俺のダンジョン配信がバズった理由は、ダンジョンそのものが俺に恋してるからだった

チャビューヘ

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3章 顕現編

第22話「証拠を持っていろ」

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 足が地面を蹴るたびに、壁の光苔が赤く明滅する。

 走っている。氷室の背中を追って、崩れかけた通路を走っている。考えるな。考えたら止まる。止まったらノアが死ぬ。だから走れ。足を動かせ。それだけでいい。

 俺が言えることなんて何もない。モンスターが街に出た。子供が泣いた。窓ガラスが割れた。その事実の前で「ノアのせいじゃない」は、ただの願望だ。

 わかっている。氷室が正しいことなんて、とっくにわかっている。

 それでも、走る足は止まらなかった。

 千歳が横を走っている。肋骨を庇う動きが見える。痛いはずだ。走れる状態じゃないはずだ。それでも速度は落ちていない。

「千歳、お前は」

「黙って走ってください」

 言い返す暇がなかった。通路の天井から砂利が降ってくる。壁の亀裂が広がっている。それでも赤い点滅の間隔は、少しずつ長くなっていた。俺がダンジョンの中に入ったときから、ノアの制御が僅かに戻り始めている。理由はわからない。

 壁面の亀裂から、生温いマナが噴き出している。頬にかかった。霧のように湿っていた。ダンジョンが血を流しているような感覚だ。

 通路が広がった。天井が高くなる。最深部の大空洞だ。

 氷室はもう着いていた。

 コアの前に立っている。右手は短剣の柄にかかったまま。巨大な結晶体が、青白い光を弱々しく放っていた。普段のノアのコアは、部屋全体を照らすほど輝いている。今は違う。光が途切れ途切れに瞬いて、呼吸をするように明滅していた。

 苦しんでいる、と思った。普段は温かいこの空洞が、今は冷えている。空気の温度を調節する余裕すらないのだ。

「氷室!」

 氷室は振り返らなかった。コアを見つめている。短剣を抜く動作はまだない。観察している目だった。処刑者の目ではなく、判事の目に戻っている。

 想は氷室の前に回り込んだ。コアを背にして立つ。息が上がっている。E級の体力で最深部まで全力疾走すれば当然だ。膝が笑っている。

「待ってくれ。これはノアのせいじゃない」

 氷室の目が想を捉えた。冷たい目ではない。温度がない目だ。感情を除去した人間の目。

「証拠は」

 一言だった。感情も抑揚もない。事実を求めている声だ。

「ない」

 嘘をついても仕方がなかった。氷室は嘘を見抜く。俺も嘘が嫌いだ。だから正直に言う。

「ない。でも俺が保証する」

「お前の保証は、街の人間の命より重いのか」

 返せなかった。喉の奥に言葉が詰まった。重いわけがない。命と感情を天秤に乗せたら、命が勝つに決まっている。氷室はそれを知っている。俺も知っている。知っているから、言葉が出ない。

 氷室は待っていた。答えを急かさなかった。それが余計にきつかった。怒鳴られた方がまだ楽だ。正しさを押し付けずに、ただ事実を並べて待つ。この男のフェアさが、今は刃物より鋭い。

 千歳が追いついた。息を荒くしながら、想の横に並んだ。

「証拠なら、私が見つけます」

 氷室が千歳を見た。

「白峰千歳。B級。お前に何ができる」

「調べるのは得意です」

 千歳の声に迷いがなかった。財前の契約書の裏を暴いたときと同じ目をしている。相手がS級だろうが関係ない。想のためなら地獄の底まで調べ上げる目だ。

 コアの光が揺れた。ノアの声が、結晶体の振動として空洞に響く。音声ではない。マナの振動が空気を震わせて、言葉の形になっている。

「想さん」

 弱い声だった。普段の甘えた響きがない。ただ名前を呼ぶだけで精一杯の声。

「わたしは、暴走していません。外から何かがわたしのシステムに干渉しました。ログに記録があります」

「ログか」

 氷室が呟いた。視線がコアに向いた。

「そのログを見せろ」

「今のわたしでは、データの出力に時間がかかります。制御を取り戻すのに、もう少し」

 ノアの声が途切れた。コアの明滅が速くなる。制御を維持するだけで限界なのだ。

 氷室が腕を下ろした。短剣の柄から手を離す。

「12時間だ」

 想と千歳が同時に顔を上げた。

「12時間以内に、暴走の原因がノアではないという証拠を持ってこい。持ってこれなければ、俺は任務を遂行する」

「それは」

「期限を切るのは譲歩だ、柊。本来なら今すぐ破壊しても職務上の問題はない」

 想は奥歯に力を込めた。12時間。短い。だがゼロよりはるかにいい。氷室は猶予をくれている。公正に判断すると言った男が、言葉通りに公正な機会を与えている。

「わかった。12時間で出す」

 氷室がコアに背を向けた。想の横を通り過ぎる。去り際に、一度だけ足を止めた。

「お前が無実なら」

 ノアのコアに向けて言った。振り返らずに。

「俺はお前を殺さない。俺は正しいことをしたいだけだ」

 コアの光が揺れた。

 ノアの声が返った。今度は少しだけ強い響きだった。

「あなたは、わたしと同じことをしようとしている」

 氷室の足が止まった。

 空洞に沈黙が落ちた。コアの明滅だけが、一定のリズムで壁を照らしている。

「わたしは、想さん以外は排除してもいいと思っています。あなたも、自分が守りたいもの以外は排除してもいいと思っている。同じです」

 想は息を止めた。ノアが氷室に向けて、自分の本質を言い当てた。嘘をつかないノアが、嘘をつかない氷室に対して、二人の共通点を指摘している。

 氷室が半歩だけ振り返った。コアの青白い光が、氷室の横顔を照らしている。

「そうかもしれない。だから俺はお前が理解できる」

 想には読めない表情だった。敵意でも共感でもない。もっと複雑な何かが、氷室の目の奥にあった。この二人の間にある空気を、想は言葉にできなかった。敵同士のはずなのに、互いの在り方を認め合っている。歪んだ鏡を挟んで向かい合う二つの影のようだった。

 氷室が歩き出した。通路の暗がりに背中が消えていく。足音は最後まで一定のリズムだった。乱れない。この男は、どんな状況でも乱れない。

 足音が聞こえなくなってから、千歳が大きく息を吐いた。

「12時間ですね」

「ああ」

「想さん。私、やります。外の調査は任せてください。協会の研究機材がダンジョンに持ち込まれていた記録、絶対にどこかにあります」

 千歳の声が強い。恐怖はあるはずだ。氷室の殺気を間近で浴びた。それでも千歳の目は想だけを見ている。

「俺はノアのログを解析する。ノア、できるか」

 コアの光が少しだけ強くなった。

「時間をください。全ログを出力します。わたしの全てを、想さんに見せます」

 全ログ。ノアの起動から今この瞬間までの、全記録データ。ダンジョンコアの全情報を、想に開示するということだ。何を考え、何を監視し、何を排除してきたか。ノアの「暗い部分」も含めて、全てを想の前に晒す。

「わたしは嘘をつきません。だから、全てを見てもらうのが一番早いです」

 迷いのない声だった。弱っているのに、この判断だけは揺るがない。想は少しだけ笑った。こいつは本当に嘘をつかない。

 コアに手を触れた。結晶体は冷たかった。普段は温かいはずだ。マナの循環が弱っている。指先から、微かに温度が戻った気がした。気のせいかもしれない。

「ありがとな」

 短く言った。ノアのコアが、ほんの一瞬だけ普段の色に戻った。

 ───────────────────
 草:配信途切れてんだけど
 †漆黒の剣†:ダンジョン内の映像が断片的に流れてる。誰かがクリップ上げてる
 しろくま_22:ソウがコアの前で氷室に立ち向かってるぞ
 DJケンタ_B級:E級が素手でS級の前に立つとか正気じゃない
 深層好き_A:氷室が12時間の猶予を出した。あの氷室がだぞ
 推しが重い:ノアちゃんが「あなたはわたしと同じことをしようとしている」って氷室に言ったらしい
 草:意味わかる人いる?
 DJケンタ_B級:排除の論理が同じってことだろ。ノアはソウ以外を排除する。氷室は脅威を排除する。鏡写しだ
 †漆黒の剣†:怖
 しろくま_22:12時間で証拠出せるのか
 N_o_a:わたしの全てを、想さんに見せます。
 推しが重い:ノアちゃん
 草:重い。重すぎる
 DJケンタ_B級:ログ全開示か。ダンジョンコアの全データを個人に渡すとか前代未聞だぞ
 ───────────────────

 千歳がダンジョンの外に向かって走り出した。振り返って、一度だけ笑った。

「12時間後に、絶対持ってきます」

 想は頷いた。千歳の背中が通路の向こうに消える。

 コアの前に、想ひとりが残った。

 スマホを取り出した。ノアからの自動送信メッセージが画面を埋めている。「逃げてください」が23通。想はその上に、一行だけ打った。

「逃げない。12時間、一緒にやるぞ」

 コアの光が、静かに安定し始めた。

 12時間のカウントダウンが、始まった。
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