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1章 巡り合い編
第3話「笑顔の裏で」
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「いやあ、ほんとすごいっすよソウさん。動画見て鳥肌立ちました」
御影翔は、画面越しの印象そのままの人間だった。
駅前のカフェ。窓際の席で向かい合っている。整った顔立ちに爽やかな笑顔。A級探索者にしてDunCast登録者50万人。「探索者界の良心」と呼ばれる男が、E級の想にわざわざ会いに来た。
周囲のテーブルから視線を感じる。御影は顔が知れている。それでも想を優先するように体をこちらに向けていた。
「すごくはねえよ。死にかけただけだし」
「その死にかけ映像がバズるのがすごいんですって。自分、あの手の生配信のリアルさってずっと大事にしてて」
御影がアイスコーヒーのストローを回しながら身を乗り出した。
「ソウさんの配信には『本物感』がある。作り物じゃない緊張感っていうか。自分の視聴者にも薦めたんですよ」
「え、まじ?」
「まじまじ。だから登録者、急に伸びたでしょ? あれ半分くらい俺のとこから流れてると思う」
言われて納得した。2日で3,000人に届いた異常な伸びは、切り抜きの力だけじゃなかったのだ。
「ありがとな、マジで」
「いやいや、面白い配信を広めるのは先輩の仕事っすよ」
御影が右手を差し出した。想はその手を握った。力の入れ方が丁寧で、握り返しやすい。
「それで提案なんすけど」
御影がスマホを取り出し、画面を見せた。DunCastのコラボ申請フォーム。
「今度、一緒にダンジョン潜りません? コラボ配信。ソウさんの未踏破エリアで」
「俺なんかとコラボして、御影さんにメリットあんの」
「ありますよ。今一番注目されてる配信者と組むんだから。それにソウさんのダンジョン、明らかに何か普通じゃない現象が起きてるでしょ? あれの謎解きをコラボでやったら絶対数字出る」
たしかに筋は通る。御影の提案はどこにも穴がない。
「ちょっと考えさせて。配信のスタイルとか、まだ固まってねえから」
「もちろん。急かす気はないんで、いつでも連絡ください」
御影がにっこりと笑った。完璧な笑顔だった。
カフェを出て、想は駅までの道を歩いた。冬の空気が冷たい。息が白い。
悪い人じゃなさそうだ。配信を薦めてくれた恩もある。コラボ、やってみてもいいかもしれない。
スマホにDunCastの通知が来た。
───────────────────
N_o_a:想さん、今日は来てくれないんですか。
───────────────────
ダンジョンに行かなかった日は、今日が初めてだった。
想は返信のしようがないことに気づいて、スマホをポケットにしまった。このアカウントにDMを送れるのだろうか。そもそもDunCastのコメント欄にしか現れない存在に、どうやって連絡を取ればいいのか。
明日は行く。そう思いながら、病院に向かった。
母親の病室は6階にある。エレベーターを降りると消毒液の匂いが鼻を突いた。窓から見える景色は、駐車場とその先に広がる住宅地。夕焼けが屋根を染めていた。
ベッドの上で母親が目を開けた。頬がこけている。腕に刺さった点滴の管が、蛍光灯の下で光っていた。
「今日はどうだった」
母親の声は掠れていたが、笑顔を作ろうとしていた。
「ちょっと有名になったかも。テレビ出るレベルじゃねえけど」
「そう。よかったね」
「あと、魔石が手に入った。いいやつ。次の治療費、しばらく大丈夫」
母親の手が、シーツの上で小さく動いた。想の手に触れようとして、力が足りずに止まる。
「無理、しないでね」
「してねえよ」
嘘だった。母親にはわかっている。想にもわかっている。だがどちらも、それ以上は踏み込まなかった。
病室を出ると、廊下の蛍光灯が目に刺さった。
あのS級魔石で半年分の治療費が出る。だがその先は。毎月毎月、2億円を稼ぎ続けなければ母親は死ぬ。
ノアの力に頼れば、魔石はいくらでも手に入るかもしれない。だがそれは、ノアにどこまで依存することになるのか。
答えの出ない問いを抱えたまま、想は病院を出た。
夜の空気が肺に冷たかった。駐車場の自販機で缶コーヒーを買い、一口飲んで歩き出す。
スマホの画面に、N_o_aの通知がまだ残っていた。「想さん、今日は来てくれないんですか」。その文字列を親指でなぞり、画面を閉じた。
明日は行くよ。声に出さず、そう思った。
───
同じ時刻。都内のタワーマンション32階。
御影翔は帰宅するなり、リビングの照明をつけなかった。
カーテンも閉めたまま。窓の外の夜景だけが、部屋をぼんやりと照らしている。ソファに座り、スマホを取り出した。
ロック画面を解除する。表示されたのは、カフェで想に見せたものとは別のアカウントだった。
ユーザー名:名無しの探索者。
匿名掲示板のアプリを開く。御影自身が3日前に立てたスレッドが表示された。
「【検証】配信者ソウの未踏破ダンジョンはヤラセか? 不自然なドロップまとめ」
スレッドには100件以上のレスがついている。御影はその大半を自分で書いていた。IDを切り替えながら、複数人が議論しているように見せている。
新しいレスを打ち込んだ。
「協会関係者に聞いたけど、あいつ探索者登録すらまともにしてないらしい。正式なマナ適性検査も受けてないって話」
全部嘘だった。送信を押す。親指に力がこもる。
DunCastの画面に切り替えた。想のチャンネルページ。登録者数の横に、上昇率を示す赤い矢印が出ている。
御影は登録者推移のグラフを長押しした。2日前まで3人だった線が、垂直に跳ね上がっている。
自分のチャンネルのグラフを開く。50万人の登録者。横ばいだ。ここ半年、微増しかしていない。
3年かけて積み上げた数字を、あの男はたった2日で追い上げようとしている。
スマホを置き、ソファの背にもたれた。暗い天井を見上げる。
テーブルの上にノートPCが開いていた。画面にはスプレッドシート。「コラボ実績一覧」というタイトルの下に、5人の名前が縦に並んでいる。
各名前の右のセルに、ステータスが記入されていた。
佐伯ユウト。済。
水谷リョウ。済。
橋本カナタ。済。
天野ミキ。済。
久保マサル。済。
5人全員が、御影とのコラボ後に配信活動を停止していた。引退、活動休止、アカウント削除。理由はそれぞれ違うが、結果は同じだ。
御影がスマホを持ち直した。DunCastの想のページに戻り、フォローボタンの横にある通知設定をオンにする。想が配信を始めたら、即座にわかるように。
窓の外の夜景が、御影の顔を半分だけ照らしていた。カフェで見せた笑顔は、そこにはない。
唇が動いた。
「おれの場所は、おれが守る」
声にはなっていなかった。口の形だけ。
スマホの画面が暗転し、御影の顔が液晶に映り込んだ。
笑っていない目が、自分自身を見つめていた。
翌朝。想のスマホに、匿名掲示板のスレッドURLが貼られたDMが届いた。差出人は「名無しの心配者」。
想はそれを「よくあるアンチ」だと思い、既読もつけずに閉じた。
御影翔は、画面越しの印象そのままの人間だった。
駅前のカフェ。窓際の席で向かい合っている。整った顔立ちに爽やかな笑顔。A級探索者にしてDunCast登録者50万人。「探索者界の良心」と呼ばれる男が、E級の想にわざわざ会いに来た。
周囲のテーブルから視線を感じる。御影は顔が知れている。それでも想を優先するように体をこちらに向けていた。
「すごくはねえよ。死にかけただけだし」
「その死にかけ映像がバズるのがすごいんですって。自分、あの手の生配信のリアルさってずっと大事にしてて」
御影がアイスコーヒーのストローを回しながら身を乗り出した。
「ソウさんの配信には『本物感』がある。作り物じゃない緊張感っていうか。自分の視聴者にも薦めたんですよ」
「え、まじ?」
「まじまじ。だから登録者、急に伸びたでしょ? あれ半分くらい俺のとこから流れてると思う」
言われて納得した。2日で3,000人に届いた異常な伸びは、切り抜きの力だけじゃなかったのだ。
「ありがとな、マジで」
「いやいや、面白い配信を広めるのは先輩の仕事っすよ」
御影が右手を差し出した。想はその手を握った。力の入れ方が丁寧で、握り返しやすい。
「それで提案なんすけど」
御影がスマホを取り出し、画面を見せた。DunCastのコラボ申請フォーム。
「今度、一緒にダンジョン潜りません? コラボ配信。ソウさんの未踏破エリアで」
「俺なんかとコラボして、御影さんにメリットあんの」
「ありますよ。今一番注目されてる配信者と組むんだから。それにソウさんのダンジョン、明らかに何か普通じゃない現象が起きてるでしょ? あれの謎解きをコラボでやったら絶対数字出る」
たしかに筋は通る。御影の提案はどこにも穴がない。
「ちょっと考えさせて。配信のスタイルとか、まだ固まってねえから」
「もちろん。急かす気はないんで、いつでも連絡ください」
御影がにっこりと笑った。完璧な笑顔だった。
カフェを出て、想は駅までの道を歩いた。冬の空気が冷たい。息が白い。
悪い人じゃなさそうだ。配信を薦めてくれた恩もある。コラボ、やってみてもいいかもしれない。
スマホにDunCastの通知が来た。
───────────────────
N_o_a:想さん、今日は来てくれないんですか。
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ダンジョンに行かなかった日は、今日が初めてだった。
想は返信のしようがないことに気づいて、スマホをポケットにしまった。このアカウントにDMを送れるのだろうか。そもそもDunCastのコメント欄にしか現れない存在に、どうやって連絡を取ればいいのか。
明日は行く。そう思いながら、病院に向かった。
母親の病室は6階にある。エレベーターを降りると消毒液の匂いが鼻を突いた。窓から見える景色は、駐車場とその先に広がる住宅地。夕焼けが屋根を染めていた。
ベッドの上で母親が目を開けた。頬がこけている。腕に刺さった点滴の管が、蛍光灯の下で光っていた。
「今日はどうだった」
母親の声は掠れていたが、笑顔を作ろうとしていた。
「ちょっと有名になったかも。テレビ出るレベルじゃねえけど」
「そう。よかったね」
「あと、魔石が手に入った。いいやつ。次の治療費、しばらく大丈夫」
母親の手が、シーツの上で小さく動いた。想の手に触れようとして、力が足りずに止まる。
「無理、しないでね」
「してねえよ」
嘘だった。母親にはわかっている。想にもわかっている。だがどちらも、それ以上は踏み込まなかった。
病室を出ると、廊下の蛍光灯が目に刺さった。
あのS級魔石で半年分の治療費が出る。だがその先は。毎月毎月、2億円を稼ぎ続けなければ母親は死ぬ。
ノアの力に頼れば、魔石はいくらでも手に入るかもしれない。だがそれは、ノアにどこまで依存することになるのか。
答えの出ない問いを抱えたまま、想は病院を出た。
夜の空気が肺に冷たかった。駐車場の自販機で缶コーヒーを買い、一口飲んで歩き出す。
スマホの画面に、N_o_aの通知がまだ残っていた。「想さん、今日は来てくれないんですか」。その文字列を親指でなぞり、画面を閉じた。
明日は行くよ。声に出さず、そう思った。
───
同じ時刻。都内のタワーマンション32階。
御影翔は帰宅するなり、リビングの照明をつけなかった。
カーテンも閉めたまま。窓の外の夜景だけが、部屋をぼんやりと照らしている。ソファに座り、スマホを取り出した。
ロック画面を解除する。表示されたのは、カフェで想に見せたものとは別のアカウントだった。
ユーザー名:名無しの探索者。
匿名掲示板のアプリを開く。御影自身が3日前に立てたスレッドが表示された。
「【検証】配信者ソウの未踏破ダンジョンはヤラセか? 不自然なドロップまとめ」
スレッドには100件以上のレスがついている。御影はその大半を自分で書いていた。IDを切り替えながら、複数人が議論しているように見せている。
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「協会関係者に聞いたけど、あいつ探索者登録すらまともにしてないらしい。正式なマナ適性検査も受けてないって話」
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DunCastの画面に切り替えた。想のチャンネルページ。登録者数の横に、上昇率を示す赤い矢印が出ている。
御影は登録者推移のグラフを長押しした。2日前まで3人だった線が、垂直に跳ね上がっている。
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3年かけて積み上げた数字を、あの男はたった2日で追い上げようとしている。
スマホを置き、ソファの背にもたれた。暗い天井を見上げる。
テーブルの上にノートPCが開いていた。画面にはスプレッドシート。「コラボ実績一覧」というタイトルの下に、5人の名前が縦に並んでいる。
各名前の右のセルに、ステータスが記入されていた。
佐伯ユウト。済。
水谷リョウ。済。
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5人全員が、御影とのコラボ後に配信活動を停止していた。引退、活動休止、アカウント削除。理由はそれぞれ違うが、結果は同じだ。
御影がスマホを持ち直した。DunCastの想のページに戻り、フォローボタンの横にある通知設定をオンにする。想が配信を始めたら、即座にわかるように。
窓の外の夜景が、御影の顔を半分だけ照らしていた。カフェで見せた笑顔は、そこにはない。
唇が動いた。
「おれの場所は、おれが守る」
声にはなっていなかった。口の形だけ。
スマホの画面が暗転し、御影の顔が液晶に映り込んだ。
笑っていない目が、自分自身を見つめていた。
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