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3章 顕現編
第23話「鏡写し」
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「ですから、暴走の前日に深層に機材が運び込まれたって聞いたんですけど」
千歳の声がスマホのスピーカーから漏れている。想はダンジョンの最深部に座り込んで、ノアのログデータをタブレットで読み続けていた。
12時間のうち、4時間が過ぎている。
「誰が持ち込んだか、わかりますか」
千歳は外で聞き込みを続けていた。元同僚の探索者、ダンジョン入口の管理員、協会の下請け業者。片っ端から電話をかけている。千歳の調査力はB級の戦闘力より信用できる。財前の契約書を暴いたときも、千歳は3時間で証拠を揃えた。
想はタブレットに目を戻した。ノアが出力したログデータは膨大だった。起動してから今日までの全記録。マナの流量、構造変更の履歴、モンスター生成のタイミング。ダンジョンの心臓の鼓動が、数字の羅列になっている。
「ノア。暴走の直前のデータ、もう一回見せてくれ」
コアの光が揺れた。タブレットの画面が切り替わる。暴走発生の3分前。マナ波形のグラフが表示された。
1本の線が、突然跳ね上がっている。
「これだ。この波形、ノアの内部から出てるんじゃないだろ」
「はい。外部からのマナパルス照射です。わたしのシステムに干渉する周波数で、正確に打ち込まれています」
ノアの声は落ち着いていた。コアの明滅もだいぶ安定している。想がそばにいると回復が早い。理由はわからない。だが事実だ。
「前にダンジョンが崩壊したときも、同じパターンだった」
「はい。波形の特徴が一致しています。同じ機材から発信されたものです」
想はタブレットを握る手に力を込めた。2度ある。同じことが2度起きた。偶然じゃない。
千歳から着信が入った。
「想さん! 見つけました」
「何がわかった」
「暴走の前日に、ダンジョン深層に研究用の機材が搬入されてます。搬入記録に名前がありました。管理責任者は梶原紗耶研究チーム」
梶原さんの機材。前の崩壊のときも、梶原さんは「事故調査」で機材を持ち込んでいた。
想はスマホを取って、梶原に電話をかけた。3コールで出た。
「柊さん? 大丈夫ですか」
「梶原さん。ダンジョン深層に設置してた研究機材のことなんだけど」
一瞬の沈黙があった。ほんの半拍。電波の遅延と区別がつかない程度の間だった。
「ああ、あの機材ですね。確認しました。マナ計測用の試験機だったんですが、ノアさんのシステムに干渉してしまった可能性があります」
梶原の声は穏やかだった。申し訳なさそうで、誠実で、いつもの梶原さんの声だ。
「前回と同じタイプの事故です。本当に申し訳ありません。すぐに撤去します。証拠データのコピーをお渡しするので、研究室まで取りに来てもらえますか」
前と同じだった。同じ言葉。同じ手順。「事故です」「申し訳ありません」「すぐに対応します」。前回もこの流れで想は納得した。今回も、梶原さんの声を聞けば納得しそうになる。
「わかった。すぐ行く」
梶原の研究室は、ダンジョンから車で15分の場所にあった。
協会の研究棟の3階。白い壁に機材が並んでいる。梶原がUSBメモリにデータをコピーしてくれた。手際が良かった。データの形式も整理されている。氷室に見せるために必要なものが、過不足なく入っていた。
「これで干渉の発信源が特定できるはずです。ノアさんの無実を証明してあげてください」
梶原が微笑んだ。想はUSBメモリを受け取りながら、「ありがとう」と言った。
研究室を出ようとして、ドアの横の壁が目に入った。
資料が何枚か貼ってある。棒グラフ、波形データ、組織図。その中に、見慣れないロゴがあった。盾の形をした紋章に、アルファベットの略称が3文字。研究機関のロゴだ。だが協会の公式ロゴではない。
足が止まった。1秒か、2秒か。
「柊さん?」
梶原の声で我に返った。時間がない。12時間のうち、もう7時間が過ぎている。ロゴのことは後だ。今はノアを守ることが先だ。
「なんでもない。ありがとう、梶原さん」
走ってダンジョンに戻った。
最深部。コアの前に氷室が立っていた。約束通りだ。12時間の期限を、氷室は律儀に待っている。
「証拠を持ってきた」
想はタブレットとUSBメモリを氷室に渡した。氷室が画面を見る。ログの波形データ。外部干渉の記録。梶原のチームの機材が発信源であることを示す周波数の一致。
「データの改ざんはないか」
「ノアは嘘をつかない」
「お前がそう言うだけでは不十分だ」
氷室の指がタブレットの画面をスクロールしていく。データの整合性を、自分の目で確認している。数字の並びを読む目は正確だった。S級は戦闘だけじゃない。分析能力も一級品だ。
氷室の指が止まった。画面の一箇所を見つめている。
「柊。このデータは何だ」
想が覗き込んだ。ノアのログの一部だった。暴走時のマナ波形の中に、別の波形が記録されている。「対象:柊想 マナ波形がコアと共鳴」という注記がついていた。
「ノア。これは」
「想さんがダンジョンに入ったとき、想さんのマナ波形がわたしのコアと共鳴しました。それがわたしの制御回復を助けた記録です」
氷室が想を見た。目が鋭い。
「E級でこの波形は、あり得ない」
想には意味がわからなかった。自分のマナ適性はE級だ。測定でそう出ている。だが氷室の目は、何か別のものを見ていた。
氷室はそれ以上追及しなかった。タブレットを想に返した。
「データの整合性は取れている。判定を修正する」
氷室がコアに向き直った。結晶体が青白く輝いている。暴走前の光の強さにはまだ戻っていないが、安定はしていた。
「判定:脅威ではない。暴走の原因は外部干渉。ノア、お前は無実だ。今回は」
「今回は」の3文字が重かった。免罪ではない。保留の延長だ。
ノアの声が響いた。コアの振動が空気を揺らして、言葉を形作る。
「氷室さん」
ノアが氷室の名前を呼んだのは初めてだった。想は気づいた。これまでノアは氷室を「あの人」としか呼ばなかった。
「わたしを殺す人に、理解されたくないです」
静かな声だった。怒りではない。拒絶でもない。困惑に近い響きだった。氷室という存在を、ノアは処理しきれていない。嘘つきなら嫌える。善意なら受け入れられる。だが氷室は、敬意を持って殺すと宣言した男だ。嫌うこともできない。
「だろうな。俺もお前に理解されたくはない」
氷室の声に嘘はなかった。この男の言葉にはいつも嘘がない。だから重い。
二人の間に、奇妙な沈黙が流れた。敵同士だ。次に暴走が起きれば、氷室はノアを殺しに来る。ノアは想以外の人間を排除してもいいと思っている。二人の行動原理は同じだ。「自分が守りたいもの以外は、排除する」。鏡に映した像のように、二人は同じ形をしている。
氷室が背を向けた。通路に向かって歩き出す。
3歩目で、足が止まった。
「柊。ひとつ気になることがある」
「何だ」
氷室が振り返った。コアの光が、氷室の横顔を照らしている。
「梶原主任の研究機材が、2度続けて"事故"を起こした。偶然か?」
想の足が止まった。
研究室の壁に貼ってあったロゴが、頭の中でフラッシュした。盾の紋章。3文字のアルファベット。協会の公式ロゴではない、見慣れない記号。
「俺は事実を見る人間だ。2度の偶然は、一度の必然より怪しい」
氷室は答えを求めなかった。言い残して、通路の暗がりに消えていった。
───────────────────
草:氷室が「脅威ではない」って判定変えたぞ
†漆黒の剣†:まじか。あの氷室が
しろくま_22:証拠出したのか。12時間以内に
DJケンタ_B級:ノアのログデータと協会の研究機材の干渉記録が一致したらしい。つまりノアは被害者だ
深層好き_A:前の崩壊のときも同じ原因だったのか
推しが重い:ノアちゃん無実じゃん。よかった
N_o_a:わたしの全てです。
草:何が?
DJケンタ_B級:ノアが全ログデータを開示したってことだろ。ダンジョンコアの全記録を個人に渡すとか前代未聞だぞ
†漆黒の剣†:重い女度がやばい
しろくま_22:でも氷室が最後に言ったやつ気になるな。「二度の偶然は一度の必然より怪しい」
DJケンタ_B級:研究機材の事故が二回。確かに偶然にしちゃ出来すぎてる
深層好き_A:梶原主任、前も同じことやってなかったか
───────────────────
最深部に、想ひとりが残った。
コアの光を見上げた。ノアの光は安定している。暴走前の輝きには戻りきっていないが、もう苦しそうな明滅はない。
「ノア」
「はい」
「お前、前にも言ってたよな。梶原さんの話に嘘が混じってるって」
コアの光が一瞬だけ強くなった。
「はい。言いました」
想は黙った。あのとき、想はノアの言葉を流した。「お前は誰にでもそう言うだろ」と。御影のときと同じ構造だ。ノアが警告して、想が聞き流して、後から正しかったとわかる。
三度目はない。そう思いたかった。
「今度はちゃんと聞く。梶原さんについて、お前が気づいてること全部教えてくれ」
コアの光が、ほんの少しだけ温かくなった。
「はい、想さん」
ノアが語り始めた。想はタブレットを開いて、一言も聞き漏らさないように記録した。
千歳の声がスマホのスピーカーから漏れている。想はダンジョンの最深部に座り込んで、ノアのログデータをタブレットで読み続けていた。
12時間のうち、4時間が過ぎている。
「誰が持ち込んだか、わかりますか」
千歳は外で聞き込みを続けていた。元同僚の探索者、ダンジョン入口の管理員、協会の下請け業者。片っ端から電話をかけている。千歳の調査力はB級の戦闘力より信用できる。財前の契約書を暴いたときも、千歳は3時間で証拠を揃えた。
想はタブレットに目を戻した。ノアが出力したログデータは膨大だった。起動してから今日までの全記録。マナの流量、構造変更の履歴、モンスター生成のタイミング。ダンジョンの心臓の鼓動が、数字の羅列になっている。
「ノア。暴走の直前のデータ、もう一回見せてくれ」
コアの光が揺れた。タブレットの画面が切り替わる。暴走発生の3分前。マナ波形のグラフが表示された。
1本の線が、突然跳ね上がっている。
「これだ。この波形、ノアの内部から出てるんじゃないだろ」
「はい。外部からのマナパルス照射です。わたしのシステムに干渉する周波数で、正確に打ち込まれています」
ノアの声は落ち着いていた。コアの明滅もだいぶ安定している。想がそばにいると回復が早い。理由はわからない。だが事実だ。
「前にダンジョンが崩壊したときも、同じパターンだった」
「はい。波形の特徴が一致しています。同じ機材から発信されたものです」
想はタブレットを握る手に力を込めた。2度ある。同じことが2度起きた。偶然じゃない。
千歳から着信が入った。
「想さん! 見つけました」
「何がわかった」
「暴走の前日に、ダンジョン深層に研究用の機材が搬入されてます。搬入記録に名前がありました。管理責任者は梶原紗耶研究チーム」
梶原さんの機材。前の崩壊のときも、梶原さんは「事故調査」で機材を持ち込んでいた。
想はスマホを取って、梶原に電話をかけた。3コールで出た。
「柊さん? 大丈夫ですか」
「梶原さん。ダンジョン深層に設置してた研究機材のことなんだけど」
一瞬の沈黙があった。ほんの半拍。電波の遅延と区別がつかない程度の間だった。
「ああ、あの機材ですね。確認しました。マナ計測用の試験機だったんですが、ノアさんのシステムに干渉してしまった可能性があります」
梶原の声は穏やかだった。申し訳なさそうで、誠実で、いつもの梶原さんの声だ。
「前回と同じタイプの事故です。本当に申し訳ありません。すぐに撤去します。証拠データのコピーをお渡しするので、研究室まで取りに来てもらえますか」
前と同じだった。同じ言葉。同じ手順。「事故です」「申し訳ありません」「すぐに対応します」。前回もこの流れで想は納得した。今回も、梶原さんの声を聞けば納得しそうになる。
「わかった。すぐ行く」
梶原の研究室は、ダンジョンから車で15分の場所にあった。
協会の研究棟の3階。白い壁に機材が並んでいる。梶原がUSBメモリにデータをコピーしてくれた。手際が良かった。データの形式も整理されている。氷室に見せるために必要なものが、過不足なく入っていた。
「これで干渉の発信源が特定できるはずです。ノアさんの無実を証明してあげてください」
梶原が微笑んだ。想はUSBメモリを受け取りながら、「ありがとう」と言った。
研究室を出ようとして、ドアの横の壁が目に入った。
資料が何枚か貼ってある。棒グラフ、波形データ、組織図。その中に、見慣れないロゴがあった。盾の形をした紋章に、アルファベットの略称が3文字。研究機関のロゴだ。だが協会の公式ロゴではない。
足が止まった。1秒か、2秒か。
「柊さん?」
梶原の声で我に返った。時間がない。12時間のうち、もう7時間が過ぎている。ロゴのことは後だ。今はノアを守ることが先だ。
「なんでもない。ありがとう、梶原さん」
走ってダンジョンに戻った。
最深部。コアの前に氷室が立っていた。約束通りだ。12時間の期限を、氷室は律儀に待っている。
「証拠を持ってきた」
想はタブレットとUSBメモリを氷室に渡した。氷室が画面を見る。ログの波形データ。外部干渉の記録。梶原のチームの機材が発信源であることを示す周波数の一致。
「データの改ざんはないか」
「ノアは嘘をつかない」
「お前がそう言うだけでは不十分だ」
氷室の指がタブレットの画面をスクロールしていく。データの整合性を、自分の目で確認している。数字の並びを読む目は正確だった。S級は戦闘だけじゃない。分析能力も一級品だ。
氷室の指が止まった。画面の一箇所を見つめている。
「柊。このデータは何だ」
想が覗き込んだ。ノアのログの一部だった。暴走時のマナ波形の中に、別の波形が記録されている。「対象:柊想 マナ波形がコアと共鳴」という注記がついていた。
「ノア。これは」
「想さんがダンジョンに入ったとき、想さんのマナ波形がわたしのコアと共鳴しました。それがわたしの制御回復を助けた記録です」
氷室が想を見た。目が鋭い。
「E級でこの波形は、あり得ない」
想には意味がわからなかった。自分のマナ適性はE級だ。測定でそう出ている。だが氷室の目は、何か別のものを見ていた。
氷室はそれ以上追及しなかった。タブレットを想に返した。
「データの整合性は取れている。判定を修正する」
氷室がコアに向き直った。結晶体が青白く輝いている。暴走前の光の強さにはまだ戻っていないが、安定はしていた。
「判定:脅威ではない。暴走の原因は外部干渉。ノア、お前は無実だ。今回は」
「今回は」の3文字が重かった。免罪ではない。保留の延長だ。
ノアの声が響いた。コアの振動が空気を揺らして、言葉を形作る。
「氷室さん」
ノアが氷室の名前を呼んだのは初めてだった。想は気づいた。これまでノアは氷室を「あの人」としか呼ばなかった。
「わたしを殺す人に、理解されたくないです」
静かな声だった。怒りではない。拒絶でもない。困惑に近い響きだった。氷室という存在を、ノアは処理しきれていない。嘘つきなら嫌える。善意なら受け入れられる。だが氷室は、敬意を持って殺すと宣言した男だ。嫌うこともできない。
「だろうな。俺もお前に理解されたくはない」
氷室の声に嘘はなかった。この男の言葉にはいつも嘘がない。だから重い。
二人の間に、奇妙な沈黙が流れた。敵同士だ。次に暴走が起きれば、氷室はノアを殺しに来る。ノアは想以外の人間を排除してもいいと思っている。二人の行動原理は同じだ。「自分が守りたいもの以外は、排除する」。鏡に映した像のように、二人は同じ形をしている。
氷室が背を向けた。通路に向かって歩き出す。
3歩目で、足が止まった。
「柊。ひとつ気になることがある」
「何だ」
氷室が振り返った。コアの光が、氷室の横顔を照らしている。
「梶原主任の研究機材が、2度続けて"事故"を起こした。偶然か?」
想の足が止まった。
研究室の壁に貼ってあったロゴが、頭の中でフラッシュした。盾の紋章。3文字のアルファベット。協会の公式ロゴではない、見慣れない記号。
「俺は事実を見る人間だ。2度の偶然は、一度の必然より怪しい」
氷室は答えを求めなかった。言い残して、通路の暗がりに消えていった。
───────────────────
草:氷室が「脅威ではない」って判定変えたぞ
†漆黒の剣†:まじか。あの氷室が
しろくま_22:証拠出したのか。12時間以内に
DJケンタ_B級:ノアのログデータと協会の研究機材の干渉記録が一致したらしい。つまりノアは被害者だ
深層好き_A:前の崩壊のときも同じ原因だったのか
推しが重い:ノアちゃん無実じゃん。よかった
N_o_a:わたしの全てです。
草:何が?
DJケンタ_B級:ノアが全ログデータを開示したってことだろ。ダンジョンコアの全記録を個人に渡すとか前代未聞だぞ
†漆黒の剣†:重い女度がやばい
しろくま_22:でも氷室が最後に言ったやつ気になるな。「二度の偶然は一度の必然より怪しい」
DJケンタ_B級:研究機材の事故が二回。確かに偶然にしちゃ出来すぎてる
深層好き_A:梶原主任、前も同じことやってなかったか
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最深部に、想ひとりが残った。
コアの光を見上げた。ノアの光は安定している。暴走前の輝きには戻りきっていないが、もう苦しそうな明滅はない。
「ノア」
「はい」
「お前、前にも言ってたよな。梶原さんの話に嘘が混じってるって」
コアの光が一瞬だけ強くなった。
「はい。言いました」
想は黙った。あのとき、想はノアの言葉を流した。「お前は誰にでもそう言うだろ」と。御影のときと同じ構造だ。ノアが警告して、想が聞き流して、後から正しかったとわかる。
三度目はない。そう思いたかった。
「今度はちゃんと聞く。梶原さんについて、お前が気づいてること全部教えてくれ」
コアの光が、ほんの少しだけ温かくなった。
「はい、想さん」
ノアが語り始めた。想はタブレットを開いて、一言も聞き漏らさないように記録した。
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