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第2章
第2章 第22話「リセンヌ同盟からの招待状」
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朝の謁見の間に、豪華な装飾の施された書状が運ばれてきた。
紺碧の封蝋には、三つの錨が交差する紋章。リセンヌ同盟の印だ。
「読み上げよ」
宰相の指示で、書記官が封を切った。金箔の縁取りがある羊皮紙が、朝日を受けてきらめく。
「『ヴァレンドリア王国、導きの姫君へ。我らリセンヌ同盟は、貴国との友誼を深めんがため、来る満月の夜、セイブライド港にて催す外交舞踏会に、姫君と王子殿下をお招きしたく——』」
長々と儀礼的な文言が続いた後、核心部分が読み上げられた。
「『特に姫君の導きの力に、我ら商人たちは大いなる関心を寄せております。新たな交易の道を共に模索できれば幸いです』」
つまり、私の「効率化」の手法を、商売に応用したいということか。
重臣たちがざわめき始めた。
「これは好機です」
外務大臣が前に出た。
「リセンヌ同盟との関係強化は、我が国の悲願でした」
財務大臣も頷いた。
「彼らの海運力は、大陸随一。交易路が確保できれば——」
「待て」
ローランド将軍が割って入った。
「姫君を国外に出すのは危険だ。カースヴァルト帝国の動きも不穏だ」
確かに、セイブライドまでは馬車で二日から三日。その間、何が起きるか分からない。
王子が口を開いた。
「私も同行する」
静かだが、有無を言わせない口調だった。
「近衛騎士団も連れて行く。護衛は万全にする」
宰相が思案顔で髭を撫でた。
「しかし、両殿下が同時に王都を離れるのは——」
「だからこそ意味がある」
王子が断言した。
「我々の絆の強さを、内外に示す機会だ」
その言葉に、頬が熱くなった。
議論は続いたが、結局、招待を受けることに決まった。出発は三日後。
謁見が終わると、王子が私の手を取った。
「大丈夫? 急な話だったから」
「少し驚いていますが……大丈夫です」
実際は不安でいっぱいだった。外交舞踏会なんて、前世でも今世でも経験がない。
「君なら上手くやれる」
王子が微笑んだ。
「君の『不思議』は、きっと彼らも魅了する」
その自信はどこから来るのだろう。
午後、セラフィーヌ嬢が訪ねてきた。
「聞きましたわ! リセンヌの舞踏会!」
興奮した様子で、次々と助言してくれた。
「海商たちは実利主義。形式より中身を重視します」
「つまり?」
「姫様のやり方は、きっと気に入られます」
セラフィーヌ嬢が真剣な顔になった。
「でも、一つ気をつけて。彼らは『利益』で動きます。姫様を利用しようとする者もいるはずです」
その警告は、胸に重く響いた。
夕方、荷造りの相談をするため、侍女部屋に向かった。
「ドレスは五着——いえ、七着は必要です」
コーデリアが指折り数えた。
「到着時、歓迎晩餐、舞踏会本番、朝食会、出発時……」
そんなに? と思ったが、口には出さなかった。
「あと、これを」
マルタが小さな袋を差し出した。中を見ると、薬草が入っている。
「船酔い止めです。セイブライドは港町なので」
細やかな心遣いが嬉しかった。
「それから」
ベアトリスが声を潜めた。
「護身用の短剣を、ドレスの下に」
物騒な提案に驚いた。
「そんな、大げさな」
「用心に越したことはありません」
侍女たちの真剣な表情を見て、改めて事の重大さを実感した。
その夜、王子と二人で地図を広げた。
「ここが王都アウレリア」
王子が指差した。
「街道を西へ向かい、この峠を越えれば、セイブライドだ」
地図を見ながら、ふと気づいた。
「この森は?」
「グレイウッドの森。盗賊が出ることもある」
不安が募った。
「でも、心配しないで」
王子が私の肩に手を置いた。
「最精鋭を連れて行く。君は何も心配しなくていい」
そう言われても、心配せずにはいられない。
寝る前に、案内石の前に立った。
「セーブしておきたいな」
呟くと、石がいつものように淡く光った。
本当にセーブできているのか分からないが、少し安心した。
翌日から、出発の準備が本格化した。
馬車の整備、護衛の編成、道中の宿の手配。
その合間に、外交儀礼の特訓も受けた。
「リセンヌ式の挨拶は、握手から始まります」
礼法指南役の老夫人が説明する。
「王国式の会釈ではありません。しっかり目を見て、力強く」
握手の練習をしながら、思った。
ビジネスマンだった前世の方が、こういうのは得意かもしれない。
出発前日の夜、王子が部屋を訪ねてきた。
「準備はどう?」
「何とか」
王子が真剣な表情で言った。
「もし何か起きたら、必ず私の側にいて」
「はい」
「それと」
王子が小さな箱を差し出した。
「これを」
開けると、銀の鈴がついた腕輪が入っていた。
「音で居場所が分かる。もしはぐれた時のために」
護衛としての実用性もあるが、贈り物としても美しい。
「ありがとうございます」
腕輪をつけると、鈴が澄んだ音を立てた。
明日から、初めての外交舞台が始まる。
不安と期待が入り混じる中、眠りについた。
紺碧の封蝋には、三つの錨が交差する紋章。リセンヌ同盟の印だ。
「読み上げよ」
宰相の指示で、書記官が封を切った。金箔の縁取りがある羊皮紙が、朝日を受けてきらめく。
「『ヴァレンドリア王国、導きの姫君へ。我らリセンヌ同盟は、貴国との友誼を深めんがため、来る満月の夜、セイブライド港にて催す外交舞踏会に、姫君と王子殿下をお招きしたく——』」
長々と儀礼的な文言が続いた後、核心部分が読み上げられた。
「『特に姫君の導きの力に、我ら商人たちは大いなる関心を寄せております。新たな交易の道を共に模索できれば幸いです』」
つまり、私の「効率化」の手法を、商売に応用したいということか。
重臣たちがざわめき始めた。
「これは好機です」
外務大臣が前に出た。
「リセンヌ同盟との関係強化は、我が国の悲願でした」
財務大臣も頷いた。
「彼らの海運力は、大陸随一。交易路が確保できれば——」
「待て」
ローランド将軍が割って入った。
「姫君を国外に出すのは危険だ。カースヴァルト帝国の動きも不穏だ」
確かに、セイブライドまでは馬車で二日から三日。その間、何が起きるか分からない。
王子が口を開いた。
「私も同行する」
静かだが、有無を言わせない口調だった。
「近衛騎士団も連れて行く。護衛は万全にする」
宰相が思案顔で髭を撫でた。
「しかし、両殿下が同時に王都を離れるのは——」
「だからこそ意味がある」
王子が断言した。
「我々の絆の強さを、内外に示す機会だ」
その言葉に、頬が熱くなった。
議論は続いたが、結局、招待を受けることに決まった。出発は三日後。
謁見が終わると、王子が私の手を取った。
「大丈夫? 急な話だったから」
「少し驚いていますが……大丈夫です」
実際は不安でいっぱいだった。外交舞踏会なんて、前世でも今世でも経験がない。
「君なら上手くやれる」
王子が微笑んだ。
「君の『不思議』は、きっと彼らも魅了する」
その自信はどこから来るのだろう。
午後、セラフィーヌ嬢が訪ねてきた。
「聞きましたわ! リセンヌの舞踏会!」
興奮した様子で、次々と助言してくれた。
「海商たちは実利主義。形式より中身を重視します」
「つまり?」
「姫様のやり方は、きっと気に入られます」
セラフィーヌ嬢が真剣な顔になった。
「でも、一つ気をつけて。彼らは『利益』で動きます。姫様を利用しようとする者もいるはずです」
その警告は、胸に重く響いた。
夕方、荷造りの相談をするため、侍女部屋に向かった。
「ドレスは五着——いえ、七着は必要です」
コーデリアが指折り数えた。
「到着時、歓迎晩餐、舞踏会本番、朝食会、出発時……」
そんなに? と思ったが、口には出さなかった。
「あと、これを」
マルタが小さな袋を差し出した。中を見ると、薬草が入っている。
「船酔い止めです。セイブライドは港町なので」
細やかな心遣いが嬉しかった。
「それから」
ベアトリスが声を潜めた。
「護身用の短剣を、ドレスの下に」
物騒な提案に驚いた。
「そんな、大げさな」
「用心に越したことはありません」
侍女たちの真剣な表情を見て、改めて事の重大さを実感した。
その夜、王子と二人で地図を広げた。
「ここが王都アウレリア」
王子が指差した。
「街道を西へ向かい、この峠を越えれば、セイブライドだ」
地図を見ながら、ふと気づいた。
「この森は?」
「グレイウッドの森。盗賊が出ることもある」
不安が募った。
「でも、心配しないで」
王子が私の肩に手を置いた。
「最精鋭を連れて行く。君は何も心配しなくていい」
そう言われても、心配せずにはいられない。
寝る前に、案内石の前に立った。
「セーブしておきたいな」
呟くと、石がいつものように淡く光った。
本当にセーブできているのか分からないが、少し安心した。
翌日から、出発の準備が本格化した。
馬車の整備、護衛の編成、道中の宿の手配。
その合間に、外交儀礼の特訓も受けた。
「リセンヌ式の挨拶は、握手から始まります」
礼法指南役の老夫人が説明する。
「王国式の会釈ではありません。しっかり目を見て、力強く」
握手の練習をしながら、思った。
ビジネスマンだった前世の方が、こういうのは得意かもしれない。
出発前日の夜、王子が部屋を訪ねてきた。
「準備はどう?」
「何とか」
王子が真剣な表情で言った。
「もし何か起きたら、必ず私の側にいて」
「はい」
「それと」
王子が小さな箱を差し出した。
「これを」
開けると、銀の鈴がついた腕輪が入っていた。
「音で居場所が分かる。もしはぐれた時のために」
護衛としての実用性もあるが、贈り物としても美しい。
「ありがとうございます」
腕輪をつけると、鈴が澄んだ音を立てた。
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不安と期待が入り混じる中、眠りについた。
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