「今夜は、少し……甘えてもよろしいですか」
沈黙。
そして、低い男の声。
「当たり前だ」
シーツが擦れる音。
体が寄り添う気配。
「……おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」
(ログ終了)
(このファイルは自動消去されました)
-----
【次回予告】
夜明けと共に、狩りが始まる。
ティアラの包囲網は完成し、マリアに逃げ場はない。
しかし、追い詰められた獣は、時に予想外の牙を剥く。
マリアの「最後の切り札」とは──?
一方、闇国の貴族たちは、帝国への対応を迫られる。
「聖女」を差し出すか、それとも戦うか。
そして、ジークハルトは──
愛する妻の「狩り」を、どこまで見守るのか。
第8話「断罪と慈悲は、記録されていた」
-----
【おまけ:闇国ノクターナ 中央市場の片隅】
-----
「なあ、さっきの夫婦見た?」
「ああ、観光客の」
「あの旦那、とんでもなくなかったか?」
「何が」
「いや、北地区で暗殺者三人吹っ飛ばしてた」
「……は?」
「見た目は商人なのに、衝撃波だけで」
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「あの角度は偶然じゃ無理」
「……」
「……」
「関わらない方がいいな」
「だな」
「あの夫婦、何しに来たんだろ」
「観光」
「嘘だろ」
「嘘だな」
33
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