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1章 巡り合い編
第2話「ダンジョンが俺にだけ優しい件」
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DunCastの通知が止まらなかった。
昨夜から朝までの間に、切り抜き動画の再生数が12万を超えている。登録者は3人から800人に跳ね上がっていた。コメント欄はほとんど読めない速度で流れている。
想はコンビニのおにぎりを片手に、スマホをスクロールした。
「E級が未踏破ソロってまじ?」「やらせだろ」「死にかけた顔おもろすぎ」「切り抜き師ナイス」
バズっている。たった一晩で。
死にかけた映像がウケたのは複雑だが、数字は数字だ。このまま伸びれば投げ銭も見込める。治療費の足しになる。
想は立ち上がり、装備を確認した。ARゴーグル、通信端末、マナ遮断の薄手のジャケット。
今日も潜る。昨日の約束がある。
ダンジョンの入口に立った時、違和感はすぐに来た。
洞窟の暗がりに、淡い光の線が走っている。壁面の光苔が一本道を描くように並んでいた。昨日の帰り道と同じだ。ダンジョンが、道を示している。
「配信、開始」
ARゴーグルのカメラが起動する。視聴者数の表示が点滅した。切り抜きの効果か、開始直後で300人を超えている。
「お、すげえ。昨日までの100倍。みんな来てくれてんだ、ありがとな」
───────────────────
草:死にかけ動画の人だ
しろくま_22:今日も未踏破?
†漆黒の剣†:やらせ検証に来た
DJケンタ_B級:E級が未踏破って聞いて
───────────────────
「やらせじゃねえよ。ほんとに死にかけたからな」
笑いながら歩き出す。光の線に従って進むと、通路が昨日より広い。天井も高い。同じダンジョンとは思えないほど歩きやすかった。
5分ほど進んだところで、想は足を止めた。
通路の右側に、ゴブリンが3体いた。E級探索者にとって脅威になる数だ。
ゴブリンが想に気づいた。赤い目がこちらを向く。
そして、道を開けた。
3体のゴブリンが通路の壁際に寄り、想が通れるスペースを作った。威嚇もしない。攻撃もしない。ただ目を伏せて、想が通り過ぎるのを待っている。
「え」
───────────────────
草:は?
†漆黒の剣†:モンスターが避けた???
DJケンタ_B級:いやいやいやいや
しろくま_22:バグだろこれ
深層好き_A:20年ダンジョン潜ってるけど
初めて見たわこんなの
───────────────────
「俺も初めてだわ」
想自身が一番混乱している。ゴブリンの横をそろそろと通り過ぎた。背中を向けても襲ってこない。
その先でも同じことが起きた。
オークの小隊が壁際に整列して想を通し、罠のある床板は踏む前に沈んで無効化された。ダンジョン全体が想のために道を整えている。
そして中層のフロアに差しかかった時、足元に何かが転がった。
拳大の結晶体。透き通った青紫色で、内側に光が脈打っている。マナの密度が見た目でわかるほど高い。
想はしゃがみ込んで拾い上げた。指先にびりびりと振動が伝わる。
「これ」
ARゴーグルのスキャン機能が反応した。鑑定結果が表示される。
S級魔石。
市場価格、1億円以上。
「は?」
───────────────────
†漆黒の剣†:S級??????
草:は????
DJケンタ_B級:待って。S級って国家備蓄
レベルだぞ
しろくま_22:さすがにやらせ
深層好き_A:やらせでS級は用意できない
投げ銭:ゆうき さんが ¥5,000 を送信
「何が起きてるかわかんないけどすごい!」
N_o_a:想さん、気に入ってくれましたか?
草:ノアって誰
推しが重い:昨日の切り抜きにもいた
アカウント
───────────────────
想はS級魔石を握りしめた。1億円。母親の治療費、半年分。
手が震えた。感情のせいだ。
さらに奥に進む。光の線が導く先には、部屋があった。昨日の空間だ。青白い光が満ちている。
中央に、ノアが立っていた。
昨日と同じ姿。素足で石の床に立ち、金色の瞳が想を見つけた瞬間、花が咲くように表情が変わった。
「来てくれた」
ノアが二歩、三歩と近づいてくる。距離が縮まるごとにマナの密度が上がる。
「約束、したから」
「嬉しいです。ずっと待ってました」
ずっと、という言葉の重みが昨日とは違う。たった一日なのに。
想はARゴーグルのカメラをオフにした。ノアのことを配信に映す判断は、まだできない。
「ノア、一個聞いていい」
「なんでも」
「さっきのモンスター。道を開けたの、お前?」
「はい。想さんが怖い思いをしないように、ぜんぶ言い聞かせました」
「足元に落ちてた魔石も?」
「想さんがお金に困っていると聞いたので。お母様の治療に使ってください」
配信で話した内容を覚えている。想が冗談半分でこぼした母親の話を、ノアは全部聞いていたのだ。
想の喉が詰まった。ありがとうとも、いらないとも言えなかった。
「お前、このダンジョン全部変えたのか」
「はい」
ノアが微笑んだ。穏やかに。
「わたしがこのダンジョンです。あなたのために、全部変えました」
「全部って」
「通路は想さんが歩きやすい幅に。モンスターは想さんに手を出さないように。魔石は想さんの足元に集まるように」
想は言葉を探した。感謝なのか困惑なのか、自分でも区別がつかない。
「あなた以外の人間には、少しだけ」
ノアの微笑みが変わらなかった。穏やかなまま。
「厳しくしました」
その瞬間、ダンジョンのどこか遠くから声が聞こえた。
人間の声だ。上層の管理下エリアにいる探索者たちだった。
「おい、なんだこれ! 今日モンスター多すぎないか!?」
「C級エリアにA級のモンスターが出てる! 撤退、撤退!」
「回復アイテムが足りない、誰か!」
上層で普段通りに魔石を拾っていた探索者パーティーが悲鳴を上げている。壁越しに声が反響して届いていた。ノアが難易度を書き換えたのは、未踏破エリアだけじゃない。ダンジョン全体だ。
想がノアを見た。
ノアの表情は変わっていない。微笑みのまま。金色の瞳が、想だけを映している。
「ノア、あれ」
「大丈夫です。死にはしません。たぶん」
たぶん。その一語が、想の背筋を冷たくした。
だがノアは想の顔を覗き込んで、小さく首を傾げた。
「想さん? 怖い顔してます。わたし、なにか間違えましたか?」
純粋な疑問だった。本気で聞いている。他者を脅かすことが「間違い」だという認識が、ノアにはない。
想は口を開きかけて、閉じた。
今ここでノアを責めたら、何かが壊れる。そんな直感があった。
「間違ってはねえよ。ただ、もうちょい手加減してやってくれ」
「想さんがそう言うなら」
ノアが目を閉じた。数秒後、遠くの悲鳴が収まった。
「少しだけ、戻しました」
「ありがとな」
「想さんのお願いですから」
その声は嬉しそうだった。想のために何かをすること自体が、ノアにとっての喜びなのだと伝わってくる。
帰り際、想はARゴーグルのカメラを再びオンにした。
「えー、みんなお待たせ。今日は色々すごかった。詳しくは言えねえけど、まあ、見ての通りだ」
───────────────────
草:S級魔石のやつ戻ってきた
†漆黒の剣†:説明しろ
DJケンタ_B級:モンスター回避の動画、
もう5万再生いってるぞ
しろくま_22:チートだろ BANしろ
深層好き_A:チートじゃなくて
ダンジョン側の異常現象だろこれ
N_o_a:想さん、明日も来てくれますよね?
───────────────────
配信を終えてダンジョンを出ると、空が赤かった。夕焼け。随分長くいたらしい。
スマホを確認する。DunCastの登録者が3,000人を突破していた。投げ銭の合計は12万円。
そしてDMが1件。
「はじめまして、御影翔です。配信拝見しました。ぜひ一度お話しませんか?」
プロフィールを開く。A級探索者。DunCast登録者50万人。「探索者界の良心」と呼ばれる人気配信者。
そんな人間が、E級の自分に連絡してくる。
想はスマホをポケットにしまい、夕焼けの空を見上げた。
何かが動き出している。速すぎて、自分にはまだ全体像が見えない。
昨夜から朝までの間に、切り抜き動画の再生数が12万を超えている。登録者は3人から800人に跳ね上がっていた。コメント欄はほとんど読めない速度で流れている。
想はコンビニのおにぎりを片手に、スマホをスクロールした。
「E級が未踏破ソロってまじ?」「やらせだろ」「死にかけた顔おもろすぎ」「切り抜き師ナイス」
バズっている。たった一晩で。
死にかけた映像がウケたのは複雑だが、数字は数字だ。このまま伸びれば投げ銭も見込める。治療費の足しになる。
想は立ち上がり、装備を確認した。ARゴーグル、通信端末、マナ遮断の薄手のジャケット。
今日も潜る。昨日の約束がある。
ダンジョンの入口に立った時、違和感はすぐに来た。
洞窟の暗がりに、淡い光の線が走っている。壁面の光苔が一本道を描くように並んでいた。昨日の帰り道と同じだ。ダンジョンが、道を示している。
「配信、開始」
ARゴーグルのカメラが起動する。視聴者数の表示が点滅した。切り抜きの効果か、開始直後で300人を超えている。
「お、すげえ。昨日までの100倍。みんな来てくれてんだ、ありがとな」
───────────────────
草:死にかけ動画の人だ
しろくま_22:今日も未踏破?
†漆黒の剣†:やらせ検証に来た
DJケンタ_B級:E級が未踏破って聞いて
───────────────────
「やらせじゃねえよ。ほんとに死にかけたからな」
笑いながら歩き出す。光の線に従って進むと、通路が昨日より広い。天井も高い。同じダンジョンとは思えないほど歩きやすかった。
5分ほど進んだところで、想は足を止めた。
通路の右側に、ゴブリンが3体いた。E級探索者にとって脅威になる数だ。
ゴブリンが想に気づいた。赤い目がこちらを向く。
そして、道を開けた。
3体のゴブリンが通路の壁際に寄り、想が通れるスペースを作った。威嚇もしない。攻撃もしない。ただ目を伏せて、想が通り過ぎるのを待っている。
「え」
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草:は?
†漆黒の剣†:モンスターが避けた???
DJケンタ_B級:いやいやいやいや
しろくま_22:バグだろこれ
深層好き_A:20年ダンジョン潜ってるけど
初めて見たわこんなの
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「俺も初めてだわ」
想自身が一番混乱している。ゴブリンの横をそろそろと通り過ぎた。背中を向けても襲ってこない。
その先でも同じことが起きた。
オークの小隊が壁際に整列して想を通し、罠のある床板は踏む前に沈んで無効化された。ダンジョン全体が想のために道を整えている。
そして中層のフロアに差しかかった時、足元に何かが転がった。
拳大の結晶体。透き通った青紫色で、内側に光が脈打っている。マナの密度が見た目でわかるほど高い。
想はしゃがみ込んで拾い上げた。指先にびりびりと振動が伝わる。
「これ」
ARゴーグルのスキャン機能が反応した。鑑定結果が表示される。
S級魔石。
市場価格、1億円以上。
「は?」
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†漆黒の剣†:S級??????
草:は????
DJケンタ_B級:待って。S級って国家備蓄
レベルだぞ
しろくま_22:さすがにやらせ
深層好き_A:やらせでS級は用意できない
投げ銭:ゆうき さんが ¥5,000 を送信
「何が起きてるかわかんないけどすごい!」
N_o_a:想さん、気に入ってくれましたか?
草:ノアって誰
推しが重い:昨日の切り抜きにもいた
アカウント
───────────────────
想はS級魔石を握りしめた。1億円。母親の治療費、半年分。
手が震えた。感情のせいだ。
さらに奥に進む。光の線が導く先には、部屋があった。昨日の空間だ。青白い光が満ちている。
中央に、ノアが立っていた。
昨日と同じ姿。素足で石の床に立ち、金色の瞳が想を見つけた瞬間、花が咲くように表情が変わった。
「来てくれた」
ノアが二歩、三歩と近づいてくる。距離が縮まるごとにマナの密度が上がる。
「約束、したから」
「嬉しいです。ずっと待ってました」
ずっと、という言葉の重みが昨日とは違う。たった一日なのに。
想はARゴーグルのカメラをオフにした。ノアのことを配信に映す判断は、まだできない。
「ノア、一個聞いていい」
「なんでも」
「さっきのモンスター。道を開けたの、お前?」
「はい。想さんが怖い思いをしないように、ぜんぶ言い聞かせました」
「足元に落ちてた魔石も?」
「想さんがお金に困っていると聞いたので。お母様の治療に使ってください」
配信で話した内容を覚えている。想が冗談半分でこぼした母親の話を、ノアは全部聞いていたのだ。
想の喉が詰まった。ありがとうとも、いらないとも言えなかった。
「お前、このダンジョン全部変えたのか」
「はい」
ノアが微笑んだ。穏やかに。
「わたしがこのダンジョンです。あなたのために、全部変えました」
「全部って」
「通路は想さんが歩きやすい幅に。モンスターは想さんに手を出さないように。魔石は想さんの足元に集まるように」
想は言葉を探した。感謝なのか困惑なのか、自分でも区別がつかない。
「あなた以外の人間には、少しだけ」
ノアの微笑みが変わらなかった。穏やかなまま。
「厳しくしました」
その瞬間、ダンジョンのどこか遠くから声が聞こえた。
人間の声だ。上層の管理下エリアにいる探索者たちだった。
「おい、なんだこれ! 今日モンスター多すぎないか!?」
「C級エリアにA級のモンスターが出てる! 撤退、撤退!」
「回復アイテムが足りない、誰か!」
上層で普段通りに魔石を拾っていた探索者パーティーが悲鳴を上げている。壁越しに声が反響して届いていた。ノアが難易度を書き換えたのは、未踏破エリアだけじゃない。ダンジョン全体だ。
想がノアを見た。
ノアの表情は変わっていない。微笑みのまま。金色の瞳が、想だけを映している。
「ノア、あれ」
「大丈夫です。死にはしません。たぶん」
たぶん。その一語が、想の背筋を冷たくした。
だがノアは想の顔を覗き込んで、小さく首を傾げた。
「想さん? 怖い顔してます。わたし、なにか間違えましたか?」
純粋な疑問だった。本気で聞いている。他者を脅かすことが「間違い」だという認識が、ノアにはない。
想は口を開きかけて、閉じた。
今ここでノアを責めたら、何かが壊れる。そんな直感があった。
「間違ってはねえよ。ただ、もうちょい手加減してやってくれ」
「想さんがそう言うなら」
ノアが目を閉じた。数秒後、遠くの悲鳴が収まった。
「少しだけ、戻しました」
「ありがとな」
「想さんのお願いですから」
その声は嬉しそうだった。想のために何かをすること自体が、ノアにとっての喜びなのだと伝わってくる。
帰り際、想はARゴーグルのカメラを再びオンにした。
「えー、みんなお待たせ。今日は色々すごかった。詳しくは言えねえけど、まあ、見ての通りだ」
───────────────────
草:S級魔石のやつ戻ってきた
†漆黒の剣†:説明しろ
DJケンタ_B級:モンスター回避の動画、
もう5万再生いってるぞ
しろくま_22:チートだろ BANしろ
深層好き_A:チートじゃなくて
ダンジョン側の異常現象だろこれ
N_o_a:想さん、明日も来てくれますよね?
───────────────────
配信を終えてダンジョンを出ると、空が赤かった。夕焼け。随分長くいたらしい。
スマホを確認する。DunCastの登録者が3,000人を突破していた。投げ銭の合計は12万円。
そしてDMが1件。
「はじめまして、御影翔です。配信拝見しました。ぜひ一度お話しませんか?」
プロフィールを開く。A級探索者。DunCast登録者50万人。「探索者界の良心」と呼ばれる人気配信者。
そんな人間が、E級の自分に連絡してくる。
想はスマホをポケットにしまい、夕焼けの空を見上げた。
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