転生したら美少女なのに中身はRPGチュートリアルおじさんで、しかも政略結婚の花嫁だった

チャビューヘ

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第2章

第2章 第23話「外交舞踏会の準備」

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 出発当日の朝、馬車の前で最後の確認をしていた。

「姫様、これを見てください」

 礼法指南役の老夫人が、分厚い手引書を差し出した。表紙には『リセンヌ同盟式典礼法全書』とある。

「三百ページもあります」

 手に取った瞬間、重さでよろけた。

「これを全部覚えるんですか?」

「道中の馬車で復習できます」

 老夫人は涼しい顔で言うが、馬車酔いしそうな分量だ。

 ふと、前世の記憶が蘇った。プレゼン資料を作る時、要点を箇条書きにしていたっけ。

「これ、要点をまとめてもいいですか?」

 羊皮紙とペンを借りて、重要そうな部分を抜き出し始めた。

「挨拶:握手は相手の目を見て三秒
 席次:海側が上座(海商の伝統)
 乾杯:グラスを高く掲げて『航海の無事を』
 ダンス:最初の曲は必ず主賓が踊る」

 書き出してみると、A4用紙……じゃなくて、羊皮紙一枚に収まった。

「これなら覚えられます」

 老夫人が目を丸くした。

「まあ、なんて効率的な」

 馬車に乗り込むと、王子がすでに待っていた。

「準備は万端?」

「これで完璧です」

 要約した羊皮紙を見せると、王子が感心したように笑った。

「君らしいね」

 馬車が動き出した。護衛騎士が前後を固め、物々しい隊列で王都を出発する。

 市民たちが道端に集まっていた。

「不思議姫様!」

「お気をつけて!」

 子供たちが手を振ってくれる。窓から手を振り返すと、歓声が上がった。

 王都を出て街道に入ると、景色が一変した。

 小麦畑が地平線まで続き、農民たちが収穫作業をしている。平和な光景だが、王子の表情は緊張していた。

「この先がグレイウッドの森だ」

 確かに、前方に鬱蒼とした森が見えてきた。

 森に入ると、急に薄暗くなった。木々が頭上を覆い、昼なのに夕暮れのような光景だ。

「ここは——」

 王子が言いかけた時、馬車が急停止した。

「何事だ?」

 王子が窓から顔を出す。前方で騎士たちが何かを囲んでいる。

「倒木です!」

 ガヴェイン卿の声が聞こえた。

「道を塞いでいます」

 嫌な予感がした。自然の倒木? それとも——

「警戒せよ!」

 王子が鋭く命じた瞬間、森の中から矢が飛んできた。

「伏せて!」

 王子に押し倒されるように身を低くした。矢が馬車の壁に突き刺さる音がした。

「盗賊だ!」

「陣形を組め!」

 外で騎士たちの怒号が響く。金属音が森に響き渡る。

 恐怖で身体が震えた。こんな事態、想定していなかった。

「大丈夫、騎士たちは精鋭だ」

 王子が私を抱きしめてくれたが、不安は消えない。

 ふと、思いついたことがあった。

「王子様、これ使えませんか?」

 要約した羊皮紙を見せた。

「礼法の? 今は——」

「いえ、これです」

 羊皮紙の裏に、とっさに書き込んだ。

「防衛陣形の手順:
 1. 馬車を中心に円陣
 2. 弓兵は外向き配置
 3. 予備兵は機動的に」

 王子が目を見開いた。

「これは……戦術?」

「ゲー……じゃなくて、本で読んだことがあって」

 王子が窓から顔を出して叫んだ。

「ローランド! 円陣を組め! 馬車を中心に!」

 すぐに騎士たちの動きが変わった。統制の取れた動きで、馬車の周りを囲む。

「弓兵、外向き!」

 指示が飛び、陣形が整っていく。

 盗賊たちの攻撃が散発的になってきた。統制の取れた防御に、手を焼いているようだ。

「今だ、反撃!」

 騎士たちが一斉に前進した。

 しばらくして、森に静寂が戻った。

「撃退しました!」

 ガヴェイン卿の報告に、安堵の息が漏れた。

 馬車から降りると、騎士たちが整列していた。

「姫様の機転のおかげです」

 ローランド将軍が頭を下げた。

「あの陣形指示、見事でした」

 まさか礼法メモの裏書きが役立つとは。

 王子が私の肩を叩いた。

「君は本当に、予想外のことばかりする」

 褒められているのか呆れられているのか、判断がつかなかった。

 倒木を除去して、旅を再開した。

 森を抜けると、海の匂いがしてきた。

「もうすぐセイブライドだ」

 王子が窓の外を指差した。

 丘を越えると、眼下に港町が広がっていた。

 白い建物が段々畑のように斜面に並び、港には無数の帆船が停泊している。夕日を受けて、海が金色に輝いていた。

「きれい……」

 思わず呟いた。

「リセンヌ同盟の誇る港だ」

 王子が説明してくれた。

「あの大きな建物が、同盟会館。今夜の舞踏会の会場だ」

 立派な石造りの建物が、港を見下ろすように建っている。

 町に入ると、住民たちが道端に並んでいた。

 でも、王都とは雰囲気が違う。商人らしき人々が、品定めするような目で馬車を眺めている。

「導きの姫か」

「思ったより若いな」

「本当に効率化の天才なのか?」

 囁き声が聞こえてくる。

 宿舎に到着すると、リセンヌ同盟の代表が出迎えてくれた。

「ようこそ、導きの姫君」

 恰幅の良い中年男性が、手を差し出してきた。

 練習通り、しっかりと握手を返す。相手の目を見て、三秒。

「お招きありがとうございます」

「おお、リセンヌ式の挨拶を」

 代表が感心したように頷いた。

「さすが、効率的に学ばれたようだ」

 第一関門はクリアしたらしい。

 でも、本番は明日の舞踏会だ。

 部屋に入って、改めて要約メモを見返した。

 たった一枚の羊皮紙が、思わぬ形で役立った。

 もしかしたら、この効率化の発想そのものが、リセンヌ商人たちの興味を引くかもしれない。

 窓から港を眺めながら、明日への準備を整えた。
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