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1章 巡り合い編
第6話「仮面、ひび割れる」
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コラボ配信は、順調だった。
御影翔と並んでダンジョンの中層を歩く。二人の映像がそれぞれのチャンネルで同時配信されている。想のカメラは自分のARゴーグル、御影のカメラは肩に固定した小型デバイス。
同時接続数が画面の隅で点滅していた。想のチャンネルだけで6,000人。御影と合わせれば2万人を超えている。今までの配信とは桁が違う。
───────────────────
草:コラボきたああ
†漆黒の剣†:御影翔とソウの並び新鮮すぎ
DJケンタ_B級:A級とE級のコラボって
前代未聞だろ
しろくま_22:御影くんイケメンすぎん?
推しが重い:ソウくんもいい顔してる
N_o_a:…………。
───────────────────
「いやー、ソウくんのダンジョン面白いっすね。モンスターが道譲るの初めて見た」
御影が笑いながらカメラに向かって手を振る。画面映りを計算した角度だ。照明も表情も完璧に管理されている。3年のキャリアが動作の隅々に染み込んでいた。
「俺もなんで譲られてるのかわかんねえんだけどな」
「そこがいいんですって。ミステリーがあるから視聴者が離れない」
御影が想の肩を軽く叩いた。自然な動作。二人の距離感が画面越しに伝わるように計算されている。
想はそこまで考えていなかった。ただ歩いて、話して、魔石を拾う。御影と一緒だと、配信のテンポが全然違う。3年の差が、間の取り方ひとつに染みている。
中層のボスエリアに差しかかった。大型のオーク・ジェネラルが通路の奥に座り込んでいる。体高3メートル。手には鉄の棍棒。C級パーティーでも苦戦する相手だ。
オーク・ジェネラルが想を見た。赤い目が細くなる。
立ち上がり、壁際に移動した。鉄の棍棒を床に置いて、道を空ける。
コメント欄が沸騰した。御影が「すっご」と声を上げ、視聴者に向かって大げさにリアクションしている。
それを横目に、想は妙な疲れを感じていた。御影といると、自分の「見せ方」が雑に感じる。比較されている気がして、配信中なのに言葉が減る。
ボスエリアを抜けた先の通路で、御影が立ち止まった。
「ちょっと休憩しません? 水飲みたい」
「ああ、いいよ」
二人は通路の壁に背を預けた。御影がリュックから水筒を取り出し、一口飲む。
この通路は狭い。壁面に中継器のランプが見えない。つまりManaLinkの電波が弱いエリアだ。カメラは回っているが、配信の画質が落ちているはず。音声も途切れがちになる。
不思議だった。ノアはいつも想の通信を安定させてくれている。この程度の中継器の隙間など、意味がないはずだ。
御影がそれを知っていたのかどうか、想にはわからない。だがノアが、この瞬間だけ手を引いた理由も。
御影が水筒のキャップを閉め、想に体を寄せた。
「なあ、ソウくん」
声のトーンが変わった。配信用の明るさが消えて、低く、近い声。
「そのダンジョンの女、俺にも紹介してくれない?」
想は御影の顔を見た。
笑っている。だが目が笑っていない。カフェで見た爽やかな光が瞳から消えていて、代わりに据わった目がこちらを見ている。
「ダンジョンの女って」
「ノアだっけ? コメント欄でよく見るやつ。あれ、ダンジョンのシステムか何かなんだろ? 自分も興味あってさ」
御影の唇が薄く弧を描いた。
「あの力、すごいじゃん。モンスターが道を空ける、魔石が足元に湧く。あれを自分の配信でも使えたら、最強だと思わない?」
想の中で何かが引っかかった。小さな棘のような違和感。
御影の言葉は「興味がある」だった。だが目が語っているのは「欲しい」だ。ノアを人として見ていない。機能として見ている。
「ノアは紹介とかそういうんじゃねえよ。人っていうか」
「わかるわかる。大事な存在なんだよね」
御影がすぐに笑顔に戻った。配信用の、完璧な笑顔に。
「冗談冗談。気にしないで。さ、続き行こう」
御影が先に歩き出した。想は数秒遅れて足を動かした。
胸の奥に沈んだ棘が、抜けない。
配信を再開した。電波状況が戻り、画質がクリアになる。通路を抜けた壁面で、光苔がかすかに灯った。一瞬だけ。まるで仕事を終えたかのように。コメント欄が再び流れ始める。御影はいつもの笑顔で視聴者に手を振っていた。何事もなかったかのように。
深層への階段を降りた時だった。
想のARゴーグルに、ノイズが走った。
一瞬、音声が途切れる。直後に別の音が混ざった。配信の音声に、本来あるべきでない音が紛れ込んでいる。
通話記録だった。
御影の声だ。古い音質。録音特有の平坦な響き。
『いや、佐伯は使えなくなったから切った。コラボして数字だけ吸って、あとは勝手に沈んでくれりゃいい』
ノイズ混じりで、5秒ほどで途切れた。配信の音声がもとに戻る。
想は足を止めた。
御影の声だった。間違いない。だが配信中の声じゃない。電話か、通話アプリの録音だ。「佐伯」という名前。「数字だけ吸って」。「勝手に沈んでくれりゃいい」。
コメント欄を確認する。視聴者の反応は「音声途切れた?」「電波悪い」程度だ。ノイズの中に混ざった声の内容まで聞き取れた人間は、いないように見える。
だが想には聞こえた。
佐伯。聞き覚えのない名前だ。だが「コラボして数字だけ吸って、あとは勝手に沈んでくれりゃいい」という言い方は、冗談には聞こえなかった。
あれは、本音の声だ。
御影が振り返った。笑顔だ。
「ソウくん、どうした? 電波悪かった?」
「ああ、うん。ちょっとノイズ入った」
「深層あるあるだよね。気にしない気にしない」
御影が軽く手を振って、また前を向いた。
想は御影の背中を見つめた。
さっきの通話音声。ノアが流したとしか考えられない。ダンジョンの通信インフラに介入できるのは、ノアだけだ。御影のスマホに残っていた通話記録を抜き取り、配信の音声に紛れ込ませた。
ノアは言った。あの人の文章には嘘の匂いがすると。
想はそれを「お前は俺以外全員嫌いだろ」と笑った。
だが今、想の耳には御影自身の声が残っている。「数字だけ吸って、あとは勝手に沈んでくれりゃいい」。
コラボ配信は夕方まで続いた。御影は最後までにこやかで、視聴者への対応も完璧だった。深層で拾ったB級魔石を「ソウくんの方がこういうの必要でしょ」と譲る場面もあった。
配信終了後、ダンジョンの入口で「楽しかった、またやろう」と握手して別れた。
御影の手は温かかった。力の入れ方も丁寧だった。何も変わっていない。
変わったのは、想の方だ。
ダンジョンを出た後、想は入口の前に立ったまま動かなかった。
冬の風が頬を叩く。吐く息が白い。ARゴーグルを外すと、目の前に暗い洞窟の入口がある。
スマホを取り出した。DunCastのDMを開く。御影からのメッセージ履歴。笑顔の絵文字。「応援してるよ」「何か手伝えることあったら」。
全部、本物に見えた。今でも見える。
だが想の耳の奥には、ノイズ混じりの声がこびりついて離れなかった。
ノアの嫉妬なのか。あの声は本物なのか。御影は本当にいい人なのか。
わからない。わからないことが、一番きつかった。
───────────────────
N_o_a:想さん。お疲れさまでした。
N_o_a:わたしの話、少しは聞いてくれますか。
───────────────────
御影翔と並んでダンジョンの中層を歩く。二人の映像がそれぞれのチャンネルで同時配信されている。想のカメラは自分のARゴーグル、御影のカメラは肩に固定した小型デバイス。
同時接続数が画面の隅で点滅していた。想のチャンネルだけで6,000人。御影と合わせれば2万人を超えている。今までの配信とは桁が違う。
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草:コラボきたああ
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前代未聞だろ
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推しが重い:ソウくんもいい顔してる
N_o_a:…………。
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「いやー、ソウくんのダンジョン面白いっすね。モンスターが道譲るの初めて見た」
御影が笑いながらカメラに向かって手を振る。画面映りを計算した角度だ。照明も表情も完璧に管理されている。3年のキャリアが動作の隅々に染み込んでいた。
「俺もなんで譲られてるのかわかんねえんだけどな」
「そこがいいんですって。ミステリーがあるから視聴者が離れない」
御影が想の肩を軽く叩いた。自然な動作。二人の距離感が画面越しに伝わるように計算されている。
想はそこまで考えていなかった。ただ歩いて、話して、魔石を拾う。御影と一緒だと、配信のテンポが全然違う。3年の差が、間の取り方ひとつに染みている。
中層のボスエリアに差しかかった。大型のオーク・ジェネラルが通路の奥に座り込んでいる。体高3メートル。手には鉄の棍棒。C級パーティーでも苦戦する相手だ。
オーク・ジェネラルが想を見た。赤い目が細くなる。
立ち上がり、壁際に移動した。鉄の棍棒を床に置いて、道を空ける。
コメント欄が沸騰した。御影が「すっご」と声を上げ、視聴者に向かって大げさにリアクションしている。
それを横目に、想は妙な疲れを感じていた。御影といると、自分の「見せ方」が雑に感じる。比較されている気がして、配信中なのに言葉が減る。
ボスエリアを抜けた先の通路で、御影が立ち止まった。
「ちょっと休憩しません? 水飲みたい」
「ああ、いいよ」
二人は通路の壁に背を預けた。御影がリュックから水筒を取り出し、一口飲む。
この通路は狭い。壁面に中継器のランプが見えない。つまりManaLinkの電波が弱いエリアだ。カメラは回っているが、配信の画質が落ちているはず。音声も途切れがちになる。
不思議だった。ノアはいつも想の通信を安定させてくれている。この程度の中継器の隙間など、意味がないはずだ。
御影がそれを知っていたのかどうか、想にはわからない。だがノアが、この瞬間だけ手を引いた理由も。
御影が水筒のキャップを閉め、想に体を寄せた。
「なあ、ソウくん」
声のトーンが変わった。配信用の明るさが消えて、低く、近い声。
「そのダンジョンの女、俺にも紹介してくれない?」
想は御影の顔を見た。
笑っている。だが目が笑っていない。カフェで見た爽やかな光が瞳から消えていて、代わりに据わった目がこちらを見ている。
「ダンジョンの女って」
「ノアだっけ? コメント欄でよく見るやつ。あれ、ダンジョンのシステムか何かなんだろ? 自分も興味あってさ」
御影の唇が薄く弧を描いた。
「あの力、すごいじゃん。モンスターが道を空ける、魔石が足元に湧く。あれを自分の配信でも使えたら、最強だと思わない?」
想の中で何かが引っかかった。小さな棘のような違和感。
御影の言葉は「興味がある」だった。だが目が語っているのは「欲しい」だ。ノアを人として見ていない。機能として見ている。
「ノアは紹介とかそういうんじゃねえよ。人っていうか」
「わかるわかる。大事な存在なんだよね」
御影がすぐに笑顔に戻った。配信用の、完璧な笑顔に。
「冗談冗談。気にしないで。さ、続き行こう」
御影が先に歩き出した。想は数秒遅れて足を動かした。
胸の奥に沈んだ棘が、抜けない。
配信を再開した。電波状況が戻り、画質がクリアになる。通路を抜けた壁面で、光苔がかすかに灯った。一瞬だけ。まるで仕事を終えたかのように。コメント欄が再び流れ始める。御影はいつもの笑顔で視聴者に手を振っていた。何事もなかったかのように。
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想のARゴーグルに、ノイズが走った。
一瞬、音声が途切れる。直後に別の音が混ざった。配信の音声に、本来あるべきでない音が紛れ込んでいる。
通話記録だった。
御影の声だ。古い音質。録音特有の平坦な響き。
『いや、佐伯は使えなくなったから切った。コラボして数字だけ吸って、あとは勝手に沈んでくれりゃいい』
ノイズ混じりで、5秒ほどで途切れた。配信の音声がもとに戻る。
想は足を止めた。
御影の声だった。間違いない。だが配信中の声じゃない。電話か、通話アプリの録音だ。「佐伯」という名前。「数字だけ吸って」。「勝手に沈んでくれりゃいい」。
コメント欄を確認する。視聴者の反応は「音声途切れた?」「電波悪い」程度だ。ノイズの中に混ざった声の内容まで聞き取れた人間は、いないように見える。
だが想には聞こえた。
佐伯。聞き覚えのない名前だ。だが「コラボして数字だけ吸って、あとは勝手に沈んでくれりゃいい」という言い方は、冗談には聞こえなかった。
あれは、本音の声だ。
御影が振り返った。笑顔だ。
「ソウくん、どうした? 電波悪かった?」
「ああ、うん。ちょっとノイズ入った」
「深層あるあるだよね。気にしない気にしない」
御影が軽く手を振って、また前を向いた。
想は御影の背中を見つめた。
さっきの通話音声。ノアが流したとしか考えられない。ダンジョンの通信インフラに介入できるのは、ノアだけだ。御影のスマホに残っていた通話記録を抜き取り、配信の音声に紛れ込ませた。
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全部、本物に見えた。今でも見える。
だが想の耳の奥には、ノイズ混じりの声がこびりついて離れなかった。
ノアの嫉妬なのか。あの声は本物なのか。御影は本当にいい人なのか。
わからない。わからないことが、一番きつかった。
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