俺のダンジョン配信がバズった理由は、ダンジョンそのものが俺に恋してるからだった

チャビューヘ

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3章 顕現編

第24話「次はないといい」

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 活動制限解除:0日。

 ダンジョン入口の電光掲示板に、赤い数字が表示されていた。暴走事件から5日。協会が設定した活動制限期間がゼロになった。

 想は掲示板を見上げた。朝の空気が冷たい。隣にノアの投影体が立っている。暴走後、投影体の維持能力はだいぶ回復していた。ただし活動範囲は以前より短い。半径300メートル、2時間が今の限界だ。

「想さん。ゼロ、ですね」

「ああ。やっと再開できる」

 ダンジョンの入口にはまだ亀裂の跡が残っている。自己修復が追いついていない部分だ。ノアが完全に回復するには、もう少し時間がかかる。

 氷室が歩いてきた。小さなバッグを肩にかけている。撤収の荷物だ。

「柊」

「氷室」

 二人は向かい合った。5日前、この場所で「判定:脅威」の宣告を聞いた。あの2文字が、まだ耳に残っている。

「俺の判定は今日の結果で変わった。だが次に暴走が起きたとき、俺はまた来る。そのとき、お前は証拠を持っていろ」

「ああ。次は、もっと早く出す」

 氷室の口角が微かに動いた。笑顔ではない。笑顔を作る男ではない。ただ、認めた顔だった。E級の探索者が12時間で証拠を揃えたことを、氷室は記憶に刻んでいる。

「白峰」

 千歳が振り向いた。ダンジョンの横で配信機材を片付けていた手が止まる。

「お前の調査力は使える。連絡先を教えろ」

 千歳の目が丸くなった。

「え、氷室さんから連絡先聞かれるとは思わなかったんですけど」

「仕事の話だ」

「仕事かあ。まあいいですけど」

 千歳がスマホを取り出して、連絡先を交換した。想は二人のやり取りを見ながら、奇妙な気持ちになった。千歳の戦闘力をB級として認める探索者は多い。だが調査力を認めたのは、氷室が初めてだった。

 氷室がダンジョンの入口に向き直った。ノアの投影体が、入口の横に立っている。氷室を見ている。青白い目に、複雑な色が浮かんでいた。

 ノアが手を差し出した。掌の上に、小さな魔石が乗っている。親指の爪ほどの大きさ。透明度が高い。D級の魔石だが、形が綺麗に整っている。

「お守りです。意味はありません」

 氷室がノアを見た。ノアは無表情だった。想以外の人間に向ける、いつもの事務的な顔だ。だが魔石を差し出す手は、少しだけ震えていた。

 氷室が魔石を受け取った。掌に乗せて、光に透かした。

「意味がないなら、もらっておく」

 ポケットに入れた。それだけだった。握手もしない。礼も言わない。敵同士の形だけの休戦。それ以上でも以下でもない。

 氷室が背を向けて歩き出した。5歩で振り返らなくなった。駐車場を横切って、黒い車に乗り込む。エンジンがかかった。車が走り去る。S級探索者の背中が、朝の光の中に消えた。

 想は肩の力を抜いた。

「終わった、のか」

「終わりました」

 ノアが想の腕に触れた。指先が、袖の上から想の手首を掴む。投影体の体温は低い。だが触れていたがる力は強い。

「想さん。今日は、外にいてもいいですか」

「活動限界は」

「2時間です。大丈夫です」

 大丈夫じゃないことは知っている。投影体を維持するだけでコアに負荷がかかる。暴走のダメージが残っている今は、なおさらだ。だがノアの手は離れなかった。

「コンビニ、行くか」

 ノアの表情が変わった。想以外の人間には見せない、柔らかい顔だ。

 コンビニまで歩いた。5日前にアイスを買った同じ店だ。あのときは氷室が背後で観察していた。今日はいない。想とノアだけだ。千歳は「私は配信機材の整備があるので!」と空気を読んで残った。

 アイスの棚の前で、ノアが全種類を見比べている。

「想さん。前と同じのがいいです」

「覚えてるのか」

「全て覚えています」

 2本買った。店の外のベンチに座って食べた。ノアはアイスを食べる動作を丁寧にやる。舌に触れる温度を確かめるように、ゆっくりと。投影体に味覚があるのかは想にもわからない。だがノアは「甘いです」と言った。前回と同じ感想だ。

 ───────────────────
 草:活動制限解除きた
 †漆黒の剣†:ソウ復活!
 しろくま_22:ノアちゃんも一緒にいるね。投影体まだ弱そうだけど
 DJケンタ_B級:登録者48万超えてるぞ。暴走事件のドキュメンタリーがバズった影響だな
 深層好き_A:「ダンジョンコアとの共存」がニュースで特集されてた。賛否両論だが注目度はすごい
 推しが重い:コンビニデート! 氷室いない! 平和!
 草:前もアイス買ってなかったか
 †漆黒の剣†:あのときは後ろに死神が立ってたからな
 しろくま_22:今日は二人だけだね。よかったね
 ───────────────────

 アイスを食べ終えて、想は立ち上がった。

「ノア。行きたいとこがある」

「どこですか」

「母さんの病院」

 ノアの動きが止まった。アイスの棒を持ったまま、想の顔を見ている。

「いい、ですか」

「いいよ。紹介する」

 病院までは歩いて4分ほど。ダンジョンから半径300メートルの範囲内だ。ぎりぎりだが、入る。

 母親の病室は4階の個室だった。窓からは午前の日差しが入っている。窓辺に、小さな光苔が張りついていた。前に来たときより少しだけ大きくなっている。病室の空気が、ほんの僅かだがダンジョンの中層に似ていた。マナの濃度が周囲より高い。

 母親はベッドに上体を起こしていた。顔色は前回より良い。治療が効いている。

「想。久しぶりね」

「ああ。今日は連れてきた人がいる」

 ノアが病室に入った。ドアの前で足が止まった。人間の生活空間に入ることへの戸惑いが、投影体の輪郭を微かに揺らしている。

「こんにちは」

 ノアの声が硬かった。想以外の人間に対する、いつもの事務的な声だ。だが想の母親を前にして、その声に別の硬さが混じっている。緊張だ。

 母親が微笑んだ。

「あなたがノアちゃんね。想がお世話になってるんですってね」

 母親がベッドから手を伸ばした。ノアの手を握った。

 ノアが固まった。

 想以外の人間に触れられた経験が、ほとんどない。千歳に腕を掴まれたことはある。氷室と対峙したこともある。だが誰かに「手を握られる」のは違う。母親の手は温かくて、柔らかくて、力が弱い。病人の手だ。それでもしっかりとノアの指を包んでいた。

「想がね、電話で言ってたの。"すごいやつがいる"って。あの子がそんなこと言うの、初めてだったから」

 想は目を逸らした。言った覚えがある。否定できない。

 ノアの投影体が微かに揺れた。輪郭が不安定になりかけて、すぐに戻った。目が潤んでいる。泣きはしない。泣いたらダンジョンが振動する。だから泣かない。代わりに、母親の手を両手で包み返した。

「想さんは、わたしが守ります」

 母親が小さく笑った。「よろしくね」と言った。

 病室を出るとき、想は窓辺の光苔をもう一度見た。前より確実に広がっている。病室の空気にマナが混じり始めている。ノアの領域が、少しずつ想の母親の場所まで伸びている。

 ダンジョンに戻って、配信を再開した。

 登録者が50万人を突破した。暴走事件と氷室の判定変更。ノアの地上出現と無実の証明。一連の出来事が「ダンジョンコアと人間の共存」として、ニュースやSNSで特集されていた。賛否は割れている。だが注目されている。

 配信を終えて、想がスマホを見ると、ノアからメッセージが入っていた。

「今日はお母さんに会えて嬉しかったです。また行ってもいいですか?」

 想は「いいよ」と返した。

 ノアからの返信は速かった。

「約束、ですよ?」

 想はスマホをポケットに戻した。ノアが母親に会いたがっている。「家族」に触れたがっている。コンビニのアイスも、病室の窓辺の光苔も、全部つながっている。ノアの世界が、ダンジョンの外に広がろうとしている。

 それを喜んでいいのか、怖がるべきなのか、まだわからなかった。

 ───────────────────
 草:50万突破!
 †漆黒の剣†:うおおお
 しろくま_22:暴走からのV字回復すごい
 DJケンタ_B級:ダンジョンコア共存論が学会でも議論され始めてるらしい。時代が動いてる
 深層好き_A:賛否はあるが、ノアが無実だった事実は大きい
 推しが重い:ノアちゃんがソウのお母さんに会ったんでしょ。尊い
 N_o_a:また行ってもいいですか?
 草:お母さんのとこ?
 推しが重い:かわいい。かわいいけど怖い
 DJケンタ_B級:ダンジョンコアが人間の家族に会いたがるとか、研究者がひっくり返る案件
 †漆黒の剣†:ノアちゃん、もう人間じゃん
 ───────────────────

 夜。

 都内のビジネスホテルの一室。氷室要はベッドに座って、ノートパソコンの画面を見ていた。

 鷲尾源一郎の報告書。黒潮事件の公式記録。15年前の資料だが、デジタルアーカイブで閲覧できる。氷室は撤収前に、この報告書を3度読み返していた。

 ペンで一箇所に線を引いた。

 事件当日、鷲尾の位置報告。避難誘導を開始した時刻と、コアの暴走が確認された時刻。その間に30分のズレがある。暴走確認の前に避難誘導を始めている計算になる。

 暴走が起きることを、事前に知っていたのか。

 氷室はノートパソコンを閉じた。窓の外に、東京の夜景が広がっている。

 ポケットに手を入れた。ノアにもらった小さな魔石が、指先に触れた。

 同じ頃。

 協会研究棟の3階。梶原紗耶が研究室にひとりで残っていた。タブレットの画面に、新しいデータが並んでいる。ノアの暴走時に記録されたマナ出力の数値だった。

 梶原がデータをスクロールした。最大出力の欄で指が止まった。

「予想の3倍。素晴らしい」

 声は穏やかだった。研究成果に満足する、ごく普通の研究者の声だった。

 梶原がタブレットを操作した。データが「CWP」と名付けられたフォルダに格納される。タブレットの画面が暗くなった。

 研究室の蛍光灯が、白く光っていた。


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