俺のダンジョン配信がバズった理由は、ダンジョンそのものが俺に恋してるからだった

チャビューヘ

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2章 溺愛侵食編

第9話「投げ銭100万円の女」

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 ぴろん。

 ぴろん、ぴろん。

 DunCastの投げ銭通知が、今日はやたらと鳴る。

 想はダンジョン中層の通路を歩きながら、ARゴーグルの端に表示される数字を流し見た。登録者10万3千人。同時接続2万1千。御影の件から一週間が経って、コメント欄は少しずつ落ち着きを取り戻していた。

「今日は中層の素材回収な。地味だけど付き合ってくれ」

 ───────────────────
 草:地味回すき
 †漆黒の剣†:たまにはまったりでいいよな
 DJケンタ_B級:御影の処分まだ出てないらしいぞ
 しろくま_22:その話はもういいって
 推しが重い:ノアちゃん今日は静かだね
 N_o_a:想さんのそばにいます。
 ───────────────────

「御影の話はもう終わりだ。見てる人も気にすんな」

 言いながら、壁際の魔石脈に工具を当てた。D級が二つ転がり出る。日銭としては十分だ。S級魔石のおかげで母親の治療費はしばらく確保できている。以前みたいに、魔石ひとつの値段に一喜一憂しなくていい。

 足元の岩盤がわずかに温かかった。ノアが通路の温度を調整している。外は1月の冷え込みだが、ダンジョンの中は過ごしやすい。

「ノア、いつもありがとな」

 壁面の光苔が嬉しそうに明滅した。返事をするなら声を出せばいいのに、わざわざ光で返す。想はそれがおかしくて、口の端を上げた。

 ぴろん。

 投げ銭。3,000円。名前を読み上げて礼を言う。

 ぴろん。

 5,000円。ありがたい。金額の大小で態度を変えたくないから、毎回ちゃんと名前を読む。それが想の配信のルールだった。

 ぴろん、ぴろん、ぴろぴろぴろぴろ。

 通知音が重なった。ARゴーグルの表示が追いつかず、数字がひとつずつ桁を上げていく。

 1,000,000円。

 想の足が止まった。

「は?」

 送り主は「ちとせ」。添えられたコメントを読む。

「想さん、はじめまして! ずっと応援してます! これからもがんばってください!」

 ハートマークが三つ。文面は明るい。だが100万という数字だけが現実離れしている。想の月収の何倍だ、これ。

 ───────────────────
 草:!!!???
 †漆黒の剣†:100万!? 見間違いじゃなくて!?
 DJケンタ_B級:DunCast史上最高額じゃねえか
 しろくま_22:え、バグ? 本物?
 深層好き_A:本物だ。認証済みアカウントから飛んでる
 推しが重い:ガチ恋勢の本気を見た
 N_o_a:……この人、誰ですか?
 ───────────────────

「いや、ちょっと待ってくれ」

 想はカメラに向かって手のひらを立てた。

「ちとせさん、気持ちはありがたいけど。俺に100万は重すぎるだろ。返金とかできんのかこれ」

 コメント欄が加速する。「受け取れ」「いや返せ」「ちとせ何者だよ」「やべーやつだ」。収拾がつかない。

 ちとせから追加コメントが流れた。

「大丈夫です! お金はあるので! 想さんの配信が見られるだけで幸せなんです!」

「幸せって言われても、俺のほうの心臓がもたねえよ」

 想は頭の後ろをかいた。ごつごつした岩壁に背中を預けて、しばらくコメント欄の激流を眺めた。何を話しても、コメントの半分が「ちとせ」に流れていく。話題を戻そうとしても無駄だった。

 配信を終えてダンジョンを出ると、冬の空気が鋭い。

 スマホを開くと、DunCastのトレンドに「投げ銭100万」が3位で並んでいた。クリップ動画がすでに複数上がっている。想が「は?」と固まった瞬間の切り抜き。サムネイルの自分の顔が間抜けで、少しだけ笑えた。

 梶原という研究者からのDMは、まだ返信できていない。一週間も放置しているのが気にはなったが、今日はもう頭がいっぱいだった。

 翌朝。

 ダンジョンの入口に、見知らぬ人影があった。

 ポニーテールに薄い青の戦闘装備。軽装だが縫い目まで手入れが行き届いている。膝の上に白い箱を載せて、入口の段差に腰を下ろしていた。

 想と目が合った瞬間、その人物が跳ねるように立ち上がった。白い箱を両手で抱えたまま駆け寄ってくる。足音が軽い。

「想さん!」

 声が大きい。1月の朝の住宅街に響き渡る音量。

「はじめまして! 白峰千歳です! 昨日投げ銭した者です!」

 想は半歩下がった。

「ちとせさん? なんでここに」

「想さんの配信を見て、先月探索者登録しました! 推しと同じダンジョンで戦いたくて!」

 千歳の目が朝日を反射している。鼻の頭が赤い。この寒さの中、いつから待っていたのか。靴底に薄く霜が張りついていた。

「先月。探索者歴1ヶ月ってことか」

「はい!」

 想はARゴーグルを起動して、千歳のステータスを照会した。探索者協会のデータベースに問い合わせがかかる。

 名前、白峰千歳。登録日、先月17日。等級。

 B級。

「B級?」

「試験受けたら通っちゃいました!」

 探索者歴1ヶ月でB級は聞いたことがない。通常は最低2年。筆記だけじゃない。実技で上位探索者2名の推薦もいる。それを1ヶ月でクリアした人間が、早朝から弁当を抱えてダンジョンの前に座っている。

「お前、何者だよ」

「想さんのファンです!」

 質問への回答としてまったく成立していない。だが千歳は胸を張っていた。ファンであることが、自分の肩書きの全てだと言わんばかりの顔。

 千歳が白い箱を差し出した。

「お弁当です。朝早いと思って作ってきました」

 蓋を開けると、卵焼き、唐揚げ、おにぎりが隙間なく詰まっている。彩りのミニトマト。おにぎりは明太子が二つ。想が配信で一度だけ「明太子うまいよな」とこぼしたことがある。それを覚えている。

 想は弁当と千歳の顔を交互に見た。

「嬉しいけど。正直ちょっと怖いぞ、お前」

 千歳が首を傾げた。何が怖いのか、本気でわかっていない。

「何がですか?」

 想は返す言葉を探したが、見つからなかった。悪意がない。嘘もない。100万の投げ銭も、早朝の弁当も、全部が好意から出ている。混じりっけなしの純度で、それがわかるから余計に困る。

 御影は裏があったから斬れた。こいつは違う。裏が見えない。そもそも裏がないのか、裏を隠すのが途方もなく上手いのか。

 自分の周りに来る人間は、どうしてこうも極端なのか。想は小さくため息をついた。

 ダンジョンの壁面で、光苔がひとつ灯った。

 ノアが見ている。

 想はその光に目をやった。普段なら、見知らぬ探索者がダンジョンに近づいた時点でノアは何らかの反応を示す。通路を塞ぐか、モンスターを湧かせるか。判定は常に速い。一秒もかからない。

 だが今、光苔はただ灯っているだけだ。明滅もしない。揺れもしない。ノアが千歳を観察しながら、何も判定を下していなかった。

 千歳がその光に気づいて、ぱっと笑顔になった。

「ノアさんですよね? 配信で声聞きました! 想さんを守ってくれて、ありがとうございます!」

 壁面に向かって深々と頭を下げる。ポニーテールが勢いよく揺れた。

 光苔が一瞬だけ揺らいだ。ほんの微かに。

 想はそれを見逃さなかった。排除でも無視でもない。ノアが想以外の人間に向けた、初めての戸惑い。

 この光が何を意味するのか、まだ想にはわからない。

 わかっているのはひとつだけだ。ノアの判定が下りないということは、千歳がこれまでの誰とも違うということ。

 それが良いことなのか悪いことなのかも、まだわからなかった。
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