【完結】皇帝との密会映像が、手違いで全世界に流出しました ~「拷問されている」と元婚約者が騒いでいますが、これただの溺愛です~

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影の都と追跡劇は、記録されていた

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【帝国宮廷官報 号外 帝国歴四〇三年 冬 第一の月 18日】

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皇帝陛下・皇后殿下、静養延長のお知らせ

 皇帝ジークハルト陛下と皇后ティアラ殿下は、ご健康上の理由により、静養を延長される運びとなりました。

 なお、ご滞在先については非公開とさせていただきます。

 国政については、摂政会議が引き続き代行いたします。

 臣民の皆様におかれましては、両陛下のご回復を祈念いただきますようお願い申し上げます。

    帝国宮廷府

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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 同日】

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 静養の延長。

 表向きはそうなっている。
 実際は、闇国への潜入が続いているだけだ。

 ラスヴェーダでの工作を終え、我々は闇国の首都ノクターナへ向かった。
 別名「影の都」。
 常に薄暗く、太陽が直接差すことのない、谷間に作られた都市だ。

 旦那様は「観光」だと思っている。
 いや、思っているふりをしているのか。
 最近、判断がつかなくなってきた。

 奥様の方は、相変わらずだ。
 微笑みながら、地獄を準備している。

 胃薬の残りは、あと一日分。

 女神よ、どうか私を守りたまえ。

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【映像ログ007-A 闇国国境検問所 同日 午前9:23】

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送信元:偵察型ゴーレム(金属の蝶)
記録範囲:検問所およびその周辺

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    (映像開始)

 国境の検問所は、岩壁に刻まれた巨大な門だった。

 門の両脇に、黒い鎧を纏った兵士が立っている。
 彼らの目は、入国者を値踏みするように見つめていた。

 一台の馬車が、門の前で停まった。

 扉が開く。
 降りてきたのは、眼鏡をかけた銀髪の男と、蜂蜜色の髪の女。
 そして、疲れた顔の執事と、虚ろな目の黒髪の女。

「入国目的は」

 検問官が、書類を見ながら問う。

「観光だ。妻と新婚旅行でな」

 銀髪の男──ジークハルトが答えた。
 いつもの皇帝口調ではなく、商人風の砕けた物言いだ。

「ジーク・シルバーマン……商業連合の宝石商か」

 検問官が書類を確認する。

「ああ。影の都の工芸品に興味がある」
「宝石商が、わざわざ闇国まで?」
「妻が見たいと言うのでな」

 ジークハルトは、隣のティアラを見た。

「ねえ、あなた。早く入りたいですわ」

 ティアラが、腕に絡みついた。
 甘えるような声。
 演技とは思えないほど自然だ。

「……熱々だな」

 検問官が、呆れたように呟いた。

「通っていい。ただし、夜の路地には気をつけろ。この都では、影に目があるからな」
「忠告感謝する」

 ジークハルトが軽く頭を下げる。

 馬車が、門をくぐった。

    (映像継続)

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 門を抜けた瞬間、世界が変わった。

 薄暗い。
 空を見上げても、太陽は岩壁に遮られて見えない。
 代わりに、青白い魔導灯が街を照らしている。

 建物は黒を基調とし、影に溶け込むような構造。
 通りを行く人々の服も、暗い色が多い。

「……暗いな」

 ジークハルトが、窓の外を見ながら呟いた。

「太陽が恋しくなりそうだ」
「でも、綺麗ですわ」

 ティアラが、彼の腕を取った。

「幻想的……まるで、夢の中にいるみたい」

 彼女の翠色の瞳が、青白い光を映していた。

 ……そう、夢の中。
 ここは、悪夢を見る者たちの都。
 禁忌の呪詛を生み出し、偽装映像の技術を売り、逃亡者を匿う場所。

 ティアラの唇が、かすかに動いた。

 声にはならなかったが、読唇できる者がいれば、こう読めただろう。

 「隠れるには、最適な場所ですわね」

    (画面隅に小窓が現れる:馬車の屋根──金属の蝶が、静かに羽を休めている)

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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】

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 影の都ノクターナ。
 噂には聞いていたが、実際に来ると異様な空気を感じる。

 街全体が、薄闇に包まれている。
 太陽光が届かないため、住民は魔導灯に頼って生活しているらしい。

 そのせいか、肌の白い者が多い。
 目も、光に慣れていないのか、細められている。

 旦那様は「暗い」と文句を言いながらも、奥様の手を離さない。
 足元が危ないから、という理由で。

 ……お忍びなのに、手を繋いで歩くのは目立つと思うのだが。

 まあ、今さらだ。

 ルシア嬢は、相変わらず虚ろな目で案内役を務めている。
 仕事は完璧だが、時折ティアラ嬢の方を見て、ビクッと震えている。

 何をされたのか、聞きたくない。
 聞いてはいけない。

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【映像ログ007-B ノクターナ中央市場 同日 午後2:15】

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 中央市場は、意外にも活気があった。

 青白い魔導灯の下、様々な露店が並んでいる。
 売られているのは、この国特産の品々だ。

「これは……影織りの布ですか?」

 ティアラが、一軒の露店の前で足を止めた。

 店主が広げた布は、黒でも灰色でもない、不思議な色をしていた。
 見る角度によって、濃淡が変わる。
 まるで影そのものを織り込んだかのような。

「お目が高い。これは上物だ。普通の影織りより、三倍も手間がかかる」
「まあ、素敵」

 ティアラの目が輝いた。

 ジークハルトが、財布を取り出そうとした。

「全部──」
「荷物になりますわ、あなた」

 ティアラが、すかさず彼の手を止めた。

「一枚だけ、いただきましょう」
「……一枚でいいのか?」
「ええ。他にも見たいものがありますもの」

 店主が、ほっとした顔をした。
 「全部」と言われたら、在庫がなくなるところだった。

    (場面転換)

 隣の露店では、光る果実が売られていた。

 暗い場所でほんのりと光を放つ、ノクターナ特産のフルーツだ。
 名前は「月光梨」。
 皮が薄く、果汁が多い。

「試食いかがですか」

 店主が、切り分けた果実を差し出した。

 ジークハルトが、一切れを手に取った。
 そして、当然のようにティアラの口元へ運ぶ。

「あ、あなた……人前ですわ」
「妻に食べさせて何が悪い」
「……っ」

 ティアラの頬が、魔導灯の青白い光の中でもわかるほど赤くなった。

 仕方なく、果実を口にする。

「……甘い」
「ああ。これは美味いな」

 ジークハルトも、自分の分を口にした。

「十個くれ」
「ありがとうございます」

 今度は、ティアラも止めなかった。
 果物なら、荷物になっても食べられる。

    (画面隅に小窓が現れる:ルシアが離れた場所から二人を見ている。その目には、複雑な感情が浮かんでいた)

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【音声ログ007-C 試着室内 同日 午後3:42】

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送信元:偵察型ゴーレム(金属の蝶)
記録範囲:音声のみ

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    (音声開始)

 カーテンを引く音。
 衣擦れの音。

 ──キィン。

 小さな共鳴音。
 金属の蝶が、報告を始めた合図だ。

「ご報告いたします」

 機械的な女性の声。
 蝶に記録された音声だ。

「目標確認。北の塔、最上階。結界反応あり」
「……」

 沈黙。
 ティアラが、聞いている。

「映像を送信します」

 間。

 そして──

「見つけましたわ」

 ティアラの声。
 穏やかだが、どこか冷たい。

「ネズミの巣穴」

 衣擦れの音。
 着替えを続けているらしい。

「北の塔の警備状況は?」
「外周に警備兵十二名。内部は不明。結界により侵入不可」
「結界の種類は?」
「分析中。高位の防護結界と推定」

 間。

「……闇国の王族が保護している、ということですわね」

 ティアラの声に、かすかな笑みが混じった。

「マリア様、随分と上手く取り入ったようで」

 カーテンが揺れる音。

「でも、それも今日までですわ」

 足音。
 試着室から出ようとしている。

「偵察を継続。次の報告は、日没後に」
「了解いたしました」

 キィン。
 通信終了の音。

 カーテンを開ける音。

「お待たせしました、あなた」

 声のトーンが、一瞬で変わった。
 甘く、柔らかく。
 まるで別人のように。

「この服、似合いますかしら?」

    (音声終了)

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【映像ログ007-D 北地区の路地 同日 午後5:03】

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 夕方──と言っても、この街では昼も夜も大差ない──になると、街の雰囲気が変わった。

 人通りが減り、魔導灯の光が一層青白く感じられる。

「少し歩こうか」

 ジークハルトが、ティアラの手を取った。

「案内役は……」
「ルシア様は、宿で荷物の整理をしていただいていますわ」

 ティアラが、にっこりと笑った。

「お二人きりで、散歩しましょう」

 執事役のハインリヒは、遠くから見守る形となった。

 二人は、北地区へと足を向けた。
 観光客が少なく、地元民が多いエリアだ。

 路地を歩く。
 建物と建物の間は狭く、影が濃い。

 その時──

 影が、動いた。

    (映像が乱れる)

「……っ」

 ティアラが、足を滑らせた。
 いや、滑らせたように見せた。

 彼女の踵が、何もない空間を蹴り抜く。

「ぐっ……!」

 影から、人の形が浮かび上がった。
 黒い布で顔を覆った男。
 足首を押さえ、うずくまっている。

「あら、大丈夫ですか?」

 ティアラが、心配そうに声をかけた。

「石に躓いてしまいましたわ。お怪我は?」
「……」

 男は、何も言わずに影に溶け込んでいった。

「どうした?」

 ジークハルトが、振り返った。

「いいえ、何でもありませんわ。少し躓いただけですの」
「足元が暗いからな。もっとしっかり掴まれ」

 彼は、ティアラの腰に手を回した。

「これで安心だ」
「あ、あなた……恥ずかしいですわ」
「何がだ。夫婦だろう」

 二人は、そのまま歩き続けた。

    (画面隅に小窓が現れる:路地の陰──うずくまった男が、別の黒い影に引きずられていく)

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【同時刻 北地区の別の路地】

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    (映像:別角度の偵察ゴーレムより)

 二人が歩く路地の、一本隣。

 三人の黒い影が、屋根から屋根へと移動していた。

「獲物だ」
「金持ちの観光客。しかも、無警戒」
「やるか」

 三人は、飛び降りた。

 ──正確には、飛び降りようとした。

 その瞬間、彼らの前に巨大な影が立ちはだかった。

「ん?」

 ジークハルトだった。

 いつの間にか、路地の角に立っている。
 その手には、何もない。
 しかし、その存在感は──

「虫か」

 彼は、右手を軽く振った。

 ただ、それだけ。

    ゴッ!

 衝撃波が走った。
 三人の暗殺者が、まとめて吹き飛ばされる。

 壁に叩きつけられ、動かなくなった。

「あなた?」

 ティアラの声が、背後から聞こえた。

「何かいましたか?」
「いや、虫を払っただけだ」

 ジークハルトは、振り返った。

「この街は、虫が多いな」
「そうですわね……気をつけませんと」

 ティアラは、微笑んだ。

 その目が、一瞬だけ壁際を見た。
 動かなくなった三人の影を。

 そして、何事もなかったかのように、夫の腕を取った。

「北の塔が見えますわ。行ってみましょう」

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【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 続き】

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 虫を払う。

 旦那様は、そう言った。

 実際に払ったのは、三人の暗殺者だった。
 おそらく、この街の裏組織の人間だろう。
 金持ちの観光客を狙った、ただの強盗。

 彼らは今、路地裏で気を失っている。
 命があるだけ、幸運だと思うべきだ。

 問題は、奥様の方だ。

 私は見た。
 あの瞬間、奥様の踵が「偶然」暗殺者の足首を蹴り抜いたのを。
 そして、旦那様が「虫を払う」前に、既に一人が無力化されていたことを。

 二人とも、襲撃に気づいていた。
 そして、気づいていないふりをしていた。

 ……恐ろしい夫婦だ。

 いや、むしろ似合いなのかもしれない。

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【映像ログ007-E 北の塔周辺 同日 午後5:47】

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 北の塔は、街の北端にそびえていた。

 黒い石で作られた、細長い建造物。
 最上階には、窓が一つだけ。
 そこから、青白い光が漏れている。

「立派な塔ですわね」

 ティアラが、見上げながら言った。

「眺めが良さそうですわ」
「入ってみるか?」

 ジークハルトが、門の方を見た。

「いいえ。観光客は入れないようですもの」

 塔の門には、黒い鎧の兵士が立っていた。
 表情は見えないが、近づく者を警戒している。

「残念ですわ」

 ティアラは、そう言いながら──

 彼女の手が、さりげなく塔の石壁に触れた。

 一瞬だけ、指先が光った。

「……?」

 ジークハルトが、不審そうに見た。

「どうかしましたか、あなた」
「いや……今、何か光ったような」
「魔導灯の反射ではありませんか?」

 ティアラは、にっこりと笑った。

「さあ、戻りましょう。日が暮れますわ」
「日は最初から暮れているだろう、この街は」
「まあ、それもそうですわね」

 彼女は、夫の腕を取った。

 その背後で──

 塔の窓から、一人の女が外を覗いていた。

 純白のドレス。
 柔らかな金髪。
 しかし、その表情は──

 恐怖に歪んでいた。

「……嘘」

 マリアの唇が、震えていた。

「なぜ……なぜ、あの女がここに……!」

 彼女は、窓から身を引いた。

 しかし、もう遅い。

 塔の壁には、見えない印が刻まれていた。
 追跡の魔術。
 どこへ逃げても、ティアラには分かる。

    (画面下部に魔導文字が浮かぶ:【北の塔──闇国貴族の私邸。一般入場不可】)

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【闇国ノクターナ 北の塔 最上階 同時刻】

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    (映像:室内の固定記録装置より)

 部屋は、豪華だった。

 黒檀の家具、銀の燭台、絹のカーテン。
 一見すれば、貴族の客室にふさわしい。

 しかし、よく見れば──

 窓には鉄格子。
 扉の外には、常に見張り。
 「保護」という名の、監禁だった。

「落ち着きなさい、マリア」

 部屋の隅で、黒いローブの男が言った。
 闇国の貴族、ヴェルナー伯爵。
 マリアを「保護」している人物だ。

「あ、あの女が……ティアラが来たのです!」
「知っている。報告は受けた」
「でしたら、なぜ平然としているのです!?」
「騒ぐな」

 伯爵の声が、冷たくなった。

「あの女は、ただの観光客だ。お前を探しに来たとは限らない」
「偶然? 偶然がこんなに重なると思いますか!?」

 マリアは、窓から離れられなかった。
 しかし、覗くこともできない。

「あの女は……あの女は、悪魔です。フローレンスを滅ぼした張本人です」
「フローレンスを滅ぼしたのは、お前の失態だろう」

 伯爵の言葉に、マリアが凍りついた。

「偽装映像の作戦は、こちらが提供した技術だ。それを、あんな形で暴露されるとは思わなかったがな」
「あ、あれは……」
「言い訳は聞きたくない」

 伯爵は、立ち上がった。

「お前を匿っているのは、まだ使い道があると思っているからだ。しかし、その判断を改める時が来たかもしれん」
「……!」

 マリアの顔が、蒼白になった。

「お、お待ちください! 私には、まだ価値があります! 聖女の血は──」
「聖女?」

 伯爵が、冷笑した。

「偽装映像で素顔を晒された女が、まだ聖女を名乗るのか」
「……っ」
「まあいい。しばらくは様子を見る。お前は、この部屋から出るな」

 伯爵は、扉に向かった。

「逃げようとするなよ。お前の居場所は、この塔の中だけだ」

 扉が閉まった。
 鍵がかかる音が響いた。

 マリアは、その場に崩れ落ちた。

「……なぜ」

 彼女の目から、涙がこぼれた。

「なぜ、私ばかりこんな目に……」

 しかし、その涙は──

 すぐに乾いた。

「……殺してやる」

 彼女の声が、変わった。

「ティアラ……あの女を……絶対に、殺してやる……!」

 その目には、狂気が宿っていた。

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【ヴァルトシュタイン帝国 城下町 掲示板】

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【定期】陛下近況報告スレ 第42板

1:名無しの帝国民
 静養延長のお知らせ来たな

2:名無しの帝国民
 まだ休んでるのか

3:名無しの帝国民
 >>2
 新婚旅行だろ、察しろ

4:名無しの帝国民
 帝国は摂政会議が回してるし問題ないだろ

5:名無しの帝国民
 むしろ陛下不在の方が政務がスムーズという説

6:名無しの帝国民
 >>5
 それはある
 陛下、政務の半分を「くだらん」で却下するし

7:名無しの帝国民
 どこに行ってるんだろな

8:名無しの帝国民
 >>7
 商業連合って噂

9:名無しの帝国民
 ラスヴェーダか?

10:名無しの帝国民
 >>9
 いや、そこはもう離れたらしい
 次はどこだろ

11:名無しの帝国民
 闇国とか?

12:名無しの帝国民
 >>11
 まさか
 陛下が闇国に行く理由ないだろ

13:名無しの帝国民
 でもティアラ様、闇国に恨みありそうじゃね

14:名無しの帝国民
 >>13
 偽装映像の件か

15:名無しの帝国民
 マリアに技術提供したのが闇国だもんな

16:名無しの帝国民
 もし陛下が闇国に行ってたら……

17:名無しの帝国民
 >>16
 観光(意味深)

18:名無しの帝国民
 森生える

19:名無しの帝国民
 闇国さん、大丈夫かな

20:名無しの帝国民
 >>19
 知らん
 自業自得だろ

21:名無しの帝国民
 それより飯テロ映像の更新はまだか

22:名無しの帝国民
 >>21
 そっちかよ

23:名無しの帝国民
 腹減った

24:名無しの帝国民
 闇国の食い物ってどうなんだろ

25:名無しの帝国民
 >>24
 光る果物があるらしい

26:名無しの帝国民
 食えるの?

27:名無しの帝国民
 >>26
 美味いらしい

28:名無しの帝国民
 陛下がティアラ様に「あーん」するとこ想像してしまった

29:名無しの帝国民
 >>28
 やってそう

30:名無しの帝国民
 絶対やってる

31:名無しの帝国民
 映像はよ

32:名無しの帝国民
 >>31
 これ

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【映像ログ007-F 高級宿「永遠の黄昏」・スイートルーム 同日 夜】

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 宿の部屋は、闇国らしい内装だった。

 黒を基調とした壁、銀の装飾、青白い魔導灯。
 しかし、寝具は上質で、窓からは街の夜景が見える。

 ティアラは、窓辺に立っていた。

 青白い光に照らされた横顔。
 その目は、遠くを見つめている。

「何を見ている」

 ジークハルトが、背後から近づいた。

「……街ですわ」

 ティアラは、振り返らなかった。

「綺麗ですわね。こんなに暗いのに」
「お前の方が綺麗だ」

 彼の腕が、後ろから彼女を抱きしめた。

「あ……陛下」
「陛下、か」

 ジークハルトの声に、かすかな笑みが混じった。

「お忍びはどうした」
「……部屋の中ですもの。呼び方くらい、戻させてくださいませ」
「そうか」

 彼は、彼女を抱きしめたまま、窓の外を見た。

「……ティアラ」
「はい」
「今日、北の塔で何をした」

 ティアラの体が、かすかに強張った。

「……何のことでしょう」
「壁に触れた時、光っただろう」
「魔導灯の反射だと──」
「嘘が下手だな」

 ジークハルトの声は、責めるものではなかった。
 むしろ、穏やかだった。

「……」

 ティアラは、沈黙した。

「余は気づいている」

 彼は、彼女の髪に顔を埋めた。

「お前が、この旅で何かを企んでいることを」
「……陛下」
「言わなくていい」

 彼の腕に、力がこもった。

「お前がやることなら、余は全て受け入れる。それが、どんなに血なまぐさいことでも」
「……っ」
「お前は、余のために動いているのだろう?」

 ティアラの目から、涙がこぼれた。

「……はい」

 彼女の声が、震えていた。

「陛下を傷つけた者を、許せないのです。帝国を脅かした者を、許せないのです」
「知っている」
「私は……汚いことも、やりますわ。陛下が嫌う、卑怯な手も」
「知っている」

 ジークハルトは、彼女を振り向かせた。

 涙を流す彼女の顔を、両手で包む。

「それでも、余はお前を愛している」

 彼の目は、真っ直ぐだった。

「お前の全てを。光も、影も」
「……陛下……」
「だから、泣くな」

 彼は、彼女の涙を親指で拭った。

「お前が何をしても、余は味方だ。それだけは、忘れるな」

 ティアラは、彼の胸に顔を埋めた。

 声を殺して、泣いた。

 ジークハルトは、黙って彼女を抱きしめていた。

 青白い魔導灯の光が、二人の影を壁に映していた。

    (映像終了)

-----

【帝国記録官 ハインリヒの私的メモ 最終】

-----

 今夜、私は確信した。

 陛下は、全てを知っている。

 ティアラ嬢の裏工作を。
 この旅の真の目的を。
 そして、彼女がこれから何をしようとしているかを。

 知った上で、受け入れている。
 愛しているから。

 ……恐ろしい、と思っていた。
 ティアラ嬢の二面性が。
 彼女の冷酷さが。

 しかし、今夜見たものは──

 彼女の、涙だった。

 陛下に全てを受け入れられて、泣く彼女。
 それは、策士の顔ではなかった。
 ただの、愛する人に許された女の顔だった。

 二人は、似合いなのだ。

 光と影。
 氷と炎。
 表と裏。

 どちらも持つ者同士だからこそ、受け入れ合える。

 私は、ただ記録するのみだ。

 この愛を。
 この恐怖を。
 この──美しい、悪夢を。

-----

【極秘ログ──送信者不明】

-----

記録日時:帝国歴四〇三年 冬 第一の月 18日 深夜11:59
ファイル名:[解析不能]
送信元:[解析不能]
送信先:[解析不能]

-----

    (音声のみ)

 ザクッ。

 地図にナイフを突き立てる音。

「包囲網は、完成しましたわ」

 女の声。
 穏やかだが、どこか冷たい。

「北の塔に、追跡の印を刻みました。これで、マリア様がどこへ逃げても分かりますわ」

 ナイフを引き抜く音。

「闇国の貴族は、彼女を切り捨てるでしょう。使い道がなくなれば」

 紙を広げる音。

「でも、私は待ちませんわ」

 声が、低くなった。

「明日の夜明けと共に──」

 間。

「狩りを、始めましょう」

 ペンを取る音。
 カリカリ、カリカリ。

「さあ、マリア様」

 ペンが止まった。

「チェックメイトの時間ですわ」

 椅子を引く音。
 足音。
 扉を開ける音。

 そして──

「……陛下」

 声のトーンが、変わった。
 柔らかく。
 温かく。

「お待たせしてしまいました」

 足音が近づく。
 衣擦れの音。
 寝台に入る気配。

「今夜は、少し……甘えてもよろしいですか」

 沈黙。

 そして、低い男の声。

「当たり前だ」

 シーツが擦れる音。
 体が寄り添う気配。

「……おやすみなさいませ、私の陛下」
「ああ。おやすみ、余の妻」

    (ログ終了)
    (このファイルは自動消去されました)

-----

【次回予告】

夜明けと共に、狩りが始まる。
ティアラの包囲網は完成し、マリアに逃げ場はない。

しかし、追い詰められた獣は、時に予想外の牙を剥く。
マリアの「最後の切り札」とは──?

一方、闇国の貴族たちは、帝国への対応を迫られる。
「聖女」を差し出すか、それとも戦うか。

そして、ジークハルトは──
愛する妻の「狩り」を、どこまで見守るのか。

第8話「断罪と慈悲は、記録されていた」

-----

【おまけ:闇国ノクターナ 中央市場の片隅】

-----

「なあ、さっきの夫婦見た?」
「ああ、観光客の」
「あの旦那、とんでもなくなかったか?」
「何が」
「いや、北地区で暗殺者三人吹っ飛ばしてた」
「……は?」
「見た目は商人なのに、衝撃波だけで」
「本当か?」
「本当だ」
「……何者だよ」
「知らん。でも、奥さんの方がもっとやばいかもしれん」
「なんで」
「躓いたふりして、暗殺者の足首踏み抜いてた」
「……偶然じゃなくて?」
「あの角度は偶然じゃ無理」
「……」
「……」
「関わらない方がいいな」
「だな」
「あの夫婦、何しに来たんだろ」
「観光」
「嘘だろ」
「嘘だな」
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