俺のダンジョン配信がバズった理由は、ダンジョンそのものが俺に恋してるからだった

チャビューヘ

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1章 巡り合い編

第5話「アンチ、ダンジョンで泣く」

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 異変に最初に気づいたのは、レギュラーコメ主のしろくま_22だった。

 ───────────────────
 しろくま_22:コメ欄荒れてね?
 †漆黒の剣†:ほんとだ。捨てアカ大量に
        湧いてる
 草:「チーター」「BAN希望」「やらせ野郎」
    全部同じ文体で草
 DJケンタ_B級:組織的にやられてるな
        これ
 ───────────────────

 想が配信を始めて10分。コメント欄が荒れ始めていた。

 捨てアカウントが次々と現れ、同じような文面を連投している。「モンスターが避けるのは運営との癒着」「S級ドロップはやらせ」「通報した」。一人二人じゃない。数十のアカウントが同時に動いている。

「あー、なんかすげえ湧いてんな」

 想は歩きながらコメントを流し読みした。腹は立つ。立つが、底辺配信者時代に比べれば人が見てくれているだけましだ。

「まあいいや。アンチも視聴者だから。見てくれてありがとな」

 そう言った3秒後だった。

 コメント欄が静まった。

 文字通り、一瞬で。さっきまで画面を埋め尽くしていた荒らしコメントが消えている。捨てアカウントのユーザー名が一つ残らず消滅していた。

 ───────────────────
 草:え? 荒らし全滅した?
 †漆黒の剣†:全員BANされてる
 しろくま_22:速すぎだろ。運営仕事早
 DJケンタ_B級:いや待て。BANの処理速度が
        おかしい。普通こんな一瞬で
        できない
 深層好き_A:ログ見たけどBAN処理が
       0.0001秒単位で連続してる
       人間の操作じゃない
 N_o_a:想さんを悪く言う人は、いなくなりました。
 推しが重い:ノアちゃん怖いw
 ───────────────────

 想の口元が引きつった。

「ノア」

 声を落として呟く。返事はない。だが壁面の光苔がかすかに明るくなった。肯定のつもりだろう。

「やりすぎだって」

 光苔が一瞬暗くなった。不満そうに。

 配信を続行した。深層でA級魔石を2つ回収し、帰路についた時点で視聴者数は4,000人を超えていた。アンチ騒動が逆に注目を集めたらしい。

 ダンジョンを出て配信を終了した後、SNSを開いて想は目を疑った。

 トレンド入りしている単語があった。

「#ダンジョンに嫌われた男」

 タップする。動画がヒットした。再生数が急速に回っている。

 映っていたのは、一人のD級探索者だった。20代後半の男。DunCastのサブアカウント配信者で、想のアンチスレッドの常連だったらしい。

 その男が、想と同じダンジョンに入った。

 入口を三歩進んだ瞬間、天井からスライムが落ちてきた。1匹じゃない。10匹、20匹、50匹。無害だが、体中にまとわりついて視界を塞ぎ、装備の隙間に入り込む。ぬるぬるした半透明のゼリーが全身を覆い、男は悲鳴を上げながら出口に逃げ帰った。

 その映像が、別の配信者のカメラに偶然映り込んでいた。

 動画のコメント欄は大喜利状態だった。「ソウの悪口言ったらダンジョンに嫌われる」「これがリアルざまぁ」「ノアちゃんの防衛システム」。

 笑い事ではないのだが、想の口元が緩んだ。すぐに引き締める。

 スマホに通知。DunCastのDM。

「ソウさん、大丈夫? アンチ大変だよね。何か手伝えることあったら言ってね」

 御影翔からだった。ハートの絵文字が添えられている。

 想は「ありがとな、大丈夫」と返した。御影の好意がありがたかった。忙しい人なのに、わざわざ気にかけてくれている。

 翌日。想はダンジョンに入り、カメラをオフにしてノアに会いに行った。

 ノアは最深部の空間で待っていた。想の姿を認めると、小走りに駆け寄ってくる。足音がしない。石の床の上を滑るように動く。

「想さん。昨日のアンチの人たち、もう来ないと思います」

「お前がBANしたんだろ」

「はい。それと、ダンジョンに入ってきた人には少しお仕置きをしました」

 お仕置き。スライム50匹をお仕置きと呼ぶのか。

「あれはやりすぎだ。スライム50はきつい」

「死んでいませんよ? スライムは無害です」

「無害でも精神的にきついだろ」

 ノアが黙ったまま瞬きを一つした。理解できない、という顔だ。

「想さんを傷つけた人です。わたしは想さんを守りたかっただけです」

「気持ちはわかる。でもな」

 想はノアの前にしゃがんだ。目線を合わせる。金色の瞳が間近にある。

「あのアンチのやつ、大丈夫かな」

 ノアの瞳が揺れた。

「なぜ」

「なぜって」

「なぜ、想さんを傷つけた人の心配をするんですか」

 純粋な疑問だった。声に怒りはない。困惑がある。ノアには理解できないのだ。自分を攻撃した相手を気にかける感情が。

「傷つけられたから仕返しするってのは、違うだろ」

「違いますか」

「違う。少なくとも俺はそう思う」

 ノアは黙った。長い沈黙だった。壁面の光苔が不規則に明滅している。ノアが考えている時の癖だと、想は最近気づいた。

「わたしには、まだわかりません」

 ノアが静かに言った。

「でも想さんがそう言うなら、覚えておきます」

「覚えておくだけでいい。いきなり変われなんて言わねえよ」

 ノアの表情が少しだけ柔らかくなった。想の言葉を受け止めている顔だった。

「想さんは、優しいですね」

「別に優しくはねえよ。普通だ」

「わたしにとっては、普通じゃないです」

 ノアが想の手に触れた。指先が重なる。体温はない。だがマナの微細な振動が皮膚を通じて伝わってくる。温かくはないのに、冷たくもない。体温のない指が、なぜか冷たくなかった。

「想さん」

「ん」

「あの御影という人からのメッセージ、読みました」

 また見てる。想は額に手を当てた。

「見るなって言ったろ」

「見ないように努力しました。でも、DunCastのサーバーを通る情報は自動的に」

「自動的にって、お前な」

「それより」

 ノアの声が低くなった。甘えの色が消える。

「あの人のメッセージの送信時刻と、アンチの書き込みが始まった時刻に、相関があります」

「相関?」

「アンチの書き込みが始まる30分前に、御影さんが匿名掲示板にアクセスしています。IPアドレスの一部が一致しています」

 想は眉をひそめた。

「偶然だろ。掲示板なんて誰でも見る」

「偶然かもしれません」

 ノアの声には感情がなかった。データを読み上げるような平坦さだ。

「でもわたしは、あの人が嫌いです。理由は前にも言いました」

「お前の『嫌い』は当てにならねえんだよ。俺以外全員嫌いだろ」

 ノアが口を閉じた。否定しなかった。

 想はため息をついて立ち上がった。

「まあいいや。コラボの件、受けることにした。御影さんとの」

 ノアの手が、想の手首を掴んだ。

 さっきまで指先が触れていただけの手が、明確に想の手首を握っている。力は強くない。だが離す気配がない。

「わかりました」

 ノアの声は穏やかだった。

「でも、配信中はわたしも見ています。約束してくれましたよね」

「ああ、わかってる」

 想が手を引くと、ノアの指がゆっくりと離れた。

 名残惜しそうに。一本ずつ。

 ダンジョンを出ると、スマホに御影からの返信が来ていた。

「コラボの件、前向きに考えてくれてるって聞いて嬉しい! 日程調整しよう!」

 想は「来週でどう?」と返信した。

 ふと、ダンジョンの入口の外壁に目が止まった。岩肌に、見覚えのない光の筋が一本走っている。ダンジョン内部の光苔と同じ色だ。風に揺れることもなく、外壁に張り付くように淡く光っていた。

 気のせいか。想は視線を戻した。

 ポケットの中で、スマホが一瞬だけ熱くなった気がした。
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