悪役令嬢を救うためモブが婚約を申し込んだら、破滅フラグが全部俺に向いてきた

チャビューヘ

文字の大きさ
18 / 22

「噂の庭」

しおりを挟む
# 第18話「噂の庭」

 セレスティーヌ公爵夫人の茶会は、舞踏会の前日に開かれた。
 王宮の東翼にある貴賓室。白いバラが壁沿いに飾られ、銀の茶器が並んでいる。
 招かれたのは若い貴族令嬢が十二名。
 そしてリゼット・クロムウェル。

「ようこそいらっしゃいませ、リゼットさん。お待ちしておりましたわ」

 セレスティーヌは入口まで歩み寄り、リゼットの手を取った。
 絹の手袋越しでも伝わる、柔らかく温かい手。
 令嬢たちが微笑みながら拍手した。

 リゼットは軽く頭を下げた。

「お招きいただき光栄ですわ」

「まあ、固いことは抜きにしましょう。今日はお茶を楽しむだけですもの」

 席に着く。
 リゼットの両隣は空いていた。
 向かい側の令嬢たちは互いに肩を寄せ合っている。
 リゼットの席だけが、僅かに間隔が広い。

 茶会は穏やかに始まった。
 ドレスの話。今季の流行色。舞踏会で誰と踊るか。
 令嬢たちの声が花のように広がっていく。

 セレスティーヌが紅茶を注ぎながら、何気なく言った。

「そういえば、リゼットさんは学院でご活躍だったとか」

「少し騒がしくしただけですわ」

「ご謙遜ね。石壁を砕いたとお聞きしましたわ」

 空気が揺れた。
 令嬢たちの会話が一瞬止まり、すぐに戻る。
 だが戻り方が違った。声が小さくなっていた。

「実験棟の件でしたら、崩落事故の余波ですわ。私が壊したわけではありません」

「あら、そうでしたの。噂というのは怖いわねえ」

 セレスティーヌは微笑んだ。
 否定を受け入れる顔をしていた。
 だが次の言葉が来た。

「でもリゼットさん、怒り属性の魔法をお使いになるのでしょう?」

 令嬢の一人が身じろぎした。
 向かいの席の少女が、カップを両手で包み込んだ。

「お怒りになると、魔力が漏れるとか。お可哀想に、ご本人も大変でしょうね」

 リゼットの背筋は真っすぐだった。
 表情は動かない。声も変わらない。

「魔力の制御は魔法使いの基本ですわ。漏らすようでは学院にはいられませんもの」

「それはそうよねえ。でも、怒りの属性というのは珍しいでしょう? 普通は喜びか悲しみですものね」

 普通、という言葉が部屋に落ちた。
 セレスティーヌは紅茶を口に運んだ。穏やかな動作。
 だがその一語で、リゼットは「普通ではない者」の椅子に座らされた。

 茶会が進むにつれ、令嬢たちの距離が変わっていった。
 最初は目に見えない変化だった。
 リゼットに話しかける声が減った。
 菓子の皿を回すとき、リゼットの前で一度止まる。躊躇の間がある。
 隣の席に座ろうとした令嬢が、反対側に移った。

 誰も露骨なことはしない。
 すべてが小さな間合いの変化だった。
 だが積み重なれば壁になる。

 セレスティーヌは最後まで笑顔だった。
 リゼットに声をかけ、菓子を勧め、別れ際に手を握った。

「今日は楽しかったわ。お可哀想に、お一人で色々と背負っていらっしゃるのね。いつでも頼ってちょうだい」

 リゼットは微笑みを返した。
 完璧な社交の笑み。
 だが貴賓室を出た廊下で、その笑みは消えた。

 同じ頃。
 カイルは王宮の中庭で、フィオナと会っていた。

 フィオナは中庭の噴水の脇に立っていた。
 外套のフードを深く被り、目だけが覗いている。

「ヴェストリア様。来てくださったんですね」

「ああ。話を聞かせてくれ」

 フィオナは唾を飲み込んだ。
 両手が外套の裾を握っている。

「セレスティーヌ様は、私の後見人です。男爵家の私が社交界にいられるのは、あの方のおかげ」

 声が小さい。だが途切れなかった。

「でも、あの方はずっと王太子殿下と書簡を交わしていました。ハルバート様が蟄居される前から」

 カイルは黙って聞いた。

「あの方の書斎で、手紙の束を見たんです。王太子殿下の紋章入りの封ろう。ハルバート様の名前が何度も出ていました」

「いつ頃だ」

「えと、ハルバート様の不正が発覚する二月ほど前です。つまり、あの方は不正を知っていて」

 フィオナの声が詰まった。

「知っていて、何もしなかった」

「はい」

 噴水の水音が二人の間を埋めた。

「フィオナ。なぜ俺に話す」

 フィオナは顔を上げた。
 目が潤んでいた。だが涙は落ちていない。

「クロムウェル令嬢が茶会で、あの、一人で座っているのを見ました。皆が距離を取っているのも」

 声が震えた。

「あの方に言われて噂を流した令嬢の中に、私の友人がいます。あの方に逆らえないから。でも、これは違うと思ったんです」

 フィオナは唇を噛み、それから小さく息を吐いた。

「正しいかはわかりません。でも、黙っていたくなかった」

 カイルは頷いた。

「ありがとう。君の話は無駄にしない」

 フィオナは深く頭を下げ、足早に去った。
 振り返らなかった。
 小さな背中が中庭の柱の向こうに消えた。

 夕方、別邸に戻ると書簡が届いていた。
 クロムウェル公爵家の紋章。リゼットの父からだ。

 リゼットは窓辺でそれを読んだ。
 読み終えた手紙を、静かに折り畳んだ。

「父からですわ」

「何と」

「社交界での孤立が想定より早い、と」

 リゼットの指が手紙の角を撫でた。

「舞踏会での立ち回りを誤れば、クロムウェル公爵家そのものの存続に関わる。そう書いてある」

 窓の外で雪が降り続いている。
 明日は舞踏会だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!

音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ 生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界 ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生 一緒に死んだマヤは王女アイルに転生 「また一緒だねミキちゃん♡」 ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差 アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

前世ブラックOLの私が転生したら悪役令嬢でした

タマ マコト
ファンタジー
過労で倒れたブラック企業勤めのOLは、目を覚ますと公爵令嬢アーデルハイトとして転生していた。しかも立場は“断罪予定の悪役令嬢”。だが彼女は恋愛や王子の愛を選ばず、社交界を「市場」と見抜く。王家の財政が危ういことを察知し、家の莫大な資産と金融知識を武器に“期限付き融資”という刃を突きつける。理想主義の王太子と衝突しながらも、彼女は決意する――破滅を回避するためではない。国家の金脈を握り、国そのものを立て直すために。悪役令嬢の経済戦争が、静かに幕を開ける。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

英雄将軍の隠し子は、軍学校で『普通』に暮らしたい。~でも前世の戦術知識がチートすぎて、気付けば帝国の影の支配者になっていました~

ヒミヤデリュージョン
ファンタジー
帝国の辺境で、ただ静かに生き延びたいと願う少年、ヴァン。 彼に正義感はない。あるのは、前世の記憶と、母が遺した『物理法則を応用した高圧魔力』という危険な理論だけだ。 敵の大軍が迫る中、ヴァンは剣も振るわず、補給線と心理を切り裂く。 結果、敵軍は撤退。代償も、喝采も、彼には無意味だった。 だが、その「効率的すぎる勝利」は帝国の目に留まり、彼は最高峰の『帝国軍事学院』へと引きずり出される。 「英雄になりたいわけじゃない。生き残りたいだけだ」 謎の仮面メイド『シンカク』、命を取引に差し出した狼耳の少女『アイリ』。 少年は選択する。正義ではなく、最も費用対効果の高い道を。 これは、合理が英雄譚を侵食していく、学園ミリタリーファンタジー。 【※作者は日本語を勉強中の外国人です。翻訳ソフトと辞書を駆使して執筆しています。至らない点もあるかと思いますが、物語を楽しんでいただければ幸いです。】

処理中です...