悪役令嬢を救うためモブが婚約を申し込んだら、破滅フラグが全部俺に向いてきた

チャビューヘ

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「露台の告白」

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 露台の空気は冷たかった。
 吐く息が白く、すぐに消える。
 石の手すりに霜が光っていた。

 広間の音楽がガラス越しに漏れている。
 遠い国の祭りのように聞こえた。

 リゼットは手すりに指を置いた。
 霜に触れた指先が赤くなる。だが引かなかった。

「あの令嬢は仕込みですわ」

「ああ。倒れるタイミングが出来すぎている」

「証拠はないけれど」

「ない」

 沈黙が落ちた。
 冬の風が銀髪を揺らした。

 リゼットの目がカイルの襟元に向いた。
 じっと見ていた。
 カイルは気づいた。だが動けなかった。

「カイル。襟の下、見せて」

「大丈夫だ。朝と変わらない」

「嘘ね」

 リゼットが一歩近づいた。
 手が伸びた。カイルの襟に触れた。
 指が布を折り返す。

 紋様が露わになった。
 首筋を這う細いつた。喉の横から顎の下へ向かう線。
 朝より確実に伸びている。

 リゼットの指が紋様をなぞった。
 冷たい指先。だが震えていなかった。

「増えた」

「ああ」

「約束したわよね。増えたらすぐ言うと」

「言おうとしていた。舞踏会が終わったら」

「終わったら、じゃない。今でしょう」

 リゼットの声が低くなった。
 語尾から敬語が消えていた。

「カイル。もう限界よ」

 リゼットの手が襟から離れた。
 だが目は離れなかった。

「あなたはいつもそう。一人で数えて、一人で隠して、私に見せるのは後回し」

「そういうつもりは」

「つもりじゃなくて、事実」

 リゼットが正面からカイルを見た。
 夜空を背にした銀色の目。
 怒りがあった。だが叫ぶ怒りではない。
 静かに、深く、燃えている種類の怒り。

「全部話して。あなたは何者なの」

 カイルは後頭部に手を伸ばしかけた。
 止めた。ごまかすな。

 嘘はつかないと約束した。
 リゼットの前では嘘を貫き通せない。
 これは自分で決めたルールだ。

「俺は、この世界の外から来た」

 言葉が白い息と一緒に出た。
 リゼットは動かなかった。

「この世界は、物語として作られている。登場人物がいて、筋書きがある。俺は別の世界で、その物語を知った」

「物語」

「ああ。そしてその物語の中で、君には破滅の運命が書かれていた。婚約破棄、社交界追放、修道院幽閉。ルートによっては、もっとひどい結末もあった」

 リゼットのまぶたが一度だけ揺れた。
 それ以外は動かなかった。

「俺はそれを変えるためにここにいる。それだけだ」

 風が吹いた。
 露台の霜が光った。
 広間の音楽が、遠くで拍子を刻んでいる。

 長い沈黙。
 十秒か、二十秒か。
 カイルには一時間に感じた。
 リゼットは手すりに片手を置いたまま、微動だにしなかった。
 星明かりが銀髪に落ちている。

「全部、ではないわね」

 リゼットの声が戻った。
 冷静な、いつもの声。

「外から来た経緯。物語をどうやって知ったのか。まだ話していない」

「ああ。まだ話せない部分がある」

「でも、嘘は言っていない」

「言っていない」

「知ってるわ。あなたの嘘は、いつも左手が右手首を掴む」

 リゼットの目がカイルの両手を見た。
 カイルの手は、体の横に下がっていた。何も掴んでいない。

「今は掴んでいない。だから、本当のことを言っている」

 リゼットは手すりに背を預けた。
 目を閉じた。一拍だけ。

「私の運命を変えるために来た、と」

「ああ」

「馬鹿な人。自分の体に呪いを刻みながら」

 目を開けた。
 怒りは消えていなかった。
 だがその奥に、別の色があった。
 名前のつけられない、あの色。
 学院の夕陽の教室で見えたものと、同じ光。

 リゼットの唇が動いた。
 何かを言おうとした。

 扉が開いた。
 駆け込んできたのはフィオナだった。
 息が乱れている。髪が崩れていた。

「ヴェストリア様。クロムウェル令嬢。大変です」

「何があった」

「セレスティーヌ様が、宴の締めくくりに王太子殿下に提案しました」

 フィオナは息を整えようとした。だが間に合わなかった。

「クロムウェル令嬢の魔力は公共の脅威だと。婚約の正当性を再審議すべきだと」

 リゼットの目が細くなった。

「建国王勅令集第十七条を覆す気?」

「王太子殿下が壇上で宣言する予定です。宴の最後に。あと半刻もありません」

 カイルは拳を握った。
 セレスティーヌの策は三段構えだった。
 噂で孤立させ、事件で恐怖を植え付け、王太子の権威で止めを刺す。

「エリスは」

「広間にいます。帳簿を持って」

 カイルはリゼットを見た。
 リゼットはもう手すりに背を預けてはいなかった。
 立っていた。背筋が伸びている。

「守りの時間は終わりですわね」

 声に敬語が戻っていた。
 だが温度が違う。冷たいのではない。
 研いだ刃の静けさだった。

「フィオナ。エリスの場所を案内して」

「はい」

 リゼットが扉に向かった。
 カイルが続いた。

「カイル」

 リゼットが振り返った。
 露台の入口で、広間の灯りを背に受けている。
 銀髪が金色に縁取られていた。

「さっきの話。続きは全部終わってから聞くわ」

「ああ」

「でも一つだけ。あなたが来てくれたことは、感謝している」

 リゼットは振り返り、広間に戻った。
 足音は速い。迷いがない。

 カイルは一瞬だけ露台に残った。
 冬の空に星が散っている。
 大広間の灯りが窓から漏れている。

 半刻。
 それだけの時間で、この舞踏会の結末を変える。
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